第六八話 ザラタンイベント攻略作戦
イベント二日目は、あれから作戦の下準備や下見、練習だけで時間が終わってしまう。
ザラタンの情報収集のために何度かまたちょっかいをかけに乗り込んで、作戦が本当に現実的なのかのチェックや、ザラタンの攻撃以外の……例えば体の細部がどうなっているのか、なんていう細かな情報までスクショや動画まで撮って研究した。
また今回やろうとしている作戦の根幹部分には、しゃちたんにもプレイヤースキルを求めるところがあるので、三人で仮想ザラタンを虚空に描いたエアカギ盗り練習なんていう、他所様から見れば奇行にしか見えないこともした。
実際に何もいないところでぴょんぴょんやっていたものだから、通りすがりのプレイヤーに「なにやってるんですか……?」と興味本位で問いかけられる程度には。
ちなみにそのときは、「連携のチェックです」とだけ答えておいた。
同盟間の報告会は、パペットモンスターが立て直し作業で忙しかったので見送りになり、二日目には行われなかった。
そして本日、イベント三日目。
昨日時間まで練習したことをもう一度くり返し、絶対に失敗しないように、昨日の今日で空いた時間に動きが鈍っていないかチェックする。
今回の根幹部分では、本当にズレが許されない精密な動きが必要なのだ。
三人で動きのチェックを終えた後は、道具の確認をしてから最後にもう一度、段取りの打ち合わせ。
本枠はブラットだが、皆であれこれ案を出して修正していった作戦なので誰も忘れてはいないが、本番で慌てて一人でも段取りを間違えれば、最悪の事態を生みかねないから念には念を入れた。
「うぅ……、ほんとに私できるかなぁ」
「これだけやったんだ、絶対できるって」
「そうそう。むしろ難しく考えすぎちゃう方が失敗しちゃうよ、しゃちたん」
「…………だね。うん、やってみせるよ!」
やることは単純だが、かなり重要なポジションを任せられているしゃちたんは珍しく弱気を見せるが、ブラットとHIMAに勇気づけられ普段の調子が戻ってくる。
それを見ながらブラットは頭に【猫首領の海賊帽】を被り、右目に【猫首領の眼帯】を装備した。衣装のセット効果はなくなるが、今回はこれでいい。
「それじゃあ『カギ盗り作戦』決行だ!」
「「おー!」」
気合も新たに三人を乗せた船は、ザラタンのイベント領域へと侵入していった。
まずはだるまさんが転んだ方式で限界まで近づいていき、ある程度最初から距離を詰めた状態でザラタンを起こす。
起き上がるモーションは毎回同じ。一番、船が安定して制御できる範囲で、なおかつ適切なタイミングで対処すればどんな攻撃もかわせる絶妙な位置にピタリと着けた。
「最初は何で泳がず立ち上がって歩くんだろって思ったけど、カギを取られないよう物理的に距離を離すためだったんだろうね」
「無防備なとき顔が水面近くにあった方が、圧倒的に盗りやすいしな」
立ち上がった後は破壊光線以外の行動をランダムで取ってくる。
今回の初動は──渦潮。巻き込むように船を引き寄せ、渦の中心に近づきすぎれば水流だけで船をズタズタにしてくる厄介な攻撃だ。
しかしザラタンは渦潮を発動するときは他の動作のときよりも若干、瞬きの目を閉じる時間が長くなり、その後よく見なければわからないほど小さく空気を飲み込むように口をごくんと動かしていた。
その動作を【猫首領の眼帯】で片目を塞いでいるにもかかわらず、望遠鏡ごしに完璧に見極めているブラットは、最適のタイミングで指示を出す。
「ジャンプ────ジェット!」
「はいよー!」
渦潮が発生し、ここまで引き寄せる効果が及ぶか及ばないかという、コンマのズレすらない絶妙なタイミングで船はジャンプしジェットで逃げていく。
あとは渦潮に掴まることなく、そのまま一気に外まで逃げて、最後は効果終了とともに同じ場所に自動で戻るように、計算し尽くされたタイミングで渦潮に自分たちから乗って完璧に御してみせる。
「HIMA、攻撃を頼む」
「わかってる!」
ブラットたちが一番望んでいる攻撃は、唯一攻撃後に隙だらけになる破壊光線。
しかしザラタンの普段の特性として、破壊光線を撃つのは最終手段。
波の攻撃や渦潮よりも射程の長い、海割りすら届かない距離に逃げられたとき。
