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Become Monster Online~ゲームで強くなるために異世界で進化素材を集めることにした~  作者: 亜掛千夜
第三章

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第八五話 ロロネーの残骸

 イベント六日目。

 三人はまた朝から集合して、昨日得た謎の座標に向かって船を進ませる。

 道中はリーサル海賊団の数が減ったおかげで、脅威度の高い敵に出くわすようなことは少なかったが、変態ダコのような中ボスクラスの敵に絡まれ逃げたりと、何度か危険な目にあいながらアジトの見取り図の裏側に表示された座標までやってきた。



「ふぅ~、やっと着いた。座標だと、この辺じゃない? 特にそれっぽいのは、なさそうだけど」

「みたいだな。これは祠とかと同じで、隠されているパターンかもしれない。ちょっと外に行って見てみるか」

「じゃあ、私も見に行くね。しゃちたん、危なそうな反応があったら知らせてね」

「わかってるよー。二人も、そっちは頼んだ~」



 しゃちたんを操舵室に残し、ブラットとHIMAは【ディテールド・アナライザー】を手に甲板へと出て周りを確かめていく。

 するとちょうど座標ぴったりの海面を中心に、ブラットたちの船より何倍も大きな魔法陣のような、目視では見えない模様が描かれていることに気が付いた。



「これは……中心に行けってことなのか?」

「わかんないけど、それっぽいよね。おーい、しゃちたーん」

「な~に~?」



 しゃちたんに声をかけて、船を魔法陣のど真ん中まで動かしてもらう。

 するとモノクル越しに見える魔法陣が、少しだけ色濃くなった。



「けど何も起きないね。何か他に必要なものがあると思っていいのかも」

「他に必要なもの……。ここに来るには補給基地で手に入れた、アジト内部の見取り図が必要だったんだし、それかもしれないな。出してみてもいいか?」

「物は試しだしやってみよ」



 しゃちたんにも合意を取ってから、ブラットは甲板の先に立って見取り図を取り出した。

 するとより魔法陣の色が濃くなるが、それでも何も起きない。

 他にも必要なものがあるのかと一歩、ブラットが何気なく見取り図を持ったまま後ろに下がると、そこでさらに魔法陣の色が濃くなった。



「もしかして場所の問題?」

「かもしれない。えーと、ここから後ろに下がったら強く反応したわけだし──もしかして見取り図を持った状態で、正確に魔法陣の中心に立てってことなのかもしれない」



 海面に浮かぶ魔法陣の完全な中心地点は、この船で言うところの船室のドアの前あたり。

 ブラットはトコトコと後ろに下がりながら、そちらへ向かっていけば予想通り魔法陣がどんどん色彩やかに変化していく。

 それはモノクル越しにしか見えないが、とても美しい光景だった。



「それじゃあ、いくぞ……いちにの──さん!」



 ブラットが「さん」の合図で魔法陣の中心地に足を踏み入れる。

 すると今度こそ完全に魔法陣が光輝き──、一瞬の浮遊感とともに船ごと別の場所へと転移した。



「なに!? ここどこ!?」

「…………地図にも載ってない場所、みたいだな」



 同盟メンバーたちと広げてきたイベントマップの世界地図を取り出しても、自分たちがどこにいるかは一切表示されていない。



「イベントマップとはまた別の場所ってこと?

