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Become Monster Online~ゲームで強くなるために異世界で進化素材を集めることにした~  作者: 亜掛千夜
第三章

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第六三話 リバース海域

 ひととおり準備を済ませ、このままリバース海域に突入できるぞ~というところで ブラットの視界に『ご飯』という文字とアラーム音が耳に届く。



「あ、もうすぐ夕飯の時間だ。このまま出たら次のポータルのある場所までどれだけかかるかわからないし、とりあえず今日はここまでってことでもいいか?」

「え? もうそんな時間? ……ほんとだ、ゲーム内時間はかなり早めになってるはずなのに、あっという間だったね」

「課題もやんなきゃ不味いし、今日はここまでかぁ」



 しゃちたんは残念そうにし、ぷしゅんとスライムボディが潰れる。



「あれ、課題なんか出てたか?」

「数学の西村先生が出してたでしょ。明日は小テストもあるみたいだし」

「あ~あったあった。イベントが楽しみすぎて聞いてなかった」

「あんたらは余裕そうで羨ましいよ……まったく」



 ブラットもHIMAも成績は学年でもいいほうだった。

 それは親にゲームをたくさんやることを認めさせるために頑張っているというだけだが、それでも抜き打ちテストをされても平然と解答できるくらいには優等生だ。

 打って変わってしゃちたん。彼女は単位をアプリで管理して今期は何日休めるかを把握しながら、気分で学校を休んだりすることもあるので、成績は赤点はギリギリ回避しているといったところ。

