第七二話 船楽器
コンスタンティンと別れたのは、リバース海域の先にあった町。
だが今ブラットたちがいるのは、【リミナル・ウェッジ】で西から東へ飛んできた先にある島。普通に船で来るとなると、かなり離れた場所にある。
NPCもこのイベントマップに大勢いるというのに、そんな中でたまたま特定のNPCが徘徊している最中に出会うなんてことはまずありえない。
コンスタンティンのイベントはあれで終わりではなく、なにかしらのイベントがまだ続いていると考えたほうが無難だろう。
そんな考えにすぐ思い至りながら、ブラットがコンスタンティンに向かって口を開いた。
「少しぶりってのはそうなんだろうけど、なんでここにいるんだ?」
「なんでとは、ご挨拶だね。私は私で自分なりに調査していたら、ここに着いたというだけだよ。
そんなことよりもだ。さっき楽器がどうのという言葉が君たちから聞こえてきたんだけど、もしかして陽光の祠か月影の祠にでも行ってきたのかな?」
一瞬話そうか迷うが、どこか確信めいた言い方に加えて、その二つの名前がわかっている以上、不必要に隠す必要もないと判断する。
「ああ、そうだ。ドレークの冒険記にも載っていただろ? ルサルカ対策に必要だと思ってな」
「そうなのか。それじゃあ違っていたなら申し訳ないんだが……もしかして、そこで手に入れた楽器をそのまま使おうとしてたりするかい?」
「え? ダメなの?」
「はあぁ~~…………」
しゃちたんが思わず声をあげると、コンスタンティンは海外のコメディにでも出てきそうなほど、わざとらしく肩をすくめ「わかってないなぁ」と言わんばかりに長いため息をついた。
「普通に考えてダメに決まっているだろう。
本来ならライバルがどうなろうと知ったことではないんだが……、君たちは私の命の恩人だ。お節介ながらも、一つアドバイスをしておこう」
「それは助かるが、一体何がダメなんだ?」
「その昔、ドレークに触発されて海に出た人々が何を参考にしていたと思う?」
「ドレークの手記だとか冒険記とか……じゃないか?」
「じゃあ、それらのドレークの情報は、いったい何年前の話だと思っている?
その昔から今日までの間、同じようにどこかで見たり聞いたりした話を踏襲して、陽光や月影の祠に行って楽器を用意した人間はどれだけいたと思う?」
ここまで言われるとブラットたちも何となく彼が何を言いたいのかわかってきたが、そのまま無言で続きを促す。
「はじめの内は、そのおかげで生きて帰れた者もいたという。
だがルサルカはもう、その音に飽きてしまっている──どころか、疎ましくすら感じている。
今やもう陽光や月影の楽器を持っていった連中が皆、同じ音を長年も聞かせ続けたせいで、その音が聞こえただけで船が沈められるようになってしまったんだよ」
「いくらいい音だと思っても、ずっと聞かされてたら嫌になるよね」
「その通りだよ、お嬢さん。もし君たちがその考えに至れず、少しでもさっき話していた楽器を使っていたら──」
「オレたちの船は、オレたちごと海の藻屑になっていたと……」
「え~じゃあ、せっかく手に入れたのに意味ないってことじゃん」
しゃちたんはそういうが、ブラットとHIMAは意味がないとまではいかないのではと考えていた。
ただのプレイヤーに対する罠イベントにしては、各シンボルを刻み込めたりと先に繋がりそうなヒントのようなものがちゃんとあったのだからと。
そして、それは間違いではなかったようだ。
「…………いや、既に手に入れたというのなら完全に無駄だということもないと思うよ。
もし君たちが太陽と月のシンボルが描かれた祠の楽器を二つ持っているというのなら、この島から東南東の方角にある六合の宮を目指すといい。
持ってない場合は二つを揃えて、お布施を持って再びシンボルを刻み込んでもらえるよう頼んだほうがいいだろうね」
「六合の宮……? そこで何ができるんだ?」
「それは自分たちで確かめてくれ。正直、これでも話しすぎたと思っているくらいだからね。
命の恩人には死んでほしくないから、ここまで話してしまったんだ。わかってほしい」
コンスタンティンは同志と言っているが、エルドラードを目指すライバルでもある。
誰よりも先にエルドラードに行きたがっている彼にとって、この情報を言うのもためらうものだったのかもしれない。
そう考えたブラットたちは、それ以上掘り下げて聞くのをやめた。
