035 ラディルとカッソーラ
盛大な出発式で見送られ、イサナ王国城下町から出発した俺は――ただひたすら、街道を歩いていた。
「山に登る気、満々だったのに……」
「オシハカ山脈の麓に着くのは、三日後くらいですよ、店長さん」
思わず出た俺のぼやきに、セシェルが笑いながら答える。
騎士団一行の隊列の後方に、俺とラディルは配置された。
気を使ってもらったのか、俺たちの近くにセシェルも配置されたようだ。
「結構しっかり隊列を組んで進むんだな。まだ町も近いのに」
「そりゃそうですよ。いつ魔物が襲ってくるかわからないですし」
「そ、そうか……」
居るとはわかっていても、いざ魔物と言われると怖くなるな。
「店長のことは、オレが守ります! 安心してください」
「ラディル……ありがとう」
怯んだ俺を勇気づけるように、ラディルが声をかけてきた。
本当は皆を守りたくてここにいるのに――もっと、しっかりしないと。
「確か先頭に騎士の方々、そのすぐ後ろに記録係がいるんだっけ」
「そうです! 先頭はパーシィで、その後ろにマリカ様達が並んでいますね」
パーシィ――セシェルの双子の弟で、本名はパーシェル・マーブ。
セシェルを男にしたらと想像した顔、そのまんまの男性である。
白銀の鷹騎士団唯一の男性騎士だ。
「セシェルはこんな後ろで、俺たちと一緒で大丈夫なのか?」
「後方警備も必要ですから。それに他の騎士、ジェマとリサもいるから前は大丈夫です」
ジェマは攻撃魔法、リサは回復魔法が使える魔法戦士なんだそう。
この二人とパーシェルは、俺のイサ国の記憶の中には居ない。
おそらく、ゲームスタート前に全滅した騎士団の団員だからだ。
「同行している兵士は、十五人か。意外と大人数だな」
「そうですね。調査の記録係として、専門の兵士が五人。残りの十人は、交代で隊列の警備をするんです」
「そうなのか……全員が常に警戒態勢ってわけではないんだな」
「ずっと気を張り詰めてたら、疲れちゃいますからね」
よくよく観察すると、記録係の兵士も実際に記録を取っているのは二人。
あとは周りを見回したり、何か気が付いたことがあったら記録係に伝えているといった感じだ。
残りの輸送やサポートの兵士も同様。
半分は魔物などの襲撃に対する警戒をしているが、残りはややのんびりした雰囲気である。
「実際にオシハカ山脈に着いたときにバテてないように、店長さんも気を付けてくださいよ」
「はい……気を付けます……」
普段立ち仕事をしているとはいえ、そんなに体力に自信があるわけではない。
皆の足手まといにならないよう、気を付けないとな。
適度に気を抜く、適度に気を抜く……。
「魔物を確認! 警戒態勢!!」
「ひぃっ!?」
兵士たちの突然の号令に、思わずビクリと体が震える。
皆が警戒態勢をとる視線の先には、ウサギ型と虫型の魔物が数体うごめいていた。
結構、俺たちの近くにいるじゃないか。
「ここはオレに任せてください!」
横にいたラディルが、颯爽と一歩を踏み出す。
そして右手をかざし、魔法を発動した。
「アイシクルエッジッ!!」
巨大な氷剣が現れ、容赦なく魔物達を薙ぎ払う。
アイシクルエッジって、こんな大技なんだ。
か、カッコイイッ!!
「すごいな、ラディル。一撃じゃないか」
「えへへ……あのぐらいの魔物なら、どうってことないです」
魔物の殲滅が終わると、騎士団はサッと隊列を組みなおして再び歩き出した。
功労者のラディルに、セシェルが話しかける。
「魔法も使える戦士って、とても貴重なんですよ。ラディル、将来有望じゃないですか~」
「そうだな。俺なんて、ビックリして何もできなかったよ……」
今まで戦ってるところを見たことなかったけど、ラディルってこんなに強くなってたんだな。
つい感傷に浸って、口を挟んでしまった。
あまりにも落ち込んだ雰囲気だったせいか、急にセシェルとラディルが俺を持ち上げる。
「何言ってるんですか!? 店長さんの仕事は、これからですよ!!」
「そうですよ!! オレ、お昼のパニーノ楽しみにしてるんですから!!」
「そ、そうか。それは良かった……のか?」
なんか、気を遣わせてしまったようで恥ずかしい……!