 いったい、どんなイベントが起こってるんだろ」



 先ほどまでは海の上にいたというのに、今のブラットたちは大きなドーム状の黒い空間の中にいた。

 見た目に反して視界は良好で、真昼のように明るい場所でもあった。

 下は黒い海のようになっていて、船はそこに浮かんでいる。


 三人は何が起きるのかと身構えながら周囲を確認していると、突然なんの前触れもなく第三者の声がドーム内の壁全体から響いてきた。



『まだ俺がるということは、本物の俺はまだ生きているのだな』

「……誰だ?」

『俺はロロネー…………だった者の人間性の残りカス。

 友人に頼み、最後にわずか残った理性をここに封じてもらった存在だ』

「えーと、つまりロロネーの幽霊とかそういうの?」

『幽霊……か、たしかにそういうモノに近いのだろう。

 じゃあ次は俺から問う。お前たちがここにこれたということは、補給基地を全て壊してきたと思っていいのだな?』

「ええ、五つ全ての補給基地を壊して見取り図を手に入れたら、ここへの座標がでたので来たんです」

『なるほど……では最低限の資格は得ていると思っていいだろう。それにしては、なんだか弱弱しい気もするが……まあ、いい。

 わざわざ全ての補給基地を壊すということは、大概が余程用心深いか実力に自信がないかの二つ。

 となればアジトの内部に入るというだけでも、頭を悩ませることになっているのではないか?』

「やっぱり行けば簡単に入れるって場所でもないのか」



 まさにそれはブラットが懸念していた一つ。

 補給基地を潰し、海賊団の数を減らし、アジトに近づきやすくなったのはいいが、そもそも行ったところで中へ入れるかどうかは未だ未知数だった。

 そしてそれはブラットが予想していた通り、簡単に入れる場所ではないとロロネーの残骸が教えてくれる。



『正門と裏門にはリーサル海賊団でも上位の実力を持つモンスターが目を光らせている上に、門そのものが強力なモンスターでもある。

 もしもそのどちらからか入ろうと思うのなら、最低でも門のモンスターだけはどうにかしなければ入ることもできないだろう。

 戦うともなれば、ただ入るだけでも相応に消耗することになるぞ』

「なるほどねぇ。けどわざわざ私らをここに呼び寄せた?っていうか、ここに来れるようにしてたってことは、なんか楽に入れる方法を教えてくれると思っていいの?」

左様さよう。もしお前たちが望むというのであれば、ここで表でも裏でもない、非正規な隠し扉の鍵を渡そう。

 それがあれば入るだけなら、そう難しくもないはず』

「えーと……それに何か対価とかはありますか?」

『対価……か。もはや俺が望むのは、今いる哀れな俺を解放してほしいということだけ。

 それを成してくれるというのであれば、他に何も望みはしない。鍵を受け取ってくれるか?』

「「「………………」」」



 ブラットたちは、その問いかけに即答できなかった。


 もちろん楽に入れるという隠し扉の鍵は、喉から手が出るほど欲しい。けれどブラットたちでは、彼のその望みを叶えることはできない。

 しょせん今話しているロロネーは彼だったナニかでしかないし、もっと言ってしまえばゲームの登場人物──ただのデータの塊でしかない。

 けれど目の前でちゃんと会話はできるし、彼の悲痛な思いを感じ取ることだってできる。

 まだ若く素直なブラットたちが感情移入し、後ろめたさを感じてしまうのは無理からぬことだろう。



『ふっ…………即答はできないか。お前らは俺を解放する気はないと思っていいんだな?』

「いや、そうできるならそうしていたんだろうが……ごめん。

 正直に言ってしまえばオレたちじゃあ、あんたの本体と戦って勝つなんてできっこない」

「ちょっ、ブラット。そんな馬鹿正直に言わなくても」

「でもどうせもうオレたちの考えなんて、あの沈黙でバレちゃっただろ」



 そのつもりがあったのなら、ハッキリと答えていた。

 つまり沈黙で返してしまった時点で、お前を解放する術を自分たちは持っていないと言ってしまっているようなもの。



「まあ、そうだよね。あとはもう正直に言って、誠意を示すことで鍵をくださいって言うしかないよね」

『……………………そうか。明らかに実力的に無理だろうとは思っていたが、何か隠し玉でも持っているのではと、少しだけ期待していたのだがな』

「オレたちを怒ってはないのか?」

『怒りも悲しみも、今の俺からはなにも湧き上がってこない。ただわずかに落胆はしているとは──思う』

「それは……ごめん。でも、これが素直な今のオレたちの現状だ」

