第九五話 最後の準備開始
イベントマップが強制的に閉じられるまで三人で遊び、強制的に元のマップに戻されたブラットたちはそこで解散した。
その日の夜、色葉は自室で公開された今回のイベントの情報やクリアやミッション達成報酬を確認していると、隣室にいる兄──治樹から通話が入ってきた。
視界の隅に表示されたマークに意識を向け、イベント情報を眺めたまま通話を繋ぐ。
『色葉、今いいか?』
「いいよ。もしかしてイベントの報酬の話?」
『ああ、というか未だに色葉たちが名前付きのルートを攻略できたことが信じられない気分だよ』
「ふふん、でもできちゃったんだよねぇ~」
既に治樹は色葉から自慢がてら【光風霽月ルート】をクリアしたことを伝えられていたのだが、改めて発表された情報に妹たちのパーティ名が載っている異様さを噛み締めていた。
人一倍BMOというゲームを知っている彼だからこそ、その感覚は余計に強かったのだろう。
色葉の機嫌がよさそうな返答に苦笑しつつ、治樹は話を続けていく。
『まあ、色葉が楽しめたんならよかったよ。それで報酬の内容とか教えてもらえるか?』
「いいよ。かわりに経験値ポーションくれるんでしょ?」
『ああ、俺たちが手に入れた物もあるし、他のパーティからそれとなく譲ってもらったりしたからな。
今手持ちだけでも八個あるし、市場に出回ったのもいくつか回収できると思う』
「おーまじ!? ありがとー治兄!」
『情報を貰うからには相手の喜ぶものを用意しないといけないしな。
というか、なんか今回のイベントは気持ち経験値ポーションが出やすくなっていた気がするな』
色葉が経験値ポーションを持ち込むことの危険性を理解してくれたと信じて、少しだけ排出率を鈴木小太郎が指示を出して調整したのだ。
だが何かの拍子に大量に持ち込んでしまったなんていう事故が起きても恐いと、露骨なほどにはできなかったようだが。
なんにしてもこれで色葉の手持ちの三つに治樹の八つ。プラスであと何本か手に入ると思えば、モドキ種を進化させられる段階ほどは足りていないだろうが、それでもなかなかの収穫だろう。
その後も兄と情報のやり取りをしていると、最後に欲しがっていた有益な情報を貰うことができた。
『たぶん色葉が零世界サーバーで倒そうとしているモンスターは、情報を聞く限りだと種族的な情報はナイトメア・ロックウィングバードが一番近いと思う』
「あれ? この前はファントム・バードマンが近いって言ってたじゃん。違ったの?」
『いや、確かにあっちも非常に近いが、どちらかというとBMO内において一番戦い方が似てる奴ってことだな。
俺が調べた限りでは種族的に持っている性質なんかは、ナイトメア・RWバード系の方が近いだろう。
だからその特性を持つ、バードマンと考えて挑むといいかもしれない』
「なるほどねぇ。でもどっちもアンデッドには変わりないから、神聖系の特攻効果はあるよね?」
『もちろん、どっちにも有効だ。ただRWバードの方は一つ覚えておいた方がいい特性があるから、そのへんも戦闘動画なんかで情報を集めておいたほうがいいぞ』
「おっけー! ありがと、治兄。助かったよ、ありがたく参考にさせてもらうね」
『ああ、絶対に勝てよ。次の進化形態がどんな姿になるのか、俺は今から楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで、しょうがないんだからな!』
「いや楽しみにしすぎでしょ、私の進化だっての。
まあいいや、絶対に進化して見せるから待っててよ」
『ああ、また情報が必要ならいつでも俺を頼め。
次も取材させてくれるなら、どんな協力も惜しまない』
「はいはい、ありがとね」
話しは終わったので通話を切り、先ほど聞いた零世界での目下の最重要討伐目標の情報をメモしていく。
(ナイトメア・ロックウィングバード系のファントム・バードマンね。
もう長ったらしいし私は今後、アイツのことをナイトメアって呼ぼ。向こうじゃまだ名前もないみたいだし)
