第七八話 ルサルカのお遊び
ルサルカにカギを貰い目的は果たせた。
これで終わったとブラットは老婆から貰ったポーションを一気飲みすると、手がズボッと生えてきた。
「簡単に生えてくるなんて、まるでタコの触手ね」
HP回復だけで欠損部分が戻る種とそうでない種があるが、ブラットの場合は全ての根源を持っているおかげか、HPを回復するだけで腕が生えてくる。
しゃちたんも体をえぐり取られてもHPさえ戻れば回復し、HIMAの場合はHPをいくら回復しても勝手には戻らないが、妖精系の根源が入っているのでMPを消費することで戻すことができる。
ちなみにそういう手段のない種族は、部位欠損も癒せる回復アイテムや回復スキル、もしくは死に戻りすることで元の体に戻せる。
ルサルカに呆れた顔をされながら、ブラットは頭の上に乗ったカギを手に取った。
「それで? もう用は終わったかしら?」
「ああ、ここでの目的は果たせた。えっと……、まだ何かしたほうがいいのか?」
「ふふっ、そんな不安そうな顔をしなくてもいいわよ。
ただ帰るというなら、あなたたち。そのとき、あるお遊びをしてみる気はない?」
「「「お遊び?」」」
やっぱりまだあるのかとブラットたちの体が硬くなるのを見て、ルサルカはくっくと小さく笑った。
「だからもう、そんなに身構えなくてもいいと言ったでしょう。
やるやらないは、あなたたちの自由。例え遊びに負けても、何も得られないだけで何かを失うこともないわ」
「……いったいオレたちと何をしようっていうんだ?」
「とっても簡単な、お遊びよ。あなたたちは帰り道、全員で甲板に立って前だけ向いていればいいの。
あとは後ろはもちろん横を向くのも、肩より後ろに手をやるのも禁止というだけ。
船は私が海を操って、私の領域外まで出してあげるから安心して。ね? 簡単でしょ?
もし終わりまでそれができたなら、良い物をあなたたちにあげるわ。
それがあればエルドラードに行ったとき、少しだけいいことがあるかもしれないわよ」
「けどそう言うからには、道中後ろを振り向きたくなるようなことがあるってことですよね?」
「さぁどうかしら。そういうのは、やってみてからのお楽しみ。もしかしたら、何もないかもしれないわよ」
それだけは絶対にないだろうと、嫌らしく笑うルサルカの表情にブラットたちは余計に確信を持つ。
だが何かを失うことはないというのなら、チャレンジするだけしてみるべきだろう。
彼女は騙すような嘘は、ここまで一度も言っていない。ならば何かしら自分たちにプラスになる物が手に入るというのも、何も失わないというのも間違いではないはずだ。
三人は顔を見合わせ、それぞれの意思を確認して頷きあう。
「わかった。やってみる」
「そうこなくてはね──」
それだけ言うと、ルサルカはぴょんと後ろに飛んで船から降りる。
そして彼女がにこやかに手を振ると、船がまた勝手に動いて帰りの方向へと船首が向きだす。
その間にブラットはカギを無くさないよう、シップコアに入れておく。消費はこの領域外に出てからしか、できないようだったからだ。
「用意はいいかしら?」
右からブラット、HIMA、しゃちたんの順で甲板に立って横に並ぶ。
肩から後ろに手をやるのは禁止ということなので、その予防もかねてHIMAは右手をブラット、左手をしゃちたんと繋ぐ。
しゃちたんは左触手を長く伸ばして、後ろはアウトなのでHIMAの正面を横切りブラットの右手と繋ぐ。
自分たちで自分たちの両手を封じて、誰かが手を後ろにやろうとしても誰かが抑えるという形を取った。
「いいぞ」「準備できました」「おっけーだよ」
それを見てもルサルカは何も言わないのだから、ルール違反ではないのだろう。三人揃って準備ができたことを彼女に伝えた。
「じゃあ、船を出すわよ。久しぶりに面白い子たちに会えて楽しかったわ。
もしもエルドラードに行けたら、お父さまによろしく言っておいて」
「「「「え?」」」
「じゃあ、スタート──」
お父さま?と三人が横側の岩場に座るルサルカに顔を向けようとしたが、スタートの合図と共に船が進みはじめたので慌てて正面に顔を固定する。
開始直後で失敗など、ありえない。
ブラットたちは何もない海を正面に見据えながら、互いの手をギュッと握り合って何が来てもいいように心構えだけはしっかりとしておく。
それから船が進むこと三分。何も起きないが、ずっと気を張っている三人からすれば、もっと長く時間が経っているように感じていた。
「なんにも起きないけど……、ほんとに何もないって可能性もある感じ?」
「それはないだろ。あえて最初は何もしないで、気を抜いたところで──なんてよくある話だ」
「そうそう。だから絶対に最後まで気を抜いちゃダメだよ、しゃちたん」
「そういうもんか……。わかった、気を付けるね」
