第9話
「え……えと……」
アレサの言葉が信じられなくて、あたしはうろたえてしまう。彼女が眼の前で瀕死の重傷に苦しんでいることも忘れてしまって、誤魔化すようなことを言ってしまう。
「ア、アレサ、何言ってんの……? 時間を、戻す……? い、意味わかんない。そ、そんな、漫画やアニメじゃないんだからさ……」
この世界には存在しない「漫画やアニメ」のことをアレサに言っても通じるわけないのに。いつもなら、もっとちゃんと取りつくろえるのに。
そのくらい、今のあたしは焦っていたんだ。
でも、アレサはそんなあたしの揚げ足をとったりしない。今も血が流れ出している右肩を軽く押さえながら、切れ切れの声で言う。
「経験したことを、自分の記憶に残したまま……それ以外のすべてのものを、過去のある時点に戻す……。現在の自分が、過去の自分も存在している過去の世界に行くわけではなく……。いわば……現在の自分の記憶を、過去の自分に飛ばす……というような感じかしら……? その現象を、貴女がなんて呼んでいるのかは知らないけれど……。貴女の立場にたってみると……一番単純な表現は、『時間を戻す』……っていうことになると思ったんだけど……?」
もう、疑う余地なんてなかった。
アレサは、完全にあたしの能力……女神からもらった『時間跳躍』のことを、理解している。
でも……。
でも、あたしはまだそれを認められなかった。
どう考えても手遅れなのに、まだ言い訳じみたことを言ってしまっていた。
「え? えーっと、もしかしてアレサ、あたしがさっきからずっとバカみたいにツキまくってるから、『時間を戻す』とかいう、そんな特殊能力持ってるなんて考えちゃったのー⁉ や、やだなー! だから、言ったっしょーっ⁉ あたし、昔から運は良いほうなんだってばーっ。そりゃ、下手すりゃ自分が危険な目に合うかもしれない『神々の悪戯』をバカスカ振り回しちゃったりー? まるで、次にアレサがどの属性魔法で攻撃してくるか知ってるみたいに、事前に『光の五法輪』を設定出来てたけどさー? でも、だからってあたしが『時間を戻せる』なんて考えるとかー! 発想が突飛っていうかさー……えー? アレサって、もしかして結構妄想キャラなのーっ⁉」
「……がふっ!」
むせるように吐血するアレサ。それと同時に、右肩の傷口の出血も勢いが増す。
そんな重傷な彼女のことを気にしないくらいに、あたしは焦っていた。そのくらい、自分の能力のことはバレるはずがないと思っていた。
今にも倒れてしまいそうなくらいに苦しいはずなのに、アンバランスな体で立ち続けてあたしを見つめているアレサは、
「……いいえ、違うわ」
喋るたびに音量が小さくなる声で、あたしの誤魔化しのセリフをあっさりと否定してしまった。
「確かに……。『神々の悪戯』も『光の五法輪』も……さっきまでのエミリみたいに、自分が望んだ効果を連続で引ける可能性は、かなり低い……。さっきの貴女は……とても普通じゃ考えられないくらいに、奇跡的な、引きの強さだった……。でも……だからといってそれは……完全にありえないことでもない……」
「え……」
「可能性は限りなく低いけれど……でも、ゼロじゃない……。百分の一の確率でしか引けない自分が望んだ効果を、何度も当てることは……絶対に不可能なこととは言えない……。エミリが言ったように、貴女が恐ろしいほどの幸運の持ち主なのだとしたら……万が一、億が一の確率だとしても、それは、起こりえることだわ……。だから、それだけをもって、私は貴女が『時間を戻せる』ということに気づいたわけじゃない……」
「で、でも、だったら、どうして……」
その言葉は、すでにあたし自身が『時間跳躍』のことを認めてしまっているに等しい。
でも、あたしにはもうそんなことも、どうでも良かった。
「どうしてアレサに、あたしの能力が分かったのよっ⁉」
自分がずっと隠していた能力を知られてしまった理由のほうが、ずっとずっと重大なことだったから。
「ふふ……」
そこでアレサは、今もかなりの苦痛を感じているはずなのに、小さく笑った。
そして、あたしにその理由を教えてくれた。
「それはね……」
アレサがあたしの能力に気づくことになった理由。百分の一のギャンブルを何度も当てられるくらいの「億が一の可能性」よりもありえない……あたしが今日のこのループの中でやってしまった、あまりにも単純なミスのことを。




