第六六話 ザラタンへの最後の準備
「このお宝って貰ってもいいのかな?」
「成仏したっぽいし、いいんじゃないか?」
「もうこのお宝、持ってくこともできないしねぇ。
にしても、おっちゃんたち死んじゃってたのかぁ~。
いい、おっちゃんだったのに残念」
「だな」「だね」
ゲームのNPCでしかないのはわかっているが、それでも三人は彼らの装備品の前で手を合わせ黙とうし、それからお宝と一緒に回収して船に戻った。
トート三兄弟が成仏しても、この場がセーフティエリアなのは変わっていなかった。
「ちょうどいいし、ここでお宝を見てこっか」
「だいぶ潤ったし、船の強化もみてかない?」
「なにげにザラタンの座標にかなり近くなってきてるし、その前に強化しておくのも有りだな」
三人は減ってきていた空腹値を水と食料を出して回復させながら、まずはトート三兄弟のお宝を確かめていく。
結局そうはならなかったのだが、回収するときは三人の成仏から少し後に岩が崩れるのでは──なんていう可能性を考慮して、ろくに確認もせずカバンに突っ込んできたため何があるかはまだ見ていない。
換金や素材系のアイテムが大量に。
イベントポイントのオーブや職業解放に必要なRPのオーブも三人でわけても、それなりの量が。
他に個々で目を引いたものと言えば──。
【オシリスの包帯】──見た目は年期の入ったボロボロの包帯。
これは体のどこかに巻いておくと、自己再生能力が向上する。
【シウテクトリの像】──火のヘビが巻き付いた、赤い肌の男の像。
カバンや手持ちスロットに入れているだけで、火属性の威力増加。火属性のダメージ減少。
通常マップにて特定の神殿に供えることでイベントが発生。
【リビティナの薄布】──艶やかな光沢のある半透明の薄い布。
身につければ防御小アップ。全ての物理攻撃に【回復阻害1】の効果付与。
【回復阻害】は攻撃回数とダメージ量によって対象に蓄積されていき、効果レベルが徐々に上昇していく。
これらは上からブラット、HIMA、しゃちたんがそれぞれ貰っていく。
「体操服にマント。海賊帽に眼帯、そんでもって包帯……。
イベント後に着てる姿を想像しただけで震えてくるぜぃ……。へへへ……」
「……う、俺の封印されし右腕がっ、とかやってもいいよ?」
「やらんわ! それに引き換えしゃちたんは、また豪華になったな」
「へへーん、いいっしょ。やっぱスライムってくぁわいいんだぁ」
【リビティナの薄布】は、しゃちたんの魔法触媒になっているビアバレルが作ってくれたティアラに装着することができた。
着けてみればそれはまるでベールのようで、光沢のある布にしゃちたん自身の放つセーラスコートの輝きが反射して、さらにキラキラ成分が増していた。
それを鏡でみたりスクショを撮ったりして、しゃちたんはご満悦だ。
それぞれアイテムを分配していき、今回の宝箱の中でも重要そうな残りの二つのアイテムに注目していく。
【ディテールド・アナライザー】──あの宝箱の真ん中で、大事そうに鎮座していた金縁のレンズ。
こちらは覗いている間だけ、そのプレイヤーが見た物に対して【詳細解析】のスキルが発動する。
このイベント中は、このレンズでしか見えないアイテム情報もある。
【リミナル・ウェッジ】──リンゴほどの大きさのキーリングに、五個の赤、緑、青、黄、紫の楔が鍵の様に付けられたアイテム。
リングから外した楔を打ち込んだ場所に、どこからでも船ごと転移できるようになる。ただし転移はゲーム内時間で一日一回のみ。
楔は全部で五個。打ち込んだ場所にキーリングを持っていくことで回収することも可能。楔は所有者以外でも打ち込むことのみ可能。
ただし他モンスターやプレイヤーと敵対中の使用はできない。
こちらは本イベント限定使用可能アイテムで、イベント終了後は使用できなくなる。何かの素材としても使用不可。記念品にどうぞ。
──とのこと。
【ディテールド・アナライザー】は、中途半端にアイテム説明が書かれていたようなアイテムに使うことで、より詳細な情報を得ることができる。
【詳細解析】自体はプレイヤーによっては所持しているスキルではあるが、このアイテムでしか説明が見られない情報もあるという。
試しに猫の首領から奪ってきた【猫海賊の呼び笛】に使用してみれば、さっそく有益な情報を得ることができた。
これらは吹けば、その笛のランクに応じた猫海賊を呼び出すことができるが、ただ呼び出しただけでは敵対行動をとられる。