 留年しなければいいんじゃい、というスタンスで彼女は学校に通っている。


 そんな違いもあって前者二人は課題など短時間で終わらせられるが、しゃちたんは毎回苦労しながら課題を済ませている。



「ねぇ、終わったら見せ──」

「だめ」「ダーメ」

「ちぇー、けちんぼー」



 そんなふうに悪態をつきながらも毎回しゃちたんも自分でやってはいるのだから、真面目な部分もちゃんとあるのだ。



「じゃあ、他の同盟パーティに今日は落ちるって伝えとく」

「「はーい」」



 今日は船をここに停めて、ポータルのある場所で三人は分かれた。

 イベントマップを出てブラットは自分の課金拠点まで戻ると、炎獅子戦の用意をして戦いを挑んで負けるという、夕飯前の恒例行事を済ませてログアウトした。




 イベント二日目。小テストも無事にやり過ごし、清々しい気分でイベントマップに舞い戻る。

 船に直接待ち合わせで、三人揃うのを待ってからリバース海域を目指し出発した。準備も昨日の内に済ませてあるので安心だ。


 フレンド欄を見ればわかるが、いちおう昨日ログアウトを知らせたようにイベントを再開したことを同盟チャットに書き込んでおくことも忘れない。

 今はマイキーたちだけがログイン中で、他二パーティはまだ来ていないようだった。



「おっ、たぶんあれが『リバース海域』で間違いない」

「どれどれ? あー……、なんか不思議な波が立ってるね」



 ブラットから受け取った双眼鏡でHIMAが確認してみれば、普通の海の途中から魚の鱗のような小さな波が一面に広がっている海域が見て取れた。

 その光景はあまりにも不自然で、集合体恐怖症のプレイヤーは鳥肌が立つような光景だ。

 とはいえそういう嫌悪感も、ゲーム内では薄れるようになっているので実際にそうなることはないだろうが。



「しゃちたん。少しだけあの海域を進んだら、わざと少しずつ速度を落としてみてくれないか?」

「え? そうすると戻されちゃうんじゃないの?」

「いざというときのためにも、どんなふうに制御できなくなっていって戻されるのか確認しときたい」

「なーるほど。わかった、やってみる」



 最初はアクセルべた踏みで、最大加速してリバース海域に突っ込んでいく。

 船体が半分ほど入り込んだところで強い抵抗を覚えて、最大速度を出していたというのに速度が少しずつ落ちていき、一定のところで落ち着いた。

 だが普通の海を行くときよりも、船の揺れが大きい。



「なんか水っていうより泥の中を無理やり進んでるみたいな感じ」

「それだけ押し戻す力が強いって感じだな。これ以上はもう速くできない感じか?」

「うん。今の速度で限界。でも操舵はちゃんと保ってられてるよ」

「今のところ敵影無し。そろそろいいんじゃない?」



 ブラットとしゃちたんが話していると、双眼鏡を持って索敵していたHIMAが安全確認をしてくれていた。



「よし。じゃあ、しゃちたん予定通りに」

「はいよー」



 アクセルペダルを踏みこむ力を少しずつ抜いていき、船の速度を徐々に落としていく。

 一切減速ペダルは使っていないのに、グングンと速度が落ちていく。

 その間にしゃちたんはハンドルを切って、どこまで速度が落ちると操作できなくなるのかを感覚で確かめていく。

 ブラットはそれを横目に実際の船上から見たときの速度を目視で確認し、どれくらいで戻されるのかを動画に記録していく。

 HIMAはその間、敵がいないかの確認を怠らない。



「く、このっ。うーん、ダメだぁ」

「このくらいの速度まで落ちると完全にアウトって感じか」

「うん。段々操舵性が悪くなっていって、最終的に自動運転みたいになってこっちの制御は受け付けなくなったって感じ」



 船はこちらが何もしていないのにバックしていき、綺麗に来た道を沿うようにして戻されていく。

 その間の抵抗はまったくできず、この状態になったらもう受け入れるしかない状態だ。アクセルペダルも減速ペダルも意味をなさない。

 その変わりに進んでいたときのような船の揺れはなくなり、非常に緩やかな進み……というか戻りになっていた。



「そういえばジャンプとジェットはこの状態だとできるのかな?」

「実験してみよう」

「わかった」



 HIMAの素朴の疑問にもっともだと、そちらも加えて実験を何度かしていった。


 結果を言うと、制御不能まで行くとアクション機能も一切反応しない。

 だが制御不能になるかならないかのところでジェットを使えば、無理やり速度を持ち直すことができた。

 ジャンプは浮遊中は戻す力から解放されるが、着水時に一気に速度を奪われるのでメリットはほぼない。



「いざというとき、ジェットで復帰できるのは良さそうだね」

「そんな機会がないにこしたことないけど、何があるかわかんないしねぇ」

