第九八話 開戦
ファントム・ストーンバードマンが率いてきた配下たち。
それらはまずブラットが国の周辺に【聖骸の砂】という、微量ながらアンデッド系や邪悪属性に極端に偏った存在を弱体化させる効果を持つ砂を、他の国民の協力も得て撒いていたことにより、知らず知らずのうちにデバフを受けていた。
人類側にも少なからずそういう種族もいるのだが、そちらには我慢してもらい補助に徹してもらう形でまとまっている。
さらに鳥系対策に【鳥もち玉】という、鳥限定ということもあって比較的安上がりで済む捕縛アイテムや、【弱聖水】という非常に安価でブラットでも大量に用意しやすいアンデッド対策アイテムも戦士たちに渡してあった。
他にもコスパがよく用意しやすい、特定の相手にだけならそれなりの効果を発揮してくれるトラップ系やバフ、デバフ系のアイテムも渡していた。
今までそういった搦め手だらけの相手との戦闘経験がないモンスターばかりだったせいか、それらは面白いように効果を発揮して人類側に大きく貢献してくれた。
(それに【霊忌札】も意外といい仕事してくれてたみたい)
【霊忌札】とは霊体系のモンスターが嫌がる札。非常に安価な代わりにBMOでは、大した効果もない雑魚アイテム扱いの代物だ。
けれどこちらではゲームの仕様による一定範囲における使用制限がなく、外壁にはじまり国中の壁や屋根にベタベタ貼りまくることができた。
そのおかげで一番大量に存在していた霊体の雑魚モンスターが国内に一切侵入できず、そのせいで先が詰まって後続の効果を無視できる強さを持つモンスターの動きを阻害してくれたと、被害減少においてファインプレーをかましてくれた。これにはブラットも驚きの成果だ。
そしてファントム・ストーンバードマン本体。
この戦いにおいてはスクロールによる、その魔法を使えない人間でも魔力さえあれば込められた魔法を一度だけ使える、使い切りのアイテムで火力を大きく補った。
スクロールはイベント中に手に入れた物やイベントの裏ミッション達成で貰えた選択制の報酬、変換箱や合成箱でたまたま出た物、イベントポイントとの交換などで、いろいろ用意できたこともあり、それぞれナイトメアの取り巻きに刺さりそうなものをピックアップできた。
(ただこれは、その魔法を発動できるだけの魔力を持ってる人じゃないと使えないんだよね)
そこでブラットは、とある仕事をしている者たちに目を付けた。
それは魔道具を最初にガンツたちと見に行ったときに説明された、国の運営にかかわる重要な大型魔道具を動かすのにも使われている魔力的な『燃料』を生み出しているという、生産部門の燃料課に所属する国民たち。
燃料はモンスター素材の使えない廃棄する物からもとれるが、魔力は有り余っているのに、それを使うための技能がない人たちの魔力を使うことでも生み出せる。
戦士としては無能扱いになるのだが、それでも国を運営するために必要な燃料を安定して供給できる燃料課の人員は国からかなり重宝されており、この職業に付いている者たちはそれなりに地位も高い。
ガンツが背負っていたエルフの女性──リュールなど魔力を使う技能こそ恵まれなかったが、魔力量だけなら一級戦士の魔法使いにも負けていない。
国が絶対に失いたくない人物であり、燃料課においてはトップの階級も持っている。
なので特に彼女に関してはアデルが口添えしても戦場に出すなんてと、少し他部署ともめたらしい。
けれど国を守ってこその燃料であり、安全も戦士たちが全力で守ることを保証するとまで言って、畑違いの彼女を引っ張り出すことに成功した。
(取り巻きを倒すには、耐久を削れるだけの力も絶対に必要だったから助かったね)
彼女以外にも彼女に及ばないまでも、それに近い魔力量を持つ者たちを、それぞれの取り巻き対策に借り受けていた。
