第五三話 硬い敵
「次にシューターかアーチャーを見つけたら真っ先にやろう」
「「絶対にそうしよう」」
猫海賊団四隻分の物資を三人がかりで隈なくかき集め、自分たちの船を一気に修復してから、船内で収穫を確認し合っていたところ一つの冊子を発見した。
それは先ほど戦った猫海賊団の調査報告書らしく、あれらの生態について詳しく書かれていた。
設定的には調査中に襲われ、報告書も回収されてしまったと言ったところだろう。
読み込んでいくと、それぞれの特徴や戦い方なんてものの中に、ワーキャット・シューターの【呼び笛】についても記述されていた。
それによればワーキャット・シューターは『すぐ側で仲間が殺される』、『周囲三メートルの範囲内に仲間がいない』、『船長が討伐される』。
このうち一つでも条件が満たされると、【呼び笛】を使って仲間を呼ぼうとする。
対抗策としては条件を満たす前に倒してしまうか、【呼び笛】に息を吹き込む前に一定以上のダメージが出る攻撃をしてキャンセル、もしくはそのまま倒しきってしまう。これだけだ。
しかもシューターやアーチャー系は猫海賊団以外でも、そういうことをしてくるモンスターが多数いるらしいので、最優先で倒しておかなければ続々と援軍を呼ばれてしまうというわけである。
先ほどの猫海賊団は、ブラットとHIMAがダメージ度外視で無理やり船に突っ込んでワーキャット・シューターを潰したので追加での援軍はなかったが、やはりそれが正しかったようだ。
そのせいで船への防御がしゃちたん一人になって、余計に壊されてしまう羽目に陥ってしまったわけなのだが、逆に言えば圧倒的な戦力さえそろっていれば、わざと呼んで資材を調達なんてこともできるのだろう。
新たな事実を知ったところで、確認作業に戻っていく。
「この双眼鏡可愛いじゃん」
「ほんとだ、レンズの蓋が猫の肉球マークになってる。
イベントだとこういうお遊びアイテムも手に入るから面白いよね」
「あとは……このディスクは何だろう?」
子供の手のひらほどの銀色のディスクを手に取り、ブラットは首を傾げながら手持ちスロットにしまって詳細を確認してみる。
「アイテム名は……『アディショナルディスク』。
詳細欄には『シップコアに入れると……』としか書いてないな。どういうことなんだろ」
「さすがに運営の罠ってことはないだろうし入れてみる?」
「これでもしうちの子が変なことになったら、私はキレる自信があるよ」
「うちの子……ついにそこまでいったか……。
けどアディショナルって言うくらいだから、字面的に何かが追加される感じだろうし罠ではないだろうね。さっそく入れてみないか?」
「うーん、二人がいいなら私も反対しないよ。この子は三人の船なんだから」
今後似たようなものが出たときのためにも確かめておきたい。
そんな気持ちもあって、ブラットは手にしたそれをシップコアへと送信した。
すると小粋な音が流れ、船の所有者である三人の視界にお知らせが流れた。
「アクション『ジャンプ』が追加されました?」
「アクセルペダルを押して直ぐ離すとジャンプできるようになったっぽいね」
「なにそれ! やってみよ!」
しゃちたんが急いで操舵室に上がりアクセルを触手で押して直ぐにパッと離せば──ピョンと海面から一メートルほど船がジャンプした。
しゃちたんは面白がって、何度もジャンプさせてその度に船がガッタンガッタンと上下に動く。
「なにこれー! おもしろいじゃーん!」
「はしゃいでるなぁ。でもこれどういうときに使うんだろ?」
「触りたくない漂流物なんかを急遽よけるのに使えるかも?
