第九一話 海の王
コンスタンティンが消え去った後、ブラットたちの船の方が一瞬ピカッと輝いた。
『簒奪のコンスタンティン』のイベントをクリアしたことで、報酬の宝箱が出現したのだ。
これは彼との縁を途中で断ち切っていたら得られない報酬。
乗り越えるためには相応の実力か、ブラットたちのようにそれを覆すほどの何かがなければ貰えない報酬だ。
「おぉ……、なんか船の上が凄いことになってるな」
さらにできるかどうかわからなかったが、ダメもとでお願いしておいただけだったことを、召喚された海賊モンスターたちはこなしてくれていた。
それはシップコアの回収。ブラットたちの船には、大きな宝箱の周りにコンスタンティンが呼び寄せた船たちのシップコアが大量に転がっていたのだ。
ただしかなり強引に回収してきたせいで、破損してシップコアとして機能していなかったり、船自体を壊し過ぎて大して資材を回収できていないものが大多数だが、それでも数はあるのでそれなりの資材が回収できていた。
「オォォォオオオ──」
「ありがとう、おかげで助かった」
キャプテン・ロロネーとその部下たちにお礼を言ってから、手早くシップコアやコンスタンティンのイベントクリアで手に入った宝箱を回収していく。
「じゃあ、これが最後の頼みだ。オレたちがエルドラードに行くまで、ここで守っていてくれ」
「オォォォォォオ──」
「また妙な横やりが来るともしれないしね」
今回手に入った宝もできるだけ換金して船の収納スペースを開けておきたいという気持ちもないわけではないが、またコンスタンティンのようなイベントが起こってしまったら、今度こそブラットたちはお終いだ。
スペシャルアクションの効果自体は二四時間続くが、ラッパの効果はそこまでない。
『船歌の響音』で効果を伸ばしているが、キャプテン・ロロネーたちがこの場にいられる時間はもうそれほど残されていないのだ。
であるならこのイベントマップでも最強格の海賊モンスターたちが守ってくれている間に、さっさとエルドラードへと向かったほうが確実だと判断した。
後方をロロネーたちに固めてもらい、宝箱の確認もしないまま改めて操舵室の中に三人で戻り、二度目の正直だとリミテッドアクションの起動を同時に口にした。
「「「ゲート・オブ・エルドラード!!」」」
邪魔される前と同じ煌びやかな演出が成され、虹色の道が開かれる。
「行こう、エルドラードへ!」
大きな門をくぐり虹の道を進みはじめる。ブラットたちは今一度後ろへ振り返り、後ろの窓を開けてキャプテン・ロロネーたちに向かって手を振った。
「ありがとー! 本当に助かった!!」
「また──はちょっと勘弁願いたいけど、さようならー!」
「あんがとねー! ばいばーい!」
その言葉に海賊モンスター一同は、一斉に空に向かって雄たけびをあげ、消え去る最後の瞬間まで三人の船を見守り続けた。
「あ──ラッパが壊れてく。向こうにいるロロネーたちが消えたっぽいな。
こっちも……こんなになっちゃったか」
「ありゃぁ~……、随分小さくなっちゃったね」
「効果も一切なくなっちゃったみたい」
虹色の海路を進んでいる途中、暇を持て余したブラットが残っていた黒銀のラッパをいじっていると、突如ボロボロと形が崩れデータの粒子となって消えさった。
けれどブラットの中には小石ほどはあったはずだが、塩粒のように小さくなってしまった【ロロネーの思片】だけが残される。
HIMAがすぐにそれを詳細鑑定してみれば、アイテム名は同じなれど内容が変化しており、『力を無くした思念の欠片。何の効果もない』とだけ表示されていた。
もはや持っていたところで、何の意味もない粒状の欠片ということだ。
「…………」
けれどブラットはそれを捨てる気にはなれず、なんとなく自分の手持ちのアイテムスロットへとしまっておいた。
HIMAとしゃちたんも捨てちゃいなよとは一切言わず、それを見守った。
彼女たちも、それに助けられたという気持ちが強かったからだ。
そうこうしている間に、いよいよブラットたちの船はシー・オブ・レヴィアタンの中央付近までやってきていた。