なんてことを話していたら、狙ったかのように後ろの方からポチャンッ、ポチャンッと水に小さなものが落ちるような音が遠くから響いてくる。
その音はだんだん大きく近くなっていき、最後はドッ──ボンッ! と水面で爆発でも起きたのかと思うほどの大きな音と共に、船首の方に立っているブラットたちの所まで水しぶきが雨のように降り注いだ。
「何が落ちたんだろ……」
「そういうのも、あんまり考えない方がいいぞ」
「無心でいこうね、無心で。色即是空、空即是色……──ひゃうっ」
「うひゃっ」「うわぁあっ」
三人の後ろから首筋あたりに湿っぽく生暖かい風が、なんの前触れもなく吹きつけてきた。
それはまるで誰かが真後ろに立って、息をしているかのような生々しさで。
思わず飛び上がりながらも頭は正面を死守し、手は互いにがっしり繋ぎ合っているので、反射的に振り払おうとすることもない。
「なんか気持ち悪いな……」
「後ろに知らないおっさんが立ってたらどうしよ……」
「ちょっと、気持ち悪い想像させないでよ、しゃちたん」
「ごめーん……」
はぁはぁという声が聞こえてきそうな気持ちの悪い風が一定間隔で吹き付けられ続け、誰かが後ろをウロウロと歩いているかのような足音まで聞こえてくる。
さらにガチャンッ──と、船の上に何か硬いものを落としたような音。剣を抜いたときのような、チャキッ──という音。
まるで早く振り向けよとじれったそうに、誰かが後ろでわざと音を立てているようにも感じられた。
「これくらいなら全然平気だな」
「でも、まだまだ先は長そうだよ」
「めっちゃ船が進む速度遅いもんねぇ……」
自分たちで船をかっ飛ばして進めばすぐに帰れそうなものなのに、ルサルカの送迎はかなりのんびりとしていた。
だがおそらくここで前を向いたまま船を動かそうとしても、操縦はできないだろうと最初から諦め、ひたすら耐える道を選ぶ。
気配もなく肩を不意にポンと叩かれ、質の悪いボイスチェンジャーを使ったような低い声で「ねぇ、コっち向いてヨ」と何かが語りかけてくる。
その言葉に答えていいのかどうかもわからず、ブラットたちはひたすら無視していると、「なんデこっち向いてクれなイの?」「なんデ無視するノ……?」「私のこと嫌イィィ?」「ねぇ、ねェったラ! ネぇっ!!」と、ヒステリーを勝手に後ろで起こしはじめた。
船をガンガンと蹴りつけるような音、ゴリゴリと削るような音、バキっと何かが折れたような音。
しゃちたんが船に何かされているんじゃないかと、気が気でない様子でソワソワしだす。
「しゃちたん、大丈夫だから。絶対に後ろを向いちゃダメだぞ」
「わ、わかってる」
「ルサルカさんも、何も失わないって言ってたんだから、それは修理用の資材も含まれてるだろうしね。
だから音だけで、実際に船はどうにもなってないはずだよ」
「ありがと、二人とも。ちょっと落ち着いた……。すぅ~~はぁ~~~~」
深呼吸をして、しゃちたんは気持ちを落ち着かせていく。
その間にも後ろで何かが喚きちらかしながら、ドッタンバッタン船を壊しているかのような音を立て続けるも、三人とも動じなくなったと悟ったのか不気味なほど急に静かになった。
だが絶対にこれで終わりではないと、三人は互いに握り合った手をギュッと強く力を込めて無言で警戒心を高めていく。
思っていた通り、静かにしているとドンッ──と今までで一番大きな音が船尾の方から響き渡り、船が少し横に揺れる。
さすがに物理的に振り向かせるようなことはしないのか、船の揺れはすぐに収まった。
それでも似たような音に、船がさっきよりも盛大に壊れていくような音がひっきりなしに響き渡る。
そして──「あーア、無視スるかラ壊しちゃったァ」「みてみナよ」「ひどイィことになってルよ?」「キゃははハハっ」なんて言葉を背中に投げかけられた。
さらに浸水したとでも言いたいのか、バシャバシャと水を立てる音もする。
「無視だ無視」
後ろで何が行われているのか気にはなっても実害はないのだから、それが最善だと自分に言い聞かせるようにブラットは二人に話しかけた。
騒がしい何かは「ミロッミロッミロッミロッ」と次第に壊れたオモチャのように繰り返し、それでも反応せずにいるとやがて全ての音が止んだ。
──かと思えば今度は無言で背中を、何か指のようなものでツンツンと突いてきた。
三人同時に突いてきたが、何ヵ所かやり終わるとそれはすぐになくなる。
なんだったんだろう? と三人が不思議に思っていると、急に突かれた部分が少しだけ痒くなってきた。
普段なら手を後ろに回して、ちょっと指で掻くだけで治まる小さな痒み。だが今はそれをすることは許されない。
「これは卑怯だろっ」
「我慢できるけど我慢したくない、絶妙な痒みなのがまた嫌らしい……」
「この地味な痒み……イライラするぅ……」
地味に苦しむ三人を見てなのか、後ろにいる何かはバタバタと音を立てて、耳障りな声でゲラゲラ笑う。
