第六二話 イベントポイントの使い道
船の上はそれほど変わっていなかったが、船室のベッドなどの家具の質がワンランク上がっていた。
「船のアップグレードとは関係ないだろうし、もしかして収納量をあげたからか?」
「かもしれないね。にしても、さすが親方。ちゃんと名人補正で、事前に聞いてた増加量の1.5倍になってるよ」
HIMAが船のストレージにアクセスしてスロット数を確認してみれば、事前に知らされていた数よりも多く増加していた。
今回の資金繰りや使わない素材を放出した分もあって、かなりの量をしまい込むことができそうだ。
「これならまだ船を大きくしないで済みそうじゃん。
それじゃあ、お楽しみの操舵室に行ってみよー!」
しゃちたんは、はしゃぎながら触手で器用に梯子を上り操舵室のハッチを開けて中へといの一番に入り込む。
ブラットとHIMAは、その様子に二人で思わず笑ってしまいながら後を追った。
すると、しゃちたんは既に質の上がった操縦席に座りハンドルを触手で握り締めていた。
「ねぇ、見てよ二人とも! あのクソださボタンがなくなったよ!」
「え? ほんとだー。なんかステアリングコントローラーみたいになってる」
「すてあ……なんて?」
「車のゲームとかで使う、ハンドルにコントローラーが埋め込んであるようなやつのことだよ。にしてはボタンが少ないが」
ハンドルを左右で握ったときに、大人の手なら親指が届く位置に一センチほどのボタンが左右に一つずつ付いていた。
それぞれ右側の赤いボタンを押せば『ジェット』のアクションが、左側の青いボタン押せば『ジャンプ』のアクションが発動すると、船と同じくアップグレードしたマニュアルに記載されていた。
「『ジェット』は元々ボタンだったけど、『ジャンプ』もボタンでできるようになったんだね」
「ペダルアクションでもできるようにするかしないかも、選べるようになってるみたいだけどな」
「でもやるならボタンの方が、らくちんな気がするなぁ」
そのあたりも実際に動かして決めていけばいいだろう。
それからもう一つ、今までになかったものが追加されていることに気が付いた。
それはアクセルペダルの横に追加された〝減速ペダル〟。
こちらはシップコア経由での強化ではないので、あくまで慣性に任せるよりも少しばかり早く減速するという程度のペダル。
だが今後シップコアからブレーキ機能を解放すれば、もっと実用的に船の速度を落とせるようになる。
「じゃあ船を出そう。アンカー上げてくる」
「おねがーい」「ありがとー」
軽く確認も済ませたところで、さっそくブラットが操舵室から船上に出てアンカーを巻き上げる。
こちらも手動でしかできなかったのが、自動で巻き取りもできるようになっていた。
その場まで自分で行く必要があるのは変わりないが。
「アンカー上げたぞー」
「しゃちたん、あっちに舵をきって」
「はいよー」
HIMAが方角を指し示し、しゃちたんがハンドルに触手を巻き付けながら、ゆっくりとアクセルペダルを踏み込んだ。
一瞬ガックンと大きく出発のときに揺れたものの、その後は危なげなく船が港町から離れ出したのを確認してからブラットは操舵室に戻っていく。
「しゃちたん、なんか最初ぎこちなかったけど操舵性が変わったのか?」
「アクセルが軽いね。おかげで最初踏みすぎて、思った以上にスピードが出ちゃった。
あと前よりは舵輪をきらなくても曲がるようになったよ。
これは前と同じ感覚でいきなり運転すると事故るかもね。すぐ慣れるけど、後で二人とも触っといたほうがいいよ」
「わかった」「はーい」
変わったと言っても劇的な変化というわけでもないが、古めの中古車から新車に乗り換えたときの感覚とでも言えばいいのか、微妙な操作性の違いが出てきていた。
その差に慣れるためにも、しゃちたんがしばらく動かした後HIMA、ブラットの順で運転を代わっていった。
