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049 秋の入りのポルケッタ

 フェルミス君がお店に来てから、二週間が過ぎた。

 クジラが泳ぐイサナ王国の空には、波のような鱗雲が広がっている。


「うわーっ!? 何? その大きなお肉!!」


 大型のバットの上に乗せられた、大きな長方形の厚み五センチの一枚肉。

 ランチのお客さんも途切れたので、俺は仕込みのために肉の塊を調理台の上に置いていた。

 あまりに豪快な光景に、トルトは釘付けになっている。


「これは豚のバラ肉だ。涼しくなって肉質が良くなってきたって聞いて、買ってきたんだよ」

「へぇ~。気候によって、肉の味も変わるんっスね」


 ピザ場の片づけをしながら、会話に加わるヒュー。

 豚さんも、ストレスが少ない方が美味しい。

 夏は暑すぎて食欲不振で栄養が不足するし、冬は冬で防寒に脂肪燃焼してしまうので味が落ちるそうだ。

 対面のドリンク場で、フェルミス君がグラスを磨きながら問いかけてくる。


「そのお肉で、何を作られるんですか?」

「せっかくの塊肉だから、ポルケッタを作ろうと思って」

「ポルケッタ?」


 知らない料理のようで、不思議そうな顔で聞き返すフェルミス君。

 ポルケッタは渦巻状のチャーシューのような料理で、日本でもたまにデパ地下で売られてたりする。


「ハーブや香味野菜のペーストを、クルクルっと巻き込んで、オーブンで焼く料理だよ」


 説明をしながら、俺は冷蔵庫からポルケッタに塗るソースを取り出す。

 すると何かを思い出したように、トルトが口を開く。


「あっ! それ、さっきまでトントン切ってたやつだよね。良い香りだなって思ってたんだ~」

「そうそう。切ってたのは、ローズマリーだな。そこにニンニクのみじん切りとオレガノパウダー、オリーブオイルを合わせたのが、この香味ソース」


 食欲をそそる、ハーブとニンニクの香り。

 脂の多い豚バラ肉の旨味を引き出してくれる、頼れるパートナーだ。

 それを肉の上に乗せ、塗り広げていく。


「香味ソースを肉の赤身側に塗り込んで、赤身が内側になるようにクルクルと巻く――!!」

「く、クルクルって厚みじゃねーっ!」


 厚み五センチのバラ肉は、巻き込むのになかなか苦労する。

 しっかり力を入れて巻かないと、綺麗な渦巻状の断面にならないのだ。


「巻いたら、料理用のたこ糸で縛っていく」


 巻き込んだ肉を抑えながら、たこ糸でキツク縛っていく。

 これが意外に重労働で――脂身が外側にくるのでベタベタするし、それなのに滑ったり崩れたりする。

 ポルケッタを作るのに一番大変なのは、この縛る作業だと思う。

 縛る作業さえ終わってしまえば、八割完成と言っても過言ではない。


「縛った肉の表面に、しっかり塩コショウをして、フライパンで焼く……焼く……」

「そのお肉が乗る大きさのフライパン、あるんですか?」


 たこ糸で縛り上げたポルケッタは、枕と同じぐらいの大きさになっていた。

 横幅だけで三十……いや、四十センチくらいあるだろうか

 見た目のインパクトでつい買ってしまったけど、なかなかのサイズだな。

 でも――


「ふ……あるよ!!」


 俺はバックヤードへ行き、棚から直径五十センチの特大両手鍋――パエリアパンを引っ張り出す。

 扉に引っかからないように盾のように持って、キッチンへと戻る。

 この雄姿を見たヒューが、思わず噴き出した。 


「ちょっ……なんで店にあるんっすか!? そんな大きいフライパン、遠征の炊き出しでしか見たこと無いですよー!」

「いや~、何だかんだで使うことあるんだよね~。こういう大きなお肉仕込むときとか」


 コンロの上にパエリアパンを乗せ、縛った肉を置き火を付ける。

 徐々に熱で脂が溶けだし、チリチリと音を立て始めた。

 やがて音が大きくなり、肉に香ばしい焼き色を付けていく。


「すっごい光景~! バーベキューやってるみたい!」

「ふふっ。本当ですね」


 俺はトングで肉を回転させながら、全体を焼き付ける。

 肉の塊は煙を上げながら、焼き色を纏っていく。


「良い色になってきただろ~? 全体に焼き色を付けたら、あとはオーブンにおまかせ」


 オーブン用の深い鉄板に肉を移し、上にローズマリーを二本ほど添える。

 そして温めておいたオーブンに入れ、キッチンタイマーをセットした。

 特大のポルケッタだから、しっかり六十分焼こう。


「あとは焼き上がるのを待つだけ! はい、昼休憩入るよー!」

「はーい!」

「じゃあ俺、ピザ焼きますね!」


 一声かけただけで、各々に片付けやまかないの準備を進める。

 すっかり慣れたもので、あっという間に前菜の残りやピザ、飲み物がテーブルにセットされた。


「はい! みんな、ランチ営業おつかれさま!」

「おつかれさま! いただきます!」

「いただきまーす!」

「いただきます」


 挨拶もそこそこに、食事を食べ始めるヒューとトルト。

 フェルミス君も同じ席で、カフェラテを飲んでいる。

 みんなの食事の様子を見ながら、フェルミス君は軽い世間話を始めた。


「もうリブラの節も終わりますね。なんだか一年、あっという間です」

「本当にね! きっと気が付くと、カプリコーンの節になってるよ!」


 ゲームのイサ国には暦や季節の設定は無かったけど、ここでは実際に季節が移り変わっている。

 リブラの節やカプリコ―ンの節というのは、暦の月みたいなものだ。

 一年が十二月、一週間が七曜日なのは現実と同じ。

 でも名前が馴染みのない単語が割り当てられていて、未だに覚えられてないんだよな。


「カプリコーンの節、ピコピコは営業されるのですか? 世間はお休みムードですが、商売としては稼ぎ時ですし」

「うーん……どうしようかな……」


 確かカプリコーンの節は、前半二週間ぐらい休みなんだっけ?

 話に聞く雰囲気だと、クリスマスからお正月の松の内までって感じだろうか。

 いまだに慣れない暦のせいで、なかなか感覚がつかめないな。

 つい考え込んでしまっていると、トルトの年末プレゼンが始まる。


「新節祭の日までの一週間、お祝い料理を売りまくって、当日はお休みにしたらいいんじゃない? 今焼いてる、ポルケッタとかさ」

「確かに……一族で集まる人もいますし、意外と一本丸ごと買う方もいらっしゃるかも」

「親戚のあつまりで、あんなデカイ肉の塊出したら英雄っスよ、英雄!」


 フェルミス君とヒューも、楽しそうにトルトの話に乗ってきた。

 年末年始の飲食店と言えば、働くのが当たり前だったけど――


「……それも、悪くないかな」

「そうそう! それでお祝い料理をたくさん売って、新節祭は一週間ぐらい休んじゃおうよ!」

「いや、それはさすがに休み過ぎだろう?」

「え~、店長のワーホリ……」


 たまには休みもいいかもって思ったけど、俺は三が日休めればそれで。

 まぁ、みんなが休みたいなら一人で営業してようかな。


「新年のお祝い料理かぁ……どんなのが喜ばれるかなぁ」


 おせち料理も、洋食重とかあったもんなぁ。

 パテやテリーヌ、各種肉のローストあたりが定番かな。

 魚介だったらエビのテルミドール風とか、タコのサラダやカルパッチョもいいかも。

 お祝い料理は派手で華やかだから、考えているだけで俺は楽しくなっていた。

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