「今回何もなくても、今後同じようなところがあるかもしれないしな。知っておいて損はない情報だ」



 また、一度制御不能になると何もできずに強制的に戻されるが、あえて自分から来た道を戻った場合も実験してみた。

 こちらは速度を出したまま制御を保ちUターンすると、制御は鈍くなるが波の恩恵を受けて普段以上の速度で移動することができることが発覚。



「もし前方にやばそうな相手がいたときは、戻ることになってもUターンして爆速で逃げるってのもありだな」

「せっかく資材をあれこれ投入したり、親方に大金払って改造してもらった船をここで沈ませるくらいならそっちの方がいいよね」

「船が壊れちゃったら今の場所に戻るより、今の状態に船を戻す方が大変だろうしねぇ」



 話し合いながらリバース海域の入り口付近をうろうろ行ったり来たりする実験を終え、いよいよ本格的に海域踏破を目指す。


 少し海域から離れた所まで戻ってUターン。一度船を停めて方向を定めてから、真っすぐ全速力で進んで速度を稼ぐ。

 そして一気にリバース海域に侵入し、無理やり道をこじ開けるように密集した鱗のような波を押しのけ突き進む。

 天候は悪くないのに船はグラグラと揺れ、少し軌道をズラそうとするだけでそれがさらに大きくなる。


 操船は一番上手いしゃちたんに任せ、ブラットとHIMAは進行方向に気を配りながら周辺警戒に移行した。


 しばらく揺られながら双眼鏡を覗いていたブラットの視界に、敵船の影が映る。



「前方に敵影発見! ゴブリンマークの帆──……ん? なんだあれ」

「どうしたの? ブラット」

「いや、何かあの船ぶっ壊れてないか?」

「どれどれ──あ~ほんとだ。前の部分がボロボロ、よくあんなのでこの海を渡ってるね」



 航行できる程度には形を保っているようだが、船体の前面部分がぐちゃぐちゃで、車で例えるならボンネットが思い切りへこんでいるような状態だった。

 あんな敵船もあるんだなぁと思いながらも、この海域での戦闘は面倒なので横を抜けていくような軌道でスルーすることを提案する。


 ゴブリン船など報酬もたかが知れているし、壊れているとなると資材も大して回収できないとメリットも非常に少ない。

 満場一致でスルーが決定し、しゃちたんはブラットから方角の指示を聞きながら、斜めに逸れる軌道へと舵を取った。しかし──。



「は? なん──って、そういうことか!」

「どうしたの?」「どういうこと?」

「あいつら当たり屋だ! こっちにぶつかってくる気だぞ! だから船体も前が潰れてるんだよ」

「「えぇっ!?」」



 こちらが軌道を変えると、向こうも軌道を変えこちらの正面に着こうとしてきた。

 普通そのままでは正面衝突してしまうので、これまでの敵なら横に着くようなルートを選んできていた。

 だがあの敵船の船員たちは船がどうなろうと知ったことではないと言わんばかりに、特攻を仕掛けようとしているのだ。



「たぶんオレたちの船なら、あのボロ船の特攻を受けてもダメージはそこまでじゃないと思う。けど──」

「速度はおもいっきり持ってかれるよね。そしたら元来た場所に強制送還と」

「もー、なんでそんなことしてくるんだよー! 船は大切にしろっての!」

「無理やり設定を考えるなら、事故って船が壊れそうだから頑丈そうな船にぶつけてそっちを奪おうぜって感じかもな。もしくはただのバカ」

「「後者に一票」」

「ははっ──って、笑ってる場合じゃない。

 こうなったらオレが注意を引くから、その間に横をすり抜けてくれ」



 今は波の方向に逆らわず進んでいるから相手も速いが、同じ波に逆らう方向同士なら絶対にこの船には追いつけない。

 一度通り抜けてしまえばあとは無視でいいと、ブラットは天窓から飛翔して向かってくる敵船へと突っ込んでいく。

 甲板にいたのはホブゴブリン四体と、エリート・ホブゴブリンの船長が一体。



「「「「「ギャギィイイー!」」」」」

「この迷惑モンスターどもめ……こっちだ! こっち!!」



 手を打ち鳴らして【破魔拍子】を発動し、ヘイトをこちらに向けさせる。

 プレイヤーからすれば澄んだいい音なのだが、モンスターからしたら顔をしかめるほど不快な音。

 操船すら放棄してブラットに釘付けになり、その間にしゃちたんは双眼鏡で戦況を確かめるHIMAの指示を聞きながら舵を切っていく。



「ふっ──はぁっ!!」

「「ギャヒィ──」」

「りゃあっ!」

「ギャッ──」



 ただ追いかけられるだけなのもしゃくなので、ブラットは反撃して相手の数を減らしていく。

 気分はもう自分たちの船が通り過ぎるまでに、何体倒せるかのタイムアタックだ。

 しかし二体三体と数を減らしたところでタイムアウト。



「ブラット、戻って!」

「はいよ! あばよ、ゴブこう!」

「ゴボッ──ギャゴゴゴ!」「ゴギャア!」



