お菓子に賭けたシャルロット
貴族学園、最終学年の最終学期。
つまりは、後がないどん詰まりの今、ラヴィス男爵家の娘であるシャルロットは非常に困っていた。
『卒業はギリギリ何とかなりそうだけど、就職先が無い!』
学業は赤点を取らない程度には頑張ったが、文官試験を受けるには全く足りない点数ばかり。
それでも見目が良くて愛嬌もあるならば、どこかで見初められて縁談が来るとか、どこかのご令嬢の取り巻き的侍女に取り立てられるとか、そんなことも起こったかもしれない。
しかし、シャルロットは地味だ。
その上、あまり美の方面に関心があるとは言い難く、その結果は地味に凡庸を上乗せした外見が証明している。
だが学業にも外見磨きにも興味を持てない彼女だが、お菓子作りへの情熱だけは誰にも負けない。
実家から送ってもらう小遣いも、最小限の日用品を買う他はお菓子の材料費に使ってしまう。
両親も娘のお菓子好きは承知だ。
しかしまさか年頃の娘が、髪を束ねるリボンの一本も買わずに小麦粉と砂糖を買い込んでいるなんて思いもしなかった。
シャルロットにとって幸いなことに、貴族学園の図書館には製菓の本が充実していた。
外国の文化を知るための一環で、国外の製菓の本が最初に取り揃えられたのだが、それに興味を持った生徒から国内の製菓の本がなければ比べられないという意見が出た。
もっともなことだと、国内で食べられている伝統的な菓子から、貴族用菓子、平民用菓子などが紹介された様々な本が揃えられたのである。
シャルロットは製菓関係の書棚が充実した後の入学となったため、その恩恵を十分に受けられた。
当然だが、外国の製菓の本は外国語で書かれている。
けれど、好きなジャンルというものはしばしば当人の苦手意識を飛び越えるものだ。
わからないながらに何度も読み込むうちに、なんとなく、いくつもの外国語について親しみを覚えた。
それは学習の助けになり、赤点回避の原動力にもなったのである。
貴族学園の一般寮は二人部屋だ。
シャルロットの同室は、同じく男爵家令嬢のミレーヌ・ルキエ。
ミレーヌはしっかりした娘で、きちんと就職先を決めていた。
同い年で同じ学園に在籍中の、寄り親筋の伯爵家のご令嬢が辺境に嫁ぐので、その侍女としてついていくのだ。
実習室の隅を借りてお菓子作りをするシャルロットだが、味の感想は主にミレーヌによってもたらされる。
お菓子作りは材料費がかかるので週一が限度だし、量も多くは作れない。
今週のお菓子はリンゴのケーキ。
これは一日寝かせた方が美味しいので、翌日の夜のお楽しみだ。
ところが翌日の放課後、ミレーヌが血相を変えてシャルロットのもとに来た。
「ねえ、お菓子、ある?」
「え?」
「ああ、ごめんなさい。話が見えないわね。
あのね、今日、ジョルジェット様のお茶会があるのだけど」
ジョルジェット様とは彼女が侍女として仕える予定のブルダン伯爵家令嬢である。
「注文してあったはずのケーキが、無いのよ!」
お茶会の支度を手伝っていたミレーヌが事務室に取りに行ったのだが、そこにありますと指示された場所をいくら探しても見つからない。
納品書を見ても、事務室までは間違いなく到着しているのだ。
「誰かが間違えて持って行ってしまったのかもしれないけど、探す時間も無くて」
「お茶会の参加人数は?」
「今日は主催のジョルジェット様を含めて四人よ」
「じゃあ、なんとかなるかな?」
きのう焼いたケーキはリング型で、奮発してリンゴの蜜煮をたっぷり使っている。急いでアイシングで飾れば、まあまあの見た目になりそうだ。
シャルロットはケーキを保管してある自習室に向かうと、ささっと作業を済ませて箱に納め、ミレーヌに渡した。
「ありがとう、このお礼はいずれ……」
「気にしなくていいわ。それより気を付けて運んでね」
「うん、大事に持って行くわ。ほんと、ありがとう!」
その夕方、戻って来たミレーヌは、王都の有名ケーキ店の包みを抱えていた。
「それ、どうしたの?」
「行方不明のケーキが、お茶会が終了してから出てきたの!」
ミレーヌの説明によれば、そのケーキがお茶会で使われると知っていた同級生が気を利かせて運んでくれようとしたのだが、途中で別の用事が入り、他の生徒に言付けたところ、行き違いがあって時間までに届かなくなってしまったのだという。
余計なことをして混乱を招いたと、土下座せんばかりに謝った彼女たちに対し、件の伯爵令嬢は怒ることも無く、こう言った。
『大丈夫よ。わたくしの優秀な侍女候補が、美味しいケーキを用意してくれましたから。
ご厚意でしてくださったことですもの、あまりお気になさらないで』
「ジョルジェット様、かっこいいわね!」
シャルロットは、その気遣いに感心した。
「でしょ! しかも、都合上余ってしまったケーキを、手作りケーキのお詫びに持たせてくれたのよ」
「お詫びなんて……あのケーキの材料費に手間賃をいくら上乗せしても、とても届かない金額のケーキだわ!
