第五一話 イベントのカギ?
あまりにもあっさりと倒せてしまったことで拍子抜けしながら、アンカーを降ろして船を固定し、向こうが横付けして掛けてきた梯子を利用し無人の海賊船へ乗り込んでいく。
「なんなら普通のゴブリンより弱かったし、チュートリアルイベントだったのかもしれないね」
「討伐のイベントポイントも、ホブゴブですら2ポイントしかなかったしなぁ。これだと物資も期待できなそうだ」
船の上には特に何もなかったので、そのまま船内をあさっていく。
「ポーション発見したぞー。回収しとくねー」
「こっちは食料系があるけど、ゴブリンたちのだと思うと微妙だなぁ」
「まあ、ゲームだしそこはね。あ、これ宝箱っぽい」
HIMAが奥の方でボロの布を被せて隠されていた宝箱を目ざとく発見。
中にはイベントのポイントが〝100〟入ったオーブが三個、BMO内通貨6万b、換金や装備や錬金素材に仕える小さな宝石が数種類。そして──。
「これは……宝の地図?」
「マジで! 見せて見せて~!」
羊皮紙に大まかな方角と宝が置かれているであろう島の位置にバツ印が記されている、こてこての宝の地図。
海の上に放り出される形でこのマップに来ているので、普通なら自分のいる位置すら分からないはずなのに、ちゃんと地図を手にしているプレイヤーの向いている方角と場所までリアルタイムで表示されるゲームならではの不思議仕様。
「なんて分かりやすい地図なんだ」
「あとはコアもどっかにあるはずだけど」
「あ、ここじゃない?」
しゃちたんがスライムボディを平たくして視線を低くして見渡すと、ボロボロな武器が突っ込んであったタルの下に溝があるのを発見した。
樽をブラットが押して横にスライドさせると、手をひっかけられるくぼみがあり、横にスライドして開けば赤色の水晶──シップコアが収められていた。
シップコアは収納不可アイテムなので、自分の手で持って帰ろうと触ってみれば警告文が突如ブラットの目の前に表示された。
「これを取ってその船から降りると、船が崩れるから注意してくれだってさ。
その前に宝箱とか物資を取っておかないと、全部消えちゃうらしい」
「じゃあ、欲しいものは全部それまでに回収しないとね」
隠し扉の類もないか三人で探したが特になく、この船にはもう目ぼしいものはなさそうだったので、必要なものだけカバンに詰め込み、最後にシップコアを取って自分たちの船に戻る。
すると積んだ積木が崩れるがごとくゴブリン海賊たちの船が崩壊し、ブラットが持ってきたシップコアにその残骸が吸収された。
崩壊した船に使われていた資材も、こうして何割か貰って自分の船に使うことができるようになるのだ。
「まずは船の強化もしたいし、そこら辺の海賊船を探してコアとか資源を奪いまくったほうが効率いいかもしれない」
「そうだね。今のままだと速い海賊船や海のモンスターに絡まれたときに逃げようがないし」
「それもそうだけど、今はとりあえず早くさっきの船のコアとか使って私らの船も強化しとこうよ」
しゃちたんの言うことももっともなので、さっそく今手に入れたばかりのコアや船内で奪ってきたものを自分たちのシップコアにゲームシステム経由で送っていく。
シップコア本体、敵船が崩壊したときの資材、使う気にならないほど低品質なタルに入っていた武器数本。
とにかく送れるもの一覧に入っていたもの全てを、自分たちのシップコアに吸収させた。
すると、ここで選択肢がブラットたちに提示された。
それらの資材を消費して──船を拡張するのか、頑丈にするのか、船足を上昇させるのか、操舵性を向上させるのか。
この辺りを基本的なアップグレードとして、自動操縦や自動修復速度上昇、限界速度を一時的に突破するコアの暴走時間延長、暴走からダウンして一時機能停止したコアの回復速度上昇などなど、その他特殊な拡張もしていくことができるようだ。
また船自体のダメージはコアがある限り少しずつ自動修復されるが、その間の船足は落ちてしまう。
