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第17話

 勝負を終えたアレサとウィリアは、再び魔王討伐を目指して出発した。


 オルテイジアはまだ、さっきの廃墟のようなところで、一人で力なくしゃがみこんでいる。今は一人にしてあげたほうがいいと思い、彼女のことは放置してきた。


 アレサが勇者オルテイジアを倒したことは、最終拠点の街ラムルディーアの住民には伝わっていないはずだ。あえて伝える必要もないだろう。大事なのは、アレサはオルテイジアよりも強いということ。魔王を倒せるだけの力がある、ということだ。

 たとえアレサたちが魔王を倒したあと、それが最終的に勇者の功績として伝えられてしまうとしても。アレサはウィリアを惑わせた魔女として、死ぬまで迫害され続けることになってしまうとしても。そんなことはもう、どうでも良かったのだ。


 二人は、魔王を倒して世界に平和を取り戻して、結婚する。

 それは、すでに決定したことだ。

 だから、たとえそこにどんな障害があったとしても。世界中の人々から祝福されるどころか、非難の嵐だったとしても、今の二人には関係ない。だってアレサもウィリアも、お互いの愛を分かっていたのだから。

 愛し合う自分たちなら、周囲のどんな迫害にも負けないくらいにお互いに相手のことを幸せにすることができると、確信していたのだから。



 実は、前回の討伐のあと――付与術師イアンナたちとの戦いを終えたあと――から今に至るまでに、魔王討伐に向けての準備をやり直すという当初の目的は、ほとんど果たせていない。


 ウィリアが使い果たしてしまったエリクサーは結局補充できていないし、本当に困ったときのためにアレサが隠し持っていた最後の一つでさえ、オルテイジアに与えてしまった。もちろん、アレサの魔力も充分に回復できていない。むしろ、さっきのオルテイジアとの死闘で状態は更に悪くなっている。

 それでも、魔女としての悪名が拡がってしまっているアレサには、街に戻ることは出来なかった。


 なにより、迷いがなくなった彼女たちにはもう、回り道や寄り道をする気も起きなかった。ただ自分たちの夢に向かって……結婚に向かって……魔王のもとへと、一直線で向かうだけなのだった。



 と、思っていたら……。


「あー! 私、さっきのとこに忘れ物しちゃったみたーい⁉ ちょっと、取りに戻るねー? アレサちゃん、先行っててー。すぐに追いつくからー」

 地の文で「寄り道せずに一直線で向かう」と説明したそばから、それと相反(あいはん)するようなことを平気で言ってしまう、適当な性格の偽勇者ウィリアなのだった。


「……ええ、分かったわ」

「じゃ、行ってきまーっす」

 そう言って、もと来た道を走っていくウィリア。あっという間にその姿が見えなくなる。

「……」

 いつもなら、「ま、待ってウィリアー! 私も一緒にいくわー!」なんて言って彼女を追いかけても良さそうなものだが……今のアレサは、静かに見送るだけだ。

 彼女は、ウィリアの本当の目的に気づいていたのだろう。


 それからやがて彼女は、

「オルテイジア……これで、昨日の分はチャラだからね……」

 そうつぶやいて微笑むと、一人ゆっくりと歩き始めた。




……………………………………………………




「く……」

 先程死闘が繰り広げられた廃墟に、一人たそがれているオルテイジアがいる。


 彼女の体はさっきのままボロボロだが、実は、その物理的なダメージ自体は大したことはなかった。勝負の決め手となったアレサの体当たりも、そのあとで岩にぶつかったことも、真の勇者であり王宮騎士団団長の彼女にとっては、小指をタンスにぶつけた程度だ。

 だから……今の彼女が立ち直れないほどに打ちひしがれていたのは、むしろ精神的なダメージのせいだった。


 そもそもアレサのパーティをクビになった彼女が再びウィリアのもとに戻ってきたのも、今までずっと隠していた真の勇者という肩書を明かす気になったのも、ウィリアへの純粋な恋心があったからだ。

 パーティをクビになっても、勇者ならばお姫様(ウィリア)のそばにいられる。大好きな彼女とまた一緒に冒険をして、一緒にくだらないことで笑いあったりできる。そう思ったから、彼女は勇者として現れたのだ。


 だから、こそ。

 さっきのアレサとの戦いで、彼女のウィリアへの想いの強さを思い知らされたことは、オルテイジアにとっては何よりも大きな精神的ダメージだった。

 アレサは、ウィリアに自分の気持ちを伝えた。断られるかもしれないのに、それでも勇気を振り絞って愛の告白をした。……でも、自分は違う。

 自分は、ウィリアにこの気持ちを伝えることが出来なかった。

 幼い頃からずっと一緒にいたのに。アレサよりもずっと近くで、ずっと彼女を見てきたのに。さっきアレサに言われるまで、自分の気持ちに正直になることが出来なかった。


 ふ……。

 本当に、「世界一臆病者の勇者」……だな。


 つまらない冗談を言うように、自虐的に微笑もうとする。しかし、それはうまくいかない。瞳から溢れ出しそうな熱い液体を抑え込もうとして、眉間にシワが寄っていたから。下唇を、血が出そうなほど強く噛んでしまっていたから。

 オルテイジアのウィリアへの想いが、本物であったからこそ。それが今、悔しさと、悲しさと、後悔の力へと変わって、彼女自身を苦しめていたのだった。



 と、そこで……。


「オ・ル・ティ・ちゃんっ」

「……ひ、姫っ⁉」

 廃墟で打ちひしがれていたオルテイジアの眼の前に、ウィリアが現れた。


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