第五六話 追走劇
今回は急いでいるので多少船が傷つくことになろうと、通れるのなら無理やりにでも突き進む。
船底がゴリゴリと海底の岩肌をこすり、ガンガンと船体に岩礁がぶつかるが、船の耐久をしっかりと確認しつつ無視をする。
しゃちたんは「うぅ、可哀そうに……」と涙目になっていたが堪えてもらう。
「「「抜けたっ!」」」
それだけの強行突破で移動した甲斐もあって、行きよりもずっと早く岩礁地帯を抜けることができた。
これなら猫たちももう追ってはこれまい──そう思ってブラットが双眼鏡を手に、操舵室の天窓の縁に立って周囲を確認してみると……。
「マジか……」
ブラットたちが苦労して岩礁地帯を抜けてきたのをあざ笑うかのごとく、猫頭のシンボルを描いた帆の船が、別のルートからすり抜けるようにして既にこちらを捕捉し追ってきていた。
それも当然の事だろう。あちらにとって、ここいらは庭同然。完全に地形を把握している。
簡単に岩礁地帯を抜ける水路の一つや二つ、知っていて当然なのだ。
そして追ってきている船の中で特に巨大な、それも今まで見たどの船よりも立派な旗艦も、後ろの方から全速力でこちらを目指してやってきている。大量の海賊船を引き連れて。
あの旗艦の中には、もちろん宝部屋で会った猫たちの首領も乗っていることは想像に難くない。
HIMAもブラットから双眼鏡を受け取り、その光景をしかと目に収める。
「あんなに一杯……? あはは……さすがにアレ全部を相手にってのは、私らにはムリだよ」
「ど、どうする?」
しゃちたんも船が傷つくかどうかではなく、もはや沈むかどうかという瀬戸際に慌てはじめる。
あれだけの海賊たちをいっぺんに相手取るとなると、もはやプレイヤーたちの技術など意味がない。
あれらを凌駕する力で捻じ伏せられないのなら、前に立つ資格すらない。
ならば、ブラットたちが取れる手段は一つだけ。
「どうするも何も勝てないなら逃げるのみ! お宝は絶対にオレたちが貰う!
まだ距離は開いてる。しゃちたん、そのままアクセルべた踏みでお願い」
「わかった!」
幸いこの船の速度に食らいつけている船は全体の半分以下。
ただ逃げるだけでも、最終的に戦いになったとしても数は減らせる。ここで取る手段としては最良の選択だろう。
全速力で逃げ続けること十数分。見える範囲にいる船の数は四割ほどまで減っていた。
だが旗艦とそれに次いで大きな船は速く、しっかりと付いてきている……どころか、確実に距離が狭まってきていた。
速力を〝5〟まであげているこの船だが、それでも向こうの方がわずかに速いのは明白。このままではいずれ、大型船に取り囲まれてしまう。
「じり貧だね……いっそのことコアの暴走、使ってみちゃう?」
「一時的に速くなるけど、暴走が終わったらこの船はしばらく動かなくなる。
それに暴走が使えるのはプレイヤーの船だけじゃないはず。
あいつらがもし使ってきたら、そのときの対抗手段として残しておきたい」
「ならせめてもう一段、速力を上げられないかな?
アイツらのアジトから持ってきたお宝とかでさ」
しゃちたんがそう提案してくるが、船の能力を〝5〟から〝6〟に上げるための資材は結構な要求量だった。
船の強度を〝6〟まで上げられたのも、それに特化した『船防材』が入手できたからというのが大きい。
資材に変えられそうなお宝を溶かしても、船の残骸から手に入る船材より効率はよくないのでそれも難しそうだし勿体ない。
修理用の資材もいざというとき必ず必要になってくるので、できる限り確保はしておくべきだろう。
──などと考えている間にも、敵船はジワジワと距離を詰めてきていた。
執拗な追跡を忌々しく思いながら、そちらをブラットが双眼鏡ごしにひと睨みしたとき、向こう側の旗艦を含めた大型船の乗組員たちが急に活発に甲板上を動きだすのが見える。
(なに……? ──って、それは!?)