そんなこんなで時おり魔物と遭遇しつつも、順調にオシハカ山脈へと向かって行く。
「ここで昼休憩に入る! 各自、休息の準備を進めてくれ」
途中、小さな集落の近くの広場で、マリカ様が号令をかける。
ひとまず、ここで昼休憩をとるようだ。
「では店長殿、昼食の準備を頼めるだろうか?」
「かしこまりました。バックヤード!!」
バックヤードの扉を出現させ、俺は店の中に入る。
様子を伺っていたマリカ様も一緒に、扉の中へと案内した。
「本当に、王国の店に繋がってるのだな」
「はい。あ、良かったら食事の準備中に、トイレや水道を使ってもらって大丈夫ですよ」
「む……それは助かる。皆に伝えてこよう」
どのみち俺が店から遠征地に戻るまでの間、扉を閉じるわけにはいかない。
ただMPを消費するのももったいないので、衛生施設として皆さんに使ってもらおうと思う。
俺は作っておいたミネストローネを温めなおし、料理を配るための準備を進めていく。
休憩地に折り畳みのテーブルを設置し、朝一で仕込んだパニーノの入ったバットを置いた。
「お待たせしました! パニーノとミネストローネです。台に並べていくので、順番にお持ちください」
テーブルの上にミネストローネの入った寸胴を置き、紙カップに盛って並べていく。
騎士や兵士の方々が、パニーノと紙カップを受け取って休憩に入った。
「こんな旨い食事が、遠征中でも食べられるなんてな」
「準備しなくていいのも助かる」
食事の味も気に入ってもらえたようで、みんな明るい顔をしている。
「好評みたいですね、店長!」
「そうだな。役に立ててるようで、一安心だよ」
俺たちも軽く食事を済ませ、すぐに移動できるように料理やテーブルを片付けておく。
休憩後に再びオシハカ山脈へ向かい、出発する。
午後は魔物の襲撃もほとんどなく、早めに目的地の集落に到着できた。
「本日は、ここを野営地とする! 各自、休息の準備を進めてくれ!」
野営地についた俺は、再び店に戻って夕食の料理を温める。
そしてラディルに設置してもらった野営地のテーブルに、料理の入った寸胴を運び出す。
「夕食はカレーかい? 店長」
「いや。カレーは今後のお楽しみだよ、ザック」
配膳台の前では、ザックが待ち構えていた。
期待してもらっといて悪いが、先は長いので最初はシンプルな味付けの料理にしてある。
「今日はコレ、カッソーラだ」
「おおっ!? 店じゃ見たことない料理じゃないか。しかも、肉がゴロゴロ入ってやがる」
カッソーラ――豚肉とソーセージ、色々な野菜の煮込み料理。冬の定番人気メニュー。
本来は豚足や豚の耳を使うのだが、今回は食べやすいようにスペアリブと豚バラを使用している。
一皿で肉も野菜もバランスよくとれるので、野営にもぴったりだ。
「ほらほら。どんどん配っていくから、騎士や兵士の皆さんを呼んできてくれ」
「おうよ! 伝令は任せてくれ!」
ザックが騎士や兵士の方々を呼びに行ってくれたおかげで、スムーズに配膳が終わった。
みんなの食事が終わるまで、MP節約のために一先ずバックヤードの扉を閉じる。
「店長! オレたちも食事にしましょう」
「ああ、そうだな」
料理を盛った皿を持って、ラディルと並んで座った。
空は夕焼けで、赤く染まっている。
こんな早い時間に夕食を食べるなんて、いつぶりだろう……。
「えへへ。こうやって店長と一緒に食べるの、久しぶりです」
「へ? そうだったか?」
「そうですよ! 店長、俺たちに気を使って、先に食事を食べさせてくれますから」
そういえば、そうだったかもしれない。
店が軌道に乗って来て忙しいものだから、ラディルやトルトには先にまかないを食べてもらっている。
たまには一緒に食べているつもりだったが、開店当初の記憶だったかも。
たった二・三ヶ月のことだというのに、とても長い時間が経ったようにも感じるな。
「オレ、店長には感謝してるんです。店において、世話を焼いてくれて――おかげでオレ、色々なことが出来るようになりました」
「……そうか」
「護衛としてだけど、こうして騎士団の方々と共に行動できるのも、すごく嬉しいんです。だから――」
ラディルは、真っすぐに俺の目を見つめた。
「店長のこと、オレが絶対に守ります」
「ラディル……ありがとう」
俺は、ものすごく危険な場所にラディルを連れて行こうとしているかもしれないのに――。
何か……伝えておくべき事が、あるんじゃないか?
マリカ様や騎士団に危険が迫っていること?
いや……これからどんなことが起きるのかは、俺にもわからない。
それより――
「なぁ、ラディル。もし……もし本当に危険なことが起きたら、騎士や兵士の皆さんを助けて欲しいんだ」
「えっ……?」
急な提案に、戸惑うラディル。
戦いや指揮について俺が詳しくないから、上手く伝えられないのか。
それでも、必死に伝えようと言葉を選んでいく。
「勘違いしないでくれよ。俺はバックヤードで店に逃げ込めるから、大丈夫。でも、他の人達は違うから……あ、もちろん一番大事なのは、ラディルが大けがをしないことだぞ!」
「……へへ、わかりました!」
しどろもどろした俺の説明だったが、ラディルは何かを合点したようだ。
「自分の安全が一番! 次に、騎士や兵士のサポート。店長は、ちゃんと真っ先に逃げてくださいね」
「お、おう! 任せとけ!」
そうこうしているうちに、みんなも食事を終えて食器が戻ってくる。
俺たちは片づけを済ませ、テントを張り、休息についた。