『気にするな。ここに来た者の大半は解放する気がなくても、はいと答えている。

 そりゃあ赤の他人のために命がけで戦うよりも、その中にある大量のお宝を奪うほうがいいに決まっている。

 俺だってお前たちの立場なら、わざわざ解放してやろうなんて思わないだろうさ。──ほら鍵だ。受け取れ』



 黒いドーム状の空間の上から、鉛色の何の変哲もない鍵が甲板の上に降ってきて、コツンと音を立ててブラットたちの前に転がった。



「え? これ貰っちゃっていいの? 私ら解放する気はないって言ったんだよ?」

『構わない。どう答えようと、例えそれが嘘だと見抜いていても、俺は誰にでも鍵を渡してきた。好きに使うといい』

「この鍵って、そんなにホイホイあげられるものなんですか?」

『数を用意するだけなら容易い。なにせ鍵を創造するのも、この空間を維持するのも、全て本体の俺から力をかすめ取ってやっているからな。

 これで少しぐらいは負荷をかけて挑戦者を有利にできないかとも思っていたんだが……まあ、未だに俺が在るのだから効果は大してないようだな』



 この空間はブーンたちの祖先にして、ロロネーの友人だったハヌンとともに彼が最後の仕掛けとして用意した亜空間。

 本体と魂のパスを繋いで魔力をどうたらこうたらと長々しく、三人によくわからない仕組みを語って聞かせてくれた。



「とりあえず減っても困るようなもんじゃないから、別に渡しても構わないってことか」

『そういうことだな。モンスターになり果てた俺の、最後の抵抗とでも思っておいてくれ。

 それに世の中、何がどう転ぶかわからない。もしかしたら鍵をばらまくことで、俺のこの行動が最後に何かに繋がってくれるかもしれないだろう?』

「それはいいけど、ばらまきすぎたせいで隠し扉が潰されてるってことはない?」

『その可能性もあるかもしれないが、お前たちが今持っている見取り図に今やった鍵を近づけてみろ』



 言われた通りしゃちたんが拾ってくれた鍵を受け取り、ブラットが見取り図に押し付けるように近づけてみれば、一か所が小さく光りここに隠し扉があるぞと教えてくれた。



『五枚全て集め完成させたそれは、今現在のアジトの内部や構造を映す完全な見取り図だ。

 もし潰されていたり使えなかったり、機能できない状態であったのなら、その地図に隠し扉の存在が記されることもない』

「ってことは、これの情報通りなら今も使えるってことですね」

『その通りだ。いいように活用するといい。あとは……』

「まだ何かあったりするのか?」

『こちらはオマケのようなものだ。お前たちには無用なのかもしれないから、急ぐなら断ってもいい』

「なんだか、そう言われちゃうと気になるなぁ。いったい何のことを言ってんの?」

『なに、どうということはない。奴はモンスター化したことで元の俺よりも強くなっているが、その上で人間だったときの剣技も行使できる。

 ここの俺ではモンスター化の影響でできるようになった技は見せてやることはできないが、人間だったときの技を見せてやることはできるのだ』

「つまりモンスターのキャプテン・ロロネーの手の内を、ここでいくつか見て行けるということですか?」

『簡単に言ってしまえばそうだ。モンスターの俺の半分以上は人間だった頃の技をそのまま、もしくは強化して使っている。

 少しでも相手の手の内がわかっていれば、初手で切り伏せられる可能性も減るはずだろう?

 ただまあ、お前たちには必要のないことであるし、これでおわ──』



 ブラットたちは、キャプテン・ロロネーと戦う気はないと言っていた。

 ならばわざわざ見ていく必要もないだろうと、ロロネーの残骸が話を切ろうとしたところで、待ったをかけた人物がいた。



「──見たい! たとえ戦うことはなくても、相手の技が見られるなら見てみたい! ぜひ見せてくれ!」

『……ん? まあ、俺の時間はいくらでもある。今を生きる、お前たちが見たいというのなら別に構わんが』

「なら頼む! HIMA、しゃちたん、見てってもいいか?」

「私は別にいいよ。何か今後の参考になるところも、あるかもしれないしね」

「私もブラットが見たいってんなら、わざわざ止めないよ」

「ありがとう、二人とも!」



 基本的にNPCが使えるスキルなどは、プレイヤーもどこかで覚えられるスキルと考えていいのがBMOというゲームだ。

 そして彼は自分の技を剣技とも言っていた。このイベントマップで人間の頃から相当な腕前だったと言う彼の戦い方は、もしかしたら魔刃を振るうブラットにも通じるところがあるかもしれないと考えたわけである。


