第七〇話 陽光の祠を求めて
楔を渡して帰ってきたブラットたちは、他の同盟パーティたちが打ち込んでくれるのを待つ間に、犬獣人の親方がいる港町へと船を急がせる。
道中は手早く狩れそうな海賊だけを狩って、失った資材を少しずつ回収していく。
あの巨大魚のトラウマが残るリバース海域は、行きと違い海流に助けられる形となっていた。
「はやーーー!」
「何かにぶつけないようにだけは気を付けてくれよー」
「わかってるってー!」
「この速度なら、あの巨大魚も噛みつく隙すらないだろうね」
波と同じ方向に進むことで普段より数割増しの速度で、当たり屋もただの海賊も全て爆速で逃げ切った。
そうすれば後はもう目的地は目の前だ。大したトラブルもなく到着する。
「それじゃあ、あとは任せときな!」
「よろしくねー! おっちゃん!」
到着したらすぐに親方に依頼しに行き、前金を同じように支払って作業に移ってもらう。
しばらく作業時間がいるので、その間にブラットたちはここに一つ楔を打ち込んでおくことにした。
説明をよく読んだ限りでは対象の島のどこに挿してもいいらしいのだが、もし回収するとなったとき場所を忘れると探し回らなくてはならなくなる。
楔を渡した同盟のパーティにも渡す際お願いしておいた通り、自分たちもポータルのすぐ側に緑の楔を打ち込んだ。
ポータルすぐ下の地面に吸い込まれるように、緑の杭は消えていく。
「これで親方ガチャに失敗しまくっても、ここの親方に依頼できるようになったな」
「エルドラードのお宝も親方に見せにきたいし、ここで一つ使うのも有りだよね」
「リバース海域の向こう側は船ごと転移できるポータル島もあるし、そっちに行きたいなら別のとこから、そっちに船ごと飛ぶことだってできるしね~」
緑の楔をここに使ったのはいいが、まだ時間はある。暇だからと海賊狩りに──というのも船が使えないので、できない。
お金はザラタンの前に換金アイテムを放出して余裕がある。今回の支払い分は既に用意済みだ。
ならどうしようかとなったので、ブラットたちは町を適当にぶらつくことにした。
その中で気になったことと言えば、役場の賞金首が猫の首領から猿の首領に変わっていたこと。
ブラットたちが狩ったことで、今度は猿の海賊団が出没しはじめたようだ。
あとはここにいる半魚人の船大工、『ブーン』にも会いに行ってみた。
そこで話をしてみれば、やはり彼は三男で上にバーンとビーン、下にべーンとボーンの男ばかりの五人兄弟がいるとのこと。
さりげなくベーンと会ったことを伝えるが、「おっ、そうか」とだけいって軽く流されてしまった。
何か簡単なイベントが起こりそうな気はするが、そのために探すのもと前回と同じ意見となり、好奇心を満たすだけでそれ以上手を出すのはやめておいた。
「おう、ようやく戻って来たか! もうできてるぜ!」
「ありがとう、親方。今回は特に見た目は変化してない感じだな」
「前回は基礎の基礎からの改修だったからな。
だが今回はその基礎能力の近代化だ。見た目に違いはねぇが、性能はちゃんと上がってるから安心しろ」
「そこは疑ってませんよ。親方の腕を信じてますからね」
「お? なんでい。嬉しいこと言ってくれるじゃねーの」
HIMAの言葉に、まんざらでもなさそうに親方は鼻をこすった。
けれど、すぐに何かを思い出したかのように手を止める。
「おう、そう言えばお前ら。俺が前に改修してから、なんか変なもんをこの船に使ったりしたか?」
「え? 変なもんなんて使ってないよ。
──もしかして、私らの船になんか異常があったとか!?」
「いや、異常ってほど大げさなもんじゃねーから安心しろ。
だが、な~んか前にはなかった違和感があったんだよ」
「それって私たちがシップコア経由で、船を強化したっていうのは関係ありますか?