むしろ、お礼を言いに行かなくちゃ」
「それは、わたしがしっかり言っておくから大丈夫よ」
「そう? ありがとう、ミレーヌ!
そうとなったら、急いで夕食を済ませましょう!
そして、デザートにそのケーキを頂きましょう!」
「わたしもお相伴させてもらえるの?」
「もちろんよ!」
若く元気な娘たちは、寮の食堂でしっかりと夕食を平らげると急いで部屋に戻り、夢のように美味しいデザートをいただいた。
「天国でケーキが出たら、こんな美味しさ?」
「こういうのを食べなれてるジョルジェット様が、あなたのケーキをとても喜んでいたわよ」
「田舎っぽいケーキが珍しかっただけじゃないかしら?」
「あなたのケーキは本当に美味しいわよ」
ミレーヌの言葉は真実だったらしく、数日後、シャルロットはジョルジェットに呼び出された。
「わたくし、辺境伯家に嫁ぐことになっておりまして」
「はい伺っております」
「わたくし、お菓子が大好きなのですけれど辺境伯領には王都ほど気の利いたお菓子屋さんがありませんの。
取り寄せでは品物も限られますし、どうしても時間がかかってしまいます」
「はい」
「ですが、辺境伯領は農業が盛んで、良い小麦が穫れる上に果樹の種類も多いのです。
畜産も歴史があり、立派な牛や鶏が育てられていて、卵も牛乳も質が素晴らしいのです」
「まあ!」
「つまり、お菓子職人さえ連れて行けば、美味しいお菓子食べ放題なのですわ!」
「わかります!」
「というわけで、貴女、わたくしの侍女兼お菓子職人として、一緒に来てくださらない?」
「そんな大役、わたしでよろしいのですか!?」
「ええ。この前、譲っていただいたケーキ、美味しゅうございましたわ。
ミレーヌによれば、あなたは就職先をお探しだとか。
この話を受けてくだされば、その素晴らしい腕を振るい放題ですわよ」
「是非、お供させてくださいませ!!」
卒業を目前にして、夢のような就職が決まった。
しかし、卒業できなければさすがに、この話も流れてしまう。
シャルロットはケーキへの愛情と執念を糧に、最後の試験を乗り切った。
さて、無事に卒業式を終えたシャルロットは、二日後には辺境へ向かう馬車に揺られていた。
実家には手紙で就職先のことを伝えてあるし、了承ももらった。
わざわざ時間とお金をかけて帰らなければいけない用事もない。
それで、卒業式の二日後にジョルジェットの嫁入り道具の一部が運ばれるのに合わせて、一緒に乗せて行ってもらうことにしたのである。
高価な道具を運ぶ馬車は進みが遅く、長い旅程になったが、卒業間際のあの忙しさから解放された後の疲れを癒すにはちょうどいい。
積み荷を傷めないよう、最新式のバネを採用した特別な馬車はもちろん人間にも優しい。
シャルロットは移動中はたっぷり眠って、停まれば率先して食事の支度や雑用を手伝った。
やがて到着した辺境伯家の敷地は、想像を絶する広さだった。
常に国境を警備するために抱えている騎士団の施設はもとより、自家用の農場も広大なものだ。
花嫁が到着するまでは仕事がないシャルロットは、何かお手伝いはないかと家政婦長に相談してみた。
すると、敷地内の様子を覚えるためにまずは散歩を、と勧められたのである。
というわけで翌日、シャルロットは散歩に出た。
目指すは当然、農場だ。
「君は、野菜泥棒かな?」
「違います!」
入り口でキョロキョロしていたら、作業着姿の背の高い男に声をかけられた。
「じゃあ、牛泥棒?」
「そんなもの、重すぎて盗めませんよ!」
