第八九話 簒奪者
私のために全てを揃えてくれて~などと言うからには、あちらの狙いはどう考えてもブラットたちの船。
いきなり攻撃を仕掛けて奇襲してこなかったのも、船を傷つけることを恐れてのことだろう。
であればしばらくは無理に攻めて来ることもないだろうし最悪、船室に立てこもれば少しくらいは時間が稼げるはずだ。
そこまで考えたブラットは、まずは自分たちが知らない相手の情報を得ることからはじめることにした。
船にしまっていた海賊船から入手した地図を何枚か束ね、メガホンのように丸めてコンスタンティンに向かって声を張る。
「お前がそういうやつだとは思わなかったよ。
命の恩人だのなんだの言っていたのは嘘だったのか!」
『嘘ではないよ。だからさっきも言ったじゃないか、大人しく言うことを聞いてくれるなら、命まではとらないとね。
こんなに優しいことを言うなんて自分でも驚きだよ』
「そんなの信じられるか!」
『信じるも信じないも自由だよ。大変心苦しいけれど、邪魔になるようなら始末するだけだからね』
相手のスタンスとしては、やはりいきなり攻撃を仕掛けてくる様子はなさそうだ。
だが向こうの気持ち次第で、いつでも潰せるぞという自信がそこかしこからにじみ出ていた。
『あれだけおっきな船を用意して、後方からも追加で仲間が続々と来てんだから、私たち三人をどうにかするくらい楽勝だと思ってんだろうね』
『まぁ、実際にあの数で押し駆けられたら、私たちだけじゃどうしようもないからね。
だから最悪……、最悪の場合だけど、あいつらに渡すくらいなら私たちの手でこの船を……っていうのも選択肢の一つになってくるかもしれない』
『……あるいは渡した上で取り戻す手段を探るっていう方法もあるけどな。
けどとりあえず相手の手札が全く見えないから、このまま話をして情報を集めていこう。
向こうからすれば時間がかかるほど仲間が増えるんだから、少しくらいは会話に応じてくれるだろう』
どうせ今の戦力でもブラットたちではひっくり返せないのだから、いくら仲間が増えようと関係ない。
そう通話で結論づけてから、ブラットは一番気になっていることをコンスタンティンに聞こうと口を開いた。
「聞きたいんだが、お前たちはいきなりここに現れたよな?
いったいどうやって、こんなにタイミングよく、ここに一切悟られずに現れることができたんだ?」
『簡単な話だ。その船に【ストーキング・ウェッジ】の楔を挿しておいたんだよ。
君たちも似たようなものを持っているだろ?』
【ストーキング・ウェッジ】。プレイヤーにおいてはPVPサーバーでのみ入手、使用できる、船と一緒に一日一回だけ転移できる【リミナル・ウェッジ】と近い見た目と効果を持つアイテム。
だがこちらは楔を〝場所〟に挿すのではなく、〝船〟に挿して使う。
そうすることで挿した船の近くに、自分の船ごと転移することができるのだ。
さらにこのアイテムは転移するかどうか決定する際に、楔を挿した船が今どこにいるのかリアルタイムで詳細に確認できるようになっている。
コンスタンティンはそれをこまめに確認して、ブラットたちの行動を監視。
彼の豊富な知識からどこにいるかで大体の今の行動を予測し、危なそうなら助け船を出してエルドラードへの道が開ける船を完成させるよう導いていた。
都合よくブラットたちの前に何度もコンスタンティンが現れることができたのは、ゲームの仕様などではなく、そのようなカラクリがあったというわけである。
『そして今回、ついにリーサル海賊団のアジトに乗り込んだ後、シー・オブ・レヴィアタンに向かい出した。
これは間違いないと思ってね。一番逃げ場のない場所まで来たのを確認してから、【ストーキング・ウェッジ】を発動させたというわけさ』
「後ろにいるやつらは?」
『このアイテムは複数所持しても効果が得られないからね。
彼らには私の船に挿させて、私の船を追う形で転移させたというわけさ』
つまりブラットたちの船に挿さっているのは、コンスタンティンの楔だけで他の船は別ということ。
これもブラフの可能性はあるが、戦力差から言っても実は七隻目もあるとは考えづらい。
後ろから大量の増援を寄こしているくらいなのだから、七つあるなら万全を期して使っているだろう。
なので向こうの【ストーキング・ウェッジ】は、全部で六個だけという可能性が高い。
「…………挿したのはいつだ」
『君も薄々、気が付いているんじゃないかい?
あっただろ? 私を船に乗せて放置していたときが』
「……やっぱり最初からか」
『どゆこと?』
『ほらアイツを拾ったとき、リバース海域の横断中だったでしょ?