もっと同じ効果のディスクが追加できれば、大ジャンプとかできるようになるのかな?」
「いや……どうやら一度解放できたアクションは、資材投入で強化できるみたいだ。
とは言っても今のところ優先度は低そうだけど」
とりあえずディスクは船に本来ならありえない動きを追加するものなのだろうと認識し、満足して戻ってきたしゃちたんと一緒にさらに物資を仕分けていく。
今回は援軍の数が減ったり弱体化しなかった代わりに、得られるものもそのまま援軍の分だけきっちり増えていた。
それにより質素ながら食料品や水は、しばらく困らない程度の備蓄ができた。
回復ポーションもそこそこ性能のいいものが手に入り、ある程度無茶な戦いもできるようになった。
装備品関連も船素材に溶かせそうな武器類や鎧類。ブラットやしゃちたんが身に着けてもいいような指輪やネックレスなんてものもある。
船の修理は敵船四つ分のコアと、その残骸による船材だけでお釣りがくるので、かなり危なっかしい戦いではあったが収支で言えばかなりのプラスとなった。
そしてさらに、もう一つ。ブラットたちの興味を引くものが宝箱に入っていた。
「宝の地図っていうのとは、ちょっと違うかも」
「バッテンじゃなくて、ドクロのマークが書かれてるしな。もしかして猫海賊団のアジトとか?」
「じゃあ、ここにいくとあの猫たちのさらに上の親玉がいるってこと? どれくらい強いんだろ」
「まだアジトかどうか決まったわけじゃないけど、宝箱を開けに行くよりは危険そう。どうする? 二人とも」
「とりあえずオレは行って見たいかな。海賊のアジトだったら宝箱なんてケチなこと言わないで、宝部屋とかありそうだし」
「遠くから見てヤバそうだったら逃げるっていうなら、私もアリかな」
「なら決まりだね。行ってみよ」
問いかけたHIMA自身も当然行きたいと考えていた。ゲームは冒険してこそなのだから。
そうと決まれば早い。さっそく行動を開始する。
まずは先ほど手に入れた大量の不要物は全てコアに送信し、速度〝5〟強度〝4〟とそれぞれ一ずつアップグレード。
いざというときの修理用資材が少し心もとなくなってしまったが、この二つは重要性が高いのでできるだけ早く上げておきたかったのだ。
「それじゃあ、しゃちたん! 舵は任せた!」
「おーけい! 任せときな!」
「進路のナビゲートは私がやるね」
ブラットは双眼鏡を手に周辺警戒。しゃちたんは操船。HIMAはその二人の補助。
それぞれお決まりとなりつつある役割に分かれていき、猫海賊団のアジトと思わしき方角へと舵を切った。
その途中の航路でのこと。
「ん? 右斜め前方に敵船! 船はオレたちのより小さそう!」
「私にも見せて。あ~ほんとだ。確かに小さいね。あれなら乗ってる人数も少ないはず……。こっちから襲いに行っちゃう?」
ブラットから双眼鏡を借りたHIMAも敵船を確認してみれば、帆のマークは四角に四角い目と口を描いたような、子供でも楽に描けそうな簡単な顔のマーク。
これまで戦ったことのない海賊で間違いないだろう。
だが敵船は小ぶりで三人乗りのブラットたちの船より明らかに小さく、船足も非常に遅い。速度が〝5〟になったこの船なら、危なくなればすぐに逃げられる速度だ。
しゃちたんにもそのことを話して軽く相談し合い、色んな情報を得るためにもアタックを仕掛けてみることにした。
最悪まだ全滅し船を壊されても、やり直しがきく段階なのだから。
進行方向を斜めに切り替え、こちらからわざと距離を詰めていく。向こうはまだ気が付いていないようで、このままではスルーされ通り抜けてしまいそうだったからだ。
そして距離が近づくにつれて、相手の船がよく見えてきた。
「なんか向こうの船、小さいけどごつくないか?」
「…………ほんとだ。木造船には見えないね。金属の船みたい──あ、敵が船室から出てきた。相手はゴーレムだ」
「ゴーレム海賊団ってところか。あれ? 団って言うには数が少ないから海賊コンビ?」
「いやいや、どっちでもいいって」
ブラットから借りた双眼鏡でHIMAが船を見ていると、ようやくこちらに向こうも気づいたのか二体の丸く黒い石を数珠なりに繋げて人型にしたような、二メートル程度のゴーレムがのそのそと姿を見せる。
その手には大きなハンマーを持ち、もしこちらの船に乗り込まれれば自分たちより先に船の方を壊されそうだ。
相手の船がようやく向かってきだしたので、こちらは自船を海上に流したまま三人で作戦を練っていく。
「あんなのでこっちの船を叩かれたら、たまったもんじゃないよ」
「だね。向こうが来る前にこっちから乗り込んだほうがいい。
しゃちたんは船の守りと、いざとなったらオレとHIMAを置き去りにしてでも距離を取って」
「あいあいさー! こっちに来そうになったら直ぐに動かすよ」
ブラットもHIMAも自力で飛行ができるので、余程離れない限り戻ってこられる。
だがしゃちたんは飛行能力がないので、船の守りに徹してもらう。
自分たちの船より小さいはずなのに、異様な威圧感を放つメタリックな船がいよいよ数メートルというところまでやって来た。
「「GAAAAAAAAAAAAA!!」」
「行ってくる」
「行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