それを回避するために資材を消費して一気に修復することもできるので、資材はある程度余裕をもって保持しておくほうがいいだろう。
「それじゃあ速度を上げて、余った分で強度を上げていこう」
ブラットたち『Ash red』の船はといえば、最大〝10〟で現在全て〝1〟だった船の数値を速度〝3〟、強度〝2〟にまであげた。
とにかく今の速度では宝のある場所や、ポータルのある島を探すのにも時間がかかってしょうがないからだ。
また自分たちの船が全壊すると初期スポーン地点に戻されるうえに、これまでの船の強化が全てリセットされてしまう。
船に乗せていたアイテムは全て消失、手持ちやカバンに入れていたイベントで手に入れたアイテムもランダムで一つ強制的に消されてしまうので、船の強度も重要性が高い。
「それじゃあ、宝島目指してレッツゴー」
「「おー!」」
すっかり操舵室がお気に入りになったしゃちたんが船を動かし、ブラットは宝のある島までたどり着く間は釣りをして食材入手、敵船の警戒を最優先に。
HIMAは地図を見てナビゲートしつつ、ブラットの手伝いという役割分担で行動を開始した。
「うぉ~~速くなったー!」
「これだけ速度が出るなら、実用面でも十分ありかな」
「私たちより強い海賊船に絡まれたときはすぐに逃げられるように、もう少し盛っておきたいところではありそうだけどね」
風すら感じられない速度からすると雲泥のスピードで、海を移動しはじめた。
「おりゃ!」
釣りは順調で餌どころか釣針すらない木の玉が付いただけのものなのだが、水面で動く物にはなんでも食いつく小さな水棲モンスターたちはそれでも簡単に釣り上げることができた。
ただし釣り上げてすぐ襲い掛かってくるので倒す必要があり、今まさにブラットは木の玉を吐き出し飛び掛かってきたニ十センチほどの魚を【狼爪斬】で蹴り殺し、魚肉をドロップアイテムとしてゲットした。
ここで解体系のスキルを持っていると、いきなりドロップ品に変わることなく、より多くの食材を入手できるのだが、このメンバーでそんなスキルを持っている者はいないので討伐数でそれを補っていく。
「ん? あれは……島が見えてきたぞー!」
敵が来たら根こそぎ奪ってやると身構えていたのに、特に敵がやってくることもなくブラットが地道に食材を集めていると、目的の宝がある島が見えてきた。
島というより海面に飛び出した岩場と言った感じだが、地図はそこを指し示しているので間違いない。
せっかくなので船を固定して全員で小島に乗り込んでみれば、中央付近に不自然に石が積まれた場所があった。
「しょせんゴブリンの浅知恵よ。どりゃ~」
豪快にしゃちたんが石に体当たりして蹴散らすと、その下にぽっかりと穴があり、大きな木箱が隠されていた。
中にはゴブリン船で手に入れたような金銭やイベントのポイントオーブなどの他に、人間を襲って手に入れた物と思われる物資も詰め込まれていた。
人間の服や武器、貴金属、保存液に浸された瓶詰の薬草、そして地図とコンパス、日記帳なんて物まで入っていた。
「この地図はお宝は関係ないみたいだけど、周辺の小島やポータルのある島なんてのも書かれてるね」
「武器は微妙なものばかりだから、私らの船に全部あげちゃってもよさげ?」
「それでいいだろうね。あとこの日記なんだけど、ちょっとここを見てくれ」
「「なになに?」」
誰かの日記帳らしきものを斜め読みしていたブラットが気になる記述を発見した。
曰く、このイベントマップには四つの大きな危険が存在するらしい。
一つ、多種多様な凶悪なモンスターたちで構成された──『リーサル大海賊団』。
二つ、船を見つけると叩き壊そうと襲ってくる島ほどもある大亀──『ザラタン』。
三つ、その歌声で魅了し船と共に海にプレイヤーを沈める人魚と海竜のハーフ──『ルサルカ』。
四つ、どんなに頑強な船であっても、不可思議な力によって必ず沈む魔の海域──『シー・オブ・レヴィアタン』。
これらどれか一つでも見つけたら、何を措いても逃げるべし。