しかし対応する首領を討伐したときに得られた装備品を身に着けていると、そのプレイヤーの部下となって一定時間働き消え去るように帰還する。
「つまり呼び笛を使って言うことを聞かせるには、オレの場合は海賊帽か眼帯のどっちか」
「私の場合は【氷水瀑の変幻槍】」
「そんでもって私が【粘体熱光線眼】と【スライムチ】のどっちかを持ってれば、呼び出したとき味方になってくれるんだね」
「けど持ってないプレイヤーがいると、そのプレイヤーだけ敵と認識して襲って来るらしいから、全員が身に着ける必要があるってのはちょっとめんどいかもな。
あとはイベ限定とはいえ【リミナル・ウェッジ】とかいう、超有能アイテムさん」
「船ごと転移できるとか、神アイテムだよね」
「クールタイムが長めだけど、これって同盟の人に挿してきてもらうこともできるっぽいんだよね?」
「ああ、だからまた報告会があったときにでも頼んでみるのもいいかもしれない」
もしそれが可能ならば、いちいちマップ中をぐるっと船で回らなくてもゲーム内時間で一日一回別方向に一気に進める。
ザラタン関連で有益な情報が手に入ったら、座標に加えてその情報と引き換えにしてでもやってもらう価値はあるだろう。
そしてアイテム以外にも、船の特殊強化素材も入っていた。
一つは船のアクションを追加する、『アディショナルディスク』。もう一つは、『万能船材』。
「万能船材って、どれにも特化して使える強化素材だと思ってたけど、これって全部をまんべんなくあげる素材だったんだな」
速力に強度、操舵性などこれまで上げていた項目はもちろんのこと、これから上げることができる強化全てにおいても、万能船材を消費することで最初から一定量資材を投入したことになるという、とんでも船材だった。
実際に『万能船材』をシップコアに消費させたら、強化する選択をしていなかったコアの暴走時間延長、コアのダウンからの復帰時間、ブレーキなども適応量分まで強化できる状態になり、あとは強化決定を選択するだけで全て〝5〟まで上げられる状態だ。
さらにアクション機能の『ジャンプ』と『ジェット』も同様に〝5〟まで強化でき、ジャンプの高さとジェットの加速時間が長くなり、クールタイムも五秒まで縮められる。
また今回入手した『アディショナルディスク』で、新たに追加されたアクション【スキッド】。
これは万能船材を消費した後から追加したにもかかわらず、こちらも最初から〝5〟まで強化できる状態になっていた。
つまりこの万能船材の効果は、これから追加される要素にもまんべんなく適用されるということなのだろう。
「てかさ……なんか、おっちゃんたちのイベントさすがに貰えすぎじゃない?」
「だよね。ここまで連れてきただけで、これだけ沢山のアイテムにポイントに、船の超強化素材までとか運営が調整ミスったとか?
なんか別の意味で不気味だよ、このイベント」
「もしくはバグとかか? さすがにそれはないと信じたい。
あとから返還してくれって言われても、微妙な気分にさせられるし」
もちろんこれらは正当な報酬として用意されたもので、ミスでもバグでも何でもない。
確定で理不尽に殺され船まで沈められるという選択を、事前情報なしで七回一度も間違えることなく選ばなければならないのだからリスクはかなり高かった。
ただ普通にやっていてクリアできてしまったブラットたちにとっては、異様に報酬が多いように思えるだけなのだ。
それからあれこれセーフティエリア内で相談し合って、これまで得た資材も用いて船を対ザラタン視察用に仕上げていく。
速度は〝8〟、強度も〝8〟、操舵性は〝6〟。
他で強化できる項目も万能船材でオール〝5〟に。
自動運転やマップ読み込みなどの便利機能まで解放した。
現在三つあるアクションも、全て〝5〟まで強化。
船の大きさは攻撃の当たり面積を小さくするためにも、手を付けていない。
さてここまで強化した船だが、やはり見た目も変化した。
船上のスペースはそのままに、より鋭角に細長く、前から後ろに向かって美しい流線形を描く船体へ。
鉛色の金属を打ち付けただけのような外装も、綺麗に黒い鉄で厚くコーティングされたようなツルリとした質感で、叩いても奥の木の音はまったくしない。
衝撃に対する緩衝材のようなものまで追加されているようだった。
「なんか強そう! さっそく動かしてみていい?」
「「いいよー」」