何をしようとしているのかと操舵室の天窓に立ったままブラットが観察していると、船の奥の方から大きな筒状の大砲を持った、ボールのような丸い体型の三メートルはありそうな人型猫が複数体やってくるのが確認できた。
そしてその重そうな大筒を船に立てかけ、砲身をブラットたちの船の方角に向かって斜め上に調整していく。
ブラットは昔に船を扱うことのあるゲームで、ああいう兵器を見たことがある。そうそれは──。
「迫撃砲だ!! 撃っ──」
「「きゃっ!?」」
ドドドドドドーン──と、迫撃砲が一斉に空に向かって放たれる音が響き渡る。
まだ距離はあるというのに、体中に響くほど大きな音だ。
ブラットは見ていたからそこまで驚かなかったが、突然爆発音がしたHIMAとしゃちたんは素の悲鳴をあげていた。
ブラットはこの一瞬で考える。
今から舵輪を回して船の進む向きを変えても、空から降ってきている魔力で作られたロケット弾の何発かは必ず当たってしまう。
一発あたりの威力がどれほどかはまだ不明だが、いくら強化されたこの船でも被害は大きそうだ。
下手をすれば沈む可能性すらあり得る。
(なら方法は一つしか思いつかない──こちらに当たる前に、全部起爆させる!!)
ブラットは操舵室の上から飛び出し空に出る。
そして手首に真ん中に穴の開いた大きな手裏剣のような【魔刃】を発生させ、【魔刃回転】で高速回転をさせながら【魔刃投擲】。
落下速度や角度を計算ではなく、感覚でこの辺りというところに次々とブラットが魔刃の手裏剣を投げ込んでいく。
投げ込む順番も感覚で優先順位を決めていく。
するとまるで強力な投擲系スキルや補正スキルでも持っていますと言わんばかりの軌道で次々と弾に当たっていき、空中で大爆発をそこかしこに起こしていく。
その爆発に巻き込まれるように、近くにあったロケット弾も誘爆してくれた。
それも半分以上狙ってやったわけだが、予想以上に爆発範囲が大きく誘爆してくれる弾も多くブラットの負担を減らしてくれる。
そして自船に当たる寸前のところで、最後の一発も魔刃の投擲を当てて起爆させることに成功。
最後は近すぎたため爆発の余波がもろに船を襲うが、直撃するよりもずっと少ない被害で難を脱した。
「しゃちたん、狙いを定めさせないで!」
「わわわ、わかったっ!!」
ブラットの言葉に直ぐに反応し、しゃちたんが舵輪を操り速度を維持したまま船をくねくねとした不規則な軌道で進ませはじめる。
だがHIMAは先ほどの光景を見て、まだ呆けていた。
「いや、なに今の……?」
「だから迫撃砲だって」
「そ、そうじゃなくてさ。今のはブラットの、プレイヤースキルだけであのロケットに当ててったの?」
「投擲系とか命中補正なんかのスキルは持ってないからそうなるね」
「……とんでもないね」
モドキの幼年期時代にプレイヤースキルが嫌というほど磨かれていた──というのはHIMAも、もちろん知っていた。
そこで常人以上の技術を会得し、ブラットが今ここにいるということも。
だが先ほどの動きは、その認識すらも凌駕するまさに神業とも言うべき動きだった。
動画をネットに上げて他人に見せれば『それに特化したスキルをいくつも使ってやったんでしょ』と、プレイヤースキルだけのゴリ押しだったなどとはまず誰も信じてくれまい。
HIMAとて、やったのがブラットでなければ先に疑いの方が出ていたことだろう。
(幼年期時代から、またさらに技術が上がってる……?