そして取り巻きに特攻効果のある強力な魔法が刻まれたスクロールを彼らには渡してあるので、使うタイミングと他の燃料課の仲間と護衛の戦士たちとの連携さえミスしなければ、ブラットがいなくても確実に勝てるだけのお膳立てはしていたのだ。
もちろん取り巻きが使う攻撃スキル対策や、魔法攻撃力が上がる装備品も渡してあったりと、それ以外の補助も念入りにしておくのも忘れていない。
さらに今回はブラットも直接参加できたので、ナイトメア戦で使う予定のない余剰アイテムを使って処理することもでき、本来他にも対策部隊が使用する予定だったコストの重いアイテムも温存できたのは大きかった。
(戦力を分割してくれて、ナイトメアにはお礼を言いたいくらいだ。
おかげでこっちは予行演習ができたうえに、国中の皆が幽霊たちの襲撃に大勝利したっていう自信もついた)
さらにもう一つ、大きな収穫もあった。
なんとブラットと一緒に戦っていた、燃料課のエルフ系の女性──リュール、純人系の男性──コリン、ドワーフ系の男性──カールの三人が進化したのだ。
「お、驚きです。まさか、この歳で進化するとは思ってませんでした」
「たぶんセイクリッドバインドで、最後のとどめに貢献したって扱いだったのかもしれない」
ブラットがとどめをさすとき、この三人が【セイクリッドバインド】のスクロールを使って補助してくれていた。
それが功を奏してか、ファントム・ストーンバードマンを構成していたエネルギーを彼女らも体が吸収していたようで、全てを終わらせブラットたちが戻ってきたときには既に進化を終えていたのだ。
ブラットたちが国に送り届けるとき、その三人だけが体調不良を起こしたかのようにふらついていた。それが進化の予兆だったのだろう。
リュールは神聖属性の魔法が使える種族『ホーリーエルフ』、コリンはBMOでは器用貧乏な印象を持たれている製作系の種族『デクスタラスマン』、カールは鉱物の加工に特化した鍛冶系の種族『スチールドワーフ』へと至っており、もう魔力が多いだけの技能なしとは呼べない存在になっていた。
「これは僕も含めて、三人とも部署変えもありえそうだ……」
「うむ、そのへんは国が上手く采配してくれるじゃろうて」
「そ、そうなると私は戦士部に行く可能性も……? 大丈夫でしょうか……」
そうなってくると進化した三人の今後にも影響してくる。
ただ魔力を放出すればいい役職から、それぞれの技能に適した部署や課に送られる可能性が高い。
特にリュールなどアンデッドたちとの戦いで役に立つこと間違いなしの、神聖魔法を手に入れた。
無策に前へ放り込まれることはないだろうが、それでも何かしらの戦力として期待されてしまう可能性は高い。
リュールとコリンはどうなるのか不安そうに、カールはどうなろうと国の意思に従うまでと達観した様子を見せていた。
「とはいえ、あなたがたは国にとって重要な燃料を担っていた。
いきなりその課のエースたちが抜けたら、回らなくなるのでは?」
「で、ですよね! 自分で言うのもなんですが、私の抜けた穴はそうそう埋められませんから」
トッドがそんなフォローをしてくれたことで、リュールやコリンも落ち着きを取り戻す。
国家運営に燃料の確保は必要不可欠。リュールたちが担っていた分の確保ができる見込みがなければ、生産部門の上層部もそう簡単には部署変えを命じたりはしないだろうと。
(けどスクロールで発動した魔法でも進化できるなら、他の取り巻き戦を任せた部隊の誰かしらは進化しそう。
私としては戦力が増えそうでありがたいけど、燃料の供給を管理してる人は頭が痛そうだなぁ)
なにかしら後々フォローが必要になったら、そのとき考えようとブラットはそちらへの考えは一時中断し、スクロールで自分にないはずの力をアイテムで引き出しても、BMOと同じように経験値のようなものが人類側に入るという事実に注目していく。
(これはどこまでBMOと同じなんだろ。例えばBMOみたいに爆弾投擲だけで倒しても、零世界では経験値みたいなのは入るの?