本当に疑っているのかいないのか、男の質問はなんだか間が抜けている。
「わたしは、ここへ嫁いで来られるジョルジェット様の侍女です。
荷物と一緒に運んでもらったので、先に着いてしまいました。
家政婦長さんにお聞きしたら、しばらくは散歩でもして敷地内に慣れたらどうかとアドバイスをいただいたのです」
「しかし、侍女にしては農場を見る目が真剣すぎる。
僕としては大いに怪しむべきだと思うのだが」
「農場にはたいへん興味があるのです。
実は、わたしはお菓子作りが得意なので、侍女に加えていただいた次第で……」
シャルロットはケーキ紛失事件の顛末をかいつまんで説明した。
「なるほど、そういうことか。よくわかった。
つまり君は今、暇なんだな?」
「はい」
「だったら、バターと生クリーム作りを手伝わないかい?」
「バターと生クリームですって!? 手伝うに決まってます!」
「じゃあ、こっちへ来て」
にやりと笑った男は存外若そうだ。
作業着を借り、充実した施設での作業。
夢中で手伝ううちに、とうとう日が暮れてしまった。
すっかり疲れて戻るのが面倒になったシャルロットは、男に言われるまま農場事務所の仮眠室に泊めてもらったのである。
仮眠室は鍵付きで、男はまあまあ紳士だと安心して眠る。
翌朝はすっきりさわやかに目覚め、乳しぼりを手伝った。
朝食にはしぼりたての牛乳に、とれたて野菜。
そこに炙った自家製ソーセージとくれば、美味しくないはずがない。
すっかり頬っぺたが落ちかけたシャルロットがニマニマと味を反芻していると、事務室のドアがたたかれた。
「兄さん、こっちに、若いご令嬢が来なかっただろうか?」
入ってきたのはジャケットこそ着ていないが、きちんとした貴族らしい装束の若い令息だ。
「若いご令嬢? 心当たりがないが。君は、見たかい?」
「いいえ? 今朝は牛と鶏しか見ていませんが」
昨日会ったばかりの農場の男に話を振られ、自然に答えてしまうシャルロット。
「いやいやいや、君は誰だ?」
身なりのいい令息は、シャルロットに訊ねる。
「あの、あなたはどなたでしょう?」
「申し遅れた。僕はこの辺境伯家の跡継ぎのエミリアン・プランタンだ」
貴族装束の男は、ご主人様の夫になる人だった。
「これは失礼いたしました。
わたしはあなた様に嫁がれるジョルジェット様の侍女として参りました、シャルロットと申します」
「うん、僕が探していたご令嬢は君だ」
「はい?」
「家政婦長が散歩を勧めた結果、行方不明になった侍女がいることが今朝になって発覚したんだが……無事でよかったよ」
「も、申し訳ございません。
自分が捜索されるなど思いもよりませんで……」
「いやいや、兄さんが悪いよ、これは。
こっちに泊めるなら母屋に連絡してくれないと」
「済まん。彼女はよく手伝ってくれるので、黙っていれば農場で働いてもらえるのではないかと思ったのだ。
第一、敷地に慣れるための散歩で、最初の行き先に農場を選ぶような女性を逃しては男が廃る!」
「いや、兄さんの特殊な事情や思い込みに他人を巻き込まないでくれ」
「お言葉ですが、わたしは本当に心から喜んで手伝わせていただいております。
ご迷惑でなければ、ジョルジェット様が来られるまで、こちらで手伝いたいと思うくらいなのですが……」
「ほら見ろ!」
農場の男は勝ち誇る。
「まあ、本人がいいならしょうがない。
でも、シャルロット嬢、嫌になったら母屋に逃げてきていいんだからね。
この畜産部門は、住み込みの使用人に逃げ出されたくらいなんだから」
「逃げ出されたとは人聞きの悪い。