そのことにまたイライラを募らせていると、笑い声から一転、何かに恐怖するような声を上げはじめる。
「ヤ、やめ、て。なんデ、あんタが、ここにいるノ……? イまわぁァァ、ワタしの番だヨォ……? ねぇ、やめテ? ヤメテッ、ねェっ、お願いィィ、お願いだカッ────」
何かの言葉を遮るように、ベシャッ──と三人の後ろで何かが潰されるような音がした。
そして足元に血のような赤い液体が、だらだらと流れてくる。
「うえぇ……気持ちわる。なんか後ろで殺人? 事件が起こってない?」
「よくわからないけど、あのうるさい声がなくなったんならオレはもう気にしな────……今度はこう来たか」
「…………何かがこっちを見てる?」
俗にいう視線を感じるという言葉があるが、今回はそれを何倍も強くしたような、何者かが自分の背中を凝視しているとハッキリわかる感覚が襲いかかってきた。
ズルズルと何か大きなものが這い回るような音が近寄ってきて、非常に気持ち悪い。
「「「っ──!?」」」
そして不意にべたぁ──と何かヌメヌメしたモップのような質感の何かが、後頭部から背中側に張り付いて、思わず手で振り払いたくなるような気持ち悪さでワサワサと動きはじめた。
これがリアルなら三人とも悲鳴をあげながら暴れて、その何かを引き剥がそうとしていただろうが、今は互いに握りしめる手に力を込めて耐えるしかない。
それからも気持ち悪いもの、美味しそうな匂いなどなど、あの手この手で振り向かせたり、手を出させようとしてくるが、その全てを鋼の心で耐えきって、ついにルサルカの領域を抜けた。
それを証明するように正面には無数のプレイヤーたちの船が、あちこちに見える。
気持ち悪かったり、誘惑的だったりした後ろの何かももういない。
船も勝手に動くことはなくなり、イベントの領域を抜けきると何事もなかったかのように静かに停まった。
一つ不安なところは、成功したかも失敗したかも教えてくれないこと。
「終わったってことで……いいんだよな?」
「それでいいと思うけど、今見えているのが実は幻──なんてオチはさすがにないよね?」「そんなんズルじゃん。もしそうなら、私はルサルカを訴えるよ」
「いや、どこにだよ。じゃあ、せーので後ろを振り向いてみるか?」
「いいよ。しゃちたんは?」
「私もいいよ」
互いに握り合っていた手を離し、船の甲板に立ったまま背筋を伸ばす。同時に息を大きく吸って──。
「「「──せーのっ! ────っ!??」」」
仲良く後ろを振り向けば、山と積み上げられた赤い宝石──ではなくシップコアが視界に飛び込んできた。
大丈夫だとは思っていたが、心の根っこの部分で本当に大丈夫なのかと心配していた船も壊れた個所はなく綺麗なものだ。
汚れもブラットが腕を取られたときに付いた血以外に、それらしいものはなくなっていた。
「これはある意味、宝の山だな」
「変態ダコの演出を、私はちょっと思い出したけどね」
「あー、あの犠牲者たちの数をあらわしている~ってやつね」
「とりあえずなんか目立ってるし、全部船に入れていこう」
「「はーい」」
周りを見れば海にこぼれ落ちそうなほど、こんもり積まれたシップコアの山が他のプレイヤーたちの視線を集めてきている。
それに気が付いた三人は珍しいのでスクショを一枚撮ってから、切り崩すようにして船にしまい込んでいった。
「けどエルドラードに行ったとき少しだけいいことがある~とか言ってたのは、これのことだったのかな?」
「資材なんていくらあってもいいけど、言い方からしてシップコアのことじゃなさそうだったよね」
「コアの中に何か入っているか、あるいは────あ、これじゃないか?」
シップコアを自分たちの船に次々と吸わせていると、ブラットの足元にコロコロとルビーのような宝石が付いた指輪が転がってきた。
それを拾い上げていると、HIMAとしゃちたんも同じように同じ指輪を山の中から発見した。
【ルサルカの指輪】──指に嵌めると、称号:【ルサルカの選別者】が付与される。
称号:【ルサルカの選別者】──海の姫君が気にいった証。海の王への謁見が可能になる。本イベントにおいてのみ、イベントポイントの取得量が1.2倍。
「アナライザーで見た感じ、こんなことが書いてあるんだが……ルサルカって海の姫君だったのか」
「そんでもって海竜のパパさんっていうのが、海の王って感じ?」
「だろうね。ロロネーっていう人間をリーサル海賊団の首領に仕立て上げたっていう、あの海の王様の」
「それでこの指輪があれば、その王様にも会えると。
だからお父さまに、よろしくなんて言ってたのか」
「でも海の王様なんて会ってどうすんの?」
「さぁ? 娘さんのお気に入りだし、悪いようにはされないんじゃない」
「というか気になったんだが、ルサルカに対して敵対ルートを選んで成功しても、海の王を敵に回すルートに入るってことにならないか?