しゃちたんが操舵室の椅子に飛び乗り、さっそく運転開始。
アクセルを踏めばスーっと氷の上を滑るかのように揺れもなく、グングンと速度が上がっていく。
車のハンドルのような舵輪を動かせば、今まで以上の高反応で機敏に向きを変えてくれる。
減速ペダルもブレーキペダルに昇格し、最高速度を出していても数秒で完全停止状態まで持っていくことができるようになった。
「ジャンプ!」
「おっと」「わっ」
〝5〟まで強化したジャンプをすれば、ポーンと船は五メートルほど海面から飛び上がる。
ジェットは最長二秒ほどの急加速をクールタイム五秒でできるように。
そして新たに追加された左側の青のジャンプボタンの斜め下にある、緑のボタン〝スキッド〟をしゃちたんは押し込みながら、ハンドルをキュッと左側に切った。
すると船が前を向いたまま、前方ではなく真横に向かってザーーーっと横滑り。
〝スキッド〟ボタンを押しながら、今度は右にキュッとハンドルを切れば右側に横滑り。
これは前方向に進む力を、一時的に横方向に変換する横滑りのアクションだ。
スキッドは〝5〟まで強化されたことで、時間は最長一〇秒まで延長。
単純に真横に滑るだけでなく、細かなハンドル操作で斜めに向かって滑ることもできようになっている。
ちなみにこれら全てのアクションは、ボタンの押し込んでいる長さで効果時間を調整することができるので、常に最大時間加速したり最大ジャンプするなんてこともない。
こうしてブラットたち『Ash red』の船は高い速度、強度、操舵性を持ちながら、飛びあがりに急加速、横滑りといった高い機動力も合わせ持つ、最初の頃とは比べ物にならないほどに優れた船に生まれ変わった。
ブラットとHIMAも新しい船での試運転をして、ある程度操作に慣れた後は、またしゃちたんが運転席に座ってザラタンの場所まで行く最後の準備に取り掛かる。
それは──換金作業。
船が万が一沈んでしまったとき船の物資は消えてしまうが、自分たちのお財布の中に入れたお金は無くならない。
「沈ませる気はないけど、万が一のためにも資金はちゃんと確保しておきたいしな」
「お金さえあれば、親方の改造もすぐにやってもらえるしね」
ちょうどよくトート三兄弟が狩ってくれた海賊団の宝箱で、新しい地図を何枚か確保することができた。
そこには巨大ポータルの島らしき場所も記載されており、距離も今のこの船ならそれほどかからないとあって、そこでできる限り荷物を減らし、最悪の事態に陥ったときの保険をかけておきたいところ。
あわよくばそこが港町で親方ガチャに成功し、もう一段階船の改造ができればなおいい。
そこいらのモンスター海賊船では追いつけないほどの速度で海を爆走し、あっという間に巨大ポータルのある島に辿り着く。
巨大ポータルは船ごと移動できるものとあって、島からある程度離れたところからでも見えるほど大きい。
設置場所も街中ではなく、島の外側にあり船に乗ったままアクセスできるようになっていた。
そして何と言っても、ここには港があった。つまり狙い通り親方ガチャに挑戦できるということでもある。
換金できそうな物、交換できそうな素材などたっぷり持って船から降り、まずはそれらをお金やアイテムに変えていく。
それが終わると親方の場所を聞くべく、いつものように造船所へ。
「ああ、そんな気はしてた」
「へいへい、どうした坊主。迷子か?」
するとそこには当たり前のように、あの半魚人のNPC『ブーン』や『ベーン』と瓜二つの、けれどこちらは赤色の肌をした『グーン』と名乗る男に遭遇した。
性格も全く一緒で同じような声としゃべり方だが、彼は『ブーン』たちのことは知らないらしい。
親方の場所をグーンに聞いて、造船所を後にする三人。
「最初はただのグラの使いまわしかと思ったけど港町に今のところ確定でいるし、これも何かのイベントに関係してるんじゃないかな」
「え? イベント? ただ同じの顔の半魚人がいるだけなのに……。
ちなみにその場合どういうイベントになるの?」
「名前から言ってブーンの兄弟には、ベーンの他に『バーン』『ビーン』『ボーン』がいる可能性が高い。
その五人兄弟全員と会うと、なにか報酬がもらえるとか頼みごとをされるとかそういった感じだろうな。あるとすればだけど」
「じゃあ、さっきの『グーン』なら、ガギゲゴが頭文字に来る四人の兄弟がいるって感じなの?」
「だと思うよ。まぁ、さすがにそれは面倒そうだから、私らはスルーしてエルドラード探しを優先するんだけどね」