あいつら、ちゃっかり野菜果樹部門の使用人寮から、この畜産部門に通いで来てるじゃないか」
「そりゃ、仕事自体を放り出すような者を雇ってはいないからね」
「エミリアン様、お心遣いありがとうございます。
でも、わたしは大丈夫です」
「……そうか。じゃあ私は、君の無事を知らせておくよ。
くれぐれも手伝いはほどほどに。
兄さんも、彼女をこき使いすぎないでくれよ」
「心配はいらん。生き物の扱いは心得ている」
「生き物……には違いないけれど。もう、頼むよほんと」
シャルロットは心から頭を下げて次期当主を見送ると、農場の男に訊ねた。
「あの、兄さんというのは?」
「言葉通り、僕は次期辺境伯の血のつながった兄のパスカル・プランタンだ。
僕は農場の仕事がしたいのでね、跡継ぎは弟に頼んだんだ。
今は農場の畜産部門の管理者だ」
「ああ、そうなのですね」
「……君は、変には思わないんだな」
「変?」
「この話になると、たいていの人間は、長男が継がないなんてとか、農場の仕事は誰でもできるでしょう、とかグダグダ言い出すものなんだが」
「だって、お好きなのですよね。農場のお仕事が」
「ああ」
「だったら、それでいいと思いますけど」
「うん、それでいいんだ」
「はい」
シャルロットだってお菓子バカ。農業バカの気持ちなら察せるのだ。
それが伝わって、二人はふいに微笑み合う。
それから半月後、ジョルジェットが辺境伯領へ到着した時、シャルロットはまだ農場にいた。
「エミリアン様、パスカルお義兄様がわたくしの菓子職人を拉致したというのは、どういうことですの?」
「ジョルジェット、やっと二人でゆっくりお茶を飲める時間が来たというのに、最初の話題がそれかい?」
若夫婦のための真新しい居間では、ジョルジェットがエミリアンに詰め寄っていた。
「だってだって、嫁ぐ間際になって見つけた、わたくしの宝物のような菓子職人ですのよ?
返していただけないと、生活の楽しみが減ってしまいますわ」
「兄さんは自分のテリトリーに、あまり女性を入れたことがないんだ。
使用人の報告からして、彼が大事にしているバターと生クリーム作りの作業を初日から手伝わせるなんて、よほどのことなんだよ。
彼女を逃したら、兄さんはお嫁さんをもらわないかもしれないとも考えているんだ」
「お義兄様のお嫁さん……それは確かに大事な話ですわね」
「ああ。明日にでも農場のほうに行ってみるかい?」
「ええ、そうしますわ」
翌日、ジョルジェットとエミリアンが農場へ行ってみると、畜産部門の使用人たちが総出でレンガを積んでいた。
二人の姿を見かけて、シャルロットとパスカルが飛んでくる。
「ジョルジェット様! お出迎えもせず、申し訳ございません」
「いえ、あなたが元気なら構わないわ。
それにしても、これは何を作っているのかしら?」
「パスカル様が、野外オーブンを新設してくださっているんです」
「野外オーブン?」
「これは義妹殿、出迎えに行かなくて済まなかった。
だが、このオーブンが完成すれば、君の好きなお菓子が食べ放題だ」
「お菓子食べ放題……」
「というわけで、君の侍女シャルロット嬢を農場にもらえないだろうか?」
「……兄さん、また、話が唐突過ぎるよ」
「さっさと切り札を出したほうが話が早いに決まってる」
「兄さんが次期当主を降りたのが正しかったことだけは、よくわかった」
「エミリアン様、シャルロットがいいなら、農場で働いてもらいましょう」
「君はそれでいいのかい?」
「ええ、だってお菓子食べ放題ですもの!