もしくは何度他の攻撃をやっても当たらず、ザラタンのイライラゲージとでもいうべきヘイトの内部値が一定以上溜まったときだけ。
つまり距離が近すぎるときは、なかなか撃ってくれない攻撃ということ。
しかしだからといって離れ過ぎていた場合、どれだけ船の速度を上げたところでカギを盗る前に口を閉じてしまう。
(それも昨日のうちに全部、調べた。でもイライラゲージを貯める方法は他にもあるんだよね)
ただ避け続けるだけでも破壊光線は撃ってくる。
だが自然に任せていると、そのときのザラタンのAIの気分次第でタイミングが大きく変わる。
例えばヘイト値のマックスを〝10〟としたとき、ザラタンは〝6〟以上で撃ってくる。なので〝6〟で突然撃ってくることもあれば、〝10〟まで我慢し続けるなんてこともあるのだ。
それではブラットたちもタイミングが取りづらい。できれば一番こちらがやりやすいときに、やってほしい。
そこで人為的にザラタンのヘイト値を急上昇させ、一気に最大値まで溜めてこちらの狙ったタイミングで撃たせる方法を考えた。
「エンチャント【マジックカタリシス】──【焔砲】【二連】!」
HIMAが構えた槍をエンチャントで魔法触媒化し、その先から火炎の砲弾が発射されザラタンに向かって飛んでいく。
あれだけ体が大きければ目を閉じていようが当たる。それにザラタンにとっても、その体を傷つけるほどの攻撃は存在しないと言えるほど頑丈で、あえてかわす必要もない。
だから簡単に火炎球が当たるわけだが、ダメージはゼロなのにザラタンの顔が目に見えて不機嫌になっていく。
そりゃあ攻撃すればヘイトも溜まるだろうと思われるかもしれないが、ことはそう単純でもなく、ザラタンが不機嫌になるのは一定以上の火力を持ったプレイヤーによる火系の攻撃のみ。
魔刃手裏剣や雷撃、ただの爆弾を投げつけての攻撃や閃光筒などでは一切、意に介さなかったのだ。
ブラットとしゃちたんが両手による大波や、尻尾による海割りに対処している間に、HIMAはさらに攻撃を続け、どんどんヘイト値を高めていく。
「HIMA」
「うん」
ブラットの声一つで何が言いたいのかを察して一旦、攻撃を止める。
ザラタンが海割りのモーションをはじめ、最適なタイミングで船は回避行動に移り危なげなくかわしていく。
「あと二発でくるよ、二人とも」
「うん」「了解」
割れた海が元に戻り、船を破壊光線の回避にもザラタンへの接近にも適した場所につけてから、【焔砲】が二発HIMAの槍先から放たれる。
ブラットが言っていた通り、【焔砲】が二発当たった瞬間ヘイト値が振り切れてマックス超え状態に。
ヘイト値が上限突破した場合、他の攻撃モーションを取っていなければ即座に破壊光線のモーションに移るのは昨日の内に確認済み。
憤怒の形相をしたザラタンの頭がガクンと勢いよく下を向き、口の中に光が集まっていく。
「準備開始!」
ここでしゃちたんから、HIMAに運転手交代。
HIMAも昨日の練習でセンスの良さもあり、かなりの操船技術を身に着けた。ブラットもしゃちたんも安心して任せられる。
HIMAが装備を切り替えながら準備をして操舵室の席についている間に、ブラットは船の後ろに急ぐ。
船尾にあらかじめ結ばれていた頑丈で非常に長いロープをブラットは自分に括り付け、さらに余った部分を少し遅れてやってきたしゃちたんから出てきた【スライムチ】の先端に硬く結びつけて、ベーゴマのように触手ごと彼女にぐるぐる巻き付けていく。
それが終わり次第ザラタンの観察に戻り、タイミングを見計らい左へのスキッド指示をだす。
相変わらず恐ろしい破壊力を持った光線が船の横を通り抜けていった。
破壊光線が完全に撃ち切られる前にHIMAが船を動かし、一気にザラタンに船を突っ込ませていく。
ザラタンは完全に動けなくなり、口を空に向かって開き煙を上げる。
ある程度船を近づけるとグルンと舵を切って反転させ、船尾の方をザラタンの足元に向けた。
「いこう!」
「はいよ!」
ロープでぐるぐる巻きのしゃちたんを抱えて持ちながら、ブラットは【猫首領の眼帯】の装備を解除する。
ザラタンの攻撃から逃げ回っている最中も戦闘判定だったおかげで、ずっと【猫首領の眼帯】に付随するスキル【雌伏の心】の影響下にあった。