万能船材っていう、かなり特殊な資材を使ったことがあったんですけど」
「万能船材? そりゃまた珍しいもんを……。
けど、そういうのじゃねーな。何を使おうと資材を消費しての強化は関係ない」
「……じゃあその違和感のせいで今じゃなくても今後、船の機能や改修に影響がでたりとかはあるのか?」
「それも安心しろ。船自体や機能にちょっとでも害のあるもんなら、俺は絶対に気がつく。そこは絶対だ。そこは断言してやる。
だが何か船をいじってて違和感があったってのは確かなんだよ。
だからお前らは何か知ってんのかと思って聞いてみたわけだ。不安にさせたようなら悪かったな」
「いや、そういう情報も何かに繋がるかもしれないし、知らせてくれて助かったよ。ありがとう、親方」
「気にすんな。これも仕事の内だ」
親方に違和感があると言われて不安になったが、とりあえず船の機能に今もこれからも影響がないならこのままいくしかない。
それにここまで言われたときブラットやHIMAは、これではないかと思うものもあったので、ここは気に留めるだけにしておく。
「じゃあ私たちは行きますね」
「たぶんまた親方のとこに来ると思うから、そのときはまたよろしくな」
「おう、任せとけ! いつでも来な」
「そういえば私たち、おっちゃんの名前知らなかったけど何て言うの?」
「なんだ、やぶからぼうに」
「いやだって、これからもちょくちょく会うなら、名前くらい知っておきたいなぁって思ってさ」
「そう言うことか。俺の名前はゴンドだ。覚えときな」
「ゴンドね。覚えとくよ、おっちゃん!」
「けっきょく、おっちゃん呼ばわりなら意味ねーじゃねーか……」
だがよくよく考えてみれば親方だけでは、その内あちこちで混同しかねない。
ここで名前を聞いておかなければ、ブルドッグ顔のブル親方なんて勝手なあだ名を付けてしまっていたことだろう。
きっちりと支払いを済ませ、親方に別れを告げて三人は船に乗り込んでいく。
今回の改修はもう一段階近代化と、収納量の増強二回目。
やはり収納のために大型船にするくらいなら、多少お金をかけてでも小さな船のまま大容量の収納を付与したほうが、結果的にコスパがいいと考えたのだ。
ただし収納量を増やしていくには段階を踏むごとに値段も上がっていくので、何度も繰り返すには相当な資金を用意する必要は出てくることだろう。
中はまた船室の家具の質があがり、二段ベッドとシングルベッドもふかふかで非常に上質なものに。
シップコアの守りもより厳重なものになり、位置がばれてもブラットたちの意思なく取り出すのは非常に困難になっていた。
「なんか凄いことになってる!」
そして操舵室。こちらは一本足の丸椅子から卒業し、ちゃんとした運転席に変化していた。
また椅子と操舵用のハンドルとペダルが二つしかなかったシンプルな内装だったのに対し、時計に速度計、方角や現在地もわかる読み込んだ地図の表示パネル。
今まで感覚や目視、システム画面や地図を出して確認していたようなものが、ここにいるだけで正確にわかるようになっていた。
「これで運転もよりやりやすくなったな」
「なんだかんだ自動運転って微妙だったから、けっきょく自分たちでほとんど運転してるしね」
自動運転は、そのままでは座標を指示したところへ向かってひたすらまっすぐ進むだけ。障害物や島にぶつかろうとも、進み続けようとする残念な仕様だった。
地図の読み込み機能を併用しシップコアに現在持っている地図情報を記憶させれば、地図に記載されているものは避けてくれるようになる。
しかし地図に載っていないような、小さな障害物には対処できない。
さらに敵にも反応してくれないので、戦闘したくないときでも自ら見つかりに行くような航路を平気で行こうとする。
なのでけっきょく誰かが運転席に座ってなければ困ることも多く、じゃあ暇だし自分で運転するか……となってしまっているのが現状だ。
さっそく、しゃちたんが運転席に飛び乗り触手を伸ばす。
一本は下のペダルに、もう一本はグルリとハンドルに一周巻き付けるように。
しゃちたんはこのハンドルに巻き付けた触手のたわんだ部分を器用に動かし、各ボタンを押し込むという技術を、ここまでの運転でマスターしていた。
この微細な触手操作は、後にしゃちたんのプレイヤースキルとして花開いていくことになる。
「どんな感じ? しゃちたん」
「いい感じ! 前よりもっとハンドルの切れが良くなってるし、加速も最高速につくまでの時間が短くなってる!」
「速度計もかなり精確っぽいな。地図もしっかり機能しててわかりやすいし、運転してない人は周辺警戒だけでよくなったかもしれない」