第一、そのためにシャルロットに来てもらったのですし」
「あのう、お言葉ですがジョルジェット様、甘いものばかりではお身体に障ります。
いずれは、跡継ぎをお産みになるのですし」
「そ、それはそうですけど……」
「わたし、パスカル様の蔵書で勉強したのです。
お菓子の幸せも大事ですが、身体のためには栄養のバランスも大事です。
これからは、そういうおやつも研究していきたいと思います!」
「そうね、あの美味しいお菓子を作るあなたのことですもの。
きっと、甘くなくても素敵なおやつを期待できるわよね?」
「おまかせください!」
「話は決まったようだな。
これでシャルロット嬢は僕のものだ。
ついでに、婚姻もしておくか」
「こらこらこらこら! 兄さん、そんな乱暴な話が通るわけないだろう?」
「お前が横槍を入れても、シャルロット嬢がうんと言えばそれまでだ。
どうだろう、シャルロット嬢。
宝石やドレスはないが、この野外オーブンが僕の愛の証だ!」
「最高のプロポーズですね!」
「君は僕の相棒だ」
「はい! ありがとうございます」
「一緒に、辺境伯家の食を支えていこう!」
「頑張ります!」
「というわけでエミリアン、お前たちの婚姻式と披露宴の隅っこでいいから、ついでに僕たちのもやってくれ」
「兄さん! シャルロット嬢のご両親に許可を得るとか、式へ参加していただくための準備期間とかいろいろあるんだから、ついでは無理だ!」
「むう、自分たちだけ幸せになって、僕たちはお預けか?」
「私だって、ずいぶん我慢してきたんだ……って、こんなこと言わせないでくれ!」
「あら、わたくし、聞きたいですわ」
「ジョルジェット、君まで何を言い出すんだい?」
……というようなてんやわんやの挙句、話は目出度くまとまった。
ちなみに、使用人に逃げられた件についてはこういうことだ。
使用人たちは本来、決められた時間で決められた仕事をこなせばよい。
しかし管理者かつ当主一家の長子であるパスカルは動物の様子などで、少しでも気になることがあると時間割を無視して働いてしまう。
その仕事ぶりを目にすれば休むべき時にもおちおち休めず、堪りかねて畜産部門の寮から出て行ったのである。
だが、さすがに婚姻前の二人だけを寮に住まわせるわけにもいかない。
畜産部の敷地内にパスカルとシャルロットの新居を建てることを条件に、半年だけ我慢してくれとエミリアンが頼み込んだ結果、使用人たちは寮に戻った。
ところが、勉強熱心なシャルロットがパスカルについて歩いてはあれこれと手伝いをする。
そのおかげで使用人たちは以前ほど気の休まらない思いをせずに済み、主従はよい関係に落ち着いた。
次期辺境伯夫妻の婚姻式が予定通り行われてから半年が過ぎ、ようやくシャルロットとパスカルの式の日となった。
前日まで農場で仕事をしていたシャルロットだが、ジョルジェットの侍女軍団に拉致され、別人みたいに磨き上げられる。
さすがに跡取りの婚姻ではないので仰々しい式はしない。
辺境伯家敷地内の小さな礼拝堂に司祭を呼び、誓いの言葉を交わすだけだ。
「やっと君と夫婦になれる」
礼拝堂の祭壇の前でそう言われ、シャルロットは隣に立つ男性を見た。
声には聞き覚えがあるが、顔を見れば初めましてな気がする。
「あの、どなたですか?」
「ひどいな、君の一生の相棒、パスカルだよ」
「パスカル様って、イケメンだったんですね」
「どうも。けど、君だってすごい美女じゃないか」
「ありがとうございます」
「しかし、婚姻の日に大事なのは披露宴の御馳走のはずだが、食事をするのに、こんなに着飾る必要があっただろうか」
「そうですよね。
お菓子はわたしが作りましたが、お料理は母屋の料理長の力作です。
心置きなくいただくためにはコルセットを外しませんと」
「誓いを済ませれば、もう夫婦。
僕が着替えを手伝っても大丈夫だな」
「あら、本当ですね。お願いしてもいいでしょうか?」
二人の前では中年の司祭が苦笑している。
「兄さん、義姉さん、司祭様が困っていらっしゃる。
そろそろ黙ってくれないかな?」
さすがに堪りかねて、エミリアンが口を出した。
その隣ではジョルジェットが扇子で顔を隠し、肩を震わせる。
「それは申し訳ない」
「ごめんなさい!」
だが、司祭は話の分かる人だった。
「そこまでかしこまらなくても大丈夫ですよ。
誓いの前からこんなに円満なお二人なら、きっと幸せになれますでしょう。
では、手短に。
互いの幸福のために、共に努力を怠らないと誓いますか?」
「「はい、誓います」」
「ここに、お二人が夫婦となったことを認めます」
礼拝堂を出れば、皆が撒く花の嵐。
祝いの言葉がかけられる中、ひょいとシャルロットを抱き上げたパスカルは着替えのために走り出す。
「パスカル様! お色直し用のドレスは母屋のほうに用意しておりますから」
慌てて声をかけるジョルジェットの侍女ミレーヌに、パスカルが応える。
「コルセットありか?」
「もちろんです」
「では、却下だ!」
「そんな! シャルロット、いえ、シャルロット様、なんとかおっしゃってください!」
「わたしも同意見です。ごめんなさい~」
「ああそんな! 仕方ありません、せめて見た目がなんとかなるように、わたしもお供いたします」
「ありがとう、ミレーヌ」
集まっていた参列者たちは大きな笑い声で、彼らを温かく見送った。