「……それはそうか。それだけでもすごく助かった、ありがとう、コース」
「どういたしまして。じゃあ私はこれで行くよ。会えてよかった、またどこかで会えたらいいね」
「こっちこそ、会えてよかった。またどこかで会おう」
コンスタンティンはヒラリと手をあげ笑みを浮かべると、そのままブラットたちの元から颯爽と去って行った。
「いや~、もしこのまま知らずに行ってたら完全にアウトだったね」
「ほんとだね。ドレークの冒険記は正しいけど間違ってることもあるってのは、考えてなかったよ」
「……もしかしたらコースのイベントは、荷物ごと漂流したところを助ければ、こういうところで助けてくれるお助けキャラの召喚って内容なのかもしれないな」
「実際に六合の宮?だっけ、新しい次の目標地点まで教えてくれたわけだし、助かっちゃったね」
「だね。あのとき助けたのは正解だったみたい」
他にルサルカに関して有力な情報があるわけでもないので、ブラットたちはこの町で用事を済ませてから六合の宮を探してみることにする。
「けどなんだってあんだけ知ってるのに、コンちゃんは自分で行かないんだろうね」
「私たちと違って何度も生き返れるわけじゃないんだろうし、確実な方法がわかるまでは情報を集めるだけにしてるんじゃない?」
「オレたちにとってはゲームの中の出来事でも、コースという存在にとってはこの世界が本物なんだろうしな」
「なるほどねぇ」
そんな雑談をかわしながら船の収納庫整理も済ませ、月影の祠について教えると約束していた『Zooooo!』にチャットで情報を流していく。
どこまでネタバレしていいのかわからなかったので「月影の祠は移動する祠で、兎の屋台の和菓子屋店主が知っている」ということと、兎店主の座標を伝えておいた。
それでどうしても話してもらえないようなら、もう少しネタバレするとも添えておく。
すぐに向こうから感謝のチャットが流れてきたので、それに返事をしてからチャットから離れた。
「これでいいな。それじゃあ──っと、もうこんな時間か……」
「ほんとだ。これは続きは明日だね」
「くぅ~~、いいとこなのに~~!
残念ながら今日のBMOは、ここでお終いの時間が差し迫っていた。
また明日すぐに学校が終わったら続きをやろうと約束し合い、三人はその日のイベントを終えた。
イベント四日目。
「よし、じゃあさっそく六合の宮に行ってみよう」
「「おー」」
ブラットはいつものように双眼鏡で周辺警戒、HIMAは【ディテールド・アナライザー】を覗いて『六合の宮』とやらが隠れている場合も想定して探していた。
「あっ! あっちに蒼い光が見えた! しゃちたーん!」
「あいよー」
HIMAがレンズ越しに薄っすらとした蒼い光を見つけ、そちらに船が寄せられていく。
近づくたびに光はくっきりとした輪郭として現れていき、六合の宮の場所を発見することができた。しかし──。
「海の中にあるね。これって潜れってことかな?」
「けどそうすると、魚とかめっちゃ襲ってくるぞ。全部蹴散らすには、オレたちのは力はまだ足りない」
祠とは比べ物にならないほど大きなお宮が、海中に浮かぶようにして存在していた。
「きっと何か方法があるんだろうね。となると……コースさんが言ってた内容を思い返すに楽器が必要?」
「シンボルが刻まれた楽器を二つ持っているならとか、ご丁寧に説明してくれてたしな」
大して意味はないだろうが、HIMAは種族的にも月より太陽よりなので石の琵琶を。ブラットはもう一つの石の龍笛を持って、お宮の方に向かって掲げてみる。
「なにも起きないな」
「じゃあ、今度は音を鳴らしてみようか」
次に二人一緒に音を鳴らしてみれば、楽器の後ろに刻まれたシンボルから太陽の力強い光と、月の柔らかな光がお宮に向かって降り注ぐ。
二つの光が当たったお宮は段々と可視化されていき、【ディテールド・アナライザー】を使っていないブラットや、操舵室にいるしゃちたんにも見えてくる。
そして船の周囲に波が立ちはじめ、押し出されるようにブラットたちの船は六合の宮から少し離れたところに移動させられた──かと思えば、その位置からお宮へと緩やかに下る海中トンネルが形成される。
海に入れば襲ってくるモンスターたちはトンネル内には入れないのか、一匹たりともその進路を妨害しようと出てくるものもいない。
「ここを通れって意味だろうな。しゃちたん、頼んだー!」
ブラットの指示を聞いて、しゃちたんは船首をトンネルの中に向けて進ませていく。