「二つ目の門があるね。……二人とも、通っちゃってもいいんだよね?」
「ああ」「うん」
虹色の海路を進んだ先にはまた門が。そしてその先は周りには何もないというのに、門の先からだけ美しい海と緑豊かな島のような姿が見て取れた。
探知機を見てもそんな島の情報は一切記されておらず、本当にそこにあるかどうかもわからない未知の島。
けれどブラットたちは、そのまま船を進ませた。
「「「………………。────っ!」」」
三人とも無言のまま門を通り過ぎれば、その向こうには虹色の海路の外側に見えていた毒々しい海ではなく、透き通るほど美しい海が全面に広がっていた。
透明度が高すぎるせいで浅く見える海の底には、宝石のような殻を持つ貝がそこら中に転がり、泳いでいるのも危険なモンスターなどではなく美味しそうに肥え太った色鮮やかな魚たちが無数にいるだけ。
地獄のような海から、いきなりこのような常夏の楽園のような海に切り替わった衝撃で、思わずブラットたちはその光景に見入ってしまう。
「……まさに楽園の島がありそうな海ってところだな」
「それじゃあ、その楽園っていうのは──」
「あの島のことだろうね。よっしゃ! 少し速度を上げるよ!」
じれったいとばかりに、ゆっくりと進んでいた船の速度をしゃちたんが上げていく。
速すぎない速度で船は少し遠方に見える木々が生い茂る島にグングン近づいていき、ここを行けと言わんばかりに通った広い水路に入ってさらに島の奥へと船に乗ったまま突き進む。
「もしかして……、あの辺に適当に生える草花って全部使える素材……?」
「美味しそうな果物もあちこちにあるね。
ミカンにバナナにブドウにパイナップルにリンゴとか、ここからちょろっと見えるだけでも凄い種類あるじゃん」
島の内部を通る水路から見える陸側には、雑草のようにそこら中に生い茂っている多種多様なポーションや薬の調合などでも重宝する草花。
生でも食べればHPやMP、STなどの回復効果までついている、糖度が非常に高く最高の状態の果物が実る木々。
ここから見える範囲だけでも、持って帰りたくなるような素材や食材があちこちに生えていた。
「あの辺にあるのは、全部勝手に採ってもいいものなのか?」
「どうだろうねぇ。人間が勝手に荒らしていい土地って感じじゃないけど」
「うーん……、念のため止めておいた方がいいと思う。
ほら、私たちはこの指輪があるわけだし、多少は歓迎される立場でもあるんだから、ひとまずは何もしないでおこうよ」
HIMAが見せてきたルビーのような宝石が付いた指輪は、もちろん【ルサルカの指輪】。
これさえ嵌めていれば、海の王に謁見できる称号が付くアイテムだ。
「それもそうだな。目先の物に釣られたせいで、やっぱ出てけなんて言われたら全部が水の泡だし」
「うへぇ~、それだけは絶対やだね」
「でしょ? だからとりあえず、海の王様がいそうなところを探さなきゃ」
「会えたらそのときにでも、採ってもいいですか? って聞くこともできるかもしれないしな」
「やさしい人だったらいいなぁ」
「人っていうか、ドラゴンだけどね」
水路には美味しそうな魚介や海藻。陸地には貴重な草花に果物、穀物や野菜。剥き出しになったレアな鉱物。
錬金術師や鍛冶師、料理人など生産系の職を持っているプレイヤーにとっては、ここを練り歩くだけでヨダレが出そうなほど資源に恵まれた場所。
けれどそんな誘惑を押し切って、水路にそって島の中央に向かって進んでいると、やがて視界を妨げていた木々が無くなり、目指していたであろう場所が見えてくる。
「めっちゃ、わかりやすいな」
「ゴージャスなお城だね。それに大きい」
「さすが王っていうだけあるねぇ」
まさに豪華絢爛という言葉が相応しい巨大なお城の城門へと、水路はまっすぐ伸びている。
その前には見張りらしき水色の鱗を持つ、全身武装した屈強なリザードマンが水面に立ち待ち構えているが、こちらにやましいことはないので堂々と近づいていく。
当然、向こうもとっくに気が付いており、手に持った武器を構えはじめる。