「ふぁ~、ここまでけっこう慌ただしかったのに、急に何もなくなったなぁ」
「ふふっ、おっきいあくび。でも警戒はしておかないと」
運転練習もぐるっと一巡し、再びしゃちたんが運転を再開しだしたころ。
ブラットは操舵室の天窓に腰かけ索敵任務をこなしていたのだが、先ほどから双眼鏡を覗き込んでも海賊の気配はまるでない。
のんびりと西を目指して船は進む。
「そんなに暇なら二人とも釣りでもしてきたらどうよ? 金の魚釣ったら本が手に入るかもでしょ。
今のところただ真っすぐだし、ガイドもいらないしさ」
「そうしようかなぁ。何もせずに双眼鏡覗いてるよりましだろうし」
「しゃちたんも運転に飽きたらすぐ代わるから言ってね」
「うん。でも飽きないんだなぁこれが」
船の運転がことさら気に入ったようで、イベントが終わった後にもBMO内で船に乗れないかとまで考えているようだった。
ブラットとHIMAは一緒に下に降りて甲板に立ち、釣り糸を垂らす。
「しゃちたんはイベントのポイントで船を貰う気満々みたいだな」
「アイテム化できる【一寸小舟】と、ちゃんとした小型船もあるからね。
小型船くらいなら私たちのレベルでも交換できそうだし、いい目標になってるんじゃないかな。
そういうブラットは何と交換するかは決めてるの?」
「絶対に今回のイベントで交換しておかないといけないのは、【聖域珠】と【ホーリーチェーン】、【エレメントチェンジリング〔聖〕】、【セイントタリスマン】だな。
BMOで普通に手に入れるより、こっちでイベポ使って交換したほうが断然楽に手に入りそうだし」
「ガチガチのアンデッド対策アイテムだね。
次の進化に必要な討伐対象がゴースト系なんだっけ?」
「そうそう。それもけっこうな格上のね。
だから余ったポイントで他にも必要そうなものは搔き集めるつもり。
絶対に失敗できないから、今回は事前にこっちで情報も集めまくって完全勝利を目指すよ」
「アイテムでゴリ押しとか本当は好きじゃないのに。今回はマジのマジみたいね」
岩石地帯の主であるあのゴーストとまったく同じモンスターは、はるるんでも知らなかった。
けれどかなり酷似したモンスターを教えてもらうことができ、その攻略法をまとめた動画を見漁ったりもして、有効そうな対策をいくつもピックアップしている最中だ。
だが初見で戦い、負けても少しずつ自力で攻略法を組み立てていくことこそ面白いと思っているブラットからすれば、それは普段絶対にしないやり方でもあった。
そのフラストレーションは、炎獅子にぶつけているところだ。
「うん。リスクすら全部捻じ伏せるレベルで、完全な対策をしていくつもり。
そういうHIMAは、なんか欲しいのあったりするのか?」
「私? うーん、とりあえずイベント限定っぽいのは取っておきたいかなぁ。
【カジキランス】とか【サメさんアーマー】とかの、ネタ装備を使ってみたいかも。
特注でこんな、おふざけに特化したの作ることなんて絶対ないし」
「そういう遊び方もいいよなぁ」
カジキの尾びれの付け根をもって、鼻先の槍で戦う【カジキランス】。
アーマーとは名ばかりの、可愛らしいサメの着ぐるみ【サメさんアーマー】。
完全にネタに走った装備品だが、最前線のプレイヤーでも使えなくはない程度の性能もしていると、意外に人気を集めている限定アイテムだ。
他にも【サンマソード】や【ウツボロッド】、【エビボウ】に【ウミガメシールド】、【ワカメローブ】なんていう生臭そうなリアルな海鮮装備も今回のイベントでは用意されていた。
毎回こういったお遊び装備がイベントのポイント交換アイテムとして用意され、それを楽しみにしている熱狂的なファンもそれなりに多く、これまでのイベントネタ装備を使わない武器も含めコンプリートして部屋にずらりと並べて飾っている──なんて者もいる。