アクセルを踏まずとも緩やかな坂に沿って、ゆっくりと船はお宮の方へと運ばれていき、通り抜けた部分からトンネルが元の海に戻っていった。
そして船は、そのまま大きく開いた宮の内部中央に通った水路に沿って進んでいく。内部の空間には、水が一切入ってきていない。
中の水路には狛犬の代わりのように羊、牛、双子の少年、カニ、ライオン、麦穂と葉を持つ少女、天秤、サソリ、弓を引くケンタウロス、ヤギ、水瓶、魚の十二個の大きな台座に乗った石像が左右交互に設置されていた。
「あれって十二星座に、なぞらえてるっぽいね」
「さっき軽く調べたら六合っていうのは宇宙っていう意味があるらしいし、太陽と月のある宇宙を祀っているって感じなんだろうな」
十二星座の石像水路を抜けると、大きな鳥居をアーチ状に湾曲させたような独特な門が正面に現れた。
門に嵌まる両面扉には左に月が、右に太陽のシンボルが大きく描かれている。
しゃちたんが何も操作していないのに、門の前で船が強制的に停められる。
「動かせない?」
「うん。何やっても動かないね。どうする?」
「うーん、扉の絵的にもう一回楽器を鳴らせばいいのかもしれないよ」
門は開かず、船も動かない。そこでブラットは左側に立って月のシンボルに向かって、HIMAは右側に立って太陽のシンボルに向かって、それぞれ楽器を鳴らしていく。
すると楽器に刻まれたほうのマークからまた光が発生し、その音に反応するように門の扉が勝手に開いていく。
完全に開き切るまで音を鳴らすと、また船が勝手に動き出してその先へと水路に沿って進んでいった。
自分たちで船が動かせないので、しゃちたんもブラットたちの横に降りてきた。
「「「でっかぁ~」」」
門の先には地蔵という言葉では収まりきらない、船に乗ったまま見上げるほど大きな仏像が、後光のように宇宙の背景を背負って立っていた。
思っていた以上に巨大な仏像の姿に思わず三人が口を開けて呆けていると、船が勝手に停止し向こうから直接に脳に語りかけるよう声をかけてきた。
『よく参った。我の子らに資格を授けられし者たちよ。汝ら、何を望む?』
威圧的では決してないが、答えなければいけない気持ちにさせられる、不思議な圧力のある声だった。
「オレたちは、ルサルカと融和の道を探るべくここに来た。そのための何かを用意してもらいたい」
『ルサルカ……かの怪物と融和か。なかなか豪胆な者たちよ。
しかしそうとなれば、アレしかあるまい。汝らそれを望むなら、お布施と、その琵琶と龍笛を水面に投げ込むがよい』
「お布施……額はこちらで決めるのか?」
『お布施は汝らの気持ち次第。好きに決めるがよい』
「またこれか……。どうする?」
「安すぎていいことなさそうじゃない? ねぇ? HIMA」
「だね。それに陽天さんと月天さんより、凄く格の高そうな仏像さまだし、それより安いのは不味いかもしれないよ?」
「となると……これくらい入れてみよう」
ブラットは陽天地蔵と月天地蔵、それぞれに出した倍額の六〇万bを船の上から水面に投げ込んだ。
陽天たちのように多いだとか少ないだとか、何か反応があるかと見上げるが一切動じた様子もなく無反応。
少しばかり心配になりながらもブラットは龍笛を、HIMAは琵琶を同じように船の上から放り投げた。
『うむ。確かに受け取った。では──しばし待たれよ』
微動だにしていなかった巨大な仏像が動き出し、手元で印を結びはじめる。
後ろの宇宙の中で輝く星々がギラギラと力強く輝きはじめ、目を開けてられないほど眩い光が船に向かって放たれた。
手で視界を覆うようにして目をつぶり光が収まるのを待っていると、なぜか船首の方からゴキゴキッゴリゴリッ──と明らかに異常な音が響いてくる。
「これ大丈夫なの!?」
「大丈夫────だと思いたい!」
「もうやっちゃったんだし、信じるしかないよ」
気が気がじゃなさそうにしゃちたんが心配そうな声をあげるが、もう賽は投げられた。
今更止めることなどできないと、ブラットとHIMAは天に任せる。
そうしていると直ぐに光と異音が止み、三人は恐る恐る目を開いた。
「なんか付いてるな」
「付いてるね」
「おお? ん~まあ、あれならアリかな!」
船首から前に伸びている棒──いわゆるバウスプリットのような角が、ブラットたちの船に新たに付いていた。
しかもよく見ると頑丈そうな太い弦が張られた根元は和琴のようになっており、さらにそこから伸びる角のような部分には笛のような穴が開いていた。