相手が何かしてくる前にと、ゴーレム海賊船に向かって飛び立ち襲撃をかけていく。
「「GAAA!!」」
「よっと────かった!?」
「物理にも魔法にも硬いみたいだね、このゴーレム。動きは遅いけど」
物理には明らかに硬そうだからと魔刃で攻撃したのに、HPバーがほとんど動かない。
かと言って物理がきくかと言われれば、HIMAの槍も似たような結果しか出していないことからお察しだ。
これは長期戦になるぞと、のんびりと振り上げられるハンマーを二人はかわす。
「でもこれだけめんどそうな敵なら、倒すとイベントのポイントかドロップアイテムが美味しいのかもしれない」
「それに船もなんか強そうだし、資材もがっつりと入るかもしれないね」
攻撃モーションが大きい上にハンマーを振り下ろすタイミングも丸わかりなので、雑談しながらでも対応できる。
これは時間さえかければ楽勝だなと、しゃちたんも呼びよせ三人で狩ってしまおうかと考えたところで、急にゴーレムの動きが変わった。
「なんだ?」「なに?」
「「GAGAGA!! GAAAAー!」」
「「ちょっー!?」」
ハンマーを横向きに構えたかと思えば、近くにいるはずのブラットやHIMAを無視して、やや離れたところにいる三人の船に向かってハンマー投げのようにソレを放り投げた。
二人は必死で攻撃して軌道を逸らそうとしたが、イベントモードで弱体化が入っているHIMAや今のブラットの一撃ではびくともせず、大きなハンマーが二つ船に直撃した。
離れた場所にいるはずの、しゃちたんの悲鳴が二人の耳にも届いた。
だがハンマーは一つずつしか持っていない。これで船への攻撃は終わりだろうと二人は思ったようだが、そう甘くもないようだ。
体内から引き抜くように新しいハンマーを取り出し、また船に向かって構えはじめる。
「「しゃちたん!! 全力で逃げてーーっ!!」」
ブラットとHIMAが全く同じことを、船に向かって全力で叫んだ。
横っ腹にハンマーを突き刺したままの船が動きはじめるが、あのままでは二投目も当たってしまいそう。
ブラットとHIMAは一瞬視線を交わし、互いにどうするのかそれだけで分かり合う。
「「はぁああ!!」」
一人でダメなら二人がかり。一体は切り捨てブラットは全力で【雷刃】を振り抜き、HIMAは【焔光爆砕槍】を同じゴーレムの同じ腕に向かって叩き込む。
「GIGAッ──」
ようやくそれで軌道をずらすことに成功し、船自体も逃げていたおかげで掠るだけで済むコースにすっぽ抜けていく。
そしてもう一本に対しても、二人は完全に諦めていなかった。
「HIMA!」「ブラット!」
途中で投げモーションを邪魔した一体と違い、もう一体は邪魔されることなく完全に投げモーションに入れていたので、前者よりほんの少しだけ振り切るまでの時間が長くなる。
その一瞬の時間を使ってHIMAは両手をバレーボールのレシーブのように手を組み、そこにブラットは足を乗せる。
HIMAが腕を振り上げるのと、ブラットが曲げた足を思い切り蹴り出すタイミング。
絶妙に息の合った二人のその動作が完璧にかみ合って、ハンマーが飛んでいく軌道に割り込むようにブラット自身が斜め上へとすっ飛んだ。
「──っぐ!? ──にくそぉおお!」
捨て身でハンマーにぶつかりながら衝撃を一身に受けつつも、ダメ押しとばかりに【狼爪斬】を最後に叩き込みながら下に弾き飛ばされ海に落ちる。
防具や【肉質操作】で体を柔らくしたおかげでダメージが軽減されたこともあり、HPは一割に突入するも【生への渇望】も発動することなく死んでいない。
ハンマーも軌道こそ船に当たるコースから逸らすことはできなかったが、それでもブラット自身に当たった分、【狼爪斬】で蹴った分でかなり威力を減少させ、船に刺さることなくガンッと船体に弾かれハンマーも海に沈んだ。
「ぼっばっ!?(やっばっ!?)」
船を何とか無事に救うことはできたが、海の中も危険が一杯だった。
ただでさえHPがやばいというのに、海のモンスターがブラット目掛けて一斉に突撃してきたのだ。
回復する余裕すらないまま、すぐさま海面にあがって飛行で上空へと逃げる。
上空まで行けば逃げスキルも本領が発揮できるので、海面から飛び掛かってきた槍のような形をした鋭い魚モンスターの攻撃も難なく避けることができた。
「船は──よし!」
何を措いてもと上空で確認してみれば、船の方は十分に距離を取り既にハンマーの射程外へと出ていた。今すぐ沈んでしまいそうな様子もない。
ブラットは喜びの声をあげながらも、すぐさまポーションを飲んで戦線に復帰する。
「お帰り、ブラット」
「ただいま、HIMA」
ブラットが帰ってくるまで、弱ったところを追撃されないようちゃんとHIMAが足止めしてくれていた。
ブラットが入る隙間までタイミングよく開けてくれ、すぐに二対二の状況に戻すこともできた。
「ははっ」
「どうしたの? ブラット」
「やっぱりHIMAと一緒はやりやすいなって思ってさ」
「もーなにそれ」
そう言われたHIMAもまんざらでもなさそうに頬を掻き、すぐに思考を切り替え二人はチマチマと攻撃を加えてゴーレム二体のHPをなんとか削り切った。
次は火曜更新です!