 こちらがすれ違うのと同時にエリート・ホブゴブリンの腹にケリを入れて、そのままの勢いで自船に飛び乗るように戻っていく。

 飛べないゴブリンは怒りに声をあげながら、手に持っていた棍棒を投げてくるがもう遅い。

 ブラットたちの船はボロ船の横をあっさり通過し、危機を脱した。



「省エネでの戦闘だとあれが限界か……。

 いや、でももっと突き詰めていけば全滅もできたはず……。

 なんならその後で敵船をあさっていくのも……それはさすがに無理か? いやでもあそこで……」



 なにやらブツブツ呟きながら、船室まで戻ってきたブラット。

 おかえりを言おうとしたHIMAは苦笑し、しゃちたんは目を丸くする。



「どったの、この子」

「さっきの戦いに納得がいってないみたいだね」

「やることはちゃんとやったんだから、それでいいのに」

「ブラットはそういうとこも妥協しないんだよねぇ。

 そこがまた、ブラットって感じでいいよね。それに──」

「はいはい、さいですか。ほら二人ともー、索敵に戻った戻ったー」



 しゃちたんは突然のろけをはじめようとするHIMAと、先ほどの戦闘を思い返しているブラットを天窓の上に追い払った。


 それからも似たような当たり屋は何度も来て、その都度ブラットが乗り込んでやり過ごす。

 他にも普通の突っ込んでこないタイプの敵船も来るが、そちらもあの手この手でスルーしていった。


 これなら無事にリバース海域を通り抜けられそうだなと考えていると、ふとブラットは何か気配のようなものを感じて何気なく後ろに振り向いた。

 すると──大きな魚と目が合った。



「はい?」

「ォォォォォ……」



 波の影響など一切お構いなしに、ブラットたちの後方で海面から顔を出したまま止まる自船よりも巨大な魚。

 鎧のような兜を頭に持ち、口を開けたときに見えた上下の歯はギザギザしたギロチンのよう。

 ダンクレオステウスという古代魚に酷似したフォルムのモンスターだった。


 それはブラットと目が合うと大きく口を開けて低い唸り声をあげると、ゆっくりゆっくりと決して早くはないが、こちらの船のお尻目掛けて近寄ってきた。



「逃げろ!! なんか来てる来てる!! アイツ絶対ヤバい!」

「でっかー……」

「あわわわっ」



 ガチンッガチンッ──という大きな歯を噛み鳴らす音が、水中を通して船体にまで響いてくる。

 しゃちたんは急いで『ジェット』ボタンを押して、グンと一瞬の加速で距離を稼ぐ。

 幸い全速力ならほぼイーブン。向こうの方がほんの少しだけ遅いくらいだ。

 さらに一〇秒に一回『ジェット』も使えば、少しずつ距離も開けられる。


 あそこで気が付いていなければ、いつの間にか船のお尻を齧られていたかもしれないと思うと、ブラットの背筋が寒くなる。



「これなら逃げきれそうだね」

「ほんと!? よかったぁ……」

「あいつの方がちょっと遅いみたいだしな。しばらくは後ろにいるだろうけど」

「あんなのにストーキングされるとか恐すぎ……。マジ勘弁してほしいわ」



 だがあの様子なら追いつかれることもあるまいと、ブラットは後ろを見る気になれず、あえて前を双眼鏡で覗いて敵の警戒をした。

 すると今度は何かゴミのようなものが、プカプカとこちらに向かって流れてくるのが見えた。

 漂流物だとしたら少し大きいなと気になり、双眼鏡のフォーカスをそれに合わせていく。



「えー……今? 今なのか?」

「なんか聞きたくないけど……どしたん?」

「人がこっちに流されてる」



 そう。それは漂流物ではなく人だった。

 人が大きなトランクケースにしがみつき、なんとか海流に呑まれないように漂っていたのだ。



「それってプレイヤー?」

「いや、NPCだよHIMA。というか、むしろそうであってほしかった……」

「え? なんでさ?」

「プレイヤーなら最悪放置しても私たちに影響はないだろうけど、逆にNPCだとなんかのイベントに繋がってたりなんてこともあるからね」

「無視したら無視したで後から『あのとき助けてくれなかった!』なんて、謎の生還を果たして突然バッドイベント押し付けられたりなんて可能性もゼロじゃない」

「ってことは助けるしかなさげ?」

「ああ、ちょっと行ってくる。HIMAは念のためフォローに来てくれ」

「わかった。しゃちたん、あいつはまだ後ろにいるから気を付けてね」

「さっきからガッチンガッチンうるさいんだから、忘れようもないよ」



 しゃちたんの言葉に「確かに」と苦笑しながら、ブラットとHIMAは遭難者の救助に向かうことにした。



「こうなったら何かいいイベント発生してくれよー」

「期待しすぎるのも良くないよ」

「だなぁ」

次は土曜更新です!

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