いったい何をやってたら、こんなこと即興でできるようになるんだろ……)
もはや呆れればいいのか、驚けばいいのか、はたまた感動すればいいのかとHIMAの感情がごちゃまぜになっているところに、また迫撃砲の音が響き渡り強制的に正気に戻される。
「これはオレがなんとかするから、HIMAたちはその間に打開策を考えて!」
「「わかった!」」
打開策と言われてもどうすればいいのやらとHIMAは頭を悩ませながらも、ようやくゲームに集中し直す。
とはいえ取れる手段なんてあるのかと念のため今ある資材を確かめていくと、見慣れない資材名があるのを発見した。
「こんなの一体いつ……? けど、これならっ──!」
HIMAはすぐさま、その資材を自船のシップコアに投入した。
迫撃砲のロケット弾による爆発以外の要因で、船が微かに振動しはじめる。
そして船の広さは変わらずに、全体的にボディが細長く流線形を描いた形に変形し──グンッとギアを上げたかのように速度が一気に上昇した。
わずかに負けていた船足が逆転し、猫海賊団の大型船の群れと距離が少しずつ開いていく。
やがて迫撃砲の範囲からも脱したのか、ブラットが何もしなくても撃って来なくなった。
突然速度が上がったことに驚きながら、船をロケット弾から守る必要がなくなったのでブラットは二人のいる操舵室へと天窓から入っていく。
「なんか急に速度が上がったんだけど、コアの暴走でも使った?」
「違うよ。こっちの船の速力を一段階上げただけ」
「いやぁ、まさか『船速材』が手に入ってたなんて意外だったよねぇ」
得意げに語るHIMAと、盲点だったとしゃちたんは上機嫌に船を操る。
「船速材? 速度強化に特化した資材があったってこと? いったいつ?」
「今さっきログを追って見たら、あのアジトで見つけた小さな船あったでしょ? あれの残骸がどうやら『船速材』だったみたい」
「言われてみれば、今のオレたちの船の形はアレに似てるかもしれない。そうかあれが……」
猫海賊のホイッスルも手に入れた、首領の脱出用じゃないかと話していたあの小さな船。
その船こそ、ゴーレム海賊団たちのような特殊な資材を有した船だったということだ。
そのおかげでブラットたちは、猫海賊団から逃げきれる速度を手に入れた────はずだった。
「ちょっと、うそでしょ!?」
これでもう安心だと三人で和んでいたのだが、HIMAは思わぬものを見て声を上げ海を指さした。
「「え? えぇぇぇーーーっ!?」」
なんだとブラットとしゃちたんがそちらに振り向くと、離れたところにいたはずの猫海賊の船団が突然速度を上げて、またこちらの船足を凌駕する速さで迫ってくるのが肉眼でもわかってしまう。
「あいつら何で!? あんな速度出せるなら、もっと早くやればよかったじゃん!」
「いや……たぶん向こうも、そうそうできるような加速じゃなかったんだ。
じゃなきゃ、しゃちたんが言うようにもっと早くやっていたはず」
「となると……コアの暴走を使ったんだね、あいつら」
しばらく航行不能になるのと引き換えに、一時的に限界を超えた速度で移動できる諸刃の剣ともいえるコアの暴走モード。
それを使った以外に、あの異常な速度上昇は考えられない。
向こうは何が何でも、ブラットたちを逃がすつもりはないようだ。
「それで、どうするの? このままだと囲まれちゃうよ?」
「どうするってそりゃあ、こっちも暴走モードで対抗するしかないよね」
「けど向こうの暴走モードが切れる前にこっちが切れたら最悪だし、できるだけ引き付けてから使おう。
それまで迫撃砲なんかはオレがなんとかするし、飛び道具はしゃちたんに何とかしてもらおう。ってことで、今回はHIMAに操船を任せるよ」
「私も暴走モードで運転して見たかったけど、しょうがないね。HIMA、頼んだよ」
「まあだよね。私じゃブラットみたいに迫撃砲を落ち切る前に全部爆破させるなんて無理だし、普通の飛び道具に対してならしゃちたんの方が優秀だしね。
わかった、やってみる。暴走のタイミングはそっちでお願い」
