第10話
「こりゃーまーあかん。この勇者ら、でらつえーだがねー。えらいでかんわー」
ウィリアに捕まってしまった呪術師は、そんな不思議な言葉で何かを言っている。おそらくそれは、彼女の種族であるダークエルフの言葉だろう。
「降参しよまいしよまい。もーはい何もせんとでな、堪忍してちょー。体がこわけてしまうだぎゃー」
「……?」
しかし、それがあまりにも独特で何を言っているのか全然分からなかったので、アレサたちはとりあえず、彼女のことは無視することにした。
「呪術師が使う呪術は、狙った対象の身体能力を封じるものが多い。だからイアンナ……貴女が用意したこの呪術師はさっきの戦闘のあいだずっと、私にその呪術をかけていたの。私の足が動かなくなる呪いをね。そのおかげで私は、レナカやスズから攻撃を受けたり、ハルの魔法で隕石に狙われていたときに、その場から一歩も動くことが出来なかった。それどころか、ウィリアが気絶させられてしまったときですら、彼女に回復魔法をかけにいくことも出来なかった。そういう意味では、貴女の作戦は成功したのでしょう。貴女が用意したダークエルフの呪術のおかげで、私は自分の行動にかなりの制限を強いられていたのだから。でもね……」
アレサはそこで、さっき自分の火球によって火だるまになってしまった格闘家のスズに視線を向ける。
彼女はすでに僧侶ナンナの回復魔法によって全快していて、小さな火傷のあとさえない。せいぜい、黄色いチャイナ服風の装備が軽く焦げているくらいだろう。
それを見て、心から安心した様子で、口元を緩めるアレサ。
しかし、すぐにまた真剣な表情に戻って、イアンナに対する言葉を続けた。
「でも……そのせいで格闘家のスズが私の魔法を食らってしまったことは、絶対に看過することができないわ。イアンナ、貴女には分からなかったのかもしれないけど……あのときスズは、私が魔法で反撃しようとしていたことなんか、とっくに気付いてたのよ? 気付いていたけれど、きっと貴女が【盾】を付与してくれると思っていたから、あえてそれを受けることを選んだの」
「え……」
「どうせノーダメージでいられる私の魔法はわざと食らってしまって、そこでスキが出来た私に自分の攻撃をあてて、勝負を決着させることを選んだ。貴女の付与術を信頼して……貴女自身のことを信頼して……あえて、私の攻撃を受けるという選択をしたの。なのに貴女は、彼女のその信頼を、裏切った」
「……ぃっ」
イアンナが、喉をひねって絞り出したかのような、声にならない悲鳴をあげた。
「あれが、ただの初級魔法の火球だったから、まだ良かったけれど……。もしも私があの時使ったのが、もっと上位の攻撃力の高い魔法だったら? スズはあのとき、わざと食らった私の攻撃で命を落としていたかもしれない。実力では私なんかとっくに凌駕していたはずの彼女が……貴女が『今は【盾】を付与出来ない』ということを教えてくれなかったせいで、私に殺されていたかもしれないのよ?」
「そ、そ、そんな……」
「貴女が勝手に三位の呪術師を呼んでいて、それを味方にさえ秘密にしていたことが、そんな重大な結果を招いていたかもしれない……それを貴女は、分かっているの?」
「そんな、つもり……は……」
イアンナの体は、震えている。
さっきまでの、「パワハラ上司」のアレサに怯えているときなんか比べ物にならないほどに激しく、震えていた。
「確かに、私がパーティから貴女をクビにしたことは、かなり乱暴でヒドい行動だったと思うわ。それに、貴女が一度に八つも付与術を使えるような超天才の付与術師だってことを見抜けなかった私が、パーティリーダーとしてまだまだ未熟だったことは間違いないでしょう。貴女がそれを恨んで、復讐を考えるのも、無理はないわ。……でもね。それを言うなら、私たちにそのことを教えてくれなかった貴女だって、充分にヒドいじゃないのよ? 貴女が普通の付与術師じゃなくて、もっと才能と技術を持っているのだと知っていたら。付与術を同時に八つも使えるような天才付与術師なのだと知っていたら……。これまでの冒険で私は、それ相応の作戦をたててきたはず。貴女が私たちに気づかれないようにこっそり付けてくれていたらしい付与術なんかじゃなく……もっとしっかりパーティ全体の作戦として貴女の付与術を組み込んで、私たちはこれまでよりも、もっと安全に冒険を続けることが出来たはずなのよ」
「ち、ちが……ちがう……」
そのときのイアンナの震えは、自分の行動がアレサに責められているから……ではない。むしろ、自分自身で自分の行動が許せなかったのだ。
意気地なしの彼女だったからこそ、そんな自分の行動がとんでもない結果を招いてしまうかもしれなかったことに、ショックを受けていたのだ。
しかしアレサは、そんなイアンナに対しても容赦なく、トドメを差すような言葉を告げるのだった。
「自分勝手な貴女の秘密主義は、冒険者パーティという一つのチームにおいては、致命的なマイナス要因なのよ。貴女の一存で勝手に付与術を付けたり外したりされたせいで作戦に不確定要素が入って、パーティメンバーの誰かが危険になってしまうくらいなら……貴女がどれだけ才能と技術に秀でていたとしても、貴女はパーティにいてほしくない。私が貴女を見限ったことも、実は、貴女の実力なんて関係なかったの。貴女が何かを隠しているらしいことは、私、気づいていたのよ? でも、それをいつか私たちに教えてくれると思って、あえて問い詰めることはしなかった。私たちも貴女のことを、信じていたの。だけど……貴女はいつまでたっても、それを教えてくれることはなかった。謙遜だか、用心深いのだかは知らないけれど……。いつまでたっても、私たちに心を許してくれることがなかった。そんなふうに、いつまでも私たちに隠し事をしている貴女のことが、お互いに命を預け合うパーティメンバーとして信用できなかった。だから私は、貴女をクビにしたのよ」
「う、うう……ううぅぅ……」
もうイアンナは、アレサの言葉を否定することはできなくなっていた。
それは、アレサたちが自分をクビにしたことの正当性を認めたということ……自分の敗北を、認めたということなのだろう。
そんな哀れなイアンナには、もう誰も何も言うことが出来ない。
いたたまれない気分になったアレサは、ウィリアを連れて、その場をあとにしたのだった。