他にも毒とか状態異常で殺す方法だってあるけど……うーん)
なんとなくだが、ブラットは無理そうな気がしていた。
スクロールによる魔法は、魔法を構成してくれるのはアイテムだが、構成するのに必要なエネルギーは自前で用意する必要がある。
だが爆弾や毒など自分という存在を一切挟まない方法で倒しても、討伐カウントはされなさそうだと。
(だってその手が使えるなら絶対、私の前任者たちが似たようなことをしてたはず。
けど経験値ポーション以外でも、進化させる方法が見つかったのは嬉しいかも)
スクロールは今回の期間限定イベントようなものでもなければ、なかなか狙ったものを入手するのは難しい。
それに幼年期の子らでは発動させるだけの魔力もなく使えないので、どちらにせよ経験値ポーションは必要。
けれど一度でも進化させることができれば、運ぶのすら危険視される経験値ポーション以外で二次、三次とその先の進化を促すことも可能ということ。
これは思っていた以上に早く、こちらで自分と共に戦ってくれる仲間を育てることはできそうだと、ブラットはBMOでの行動の一つにスクロール集めも念のため追加することにした。
戦意を高めた人類側の一方でナイトメア陣営はといえば、この期に及んでまだ、どうせ馬鹿みたいに油断したせいだと、いつぞやブラットにいいようにあしらわれた自分のことなど忘れて、ファントム・ストーンバードマンの死の原因を楽観視していた。
「ケケケ──」
自分が着くまで適当に遊んでいればいいものをという感情を鳴き声に乗せ、ナイトメアは失った取り巻きの席を埋めるため急造の眷属づくりをしはじめた。
本心では人類を、ブラットを侮っているのに、なぜか胸騒ぎが止まらなかったからだ。
ナイトメアは洗脳中のヤツハネガラスゾンビを一体と、ゴースト系のモンスターを素材に使い、自分の体の一部も消費し一体のモンスターを創り出すことに成功する。
「ゲケケケッ」
「クケーー!」
生まれ出たのは石の翼を持つ幽霊黒鳥。
ファントム・ストーンバードマンの方が格上だが、これでもある程度配下を任せられる力は持っている。
これ以上の数も質も産み出すのは負担が大きく、素材も消費してしまえば戦力が減ってしまう。
ナイトメアは目の前の幽霊鳥を見て、これでいいだろうと満足した。
自分が最初から本気でやれば、人間など──ブラットなど容易くひねってやれるのだからと。
「ゲケケケケーーーーーーーーーーーーーッ!!」
空に向かってナイトメアは咆哮を挙げ、全配下に向けて出陣の意志を伝える。
意志のある配下たちはやっと好きに暴れられると息巻き、意思のない配下たちはただ黙って進軍を開始する。
「ケケケッ」
待っていろ。そんな意思を込めて、ナイトメアはブラットたちがいる場所を目指し、岩石地帯を後にした。
ファントム・ストーンバードマンがやって来たような、よく晴れたアンデッドたちがもっとも活動しやすい夜のこと。
その日もナイトメアたちが攻めてきたときのためのアイテムが機能しているかチェックしてから、ブラットは自室でアデルと夜食を摘まんでいると、警鐘の音が国中に響き渡った。
方角は北。種族はゴースト系統。規模は極大。人類滅亡の脅威がある戦力が敵にあると判断されていた。
「今度こそ間違いなさそうだけど、どんな感じ?」
「────────ナイトメアが確認されたそうね。
それと他にも配下を率いてきてる。勢力の中で上位の力を持つモンスターが四体確認……四体?」
「ちょっと待ってくれ。取り巻きは数日前に一体、オレたちが倒しただろ」
また何かブラットには聞こえない音を聞くように耳を動かしていたアデルに、間違いではないかと確認を求めるが、間違っていないと彼女は首を横に振った。
「この短期間で生み出したか、もしくはヌイやブラットが見たときには、別の場所にいたかのどちらかでしょうね」
「そうきたかっ」
四体の取り巻き対策はしっかりとやって来たが、五体目の対策は何もしていない。
これはその新モンスター対策をしないと、無駄に被害が広がってしまう。
だが焦っても何も変わらないと、ブラットはすぐに冷静さを取り戻し情報を集めることにした。
「そのモンスターの特徴を何でもいいから片っ端から教えてくれ。
オレの知識にあったり、対策に役立ちそうなものが用意できるかもしれない」
「わかったわ。────────」
アデルは言葉を発していないのに喋るように口を動かし、声を聞くように耳を動かし、ブラットにはわからない方法で情報を集めていく。
「石の翼を持つ、黒い霊体の巨鳥──ナイトメア・ロックウィングバードよ」
「…………え? ナイトメア・ロックウィングバード?」
「ええ、そう報告を受けたけれど、何か不味い相手なのかしら?」
「いや、むしろよく知ってる相手で助かったって思ったところ。
アデル、ファントム・ストーンバードマン対策の部隊を集めてほしい。彼女たちを守る戦士と一緒に」
ナイトメア・ロックウィングバードは件のナイトメアと特性が似ていると兄に言われ、BMOで嫌というほど調べ上げたモンスターだ。
未知のモンスターであれば完璧な対策を授けるのは無理だったが、予習をしてきたモンスターなら念のため追加で持ってきていた余りのアイテムと、搦め手の戦術。
そして進化して自前でも神聖魔法が使えるようになったリュールがいれば、決して倒せない相手ではない。
「わかった。北門に向かわせるように言っておくわ」
「ありがとう!」
アデル、ブラット順で窓から外へ出る。
「ブラット、絶対に勝ってくるのよ」
「うん、任せとけ」
別れ際にそれだけ言葉を交わすと、お互いに別方向へと飛んで行った。
ガンツたちと合流してから北門へ行き、ファントム・ストーンバードマン対策部隊を見つけ出す。
「あの、ファントム・ストーンバードマンは倒したはずでは……?