しかし今ここで装備を解除したことで【雌伏の心】もなくなり、体が一気に軽くなって溜めていた分のMPとスタミナがブラット自身に全て還元されマックス値を大幅に超える。
さらに海賊帽に付随するスキル【バトルオーラ】も発動。
HPがガツンと消費される代わりに、ダメージ軽減、スタミナ消費軽減、ATとAGI小上昇の効果も追加。
他にもポーションやスキルを使って、スタミナを補強していった。
これでしゃちたんを抱えていても、最後までスタミナを保たせることができる。
ブラットがバフを盛っている間に、ピーーーと笛の音が操舵室から鳴り響く。
HIMAが【猫海賊の呼び笛】の内、もっともランクの低いものを吹いたのだ。
運転席に着くときには既に背に【氷水瀑の変幻槍】を背負い、口には呼び笛を咥えていた。
猫海賊の一番スタンダードな、一番最初に出会った三隻がこちらの船の周囲に召喚される。
そしてHIMAは操舵室から命令を下す。
「ワーキャット・シューター! ブラットを撃って!!」
「「「「「「ニャー!」」」」」」
ラッパ銃のような魔法銃を持った茶色のワーキャットたちが、HIMAの指示を受けて船からザラタンに向かって走り出したブラットに向かって射撃を開始する。
ブラットもまだ【猫首領の海賊帽】を被っているので自発的に攻撃は仕掛けてこないが、同じ自分たちの首領の討伐証でもある装備を身に着けた者から命じられれば攻撃ができるのだ。
撃ち込まれる銃弾から逃げることを意識することで、ブラットの逃げスキルがフル発動。
一気に加速してザラタンへ飛んでいき、魔法の弾丸を器用によけながらザラタンの頭を全速力で目指す。
飛行だけでなくザラタンの体を蹴って足での加速も織り交ぜて、しゃちたんを抱えた状況でありながらスルスルとイメージ通り登っていくブラット。
抱えられているだけのしゃちたんは、ドキドキしながらもその動きに感心していた。
「よく銃弾かわしながら、こんなことできるなぁ」
しゃちたんは銃弾をかわしていることだけに感心しているが、銃弾をかわしながらザラタンを登るだけなら、他の上位層プレイヤーでもできる。
だがブラットは自分だけでなく、しゃちたんを抱えた上で自分と船を繋いでいる長いロープにも弾丸が当たって切れないように登っていた。
これはさすがに、ただの上位プレイヤーではプレイヤースキルのみで狙ってやることはできない。
さらにザラタンの体を蹴って加速するときも、次に蹴る場所や頭に向かうために最小限の行動で行けるルートなど、考え抜かれた完璧なコース取りもちゃんとやる。
ここまでとなるともはや、スキルに頼らずできるプレイヤーはブラットくらいしかいないかもしれない。
「もうすぐだけど準備はいい?」
「いつでもいいよ!」
最効率で最短ルートを登ってきたため、まだザラタンは煙を吹かしたまま止まっている。
しかし登ってくるのが速過ぎたため、まだ輝く宝石のカギの位置が正確に確認できない状態。
事前に口の中に物や攻撃を投げこんだりして確かめたのでブラットたちも知っているが、ザラタンの口内にまんべんなく付いている粘膜は、特定のもの以外なんでも溶かしてしまう。
なのでどれほど上位のプレイヤーであろうと、粘液が付いていないカギの頭部分以外の口内に触れた瞬間、即死ダメージが入り死んでしまう。
ブラットのように一撃死を回避するようなスキル持ちでも、粘液が付着したままなので回避後即二度目の死がやってくる。
ようするに、カギ以外に触れずにカギだけをピンポイントで引き抜かねばならないのだ。
なのに煙で見えていない状態で盗ろうとするなど、自殺行為以外の何物でもない。
「はぁっ!!」
「──っ!」
にも関わらずブラットは一切迷うことなく、しゃちたんをザラタンの口の中に向かって、巻き付けたロープと【スライムチ】を引きながらベイゴマを投げるように投擲した。
ぐるぐるぐるっと高速回転しながらしゃちたんは飛んでいき、繋がったロープがピンと伸びきったところで急停止。
「りゃぁ!!」
しゃちたんはただひたすらに何も考えず、昨日練習した通りの方向に、昨日練習通りに自分の触手を最大まで伸ばして、その先に触れた物をギュッと掴んだ。
ここで死んでいないということは、粘液には触れていないということ。ならばこれは──カギであると確信する。
「つ──」