 ブラットが熱望したことでロロネーの残骸も承諾し、幻でできた人間だった頃の姿を船のすぐ近くに、黒い海面に浮かぶように現した。

 ロロネーという人物は、元は悪魔とオオトカゲの混在種。

 黒翼に羊の角といった人型の悪魔が肉体のベースとなっていて、あとはトカゲの鱗を手甲のように両腕に纏い、しなやかで細長いトカゲの尻尾を生やしていた。


 そんな彼は両手に剣の柄だけ握り、尻尾の先でもその剣の柄を巻き付けるように握ると、計三つの柄だけを持った状態だ。



「あれは魔刃の剣柄たかみ……か?」

「あれ刃が付いてないけど、あれじゃ切れないよね?

 剣舞みたいに型を見せてくれるってことかな」

「ちがうよ、しゃちたん。アレは柄が魔刃の発動だけに特化させた、魔法触媒になっているんだと思う。

 ブラットが普段、手から出してるやつをあの柄の先から出すんだよ、きっと」

『左様──』



 小さく呟くような声音だというのに、はっきりとブラットたちの耳に幻の彼の口から発した言葉が耳に届く。

 そして両手と尻尾を軽く振ると、直剣の魔法の刃が発生した。


 ブラットの使う魔刃はいかにも魔法で作りましたという、飾り気のないのっぺりとした刃。

 しかし同じ魔刃系統のはずの彼の刃は漆黒で刃文まであり、まるで本物の剣が生えてきたかのようなリアルさがあった。



「あんな魔刃、動画でも見たことないぞ。

 それって、その剣柄の魔法触媒の影響でそうなってるのか?」

『その影響もなくはないが、別になくても似たようなことはできる。

 ただ刃を魔力で作り出すだけの技も、極めていけば恐ろしいほどの切れ味を持った、名剣すら超える刃を生み出すこともできるのだ』

「へぇっ! へぇぇっ! そうなんだ! それで、それからどんな技を使うんだ!?」

「大はしゃぎだね。この子」

「自分の持ってる系統のスキルの、進化版みたいなのが見れたわけだしね。

 私もあんな魔刃は見たことないし興味深いかも」



 まず彼は準備運動とでもいうかのように、舞うように三振りの刃を振り回しはじめる。

 大柄で筋肉質な彼の見た目とは打って変わり、流水のような流れる剣の振りは見事としか言いようがない。

 三つが別々の動きをしているのに全ての動きが繋がり合い、一つの意思に従って完璧に見えない敵を切り裂いていく。



「剣自体の腕前も相当だな──もっと近くで見てくる!」

「ありゃりゃ、行っちゃったよ」

「ふふ、かわいいなぁ、もう」



 ブラットは我慢できないと空を飛んで、幻影のロロネーのすぐ側で見学をはじめる。

 その後ろ姿をしゃちたんは肩をすくめるように、HIMAは微笑まし気に見送った。


 ブラットが近寄ってきたことで興が乗った──というわけでもないのだろうが、漆黒の刃を無数の小さな刃に変えて飛ばしたり、二本の刃を一つに融合して漆黒大剣に変えたり、ハサミのような形状にして梃子の原理を利用した切り裂き術、空間に刃を置き去りにするように固定する術、などなど他にもHIMAですら見たことのない技を連発していく。


 幻なので当たることがないことをいいことに、ブラットはわざわざ本当なら切り伏せられている敵側の位置でじっくりとそれを観察しだすが、ロロネーは特に気にした様子もなく続けてくれる。