そのとき私たちは大きな魚のモンスターに船をやられたこともあって、しゃちたんは運転、私とブラットは周りを警戒するのに必死で、一切アイツを気にしてなかったよね。
あのときにアイツは、私たちの船に堂々と楔を挿していたってことだよ』
『マジでっ!? 助けてもらったばっかで、もう私らのこと利用しようと考えてたってことじゃん! さいってー!!』
荷物ごと助けたというのにこの仕打ち。確かに彼の情報のおかげで、かなり助けられたし時間も短縮できた。
だが親しげな顔で恩人だと口では言いながら、心の中では利用して裏切ることをずっと考えていたと思うと、三人はゲームの中とはいえゾッとしてしまう。
『あのときは本当に助かったよ。思ったより〝仕事〟の相手が手こずらせてくれてね。
あわや死ぬかと思っていたところだったんだ。本当にありがとう、感謝しているよ』
「そのまま流しておけばよかったと、今は後悔してるところだよ」
仕事──つまり利用していた船との戦闘で彼は海に流されてしまい、その後ブラットたちに救われたということだ。
ブラットの返しにニヤニヤと笑いながら、彼はおどけるように肩をすくめた。
すると周りにいる彼の取り巻きたちが、ゲラゲラと笑いこちらの感情を煽ってくる。
「けど特定の船大工の親方と親しくしていると知ったときは、ばれやしないか心配していたんだけどね。
まあ、けっきょく楔についてはバレなかったがね」
「あぁ……親方の言ってた違和感ってのは、船に挿された楔のことだったのか……」
『親方くらいにもなれば、楔を外すこともできたからね』
コンスタンティンのイベントを発生させた後に回避する方法の一つとして、親方に楔を外してもらうというものもあった。
楔さえ外してもらえば情報をもらうことはできなくなるが、彼との縁も完全に切ることができたのだ。
しかし親方の中でも【ストーキング・ウェッジ】の存在を知っているのは、ほんのわずか。
存在を知らない親方に外してもらうためには、【ストーキング・ウェッジ】の楔が挿されていることを教えなくては外してはもらえない。
実はそのための情報はイベントマップのあちこちに、ヒントやそのままの情報が隠されもしていた。
だがブラットたちは駆け足で進んでいたというのもあるが、そもそもザラタンやルサルカなどの宝石のカギの影響だと思い込んでしまっていた。
そのことについて詳しく調べようとしなかったせいで、最後まで親方に外してもらうことはかなわず、ここまできてしまった──というわけである。
『ザラタンのカギを取ってすぐだったからなぁ……。
タイミングが悪かったとしか言いようがない』
『あの場合、そうとしか思えなかったしね』
『カギを手に入れるのも苦労したし、使ったときの演出もはじめてで印象的だったしねぇ……』
なんにしても、これでコンスタンティンがタイミングよくこの場に急に現れることができた理由は判明した。
決して一日に何度も使えるわけでもなく、固有の船を転移させるようなスキルのようなものは持っていなさそう。
そのことをしっかりと頭に入れてから、ブラットは次に気になっていたことを彼に問いかけていく。
「そもそも、この船はオレたちの船だ。もしオレたちを殺せば、この船は動かせなくなるじゃないか。
無理矢理に言うことを聞かせようってんなら、オレたちはここで死んだってかまわないんだぞ」
「そーだ、そーだ! 私らがいないと、この子は動かせないんだぞー!」
しゃちたんも天窓に立つブラットの下から、大声をあげてヤジを飛ばす。
そもそも人の船はNPCであろうと奪えない。【船盗り】というスキルは存在するが、それはモンスターしか使えないし持っていない。
そう言っていたのは誰あろうコンスタンティン本人であるし、後に親方に軽く聞いたときも同じことを言っていたので間違いないはずだ。
となればコンスタンティンがもしこの船を使ってエルドラードに行きたいというのなら、ブラットたちの協力なしには成しえないということ。
さらにこのNPCであるコンスタンティンたちは、死んでしまえばそこでお終い。
しかしプレイヤーであるブラットたちは、デスペナルティは付くが何度でも生き返る。
相手は船を壊すことも動かすこともできないというのなら、ここでペナルティ覚悟で自害して、別の船を調達するなりしてブラットたちが死んだと思いどこかに行った隙に船を取り返す──なんていう迂遠な手も選択肢としてはある。
だからこそ自分たちが死ねば、お前たちも困るだろうという脅しもかねて強気に出たわけなのだが……、なぜかその言葉を聞いたコンスタンティンとその取り巻きたちに爆笑された。
『アッハハハハハハハハハ!! 死んでくれるのかい? それならそれで、どうぞどうぞ。こちらの手間が省けて、ありがたいくらいだよ。
ほら、死ぬなら早くしてくれ。介錯が必要なら手伝ってもいいんだよぉ~? アハハハハハハハハハッ!!』