「今までやってた地図見て方角確認とかも、自分で簡単にできるようになったみたいだしね。
それで、しゃちたん。親方は大丈夫って言ってたけど、操作感は良くなっただけで変なとこはないよね?」
「うん。ただ運転しやすくなってるだけで、変なとこは今のところ感じないね。
おっちゃんが言ってた違和感って何だったんだろ」
器用に上の方だけ、スライムボディを傾けて首をかしげるポーズをするしゃちたん。
「それなんだけどさ、もしかしたらザラタンから盗ってきたカギを使ったからじゃないか?」
「私もそれくらいしか思いつかなかったし、たぶんそれかなぁって思ってたとこ。
だって前に親方に改修してもらってから今までの間で、他に船に影響のあるものってアディショナルディスクと蒼輝の鍵以外ないし」
「あー、じゃあそれかもしんないね」
アディショナルディスクでの強化は、親方にやってもらう前から使っていた。けれどそのときは、何も言われはしなかった。
それでいてトート三兄弟のイベントで取得した特殊な資材も関係ないとくれば、もう候補はザラタンのイベントで手に入れたカギくらいしか思い浮かばない。
「たぶん親方は、ああいうカギを使った船を見たことはないはずだしな。
なにせ今の時代ドレークは嘘つき呼ばわりで、もうザラタンに挑もうとするNPCはこのマップには、そうそういなかったんだろうしさ」
「だよね。それに一回だけとは言っても、ザラタンすら貫ける『収束波動砲』なんてとんでもアクションが使えるようになったんだから、違和感くらいでてもおかしくないんじゃないかな」
「もうそうじゃん。それしか考えられないじゃん。なんだぁ、じゃあ別に問題ないね」
「絶対にそうだって決まったわけじゃないけど、とりあえず気にするのはもうやめておこう」
「「さんせー」」
いつまでも同じことを考えていても楽しくない。
あのカギのせいだというのなら、たしかに船の機能に悪影響はでることもないはずだ。
エルドラードに行くために使わなければいけなさそうな説明を出しておきながら、使ってはいけなかったなんてことになれば、さすがにプレイヤーたちも運営側に怒ってしまうだろうから。
それ以上気にするのはここで止め、しゃちたんが乗り回した後、ブラットたちも船を運転してある程度慣らしていく。
そうしているうちに同盟チャットの方では、それぞれのパーティから楔が打ち込めたという報告が上がってきていた。
それら一つ一つにお礼を返した後、はじめて【リミナル・ウェッジ】の使用を試みる。
ブラットが紫の楔一本だけになった【リミナル・ウェッジ】のキーリングを手に持ち、起動を念じながらギュッと握りこむと虚空に色の選択画面が三人の前に表示された。
南方へ飛べる〝赤〟の楔。北方へ飛べる〝青〟の楔。東方へ飛べる〝黄〟の楔。そしてここゴンド親方がいる島に飛べる西方の〝緑〟の楔。
これでブラットたちはゲーム内時間で一日一回、東西南北どこでも自由に行き来することができるようになった。
「じゃあオレたちは予定通り──」
「「「黄色!」」」
三人同時に黄の楔を選択し、船は白い光に包まれた。
眩しい光に目を細め、収まったところで周囲を見渡せば、そこには巨大なポータルが見える島があった。
Zooooo!のメンバーは同じ大きさのポータルがある場所になら一日何回でも船ごと転移できる、巨大ポータルのある島に楔を打ち込んでくれていたようだ。
「これでここに来ればザラタン近くの港町に、船ごと行けるようになったな」
「また行くかどうかはわかんないけどね」
「あんなでっかいの現実じゃありえないし、もう一回くらい見に行きたい気もするけどねぇ」
「動画は思い出として撮っておいたけど、見るのと体験するのとじゃ全然違うしな」
ここは港町ではなく普通の町。まず最初にポータルだけ解放しておき、適当に町を散策しながら役場を確認。賞金首はこの周辺にはいないようで、とくに目ぼしい情報は得られなかった。
散策を終えた後は、船に戻って地図を広げる。
「現在地はここ。報告会で聞いた陽光の祠っていうのは、座標からしてこの辺りだ」
「この島から南東の方角に進んだところってことだね」
「ここなら結構近そうだし、変な敵に絡まれなきゃすぐ行けそうじゃん」
「じゃあ、もう行ってみちゃうか?」
「他にそれっぽい情報もないしね。ただ今は資材がホントないから、ちょっとでもやばそうなら引き返そうね」
まだまだザラタンイベントで失った傷は大きい。まずは地道に資材集めをしてから、陽光の祠を目指すという選択肢もあった。
だが三人ともやはり未知への冒険の方が勝り、Zooooo!から聞いた座標へと舵を切った。