討伐対象の姿をより明確にしつつ、色葉はベッドの中で大量に稼いだイベントポイントを消費して、絶対に欲しいものを事前にまとめていたリストと見比べながらドンドン交換していく。
受け取りはBMO内でのみだが、選択くらいならダイブせずともすることはできるのだ。
眠くなるまでそうしようと考えていると、ふと運営からのメッセージが舞い込んできた。
この時間帯とこのパターンからして、ゲーム内のお知らせではなくアイツだろうと色葉は意識をそちらに向けてメッセージを開いた。
(あー、なるほど。そっちの注意事項ね。これは確かに聞いといてよかったかも)
予想通り内容はBMOではなく、そのトップである鈴木小太郎からのもの。
経験値ポーションが複数手に入ったことで、大量に持ち込まないようにという二度目の注意喚起くらいはしてくるとは思っていたので、そこの項目自体には何とも思わなかったのだが、もういくつか重要な零世界とBMOの違いが書かれていた。
一つは【エービトンのトランクケース】。もう一つは、自分の種族的格を超えた装備品やアイテムについて。
前者はトランクケースに詰め込んでアイテム欄を圧縮できる、便利収納箱。
重量や体積の制限はあれど、こちらでプレイヤーが使った場合、手持ちやカバンなどと同じようなスロット制の収納仕様なので、見た目の体積より物を詰め込むことができた。
なのでトランクケースより長いアイテムも重さと体積の制限さえ気を付ければ、収納することができる。
これなら手持ちスロットに入れて、零世界にいつもより物をたくさん持っていけるのではと色葉は考えていた。
ゲームでは課金というお金の力でアイテム枠は最大まで拡張しているので、カバンというゲームシステムのない零世界で使ったほうが有益だと考えたわけだ。
けれど、そう上手くはいかないらしい。
(トランクケースの中に物を入れたまま零世界にいっても、その中身は入っていないと)
効果や収納量なんかは零世界でも再現できるが、あくまでBMOと零世界間の物の転送は課金分を含まない手持ちのアイテムスロット分のみ。それが鈴木小太郎の力の限界なのだから。
なので手持ちスロットにアイテムの入ったトランクケースをいれて零世界に行った場合、アイテムは入っていない状態になる。
さらにトランクケースを零世界に出した状態、もしくは最初に入れていた枠とは違う枠に入れた状態でBMOに戻ってしまうとバグってしまい、もともと中に入っていたはずのアイテムがBMOでもなかったことになってしまう。つまり消失してしまうことになるという。
(これは気を付けておかないと、下手したら重要アイテムまで消えちゃいかねないね。
あとはこっちも気を付けないと不味いよね)
BMOにおいては種族的に格の合っていない、他のゲームでの表現で例えるのなら──レベル10のプレイヤーがレベル20で使える武器を装備しようとしても装備できない、という仕様があった。
しかし零世界にはそんな仕様はなく、種族的な格が合っていようとなかろうと装備することはできてしまう。
だが零世界でそんなことをしてしまえば、アイテムと持ち手の格の開きが大きいほど逆に使用時に苦痛を覚え、下手をすれば廃人になってしまう危険性すらあるという。現地人もブラットも関係なく。
向こうでボンドに渡したウォーハンマーくらいなら、別にそんな危険もなかったので小太郎も問題視はしていなかった。
まだまだ、そんなレベルの装備品は手に入れられないだろうと高をくくっていたのだ。
しかしそんな常識など平気で叩き割って、色葉は今回そのレベルの格を持つ装備品を手に入れてしまった。一つどころか複数個。
小太郎はこれはまずいと、慌ててメッセージを飛ばす羽目になった。
(これは気軽に強すぎる武器を渡すことはできなさそう。先に言っといてよ、まったくもう)
持っただけで廃人になるわけではなく、使うときも使用者に危険が及ぶレベルの格の装備品なら、本能的にこれを使うのは危険だとわかるので、無理やりどうしても使おうとしない限りは問題ない。