「なんなんだこいつら……気持ち悪い」
また、こちらを煽るような馬鹿笑い。コンスタンティンなど目の前にいれば、ぶん殴っていたと思わせるほど腹の立つ表情で馬鹿にもしてきた。
だがこうまでされるとブラットたちも、さすがに理解してしまう。この腹の立つ連中には、人の船を奪う手段があるのだと。
『アハハッ──アハッ──はぁ……。いや、すまないね。随分と間抜けなことをいうものだからついね。どうか許してほし──クッ──グクククッ。
だがまあ道化としてはなかなかに面白かったし、種明かしをしてあげよう。おい』
どう見ても許しなど求めてはおらず、最後まで馬鹿にした様子を隠そうともしていなかったが、さらに情報を開示してくれるというなら三人は黙って待つ。
こちらを下に見ているのなら、もっとペラペラと自分たちに教えてくれるだろうと。
近くにいた部下にコンスタンティンが一声かけると、奥の方から檻の中に入ったシーフ・ゴブリンと呼ばれる下級のモンスターが連れてこられる。
檻の中にいるシーフ・ゴブリンはモンスターだというのに非常に大人しく、虚ろな目で正面をぼーと見つめているだけ。
檻の隣に立っているコンスタンティンは鼻でそれを笑いながら、首元から黒い不気味な装飾のペンダントを取り出した。
『ときに君たちは、この【隷属のペンダント】という存在を知っているかな?』
「隷属…………。効果がその名の通りだって言うんなら、そこのゴブリンは──」
『ご名答! このゴブリンは【船盗り】のスキルを持っている!
そしてこの【隷属のペンダント】は、下級クラスのモンスターなら一体自分の奴隷にすることができる。
つまり! この二つを組み合わせれば、他人の船を私が使えるようにすることだってできるのだよ!!』
「なるほどな……。【船盗り】を使えるのはモンスターだけだが、そのモンスターを制御下に置けるのなら、そいつに仲間として認識させればいいわけか」
『別の船で何度も実験済みだからね。効果はお墨付きだよ』
ようはそのゴブリンのパーティとして船の乗組員になることで、ブラットたちの船をコンスタンティンが自由に使えるようになるということ。
それができるなら、たしかにブラットたちがさっさと死んでくれたほうが、あちらとしては嬉しいわけである。
『これでわかってもらえたかな? 今、私が君たちを生かしているのは、本当にただの温情でしかないのだと』
「ああ、そうかよ。だがもう一押し足りないな! 後ろから来てる増援部隊以外に、もっとオレたちが絶望するようなことはないのか?」
『アハハハッ、必死にこちらの情報を集めて、活路を見出そうって魂胆なのは見え見えだよ?』
「そうなのか? 実はこの状況を覆すことができる、切り札を持っているかもしれないぞ?」
『へぇ~? そうなのかい? ハハッ、なんてな。ハッタリも大概にしておかないと、無様すぎるよ?
今君たちはリーサル海賊団のアジトに乗り込んで、ろくに他の探索もせずにここに来ていることは知っているんだ。
あの連中からどうやって逃げ切ったのかは知らないが、そのときに手札を全て使い切っただろうことは想像に難くない。
なにせ慌てて転移して、あの海域から逃げ去ったくらいだからね』
「うぐっ」
しゃちたんが下で図星だとばかりに呻いていた。
その瞬間コンスタンティンの近くにいたウサギのような耳が大きい獣人の男が、なにやらコソコソとさりげなく彼に近づき、こちらにばれないように小さく声をかけたのをブラットは目ざとく察知した。
その声を聞いてコンスタンティンがより気持ちの悪い笑みを深めたことから、おそらくその呻き声をあの獣人が聞き取っていたのだろうとブラットは推理した。
これで完全に、こちらに残された手札はないと彼は確信を持ったはず。
けれどブラットは気にした様子もなく、気丈に振舞うようさらに話を進めていく。
「気持ち悪いやつだな。ずっとオレたちの船の行方を監視してたのか」
『いい趣味だろう? あそこで楔を挿したときは、まさかここまでやってくれるとは思いもしなかったが、今となっては自分を褒めてあげたいくらいだ』
「勝手に褒めてろ。それで? まだオレたちに不利になるようなものは、持っていたりするのか?
ここからオレたちにビビッて、直ぐに逃げられるようなアイテムとかな!」
『アハハハハハハッ。もしかしてそういうのがあったなら、私からどうにか奪って逃げようとでも考えたのかな?』
「──くっ」
「ん?」
ブラットの悔しがる様子を天窓の下から見たHIMAが、そこではじめて何かを感じ取り、怪訝そうな顔をして首を傾げた。
だがそんなことをするのはHIMAだけで、しゃちたんですら「ぐぬぬ……」とどうにかできないか真面目に考え、コンスタンティンも図星をついたと馬鹿みたいに笑う。
『ほら見たことか! そっちがもう何もないことは、お見通しなんだよ!