決まったところで、すぐさまブラットとしゃちたんが甲板に出る。
少し話している間に、もうかなりの距離を詰めてきていた。
迫撃砲や魔銃がお構いなしに撃ち込まれ、まるで海の戦争映画の一幕のような情景になってしまう。
それでもブラットとしゃちたんで限界まで船を守り抜く。ブラットは変態じみた技術によって、しゃちたんは堅実に自分にできる範囲で役割をこなして。
そしていよいよこのままでは船同士が接触するという十数秒前で、ブラットは後ろの操舵室に向かって叫んだ。
「今だ! 行けーーーー!!」
「暴走モード起動! 全速前進!!」
船の変形のときよりも大きくガタガタと振動し、次の瞬間ジェットエンジンでも噴かしたのかというほどに加速する。
思わずしゃちたんが甲板から吹っ飛びそうになったので、ブラットが慌てて掴まえたほどだ。
「ニャルゥゥウウガルゥルウルルゥゥラァアアアアーーーーーーーーーーー!!!」
何やら猫海賊の方から首領の怒声が聞こえてくるが、あっという間にその声も遠ざかっていく。
暴走モードは素の速度が速いほど、その加速力も上昇する。速力で元は勝っていたこちらの船の方が、暴走状態時の速度の上がりようも大きい。
グングンとまた敵船を引き離していき、やがて相手の船が暴走の反動で航行停止になったのをブラットが双眼鏡で確認する。
「よし! このまま停止するまで距離を稼げばいける!」
まだブラットたちの船の暴走モードは発動中。この速度なら停止までの時間内に、相手の捕捉範囲から離脱できるはずだ。
「ひゃっほう! お宝は私らのもんだー! ねえねえ、今どんな気持ちー? ねえどんな気持ちー?」
しゃちたんも勝ちを確信し、猫海賊団の船がある方に向かってプルプルと荒ぶりながら煽りはじめる。
はしゃぎすぎだろと思いつつも、ブラットも浮かれた気持ちでどれだけ離れたか、もう一度双眼鏡を覗いてみると、もはや双眼鏡でも見えないほど距離が開いていた。
この短くも長かった追走劇もついに終止符が打たれたと、双眼鏡から目を外そうとしたそのとき、隅の方で何か小さなものが動くのを一瞬捕らえた。
(なんだろ今の?)
モンスターかなにかが海面から飛び出したかと、その動く物体があった辺りに視界を動かしフォーカスを合わせると──。
「はぁっ!? ──しつこすぎでしょ!?」
──脱出路らしき場所で見つけたような小さな船に単身乗り込み、猛スピードでこちらを追いかけてくる猫海賊団の首領の姿がしっかりと映っていた。
あの船の速度はかなり速い上に暴走モードまで使っているのか、こちらの速度すら凌駕してどんどんと距離が詰められていく。
ブラットはその執着心に、驚きのあまり素の色葉としての言葉が出てしまう。だが驚いている場合ではない。
すぐにこの浮かれた空気を引き締め直す。
「HIMAっ、しゃちたん! 戦闘準備! あいつ一人で突っ込んできてる!!」
「「……………………はいぃぃぃぃぃっ!?」」
二人が素っ頓狂な声を上げている間にも肉眼で見えるほど近くまでやってきて、さらにこちらの船がガクガクッと異常な振動をしてから完全にコアが一時機能停止した。
ほどなくして暴走モードで波を切り裂くように飛ばしてきた小型船が、こちらの船に横付けするような位置であちらも機能停止した。
小型船の操舵室の屋根にひょいと飛び乗った首領は、そこを足場にジャンプしてブラットたちの船に飛びつき壁を走るように船体を駆けあがってくる。
ブラットたちもただでは登らせないと遠距離攻撃を仕掛けてみるが、その全てを右手に持ったカットラスで強引に切り裂かれ意味を無くす。
そしてついに船体側面を走り切り、勢い余って上空でクルクルと回転しながらドンッとこちらの甲板に乱暴に着地した。
「ニャーン……♪」
眼帯の着いていない方の緑色の瞳を怒りで濃く染め上げながら、口元は引きつるように笑いブラットたちの目の前でドスの利いた猫の鳴き声をあげた。
とりあえずブラットたちがそれを聞いた感想としては……、「世界一可愛くない猫の鳴き声だな」というものであった。




