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第6話

「うっ!」

 アレサの顔に、市民の一人が投げた卵が当たる。

 もちろん、これまで幾多のモンスターたちと命をかけた戦いをしてきたランキング一位パーティのアレサが、一般市民の投擲(とうてき)程度で大きくダメージを受けることはない。しかし、精神的なダメージは別だ。


 今までどこにいっても歓迎されて、優遇されてきた勇者パーティ。その一員の自分が、少し前にモンスターから解放して救い出した街の住人から、物を投げられている。明らかな敵意を向けられている。その状況は、彼女の心にえぐるような深い傷を与えていた。

 さらには、そんな自分の状況以上に、アレサの心に陰を落としていたのが、

「そ、そんな……こんなのって……」

 そんな周囲の住人たちの行動を目にして大きなショックを受けているらしい、ウィリアの姿だった。


「ど、どうして……? みんな、今まで私たちに、あんなに優しくしてくれてたのに……」

「ウィリア……」


 無理もないだろう。

 彼女は幼いころから、勇者として、そして何より一国の王女として、他の人間たちから大事に大事に育てられてきたのだ。人の善意と愛情に囲まれて育ってきたのだ。そんな彼女にしてみれば、仲間のアレサが悪の魔女扱いされて迫害されている今の状況は、信じられないものだったはずだ。耐え難い苦痛だったはずなのだ。


 自分への攻撃よりも、ウィリアが見せるそんな心の痛みに耐えられなかったアレサは、全力で動いていた。

「ここは一旦、退()きましょう!」

 そう言うと、対峙していたオルテイジアの足元に火属性の魔法を投げつける。

 それは攻撃ではなく、補助系魔法の炎の壁(ファイア・ウォール)だ。その魔法が当たった地面から垂直に炎の壁が出来上がり、オルテイジアの眼の前に進行を妨害する障壁となって現れる。

 その魔法で出来た一瞬の猶予の間にアレサはウィリアの手をとり、オルテイジアに背中を向けて街の大通りを走って逃げていった。


「無駄なことを」

 オルテイジアは眼前に広がる炎の壁に向けて、『輝きの剣(ラスター・ソード)』で、オーラすら溜めずにただの通常攻撃をする。すると、妖精王の強い魔力が込められた剣はアレサの魔法を打ち消してしまい、あっという間にその障壁を取り除いてしまった。


 それから彼女は、

「もう少し、市民(ファン)サービスしておくか」

 とつぶやいて剣を天にかざし、今度は自分の力を溜める。そして、だんだん遠くなっていくアレサの背中に、狙いを定めた。

「魔女アレサよ、喰らえっ!」

 そして彼女に向かってその剣を振り下ろし、『オーラを飛ばす』という特殊効果を繰り出し…………そうとした。


 しかし。

「……いや」

 彼女はその途中で何かに気づき、その手を止める。

「ふ、ふふ……ふふふ……」

 そして、()える必殺技を期待していた周囲の一般市民が「一体どうしたのか?」と怪訝に思うのも気にせずに、一人で小さく笑うのだった。




……………………………………………………




「はっ、はっ、はっ……」

 ウィリアを連れて逃げるアレサ。その行き先に、どこかアテがあるわけではない。ただ、とにかく今は足を動かしているだけだ。

 後ろを振り返ると、オルテイジアが追いかけてくるのが見える。まだだいぶ距離はあるが、さっきの『オーラ飛ばし』なら充分な射程範囲だ。それを警戒したアレサは、

「ウィリア、こっちよっ!」

 大通りから続く家と家の間の細道に入って、オルテイジアに自分たちの姿が見えなくなるようにした。



 レンガ造りの家に挟まれ、日の光が届かない薄暗い道が続く。

「ア、アレサちゃん……ど、どうしよう? 私たち、これからどうすれば……」

 そんな光景に引きづられたのか、いつもは適当なはずのウィリアの表情も、今は暗く不安そうだ。繋いだ彼女の手も、小さく震えている。

「大丈夫よ……。きっと、大丈夫だから……」

 そんな励ましの言葉とは裏腹に、実は今のアレサの頭の中にもかなりネガティブな感情が浮かんでいた。


 ウィリアは勇者ではなかった。真の勇者はオルテイジアだった。

 それは、アレサたちのこれまでの行動の根幹を揺るがす事実だった。


 勇者だから、勝手が許される。勇者だから、市民から応援される。勇者だから、魔王を倒すと恩赦(クリアボーナス)を受けられる。だから、二人は結婚できる。

 では、ウィリアが勇者ではなく、アレサも魔女なんて言われている状況で……。勇者パーティではなくなった二人が魔王を倒しても、恩赦は受けられるのだろうか? 魔女が王女と結婚することを、王国の人間は許してくれるのだろうか? 市民は、祝福してくれるのだろうか?

 立ち止まるとそんなことで頭がいっぱいになってしまいそうで、今はただ、街の裏通りの細道をあてもなく逃げ続けるしかないのだった。



 と、そのとき。

「勇者様! こちらですっ!」

 その暗い細道に面した一つの建物から、こちらを呼ぶ一人の少女の声があった。

「あっ」

 おそらくは自分の家らしい小さな建物の入口で、扉を開けて、その中に入るようにと二人を招いている少女。アレサたちは、その少女の顔には見覚えがあった。


 彼女は、この辺境の街ラムルディーアがモンスターに占領されていたときに、そのモンスターたちの生贄にされそうになっていた人物だ。危うく命を落とすところを、街に到着したアレサたちによって救出された……いわば、アレサたちのことを命の恩人と思ってくれている少女だった。


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