第8話
少女に裏切られたことに、ショックを隠せないアレサ。
「ふ……」
そんな様子に、オルテイジアは得意げにつぶやく。
「さてと……ここでお前たちに、さっきの勇者授業の続きをしてやろうか……」
それから……。
彼女はおもむろに、少女の家の壁際にあったタンスをしらべる。そして、中からヘソクリらしき現金を見つけると、
「ふむ。たった1000Gか……」
とつぶやいて、それを自分のサイフに収めてしまった。
「貴女……な、何を……?」
次に、キッチンの隅に小さな道具箱を見つけたオルテイジアは、それを床に叩きつけて破壊する。そして、中から出てきた薬草を拾い上げると、「お……これはちょうどいい」と言ってその薬草をつかう――自分の口の中に放り込んで、ムシャムシャと食べてしまった。
「あ、あー⁉ オルティちゃんったら、山賊みたーい! お行儀わるいんだー!」
ウィリアが指摘するように、その行動はただの略奪者のようだ。
「ちょ、ちょっと、何をしているのよっ⁉ や、やめなさいよ!」
アレサも、そんな彼女に慌ててしまう。
当然だろう。
その現金や薬草は――ランキング上位冒険者のアレサたちにしてみれば取るに足らないものだが――両親を亡くしたその家の少女にとっては、なけなしの蓄えなのだ。それを奪われてしまえば、金を稼ぐあてのないその少女は明日生きていくことすら危うくなってしまう。
だから、たとえ勇者のオルテイジアとはいえ、そんな無法行為が許されるわけがない…………いや。
「ああん! オルテイジア様、ありがとうございますぅ!」
その家の家主である少女は、そんな乱暴な行動をしたオルテイジアにも憧れの瞳を向けているのだった。
「こ、これは一体……どういうこと……?」
「ふふふ……」
わけが分からず、自分の目を疑っているアレサ。そんなアレサに、オルテイジアが説明する。
「『市民が勇者を手助けすると、国から補助金が与えられる』……そんな勇者関連法くらい、アレサだって知っているだろう? これも、その一つさ。勇者の戦闘によって家具が破壊されれば、その家の家主にはその分の補償金が出る。市民が勇者にアイテムや金銭を提供すれば、当然その分も補填される」
それから彼女は、優しい表情で少女に告げる。
「国には、『勇者に10万Gとエリクサーを提供した』と申請しなさい。その分の補填金と、ここに魔女を引き留めてくれたことへの協力金、私が入ってきたときに壊したドアの補償金……それに、この『勇者を招いた家』を観光地として入場料をとって公開すれば、きっと私の応援者が世界中からやってくる。そうなれば、お前はもっといい家に住めるし、これから一生お金に困ることもないだろう。両親を救えなかったことに対する、私からのせめてもの罪滅ぼしだ」
「……はいっ! 勇者様、ありがとうございますっ!」
そう言って、瞳にウルウルと嬉し涙を浮かべて感動している少女。それは、さっきのアレサには作ることができなかった表情だ。
少女はその瞬間、確かに「救われた」のだ。
「これが、勇者だ」
オルテイジアがまた、アレサに向かって妖精王の剣を振りかぶる。そのピンク色の刀身が、まばゆいオーラを帯びる。
「か弱き者たちの期待と希望を背負い、それに応えることを宿命づけられた者……。そして、それに見合うだけの権限を与えられた特別な存在……。お前たちには救うことができない人間を、救うことができる……この世界を救うことができる、唯一の存在……それが、勇者という存在の本当の意味なのだ!」
その言葉とともにオルテイジアは剣を振り下ろし、オーラの剣撃を飛ばす。
「そ、そんな……そんな……」
逃げ場のない狭い室内で、オーラがまっすぐアレサに向かっていく。眼の前の出来事へのショックから立ち直れていないアレサは、それに対処ができない。
「ア、アレサちゃんっ⁉」
素早くアレサの前に飛び出してきたウィリアが、そのオーラを自分の剣で弾こうとする。しかしそのオーラの勢いは想像以上にすさまじく、防ごうとしたウィリアとアレサも巻き込んで、そのまま少女の家の壁を突き破って、外に吹き飛ばしてしまった。
「くっ……」
「きゃーっ!」
「ふむ……また、補償金が上がったな」
そうつぶやきながら、家の壁に大きくあいた穴からオルテイジアも外に出てくる。彼女は、家の向かいのレンガの壁にぶつかってグッタリとしている二人のもとまでやってくる。
「アレサ……もう、これで終わりにしないか? 私も、かつて共に戦った仲間を、これ以上傷つけたくはない」
「ぐ……」
「アレサ……ウィリア姫を置いて、この場を立ち去るんだ。お前なら、魔法で誰も見られずに消えることくらいはできるはずだ。そうすれば、あとは私が適当に話を合わせておいてやる。『魔女は勇者の私が退治した』……『聖なる光の力で亡骸も残さずに消滅させた』……とな」
……確かに。
さっきの家の少女はまだ、大きくあいた壁の穴からこちらを見ている。周囲の家の扉や窓からは、野次馬している住民もたくさんいる。
だが、この状況でも『炎の壁』の魔法か何かで一瞬そのギャラリーの視線から自分の姿を隠し、そのスキに透明化の【空】の付与術を起動すれば……「魔女」が、逃げるのを諦めて自爆したように見えなくもない。その状態でこの場を立ち去ってしまえば、あとはオルテイジアが街の人たちに適当に説明してくれるだろう。
しかし……。
「じょ、冗談じゃないわっ!」
そんな提案を、受け入れられるはずがなかった。
「そ、そんなのでいいわけが……!」
アレサがそれを突っぱねようとしたとき……。
「……私が」
隣のウィリアがゆっくりと立ち上がり、二人の間に割り込んだ。
「え」
その行動の意味が分からず、アレサは言葉を止める。ウィリアは切ない表情でチラリとアレサを見たあと、オルテイジアに向き直って言葉をつづけた。
「私が……自分は勇者じゃなくて、ただの普通の王女様だったって認めれば……。世界中のみんなに、『オルティちゃんのほうが本当の勇者だったんだよ』って言って……『騙しててごめんね』って謝れば……アレサちゃんのこと……もう、『魔女』って言わないでくれる?」
「ウィリア……」