だからこそ直ぐに伝える必要のなさそうな情報は、あとからの方がいいだろうと小太郎も後回しにしてしまっていたのだ。
いっぺんにあれこれ情報を最初に詰め過ぎても、覚えきれないだろうからと。
(これはちょっとガンツたちへのお土産を、考え直したほうがいいかもしれない)
小太郎から得た情報をもとに、色葉は眠くなるまで貰ったイベントポイントや報酬の使い道についてあれこれと考え夜を過ごした。
翌日、色葉は学校から帰ると早速BMOにある自分の本拠点にある要塞内の自室へとログインした。
色葉──ブラットが目を開けると、報酬が圧縮された特別なプレゼントボックスが目の前に現れる。
成人男性が入れそうな大きさの虹色の箱に、可愛らしく金のリボンでラッピングされたものだ。
「前に見たときはこんな見た目のくせに中身はスカスカだったけど、今回はそんなことないもんね」
これを一気に開けば三人で分け合った船に詰め込んでいた荷物や、イベントの報酬がいっぺんに放出される。
まだサービス開始したての頃に参加できた期間限定イベントでは、参加証しかもらえなかったので中身は職業解放用のRPが〝1〟だけ。
豪華なプレゼントボックスだからこそ、余計にみじめに思えた嫌な思い出だ。
しかし今回はそのときとは全く違う。この中には溢れんばかりの報酬やお宝がぎゅうぎゅうに詰まっているボックス。今までになかった高揚感から、直ぐにリボンをほどきそうになるが一度堪える。
この部屋も広いが中身は大量だ。開けた瞬間この場に広がってしまうので、整理が大変になる。
ブラットは装備品ではなく、アイテム類を収納している方の無限倉庫にプレゼントボックスを持って転移した。
「よし、いくぞ~。えいやっ──うわっ!?」
金のリボンをスッといくと、ドババババーーーーという効果音が聞こえてきそうなほど盛大に、中身が周囲に飛び出す演出がはじまった。
前に見たときは箱が展開図のように開いて、RP〝1〟だけ入ったオーブがポツンと入っていただけだので、そのあまりの違いにブラットは驚きの声をあげてしまう。
「すごいすごいっ! 大量だ!」
中に戻すことはできないが、取り出すだけならプレゼントボックスから一つずつアイテムを出すこともできた。
けれど、この演出をブラットは見たかったのだ。満面の笑顔を浮かべて、その光景を録画しながら見守った。
「とりあえず全部収納。ジャンルごとにファイリングして」
周囲に溢れていた報酬が一瞬で倉庫に収納される。
課金で用意した倉庫だけあって自動整理機能も優秀で、あっという間にブラットが望んだ通りのリストができあがる。
その中に新たに『ナイトメア対策』というファイルを用意して、そこに零世界での戦いに必要なものをピックアップして入れていく。
装備類はもう一つの倉庫にまとめるつもりなので、そちらもまとめて出しておき、あとは重要度の高い低いを設定して装備用の無限倉庫に飛び仕分けしていった。
「よし、お土産も選び直したぞ。これくらいなら、ガンツたちも使えるはず。
あとは……これ、たぶんアデルくらいの実力があれば使えるはず。アデルにもお土産持ってこっと。ヌイも欲しいかな?」
ブラットにとっても向こうの戦力が上がるには越したことはないので、自分が使いそうにない、将来的にも必要としなさそうな、お土産用の装備をピックして別ファイルにいれて保管する。
その作業を済ませると、またアイテム用の無限倉庫に戻り、今日やりたかった作業の一つ『変換箱』と『合成箱』を取り出し床に置いた。
「さて、お待ちかねのガチャの時間だ」
今回のイベントで、はじめてプレイヤーたちの元にやってきた二つのアイテム『変換箱』と『合成箱』。
既にこの二つのアイテムは、ガチャ箱などという別名がプレイヤー間で浸透しつつあった。
まず変換箱。こちらはなんと、いらないアイテムだけではなくBMO内の通貨〝b〟を投入することもでき、お金を消費してアイテムに変換するという遊びが流行しはじめていた。