掴んだ!と言い切る前にロープと繋がっている【スライムチ】が引っ張られ、巻き戻るようにブラットの方角に強引に戻される。
しゃちたんの触手の先には、サファイアの様な宝石のカギがキラキラと蒼く輝いていた。
ブラットはそれを見て口元に笑みを浮かべながらも、右手でしゃちたんを引き戻しつつ、船の方に見えるように左手から【雷撃】を放って合図する。
「ッォォォォオ──!!」
ここで煙が薄れていき、やっと全身が痺れていたザラタンは頭だけ動かせるようになる。
カギを盗られたことを察してか、怒り狂った顔をしながら口元付近にいるブラットたち目掛けて首を伸ばし、二人いっぺんに飲み込もうと襲い掛かってくる。
その速度は、しゃちたんを受け止めて完全に飛行準備が整っていない今のブラットではかわせないほど素早く、それでいてその巨体の頭に見合うだけの広い範囲を持っている。
ブラットとしゃちたんだけだったのなら、確実にここで終わっていたと言っていい完璧な一撃だった。
だが今度はブラットと繋がっていたロープがグンッと引っ張られる。
引っ張られた衝撃でブラットのHPがゴリっと削られたが、しゃちたんを抱えたまま自分で動いてもいないのに後ろに向かって、ザラタンの口の範囲外へと飛び去っていく。
HIMAがジェットで船を動かし、船と繋がっていたロープごとブラットを引っ張ったのだ。
「あばよ! カメこう!」
「ばいば~い!」
「ォオォオォオオォォオォオオオォオォオォオォオオオ──!!」
ブラットはしゃちたんを抱えたまま、既に進みだしている船に向かって急降下していく。
後ろからヘビかと思うほど遠くまで伸びる首を使って、ザラタンの頭が追いかけてくるも、逃げスキル持ちのブラットにそれはむしろ追い風だ。
追われることでさらに加速が付き、船にぶつかる寸前で速度を落とし──。
「ぶべっ」
──しゃちたんをクッションにするようにして船に着地した。
「ごめん、痛かった?」
「ううん、大丈夫。事前にこうするってわかってたし、提案したのは私だからね」
こういう衝撃にはめっぽう強いプニプニな体。衝撃を和らげる緩衝材としては最高級のボディ。ここで使わない手はないと、事前の作戦会議で自分をクッションにしてでも最速で船に降りようと提案してくれていたのだ。
HIMAの運転の元、船は全速力でザラタンから逃げていく。
当のザラタンはまだ体の痺れから解放されておらず、むなしく伸びた首だけがにょろにょろと虚空をさまよっていた。
ブラットはロープを外して、望遠鏡を持って何かやってこないか最後まで気を抜かず確認を怠らない。
しゃちたんもロープを外してから、カギを無くさないよう大切に船室の箱の中にしまい込む。アイテムスロットには入らなかったのだ。
しまったらすぐに戻ってブラットに話しかける。
「どう? このまま逃げ切れそう?」
「まだ痺れてるし、かなり距離を開けられたから大丈夫なはず………………と、痺れが取れたみたいだな。
みんな、追ってくる────ぞぉぉおおおおおおーーーーーーっ!?」
「えぇえええええーーーーっ!?」
「なになになになにーーっ!?」
ブラットに遅れてしゃちたんが叫び、前しか見れていないHIMAが訳もわからず声をあげる。
なんとブラットとしゃちたんの視線の先には、宙を舞うザラタンの姿があった。
痺れが取れたザラタンは、このままでは逃げられるとばかりに今まで見たこともない大ジャンプ。
巨大な隕石のような大きさのカメが、ピンと両手足を伸ばして船をめがけて飛んでくる。あまりにもシュールな絵面のザラタン・ボディプレス。
着水地点は緻密に計算されたような軌道で、このままでは確実に船に何らかの損害を与えることだろう。
「暴走モード起動!! HIMA! ジェットも使って! 何でもいいからとにかく前に行ってーーーー!!」
「あわわわわ」
「わかった!!」
ブラットは即座にコアを暴走状態にさせ、最大速度を超えた速度で船を加速させる。もう男キャラのロールプレイをしている余裕すらない。
しゃちたんは終わったと思っていた矢先にこれで、船から振り落とされないように掴まるのに必死だ。
HIMAは今もよくわかっていないが、ブラットの言葉からヤバい何かが来ていることを察して、それ以上踏み込めないアクセルを強く強く押し込んでいく。
──────ッバーーーーーーン!!