眷属を殺しただけでキレるくらいなんだから、実の娘に危害を加えたときには……って感じだろ。
それとも海の王っていうのは、プレイヤーでも勝てる相手ってことなのか?」
「まあ、その辺はイベント終了後にでも調べればいいんじゃない? 私たちは融和を選んだわけだし」
HIMAがそう言うように、今は自分たちのイベントに集中したほうがいいかと、またシップコアの回収を進めていると、残りあと少しというところで明らかに毛色の違う黄金のシップコアのようなものが底のほうに一つ紛れ込んでいるのを発見した。
「なんだこれ? これもシップコアってことでいいのか?」
「私がアナライザーで見てみるね。えーと……【シップソウル】?
シップコアに使うと、船自体にスキルを一つ付与するだって。何が付与されるかは船しだいって書いてある」
「アクションと何が違うのかな?」
「スキルって言うくらいなんだから、オレたちでいう魔法のMPみたいに、船のエネルギーか何かを消費して使うんじゃないか?」
「どうする? 使ってみちゃう?」
「取っておいても船にしか使えないんだし、いいんじゃない?」
「だな。HIMA、使ってみてくれ」
「わかった──はい、消費っと」
HIMAがシップコアの収納資材のリストの中から、【シップソウル】の消費を選択。
《『Ash red』の船は、スキル【ペネトレイター】を取得しました》
「【ペネトレーター】……船を一つの槍として、目の前のものを貫く、か。
これって、あの変態ダコ戦のあれから来てそうだな」
「だね。それで使用には資材を消費だって。消費量に応じて威力が増減するらしいね。
私たちにとってのMP的なものが、資材ってことみたい」
「けっこう資材はかなり余裕が出てきたし、いざというときは頼りになるかも?」
「どれくらいの威力で、どれくらい消費するかにもよりそうだけどな。これは後でもう少し詳しく調べておこう」
残りはルサルカに会いに行った本来の目的である、白く輝く真珠のようなカギについて最後に調べていく。
アイテム名は【白輝の鍵】。説明は、おおよそザラタンのときの【蒼輝の鍵】と同じ。
こちらはスペシャルアクション『泡沫の揺り籠』が追加されるという。
こちらも資材一覧から選択してシップコアに消費させてみれば、コアのある方から前と同じように──ブォォォンという音が響き渡り、白い光が船を通り抜けて直ぐに消えた。
《スペシャルアクション『泡沫の揺り籠』が追加されました。》
《特殊条件が達成されました。
スペシャルアクション『泡沫の揺り籠』より、派生アクション『歌船の響音』が解放されました》
「こっちも派生アクション付きか」
「効果はどんなものになっているのかな?」
「早く見てみよ!」
『泡沫の揺り籠』──広範囲にわたってドーム状に、どんな種族のモンスターであろうとも確実に眠りに誘う音波を周囲に発生させる。
『歌船の響音』──音に関係した船、乗り手のアクションやスキル、アイテムの効果と効果範囲を増大させる。
「ルサルカの歌の船版ってところか。『歌船の響音』と使うとさらに範囲と効果も割り増しできると」
「『泡沫の揺り籠』は一回しか使えないけど、やっぱりザラタンと一緒で強力なアクションだね。
眠らないはずのアンデッドとか、睡眠耐性持ちも関係なく眠らせるみたいだし」
「これもエリクサー症候群?とかにしないように、ここぞってところで使いたいね」
しゃちたんの言葉にブラットとHIMAは頷いて、ルサルカイベントでの取得物の確認を終えた。
「それじゃあ、ラスト一つ。リーサル海賊団の攻略に入っていこうか」
「「おー」」