確実に倒せて船も安全な弱い海賊船を見つけては積極的に潰しつつ、問題なく座標地点へ近づいていく。
「また来たよ……。どうする?」
「どうするって言われても……まぁ多少資材は潤うんだし、やっとこうよ」
「なんかこの辺よく出るねー、あいつら」
陽光の祠に近づいた辺りで、よく目にするようになった海賊船。帆のマークはゴーレムを示している。
船はただの木造船で小さく、乗っているのは少数のガラスのようなツルツルとした黒岩のゴーレムのみ。
火力が低いブラットたちが倒すには時間がかかる相手だが、鈍重で『船防材』を手に入れたあのゴーレムたちと大差はない。
なのでブラットが囮になって、HIMAがシップコアを盗み出す。あとは海に沈めてしまえばお終いだ。
けれどこちらは『船防材』は手に入らず、微々たる残骸による資材のみ。
船室のお宝もろくなものは入っておらず、ほとんどが石ころだらけと美味しくない。
そのくせこの周辺でよく出現するのか、非常に数が多く鬱陶しい。
正直面倒なので無視してもいいのだが、今の資材状況では安全に取れる資材はできるだけ回収しておきたい。
そんな様々な感情が入り混じりながら、またブラットとHIMAは出動した。
五分もせずに船を沈めて戻ってきた二人。
「おかえりー。相変わらず石ころまみれな宝箱だった?」
「うん。親の仇かってくらい出してくるけど、何かに使えるのかな? この石ころ」
「わかんないからある程度は回収してるが、使えなかったらただのゴミだよなぁ。
たしか月影の祠で石笛を作ってもらえるって書いてあったし、そこで使えることを期待しておこう」
「あー、材料は持参してくださいてきなやつだった場合ね──っと、そろそろ着くよー」
そんなやりとりをしながらも、座標のすぐ近くまでやって来れた。操舵室の地図の表示パネルを見ても、間違いなく目的地に現在地が重なっている。
運転席にしゃちたんを残して、もうすぐ日が暮れそうな夕暮れの海を双眼鏡と望遠鏡で見渡していく。
「んー? なんもないな。HIMAーそっちはどーだー?」
「んーー……、なんにもなーい!」
「あれぇ? でも座標は合ってるんだけどなぁ。同盟内で堂々と嘘言うわけないだろうし」
それから船の上をブラットとHIMAがうろつきまわり、目を皿のようにして周辺を探してみるが祠のようなものは一向に見つからない。
そんなことをしていたら日も落ちて視界が一気に悪くなってしまったので、一旦諦めて二人は操舵室へと帰ってきた。
「おつかれー、二人とも。けど、なんで見つかんないんだろ?」
「ドレーク冒険記の情報が間違っているとかか?」
「そこが間違ってたら、これからのイベントが動きにくくなりそうでやだね。
あ、でも待って。もしかして隠れてるだけとかはないかな?
だって〝陽光〟の祠でしょ? お日様が出てないと見つからないとか考えられない?」
「なるほど……。それはありそうなパターンだな。
だったら、あれで確認できないか? 【ディテールド・アナライザー】でさ」
「そういやザラタンのカギの説明に、それと合わせて使うと隠されてるものが見えるように~だったか書いてあったっけ」
時間にも余裕があり他にすることもなかったので、暗い海を警戒しつつ試してみることに。
HIMAが【ディテールド・アナライザー】を構えて、望遠鏡のように片目で覗き込んで周囲を見渡してみる。
「ん? なんか蒼っぽい光があそこに見える。
しゃちたーん、ちょっと向こう側にゆっくり近づいてみてー」
「はいよー」
何かをHIMAが見つけ、そちらに船がゆっくりと近づいていくたびに、その蒼い光に輪郭ができていく。
「あった」
「まじかぁ……。最初からやっときゃよかった…………」
「まあ見つかっただけ、よしとしとこ」
HIMAが覗き込むレンズの数メートル先には、海の上に不自然に浮かぶ平らな石の台。その上に石の祠が建ち、その中には石の地蔵が座って……はおらず、ふてぶてしく仰向きでお腹をぼりぼり掻きながら眠っていた。
「なんてありがたみのない地蔵なんだろう……」
「ちょっと見せてもらってもいいか? ……うわぁ、ほんとだ」
HIMAからレンズを借りてブラットも見てみるが、ぽっこりお腹を見せつけながら大口を開けて寝る姿は、ただのちっちゃいおっさんだ。
しゃちたんも少しだけ操舵室から出てきて、その姿を見たときは一人爆笑していた。
その後いろいろと起きないか声をかけたり光を当てたりしてみるも、一切反応はなく眠ったままだ。
「これがたぶん陽光の祠であってるんだろうけど、やっぱり時間の問題か起きる気配すらないな」
「大人しく朝まで待ってみよっか」
「だなぁ……。頼むから朝には起きてくれよ~地蔵さんや」