(できることならガンツたちに、お土産で持ってけたら面白かったんだけどなぁ。純粋な性能面でも文句なしだし)
カジキにしか見えない槍で薙ぎ払うガンツに、【タコハンマー】を振るうボンド。
【アジナイフ】を両手に持つデン、エビの形をした弓を持つワーリーに、ウツボの杖を持つトッド。
BMOではプレイヤーに対して強すぎる装備は制限がかかり、一定の力量までならないと使えないなんてことがあるが、それも向こうでは関係ないはずだ。
絵面的に最高に面白かっただろうにと、ブラットは密かに残念に思う。
「そういうのも欲しいっちゃ欲しい気もするけど、今は余裕ないな」
「零世界とかいうサーバーで死んじゃったらBMOで二度と進化できなくなるんだし、生き残った上で勝つのが最優先だからね。
がんばって、私も応援してるから。手伝えることがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとう、HIMA」
「どういたしまして」
純粋に応援してくれることが嬉しくて、ブラットはHIMAにぎゅ~と抱き着いた。
今の見た目では小さな少年が可愛らしいお姉さんに甘えているようにしか見えないが、HIMAもそれを嬉しそうに受け入れて、釣り糸が引いているのも気が付かず抱きしめ合う。
「あいつら、ゲームの中までやってるよ。釣りしなさいよ、釣りを」
そして操舵室の窓からそれは丸見えで、しゃちたんは呆れながらそんな二人を見守った。
それから釣りをしたり、手ごろなサイズの海賊船をこちらから襲ったりして資材や資金を集め、道中小さな港町ではない普通のポータル島の町を見つけてふらりと寄ったりと、それなりの成果を上げながら順調な航海を続けていく。
するとようやく親方が『リバース海域』と呼んでいた、一定速度以下になると元の場所に戻される海域の近くまでやって来た。
その付近にポータルのある島があるとドレーク冒険記には書いてあったので、まずはその座標を目指す。
「こっちも港町だ! 親方ガチャできるぞ」
「できたところで、やってもらえるだけのお金は私らの懐には全くないんだけどね」
「世知辛い世の中だあねぇ……」
規模は犬獣人の親方がいた町よりもこじんまりとしているが、それでもれっきとした港町。
ヤブレカブレの話が本当なら、ここにも別の親方がいるはずだ。
「それにこっちでも情報収集もしときたかったし、大して物資もないから船のストレージはガラガラだけど降りる意味はある」
「エルドラードとドレークのことだね」
資金調達のついでに犬獣人の親方がいた港町でも聞き取り調査をし、ここまでの航海中にあった小さなポータル島の町の住民に対してもやったが、他の住民たちからも親方から聞いた話と大差はなかった。
だがその二つの町だけが特殊で、実は他の町ではまだ英雄的存在なんて可能性もないわけではない。
地方によって話が変わっていたり、他にも伝わっている情報があるかもしれないと、NPCの住民たちに聞きたいことはたくさんあった。
さっそく船を停めて、近場に見える造船所へと直行する。
「「「ブーン!?」」」
「おぉ? なんだ坊主たち、迷子か?」
「いや、なんでここにブーンがいるんだ?」
「ん? 俺はベーンだぜ。ブーンは俺の兄貴に同じ名前の奴がいるが会ったのか?」
「あ、ああ。兄弟か、びっくりしたぁ」
「グラの使いまわしかな?」
「でも他の船大工っぽい人はみんな違うしなんでだろ。運営も儲かってるだろうし」
「おいおい、俺ちゃんのことは無視かぁ? もっと構ってくれよぉ。なぁなぁ」
「「「ああ、間違いなく兄弟だ……」」」
うざい所までそっくりだったブーンの弟ベーンに親方の場所を聞き、この町の親方の場所へと急ぐ。
こちらは綺麗な木造の事務所で書類仕事をしていて、出てきたのは眼鏡をかけたインテリ系の細身なリザードマンの親方だった。