「そんなことが──そんなことも……。

 思っていた以上に、魔刃も将来性が高いスキルなのかもしれない」

「お前も魔刃を使うのか?」



 興奮しながら見てくるブラットに、幻影のロロネーは動きながら会話を投げかけた。



「ああ、オレのはこんなんだけど」

「ふむ、普通だな。だが俺も昔は、それと同じ刃だった。

 そして俺はこれが一番得意だったから、これを一番の武器として己の極限まで鍛え上げたら、いつの間にかこのような刃も生み出せるようになっていた」



 今度は三本の刃を融合させて見せくれれば、それは漆黒から赤黒く禍々しいオーラを放つ異様な魔刃となっていた。



「この刃には、再生を阻害する呪いの効果もある。

 おそらくこれは俺の種族が関係しているだろうから、お前がこの域に辿り着けたのなら、また別の効果が生まれるかもしれないな」

「種族で変わる効果の魔刃……? そんな要素まであったのか。

 とは言っても他の魔槍とか魔斧とかでもあるんだろうけど」

「あるだろうな。というか、あった。これと似たような技を使うモンスターとも戦ったことがある」

「モンスターも使ってくるのか……」



 もはや三人にロロネーの人間時代の技を見せるというより、ブラットにレクチャーするような形で、ブラットに向かって色んな技を放ちながら細かな説明までしてくれるようになっていく。


 そしてブラットはその全てを録画しながらも一言一句忘れないように、将来の自分に役立つかもしれないと、その三位一体となった魔刃剣の振り方、スキルの使い方や連携を頭の中に叩きこんでいく。