「直ちに船を停め、表に全員出て来い!」
一番豪華な装備を身に着けていたリザードマンが、大きな声でそう言ってきたのでブラットたちは素直に船を停止させ甲板に出ていく。
すると部下を引き連れ、陸地のように水面を走ってこちらまでやって来た。
「何用があってここに来た! 目的を言うといい!!」
「オレたちは海の王へ謁見がしたくてここまで来た!」
「その許可は出ているのか!」
「これを見てほしい!」
三人同時に右手の中指……しゃちたんの場合は触手の先の中だが、そこに嵌まった指輪を掲げた。
すると隊長らしきリザードマンが目を細め指を確認すると、部下の一人が小さな小箱を持ってきたので受け取り、中のものを取り出した。
その中には【ルサルカの指輪】と似たような色の宝玉があり、それをブラットたちに向けて掲げると、それは赤から青色に変色した。
「うむ。間違いなく姫様の持つ指輪と、託された本人たちだ。無礼を許されよ!」
「気にしてないよ、それが仕事だろうしな。それで海の王と会うことは?」
「今、部下が確認に向かったところだ。しばし中で待たれよ、お客人」
「わかった。ありがとう」
謎の来訪者から客人にランクアップしたブラットたちは、城門をくぐり中の無駄に広く豪華なエントランスまで水路を通ってやってきた。
「謁見は船のままでもいいんですか?」
「お前たちは水棲の種族でもないようだし、船のままでもいいよう許可を取りに行っている。おそらく大丈夫だろう」
城の内部は床よりも水路の方が面積がある作りになっていて、地上を行く種族にとっては移動しづらい内装だ。
なのでHIMAがどうすればいいか質問してみたのだが、このまま船で水路を行ってもよさそうだった。
一分ほど待っていると、すぐに謁見の許可が降りた。
「かなり早いな」
「王は時間を持て余しておられるからな。
久々の姫様が寄こした客人だ、よほど無礼な振る舞いをしなければ寛大に接してくれることだろう」
「まぁ、ここまで来るための方法からして、なかなかできないしねぇ」
リザードマンたちに案内されるがままに船で水路を通ってエントランスを抜け、まっすぐ奥まで進んだ場所にある、ことさら豪華な巨大な扉の前で一度停まる。
「この先に王が待っておられる。案内はここまでだ、扉が開いたらゆっくりと前へと進まれよ」
「はーい」
リザードマンたちが扉を開けてくれるのを待ってから、しゃちたんが船をのんびりと進ませ謁見の間へと船を入れていく。
高すぎる天井には美しい海の生き物たちの絵。周りも煌びやかで、眩しいくらいだ。
そして一番奥には豪華に装飾がなされた縁の、水で満たされた大きな穴が開いているだけで、海の王どころか誰もいない。
けれどとりあえずその少し手前まで進めていると突然、蒼色の美しい鱗を持つ巨大なドラゴンの頭が水しぶきをあげながら穴から飛び出してきた。
その迫力、ルサルカが可愛く思えるほどの圧倒的な威圧感、それらにブラットたちは目を丸くする。
その反応に口元をニヤリとさせながら、海の王は水掻きのある両手を縁に掛け、上半身だけを水面から出すと、お風呂でくつろぐように縁に両腕を乗せて体勢を整えた。
「お前たちが、娘が認めたという者たちか」
「はい、そうです」
さすがに少年をロールプレイしているブラットも、空気を読んで敬語を使いながら指輪を見せた。
「ふーむ……。しかしどう見てもお前たち程度の者では、三つの試練を乗り越えられるとは思えないのだが……、それでも実際にここまで来ているのも事実。
ふははっ! 実に面妖な者たちだ、面白い! 俺からも改めて謁見を認めよう」
「「「ありがとうございます」」」
作法など知らないので適当に甲板の上で頭を下げておく。
とくに気に障ったところもないようで、うんうんと海の王は船よりも大きな頭を縦に振った。
「面を上げよ。娘──ルサルカは何か言っていたか?」
「えーと……、お父さまに会ったらよろしく言っておいてくれと」
「そうか。元気そうであったか?」
「はい、そりゃあもう、元気いっぱいでしたよ」