おあいにくだが【ストーキング・ウェッジ】のように、ここから転移できるアイテムも、我々を蹴散らせるようなアイテムも、ここから逃げ出せるようなアイテムも、なーーーーーーんにも無いんだよ! 残念だったなぁ? ブラットくぅ~ん!』
「へぇ~そうか、本当にそういうものはないんだな?」
『しつこいぞ! 道化もそこまでいけば笑えない! そんなものは何もないんだよ! だから万が一にも、お前らがこの状況を覆せるなんて思うんじゃねぇ!!』
「ふっ、すかした言い回しは演技だったのか? 化けの皮がはがれてるぞ?」
「ブラット! そんな煽ったら、すぐ攻めてきちゃうよ! こっちにだって何にもないんだから」
こちらの会話が聞かれていることを知らないしゃちたんが、向こうに聞こえないよう声を落としてはいるが、上にいるブラットに通話で話すことも忘れて呼びかける。
そして案の定、ウサギ獣人がその言葉を一言一句違えずコンスタンティンに伝えていく。
けれどブラットは、あえてそれを無視する。ブラットは、しゃちたんの言葉を遮ろうとはしなかった。
「………………」
「HIMAからもなんか言ってよ! どうして黙ってるの?」
そんなブラットの態度を見て本当の意図はわからずとも、HIMAは自分がどうするのが最適なのか確信を持った。
「そうだよ、ブラット。もうちょっと、こっちは何もできないってことがばれないようにしないと。
私たちなんて、あいつらにかかったら瞬殺だよ?」
HIMAの言葉を聞いて、ブラットは彼女がこちらの思惑を察知してくれたことを内心嬉しく思いながら、絶対に態度には出さないように気を付ける。
そしてブラットも通話ではなく、わざわざ声を出して下にコソコソと話しかけていく。
「大丈夫だって。逆にちょっとくらい強気でいないと、オレたちが何もできないって感づかれそうじゃないか」
「あ~そういう考え方もあるかぁ」
「そう言われると、そうかもしれないね。さっすがブラット! さすがだよ!」
「ん?」
ワザとらしくブラットを褒めるHIMAを見て、ここでしゃちたんも何か二人がおかしいと気が付いた。
だが実際に彼女たちのことを知らず、会話の内容を又聞きで知っているだけのコンスタンティンは何も違和感を感じていない。
『アッハ──アーーハハハハハハッ! 傑作だな。これだから馬鹿を躍らせるのはやめられない』
「な、何を言っている!」
「「ぶふっ」」
ここまでくればブラットが何か企んでいることを確信し、その大げさな演技にHIMAもしゃちたんも吹き出しそうになるのを堪える。
『ハハハハハッ──はぁ……、だが少し飽きてきたな。
もういい、これが最後の忠告だ。さっさと降伏したまえ。本当に命だけは助けてやるから。こっちはもう全部わかってるんだよ』
「全部わかってる? ほう、そうなのか。だったら引いた方が身のためだぞ。
今オレたちに何もせず引くっていうなら、命だけは助けてやるよ」
相手に言われたことを返しながら、ブラットは不敵に笑う。
『だ~か~ら~! 全部わかってると言っているだろーが! クソが! 頭の悪いガキだなっ!!』
「お前みたいな三流悪役なんかに、これを使いたくなかったんだけどなぁ。
そっちがその気なら、本当に使っちゃうぞ? いいのかなぁ~?」
『ああいいさ! だったらやってみろよ!! できるもんならなぁっ!!』
「そうか残念だ。じゃあ、ここでお前とはお別れだな」
『お前たちが死ぬという意味でなぁっ!!
もういい……野郎ども! あいつらを痛めつけた上で殺せ!!
ただし船に傷をつけるなよ!! アレは私の船だ!!』
「お前の船になんかならないよ、永遠にな」
周りが騒がしくなる中、ブラットは銃撃が飛んできたので、さっさと天窓から操舵室の中へと戻る。
『それでブラット。それだけ言うってことは、どうにかできるんだよね?』
『そうだよ! これで本当は何もなかったじゃ、すまないよ?』
『安心してくれ。ちゃんと、ここを切り抜ける手札は持ってる。
それでもって、あいつらは逃げる手も逆転する手も何もない。後続の奴らもあと一分もすれば合流する。これで全部、一網打尽にできる。
さて、それじゃあ馬鹿どもに踊ってもらおうか。なあ? ──コンスタンティン』
そうしてブラットは、あの場所で手に入れた、あのときは使えなかった切り札を手持ちのスロットから取り出した。