巨大な質量を持ったカメは船にぶつかることはなく、その後方で爆音を響かせ盛大に大波を周囲に巻き起こしながら着水し海底へ沈んでいく。
なんとか潰されはしなかったが、今度は大波が後ろから迫ってきている。
さらに急浮上してきたザラタンはまた立ち上がると、尻尾での海割りを至近距離からお見舞いしてきた。
「──スキッド!」
「──っ!」
そんな状況でもいざとなると冷静になったブラットが、タイミングを見てHIMAに指示を出す。
暴走中なせいかギギギギッ──と船が嫌な音を上げるが、なんとか横に滑って尻尾の叩きつけと海割りを回避。
その後も怪獣大決戦とでも言わんばかりの狂ったような猛攻をしかけられながらも、何とかかわし続け────ようやくイベント領域から脱した。
イベント領域から出た瞬間ザラタンの姿は消え、大波も夢だったかのように凪いだ海面が広がるばかり。
暴走状態のまま船は進んでいき、やがて限界がきて強制停止。
今強敵に襲われたら逃げることもできないが、周りにはプレイヤーが他にもいるので誰かが狩りにいくだろう。
「お、終わったんだよね……?」
「ああ、オレたちの勝ちだ……」
「や、やったぁ……」
見事カギを盗み勝ったというのに、疲労困憊で三人ともぐったりと船の上に並んで寝ころんだ。
船をよく見ると暴走中にアクションを多用し無茶をしたせいで、自傷ダメージを負ってかなりボロボロに。
コアもダウンしているので、すぐに修復してあげることもできず今はそのままにするほかない。
だがやり切ったという達成感がジワジワと湧き起こり、三人は満面の笑顔を浮かべながら、コアが復旧するまでの間、静かに黙って空を眺め続けた。
余談ではあるが、運営側が想定していた正式なザラタンのカギを盗る方法は以下の通り。
ザラタンが破壊光線で痺れている間に、その巨体を登るなり飛んでいくなりして頭に近づき、頭だけ痺れから復活したザラタンと勝負をする。
ザラタンは鼻先が弱点で、そこにダメージを途切れさせることなく与えて積み重ねていくと、一〇秒ほど大口を開けてダウンする。
HIMAがカギを盗られないようにするためと言っていたが、この明らかな弱点を遠ざける意味もあってザラタンは敵が来ると立ち上がっていたのだ。
──あとは、ダウンしている隙にカギを頬肉から引き抜き回収して逃げればいい。
だがこの方法の場合、頭だけとはいえ、まだ火力不足なブラットたちでは攻略できなかった。
そもそも一次進化とそれに合わせて弱体化したプレイヤーのパーティで、それもたった三人で攻略するというのはまったく想定されていない。
そのあたりのプレイヤーは大物に手を出さず、町のイベントをのんびりこなしたり、自分に見合った海賊を倒したりして、イベントのポイントや宝をコツコツ得ていく──と、これが運営が見据えていた楽しみ方だったのだから。
煙が薄れたときにカギが数秒見えるのは、言わばここにあるよとプレイヤーたちに教えるためのモーションで、間違ってもそれまでの間に盗って逃げるために用意はしていない。
あの煙はどんな視覚系スキルでも透過できず、どんな強風や攻撃でも吹き飛ばせない特殊な煙だった。
さらに痺れているザラタンは揺れているので、ピンポイントで口の中に飛び込んで、偶然ではなく狙ってカギだけ握って逃げるなどまずありえない。 離れた針穴に糸を投げ通すような、神業とすら言っていい。
あとでこの方法を知った運営側が、「えぇ……なにそれぇ…………」と呟いて頭を抱えてしまうのも、無理はないことなのかもしれない。