また和琴部分の弦が張られた面には月と太陽、そして一二星座が大きく描かれていた。
デザイン的にはパッと見、前に向かって伸びる角の生えた船。よく見れば和琴に先のとがった笛をくっつけた、謎の巨大楽器といったところだろうか。
少々船は厳つくなったが、しゃちたんが言ったようにアリ──ダサい感じではない。
「えーと……ありがとう。これで終わりでいいんだろうか」
『うむ。全てつつがなく終わったぞ』
「これが何かなどは、聞いたりしてはダメでしょうか?」
『構わぬよ。それは船と繋がりあった特別な楽器。その音は船の経験、記憶によって音を変え、決して同じ音は二つと存在しない』
HIMAがダメもとで聞いてみると、意外にあっさりと教えてくれた。
「船の記憶? それは長く乗ってればいい音になっていくとか、そういうことでいいのか?」
『否。そうではない。たとえ過ごした時が長かろうと、凡庸な旅路では凡庸な音しか鳴らせぬ。
けれど短き時であっても奇異に満ちた旅路であれば、それはそれは変わった音を奏でだす』
「じゃあその奇異に満ちた旅をこの船としていたら、ルサルカの興味を引くこともできると思っていいのか?」
『それも否。かの怪物が何を好むかは予想できぬ。
ただ……傾向としては、波乱に満ちた旅路の音を好んでいるように思うがな』
「波乱に満ちた……か。オレたちは、どうなんだろうな?」
「意外と波乱に満ちた航海だったようにも思えるけど……比べようもないし、わからないよね」
「何回もボロボロにしてるから、船も怒って変な音になったりとかするかもよ」
「こればっかりは、やってみなくちゃわからない博打みたいになりそうだな……」
ここまで鍛え共に過ごした船を失うのは痛すぎるし、ザラタンの口の中のカギが復活するかもわからない。
もし失敗すれば、ブラットたちはエルドラードに行けなくなるかもしれない。
しかしルサルカにチャレンジしなければ、けっきょくエルドラードには行けないだろう。
ならば、ここまできて何もしないというのはありえなかった。
『もう質問は終いか?』
「あ、じゃあ、この和琴みたいな部分に書かれたそれぞれのシンボルは、仏像さまのシンボルってことでいいんだろうか?」
『うむ。お布施が想像以上だった故、少し手を加えてやった。いらぬというなら消すが?』
「いや、むしろあった方がご利益がある気がするからそのままで頼む。
えーと……あとは、ルサルカについて知っていることを教えてもらったりとかは? どこにいるかとかでもいいんだが」
『それは我の領分にあらず。知りたくば自分たちで探すがよい』
「だとすると、これ以上聞くことはないか……。二人はもういいか?」
「いいよ」「うん」
いつまでもここで仏像といても仕方がない。そろそろ戻ろうかとなったとき、いつの間にやら門の扉が閉まっていることに気が付いた。
「あのさ仏像さま、この楽器であの扉は開けられるのか?」
『開けられる──が、その必要はない。上まで送ってやる。ではな──』
「「「うわっ」」」
なんの兆候もなく眩しすぎる光が降り注ぎ、思わず三人とも目を閉じる。
そしてすぐに瞼を開けば、そこは六合の宮があった海の真上。
あの立派な宮も大仏も夢だったかのように消え去っている。【ディテールド・アナライザー】で確認しても、もう光の輪郭すら捉えることはできなかった。
「とりあえず六合の宮イベントは、これで終わりってことでいいのかな?」
「だと思う。とりあえず一回鳴らしてみるか?」
「そうしてみよ! ──で、どうやるの?」
「船のマニュアルに追加されてるよ。船楽器の演奏ペダルが下についてるって」
「え? そんなのあったか?」
三人で甲板の先部分に集まってみれば、よく見なければわからないところに小さく出っ張った板が設置されている。
ここを踏めば音が鳴るのかと軽く踏んでみれば、そう言うことではなかったようで、クルンとその板が回転して五個並んだペダルが現れた。
「じゃあ、この左端から──えい」
しゃちたんが触手を伸ばして左端のペダルを一つ押し込めば──ブゥォオオオオッという重点音が、船全体から音を出しているかのように周囲に鳴り響く。
そしてさらに──。
《特殊条件が達成されました。
スペシャルアクション『収束波動砲』より、派生アクション『収束音波砲』が解放されました》
「「「はい?」」」