 そんな熱心なブラットに感化されたかのように、ロロネーの幻覚は一つ本格的なレクチャーをしてくれることとなった。



「これより見せるのは、俺が編み出した我流の技。

 もしかしたらどこかの流派で技としてあるのかもしれないが、少なくとも俺は知らないし他に使っている者を見たこともない技だ。

 そしてこれは強いモンスター、長く生きているモンスターにほど刺さる技」

「へぇ~、なんか凄そうな技だな」

「だがな。これはモンスターの俺ではできない。繊細な思考が必要になる、人間だったからこそできた技でもある。

 リーサル海賊団の首領戦では使われることのない、見てもそこでは役に立たない技だが……見たいか?」

「そんなものがあるのか! ぜひ見せてくれ!」



 モンスターのロロネーが使えないということは、ここにいるロロネーしか使えない技ということ。

 それを見ないという選択肢はブラットにはなかった。


 前のめりなブラットの言葉を聞いたロロネーは、そこで初めてといえるほど感情が顔に出た。ほんの少しだけだが、嬉しそうな感情が。



「──わかった。これならば幻の俺でも、お前に多少は体感させることができるだろう。いくぞ──」

「──こいっ!」



 幻が放つ技が当たることはないはずなのに、体感できるかもしれないと聞き、ブラットは気合を入れてロロネーの動きを穴が空くほど目の前で観察しながら構えを取る。


 そしてその瞬間、彼の幻の刃が一本、ブラットの首を横切った。



「──え? ……なんで、なんだ今の?」

「夢幻剣。俺は、この技をそう呼んでいた」



 ずっとロロネーの幻を見ていたし、これまでの幻の剣戟も避けられはしなかったが、反応くらいはできていた。

 それこそロロネーの残骸でしかない彼ですら内心驚くレベルで、どれほど速い剣戟を放っても、どんな動きか、どんな軌道を取るのかだけは、ちゃんと見えていたのだ。

 体がその動きに対応できれば、確実にかわしていただろうと思わせるほどに。


 しかしそんなブラットが今、何の反応もできずロロネーの剣に首をねられた。

 実際には刎ねられていないが、彼が現実に存在していたのなら確実に首は飛んでいた。

 しかも剣速もブラットであれば、かわせる速度まで落としてくれたものであったのにである。

 なぜああも無様に受けてしまったのか、全く意味がわからずブラットは目を白黒させた。



「次は──こうだ」

「──っ!? …………あれ? なにも来てない?」

「ああ、俺は剣を振ってないからな」



 今度は彼が微動だにしていないのに、なぜか本能的に剣がくると思ってしゃがんでしまう。

 HIMAとしゃちたんは、はた目から見ているだけなので一体何をしているのだろうと首をかしげていた。


 しかしそこまでされて、だいたいどういう技なのか予想が付いてきた。



「なんというか、オレの感覚をだました?」

「ほお、よく二回だけで気が付けたな。

 夢幻剣とは斬るという気配を操作して、ときに消し、ときに現し、夢幻ゆめまぼろしのように相手を斬り騙す虚実の一つ。

 お前は小僧のくせにやたらと感覚が鋭いから、本来あるはずの斬りつける気配を消しただけで感覚がおかしくなり反応ができなくなった。

 逆に斬りつけるという気配だけで、回避しようとしたのだ」

「いや……、もはや虚実とかいうレベルじゃなかったんだけど……」

「その域にもっていかなければ、歴戦のモンスターは騙されてくれんからな。

 ちなみに今の二つを混ぜれば──」

「──っうわ!? ──と、えっ? くそ、わかってても体が勝手に反応する……」



 今度は左からくるような気がして思わず左手で受け流そうと構えたが、実際は真正面から堂々と斬られてしまった。

 しかも決してブラットがよけられないわけでもない、ロロネーからすればゆっくりとした速度で。



「本来はこれを戦闘中に織り交ぜた上で、もっと速くやる。

 強いモンスターというのは大概が、鋭い感覚を持っているから生き延びてこれたような連中ばかりだ。

 そういう連中には面白いように刺さってくれるぞ。

 お前も興味があるのなら、今のを目指して鍛錬してみるといい」

「鍛錬でどうにかできるもんなのか……?」

「それは知らん。俺は、いつの間にかできるようになったからな。

 人間だった頃にできたのだから、お前も別に不可能ということはないはずだ」

「えぇ……、そんな適当な。なんかこう、できるようにアドバイスとかもっとないのか?」

「なんだそれは。そんなもの見て覚えろ……と言いたいところだが、しかたがない。俺が昔こなしていた、特訓メニューを特別に教えてやろう」



 なんだかんだ面倒見がいいのか、幻であるはずの彼は、彼が夢幻剣に至るまでにやっていたという特訓を教えてくれた。

 内容は走り込み、素振り、瞑想、縄跳び、腕立て、腹筋などなど普通の筋トレメニューのようなものがほとんどだ。

 しかしブラットは、本当にそんなものでできるようになるのかと言いたくなるような内容にもかかわらず、真面目にメモ帳アプリにその全てのメニューを書き込んでいった。



(もしかしたら、これが本当にBMOでの夢幻剣か、もしくはそれに繋がる何かの解放条件かもしれない!)



 そう、ここは零世界と違ってゲームの世界でもある。

 現実ではありえないような内容であっても、何かのフラグを立てることが充分にあり得るのだ。

 そしてこれはおそらく、ブラットのように彼に教えを請わなくては、絶対に聞きだせないレアな内容であるのも間違いない。

 イベントが終わったら、このメニューも炎獅子戦と同じように、こなしていこうとブラットは心に決めた。


 一方、ロロネーの方はと言えば、この彼は人間時代に弟子入りさせてくれと言われたとき同じことを答えたら、嘘を吐くな、ちゃんと教えてくれ、教える気なんてないだろ、などという言葉を投げかけられたという記憶を持っていた。

 だからこそ真剣にその話を聞き、覚えようとしてくれるブラットをまた少しだけ嬉しそうに見つめていた。



「俺から言えること。見せられるものは全てやった。あとはお前のやりたいようにやるといい」

「わかった。ありがとう、ロロネー。いろいろ教えてくれて」

「気にするな。俺も楽しかった……気がする。

 お前のような弟子をとっていたら、いてくれたら、俺はこんなことにならずに済んでいたのかもしれないな……」

「なんだよ、突然」

「いや、なんでもない。今更何を思おうとも、ただの残りカスでしかない俺には意味のないことだ」

「そんなこと──」

「──だから気にするなと言っている。お前は外の世界で、お前の為すべきをやれ」

「わかった」



 同情などしてくれるなという意味が込められた、はっきりとした拒絶にブラットはそれ以上何も言えずに船に戻っていく。

 そしてその背に向かってロロネーは、最後の言葉を投げかけた。



「死ぬんじゃないぞ」

「ああ、死ぬ気なんてないさ」



 船に乗り二人と合流してからそう言うと、ロロネーは満足げな表情と共に頷き返し、ブラットたちを元の海の上へと送り届けた。

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