なぜまた私たちが集められたのでしょう。また前線に出るのですか?」
「申し訳ないけど今からじゃ、ある程度知識に下地のある人じゃないと説明時間が厳しい。
オレたちはすぐにでも出て、本丸を落としに行かなきゃならないから」
ブラットがそう言うとリュールたちは、自分たちよりも危険な相手に彼らは挑もうとしているんだと気が付き、自分の半分も生きていない子供も出るのに何を恐れているのかと自身を恥じた。
だがブラットはそんなに気にする必要はないと一言添えてから、彼らにとって嬉しい情報を最初に伝えた。
「大丈夫。今回相手にする奴は、ファントム・ストーンバードマンよりも二、三段劣るモンスターだから。
警戒しないといけない魔法もあるけど、それもこれから渡すアイテムを正しく使えば乗り切れる。
ファントム・ストーンバードマンをオレと一緒に倒せたあなたたちなら、ナイトメア・ロックウィングバードも敵じゃないさ」
恐いものは恐い。それは仕方がないこと。それでも今のブラットの言葉に励まされ、リュールたちの心にも火が灯る。
ここで自分たちが戦って勝てば、より多くの人たちが、また明日の太陽を拝むことができるのだと。
「教えてください。そのナイトメア・ロックウィングバードを倒す方法を」
「もちろん。まずは──」
ブラットはできるだけ細かく、相手の動きや特性、こういうことをしだしたらこうしてくれ、無理ならこうするのがいいなど攻略情報を手早く詳細に伝えていく。
リュールはもちろん、特にコリンは物覚えが前以上によくなっており、その全てを一度で覚えてくれた。
彼女たちの護衛と補助をするために来てくれていた戦士たちも、大まかな自分たちの動きを理解してくれたところで、ブラットは話を終えた。
ナイトメアが大人しくしているとは思えない。人類側に完全に接近してしまえば、必ず大きな被害が生じてしまう。
そのためにも、いつまでもここにいるわけにはいかないのだ。
「それじゃあ、健闘を祈る。がんばって!」
「そちらも! 健闘を祈ります!!」
リュールたちと別れ、ブラットはガンツたちと一緒に北門を出ると、唐突に謎の赤いコウモリが耳元に飛んできた。
「なんだぁ? ブラットの力かなんかか?」
「いや、そんな力はないけど……たぶんこれは」
敵意や嫌なものは一切なく、馴染みのある気配もしたので素直に肩に乗せると、聞き覚えのある声がコウモリの口から発せられた。
「ブラット、ナイトメアは北北東の方角よ」
「わかった。情報ありがとう」
「がんばって」
アデルの声でそれだけ言うと、コウモリは血の霧となって消滅した。
「あっちらしい」
「よくわからんが手間が省けたな。行くぞ、お前ら!」
「「「「おう」」」」
ガンツ隊はアデルが教えてくれた情報をもとに、雑魚モンスターはできるだけ無視して北北東へと進んでいく。
近づくにつれてブラットは本能的に、ナイトメアのいる位置が正確に感じ取れるようになってきた。
そしてブラットたちは、ついに発見する。
「……いた」
「──ケケッ!」
向こうもこちらが気づくのとほぼ同時に、ブラットの存在に気が付いた。
互いに視線がぶつかり、にらみ合う。
「オレの踏み台にしてやる──ナイトメア」
「ケケーーーッ!!」
そうしてブラットの二次進化を賭けた戦いが、はじまりを告げた。
次は土曜更新です!