「そうかそうか! ならばよし! 俺の力で何度死のうと蘇る不滅の存在になっているとはいえ可愛い娘、近況が知れてよかったぞ」
「それはよかったです」
「それで? お前たちは、ここエルドラードへ何を求めてやって来た」
「漠然と楽園のような島があると聞いたので、ここを目指してきたというところでしょうか。何か凄い物でもあるのかなと」
「夢を求めてやって来たというわけか。命知らずなやつらよ。だが嫌いではない」
ブラットの嘘のない素直な言葉に、海の王はまた機嫌がよさそうにニヤリと笑った。彼は嘘や回りくどいのが大嫌いなのだ。
「よかろう、見事この場所まで来た褒美を取らせようじゃないか。
それとだ。俺は今、なかなかに暇を持て余していてな。ちょうどお前たちが、どのようにしてカギを集めたのか興味がある。
もしそれが面白ければ、追加でさらに褒美を取らせよう。どうだ?」
「つまらなかった場合は……?」
「追加の褒美がなくなるだけよ。少しばかり俺の機嫌が悪くなるかもしれんがな」
まさかそんなことはないよなと、傲慢な王様の顔をのぞかせた。
三人はやっぱりルサルカの父親だと再確認し、話さないという選択肢もなさそうだったので素直にザラタン、ルサルカ、リーサル海賊団のアジトでやったことを話して聞かせた。
「ふぁーっはっはっはっ!! 何ともまぁ、珍妙にして大胆、それでいて強引な手で乗り越えたものだ。
そのような方法がまかり通るとは、にわかに信じがたいぞ!」
「ええ、ですがどれも真実です」
「わかっておる、わかっておるとも! お前たちが嘘をついているかどうかなど、いともたやすく見抜けるのだからな。
見抜けるからこそ、俺は笑っておるのだ。わーっはっはっはっ!」
「えーと、とりあえずお気に召した感じですか?」
「うむ。召したとも。気に入ったぞ、お前たち」
ひとしきり笑い終わるとスッキリしたような表情で、どこからともなくこれまでで一番大きな宝箱を取り出し、三つ船の上に乗せてくれた。
「これがここまでこれた褒美だ。そして追加の報酬だが……本当なら今やった宝箱を、もう一つずつくれてやろうと思っていた。
しかし予想以上に面白かったことだし、お前たちの望みの物をくれてやろう。何でも言うてみよ」
謁見イベントでは、どのような方法でカギを三つ集めたのか必ず聞かれるようになっていた。
そして運営が意図した方法からかけ離れた方法であるほどに、その報酬は上がっていくよう設定されている。
今回のブラットたちのやり方は、三つとも正道から大きくずれた方法だった。
それゆえに最上級の追加報酬を引き出すことができたのだ。
「望みの物? それはどんな物でもいいのですか?」
「俺にもやれる物とやれない物はあるが、たいていの物は用意してやろう」
HIMAはどれほどの要求できるか確かめ、思っていた以上に要求が通りそうだと確信を持ってブラットの方を見る。
すると彼女が思っていた通り、ブラットは何かを考え込むように悩んでいた。
そしてHIMAの視線に気が付き苦笑する。自分の考えが読まれていることに、気が付いたからだ。
「少し考えさせてもらってもいいですか?」
「ああ、少しくらいなら構わないとも」
「ありがとうございます! なあ、二人とも相談したいことがあるんだが……」
「うん? 相談したいこと? 別にいいけど」
「私もいいよ、ブラット」
「……あのな、報酬のことなんだけど」
三人で通話を繋ぎ、海の王には聞こえないようにブラットは二人に相談の内容を話していく。
HIMAは予想通りだったので驚くことなく、しゃちたんは予想外のことに驚きながら聞き届ける。
そして三人でよく話し合った結果。
『私はそれでいいよ』
『うん、私も賛成!』
『ありがとう、二人とも』
三人は報酬の内容を決めて、海の王へと向き直った。
「決まったか?」
「はい、決まりました。オレたちの望む報酬は──」
三人で視線を合わせ唾を飲む。もしかしたら機嫌を損ねる可能性もあるからだ。
三人同時に海の王へと向かって──。
「「「キャプテン・ロロネーの解放です」」」
──その願いを口にした。