物腰も丁寧で、同じ親方でも大分雰囲気が違う。
「私に依頼するというのならそうですね。この町はリバース海域が近いせいで、ゴミがよく砂浜に打ち上げられるんです。
一〇時間ほどボランティアでゴミ拾いをしてくれると言うのなら、引き受けましょう」
「えっ……………………と、ごめんなさい。ちょっと考えさせてくれ」
「ええ、いいですよ。ではその気になったら、またどうぞ」
受けようが受けまいがどちらでもいいという感じで、ニコリと営業スマイルをするリザードマン親方に見送られ、その場を離れていくブラットたち。
「いや、ゲーム内時間でって言っても一〇時間てバカかいな」
「しかもボランティアでって……ないわぁ」
「その間ずっとゴミ拾いでしょ? それは私も嫌だね。
ってことで、ここはスルーでいいかな」
「「賛成」」
HIMAの提案に、ブラットとしゃちたんはすぐさま乗った。
一〇時間もあるなら、その時間で友好関係を結んだ犬獣人の親方のところまで行って戻って来られる。
さすがに今回はブラットたちにとっては、かなりのハズレだった。
時間さえかければ誰でもクリアできるという点では、当たりなプレイヤーもいたのだろうが。
それから町を巡りながら、換金できる物は換金しつつ情報を聞いてまわって船まで戻って三人で話し合いをはじめる。
「やっぱりここでも、ドレーク関係の話は大差なかったな」
「うん、それに決まって具体的にどれが嘘なのって聞くと、ザラタンとリーサル海賊団、ルサルカの話をしだすところまで一緒」
「けどルサルカだけ、なんか微妙に違うんだよねぇ。
おっちゃんのいたとこは罠に嵌めた、前の町では倒した、ここでは話術で騙したとかさ」
「というかルサルカってモンスターだと思ってたけど、聞く感じNPCの人間っぽいよね」
「ああ、それはオレも思ってた。人間でもないのに話術とかありえないだろうし。
とはいえそこもドレーク冒険記を集めていけば、わかるんじゃないか?」
「だね。あと気になるのはやっぱ、シー・オブ・レヴィアタンのことは誰も言ってないってことかな?」
「同じ四つの危険って言われる一つなのに不自然だよね」
「オレもそう思う」
四つの危険の内三つは毎回話題に上がり、一つだけ出てこない。
どんな船も行けば沈むと言われ、誰も近寄らせない海域ということも踏まえて考えると、一つの仮説がブラットたちの間で成り立っていく。
「ってことはだ。エルドラードがあるのはシー・オブ・レヴィアタンで、誰もいけないから見つからなかったって考えることもできる」
「そんでもってドレークは、確実に三つの危険には関わってた」
「だからドレークは、その三つの危険でそれぞれ何かを見つけ、シー・オブ・レヴィアタンを渡る方法を見つけたってのが正解かもしれないね」
「他の所だとまた全然違う話になるかもしれないから確定ではないけど、オレたちはその推測の元で動いていこう」
「賛成」
「だね」
「ならオレたちが目指すのはやっぱり、リバース海域の先にあるザラタンを見たっていう座標だな」
まだまだ情報も足りず粗削りな推測でしかないが、何の指針もなくただ進むよりはずっといい。
ブラットたちはザラタンを探し出し、シー・オブ・レヴィアタンに関わりがありそうな情報を見つけだして、推測の裏付けになりそうな何かを発見する。
これが今後のブラットたちの明確な指針となった。
ちなみに余談ではあるが、ブラットたちが今回スルーしたボランティアでの一〇時間の清掃活動。
これは参加すれば様々な水棲モンスターの素材に加えて、確実に一人一冊は【ドレーク冒険記】が手に入るイベントだった。
運が良ければ一人で五冊まで手に入れることだってできたのだが、ブラットたちは最後までそれを知ることはなかった。
とはいえ、知ったところで受けていたかどうかは微妙なところではあるが。