「半魚人を探すための旅とか、よっぽど暇じゃないとやりたくないしなぁ」
「じゃあ偶然揃ったらラッキーくらいの気持ちでいればいっか」
「そうだな」「そうだね」
この島の親方はこの大きな港町において高級住宅街とでも呼ぶべき、立派なお屋敷が立ち並ぶ邸宅にいるとグーンは言っていた。
「ここ……だよな?」
「うん。そのはずだけど」
「うっわ、成金趣味ぃ~」
聞いた通りの住所にあったそのお屋敷は、家も庭も金まみれ。
金箔が貼りまくられた屋敷に金の噴水が鎮座する庭。金の造花の金の花壇などなど、ここまでやると趣味が悪いとしか言いようがないほどに成金趣味な邸宅だった。
「……で、でもこれだけ見せびらかすほどお金があるなら、心に余裕があるんじゃないか?」
「う、うん。きっと簡単なお願いで済ませてくれるよね……たぶん」
「なんかこの家の親方に頼んだら、私らの船まで金ぴかにされそうでやだなぁ」
三者三様の反応を示しながらドアをノックし、出てきた執事に案内されて親方の部屋へ。
この町の親方は金のスーツに金のネックレス、金の腕輪に金のイヤリング、金の──と全身がギラギラと金で飾られた、むくむくと太った鯉の魚人。
鯉の顔で人の体をしていると言った風体だ。
ブラットたちを見る目は見下した様子で、こちらが趣味の悪い金ぴかな部屋に入っても声すらかけてこず無視してくる。
いい気はしないが挨拶もそこそこに、こちらから本題を切り出していく。
「船の改造を依頼した──」
「いいぞ」
「え?」
「だからいいぞと言ったんだ。ただし条件がある」
「……どんな条件なんだ?」
「ゲッケッケ、なに簡単なことだよ。本来支払う金額の五倍の額を用意できるならやってやるよ」
「「「………………」」」
船の改造となると犬獣人の親方のときのことを思い返しても、相当の額が必要になるのは間違いない。
だというのに目の前の鯉男は、五倍の額を支払えと言ってきた。
今はまた資金は潤沢だ。けれどそれだけの資金があるなら、絶対に別のところでがっつり改造してもらったほうがいいに決まっている。
そして何より、この男にそこまでのお金を払って自分たちの船を触ってほしくはなかった。
「じゃあ結構だ。それじゃあ──」
「ゲーッケッケッケ! やっぱり貧乏人かっ!
ゲッケケ、ゲーケッケッケ! 帰れ帰れ! 下郎ども~!」
何やら騒がしく笑い転げだすが、ブラットたちは無視して屋敷からさっさと出て行った。
「あれはない。ハズレな上に不快なんて最悪だ」
「なんであんなのをここに用意したんだろ」
「こんなに大きな港町なんだから、もうちょっとマシなのにしとけばいいのに。まったくもう!」
所詮はNPCでしかないキャラクターだが、それでもいい気分はしない。
よくあんなのが親方にまでなれたもんだと愚痴をこぼしながら、ブラットたちは巨大ポータルの登録を済まし港町を出発。
いよいよすぐそことなった、ザラタンのいる座標へと船を急がせた。
ちなみにこの島の成金魚人親方──『ボザンガ』は、船大工としての仕事をお金を積んでしてもらうことももちろんできるが、とあるイベントの主要人物でもあった。
それは『ボザンガ失墜』イベント。
もともと評判が悪く、住民たちからの不満も溜まっていたこの男。
だがこの大きな港町で唯一の船大工の親方という、町でも一、二を争う有力者でもあった。
もちろん、お金の力で他の有力者たちともズブズブの関係。
なので表立って非難すれば、住民は住む場所と仕事を奪われてしまうと何もできない状況だった。
しかし、ここでプレイヤーが動くことでイベントが発生する。
プレイヤーがボザンガの不正の証拠をあちこちからかき集め、別の町の協力も経て告発することで、彼と彼に協力していた有力者たちを牢獄送りにできる。
ボザンガ失墜イベントを成功させたプレイヤーは、この町で英雄扱いとなり、この町での買い物はイベント終了までずっと大幅に割り引きされ、新しく来た良い親方への依頼は無条件に通り、しかも値段も常に無料。
感謝の品と言ってブラットたちが手に入れたばかりの、【ディテールド・アナライザー】と【リミナル・ウェッジ】が渡される。
後に、このイベントはブラットたちとは関係ないプレイヤーたちがクリアする。
その後にまたここにやってきたブラットたちが、ボザンガが失墜したと聞いて思わずガッツポーズをしてしまうのだが……それも無理からぬことだろう。