ただこの変換箱はアイテムのときもそうだが、お金の場合でも上振れ時のアタリと下振れ時のハズレが存在する。
変換は100bから可能で、最高に上振れれば二倍以上の価値を持つアイテムが、下振れれば1b相当のゴミアイテムがでると、非常にギャンブル性のある箱でもあったのだ。
イベントの終わり頃ではプレイヤーの中には、こんなにお金をばら撒いて限定イベントが終わったとき通常マップでの貨幣価値が崩壊しないかと心配していた者もいたようだが、この箱のおかげでその懸念は取り払われた。
『変換箱』はイベントをクリアする過程のどこかで、確実に手に入れられるようになっていたので、イベントクリアできる大量の資産を稼いだ上位層は全員が持っているようなもの。
PVPサーバーでも、ある程度キル数を稼げたプレイヤーに報酬として送られてもいる。
そのためイベントマップから持ち込まれた大量のお金は、ポンポンこの箱が溶かしてくれているので、お金で溢れることは今後もないだろう。
ちなみに合成箱は上振れ次第では『変換箱』のハズレアイテムを合成することで、再び使えるアイテムに押し上げてくれる可能性を持つ、救済ガチャ要員になっていたりする。
「さすがに私は自制しなきゃだけどね。強くなるほどお金は必要になってくるだろうし、私の場合は、いらないアイテムの消費がメインかな」
だが一度はお金でやってみたい。
お金が使えるという情報は治樹から聞いて知っているブラットは、運試しもかねてイベントで稼いだお金を投入していく。
当然、入れた額が大きいほど良い物が出てくる可能性は高くなる。
ブラットは、ちまちまやってもしょうがないと思い切って一〇〇万bを投入した。
「えいや!」
変換可能になると押せるようになる、箱の上に着いたボタンをぺしんと叩いた。
ガタガタ変換箱が揺れ、パカっと蓋が開いてアイテムがブラットに向かって吐き出された。
「おお? これは……何かのモンスター素材?」
アイテム名は【堅木鰐の皮】。
木製の鰐皮といった見た目のアイテムを持ちながら、ネットに繋いで詳しく調べてみれば、一つ前の期間限定イベントでのみ出現していたモンスターからドロップするアイテムだと発覚。
「すごいな。前のイベントでしか手に入らないアイテムとかまで出してくれるのか。
ランダムって、ほぼ全ての既出アイテムが対象になってるのかも。楽しくなってきた! 他に何が出るんだろ」
今のブラットでは敵わない強いモンスターの素材でもあるので、悪い結果ではない。
これは幸先がいいとブラットは、しばらくいらないアイテムを使ったガチャを楽しんだ。
「はっ──いけない。他にもしなきゃいけないことがあったんだった……。
これは面白いけど危険な箱だ。ちょっと今は、しまっておこう」
変換箱と合成箱で獲得したアイテムを倉庫にしまい、代わりにガーデニング用品を取り出して要塞の使っていない区画まで移動する。
そこでイベントポイントと交換した特殊な素材で作られた花壇を地面に設置し、これまた同じ手段で手に入れた土を入れていく。
そうしたらエルドラードで掘り返してきた【ピュアブロッサム】の苗木を植えて、水を撒いた。
見せ拠点の方には花壇ではなく植木鉢を置き、そちらでも【ピュアブロッサム】の苗木を植えておく。
これでHIMAたちが遊びに来ても、ここに苗木があるとアピールすることもできる。
さらに見せ拠点の小さな家の中に入り、可愛らしい木の棚の上に今回のイベントの報酬として入っていた船の模型と、エルドラードに行ったという証明になる【蒼竜の瞳玉】を飾っていく。
「うん。この模型、運営も粋なことするね」
この船の模型はイベントのプレイ時間だけで誰でも貰える報酬で、自分たちが乗っていた船を、そのままミニチュア化したリアルな模型だった。
これを見るたびに、ブラットは今回の期間限定イベントのことを思い出すことだろう。
「よし。あとはナイトメア対策のために、あの人に会いに行かないとね」
そう言うとブラットは事前にアポを取っていた、とあるプレイヤーとの待ち合わせ場所へと急いだ。