それらは決して近づいてはならない死の象徴なのだから──と、そう日記には書かれていたのだ。
「へぇ、なんか恐そうじゃん。私たちも近づかないようにしないと──って、どうしたの? 二人とも」
しゃちたんは触らぬ神に祟りなしといった反応を見せていたのに対して、ブラットとHIMAにはそんな様子が一切見られない。
むしろ目を輝かせワクワクしはじめている様に見える二人に、思わず彼女はそう問いかけていた。
「いや、見つけられそうなら見つけてみるのもいいんじゃないかって思ってさ」
「私もブラットに賛成かな。積極的に探してみるべきだと思う」
「なんでぇ!?」
ブラットとHIMAの思考についていけず、しゃちたんは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「だって、こんなの明らかに何かあります! って言ってるようなもんだろ」
「そうそう。こういうところにでっかいお宝が隠されてるのはゲームの定番でしょ」
「いや、そんな定番知らないよ……。でもそうだったとしても絶対、危ないよね?」
「確かに堅実に稼ぐなら近づかないに越したことはないだろうけど、どうせならでっかいのを狙いたくないか?」
「絶対にこれが今回のイベントのメインイベントに繋がるカギになってそうだし、どうせなら冒険してみたいよね」
「そう言われると、私もそっちの方がいい気がしてきたなぁ。
二人とも行きたいみたいだし、いっちょ冒険してみるのもいっか!」
「そうこなくっちゃ! けどまぁ、明らかにオレらの手に負えないなら堅実コースに切り替えるけど」
「なんじゃそりゃ」
冒険してみようと乗り気になったところだっただけに、スライムボディで器用にズッコケリアクションを取るしゃちたん。
「いやだって冒険するのはいいけど、明らかにダメなのは回避しないと何の成果も得られないじゃん」
「失敗する可能性が高いのは冒険だけど、絶対にこれダメだっていうのはただの無謀だからね。そのへんは見極めてかないと」
「なるほどなぁ。そういう見極めも、ゲームに慣れて感覚でわかるようにしてかないとだ」
「まぁ偉そうなこと言ったけど、オレたちだってやってみたらただの無謀だった~なんてことも沢山あるけどな」
「あははっ、あるある」
「いやもう、どっちやねん」
ブラットもHIMAもとりあえずやってみよう精神でゲームを進めていくタイプなので、目に見えてダメなときでもなければ、突撃して失敗したなんてこともよくある話だった。
しかしそういうところも含めてゲームとして楽しめているのだから、それはそれで正解なのだろう。
結局よくわからないという様子のしゃちたんだが、己のゲームスタイルを確立していけば自ずと危険との自分なりの楽しみ方も理解できてくるはずなので、ブラットもHIMAもそれ以上は何も言わずに宝を全て回収して船に戻る。
そして船の強化に使えそうなものは全てコアに送り、速度〝4〟まで上げておいた。
「あ、島が消えた」
「あの島を見つけるまでが、チュートリアルの一環だったのかもしれない」
島から数メートル離れたところで、ゲームの読み込み範囲から消えるかのように先ほどの岩の小島が消え去った。
「そんで次はどこに行く?」
「ポータルのある島じゃない?」
「ちょうどこの地図にも書かれてるし、ログアウトするときのためにも登録しておきたいしな」
先ほどの地図に従って、進路をポータルのある大きな島へと切り替えた。
しばらく平和な航海を続けていると、別のプレイヤーらしき船も見えてきた。
何隻かは別の敵海賊船と交戦中で、ブラットたちはそちらの邪魔にならないよう気を付けながらポータル島を目指す。
「ポータルの近くになってきたからか、他のプレイヤーたちも見るようになってきたな」
「これがPVPだったら地獄の始まりだったんだろうけど、PVEは他人の船に勝手に乗り込むこともできないみたいだし平和でいいね」
「PVPってやっぱ、出くわしたら即バトルみたいなとこなの?」
「場合にもよるだろうけど、あっちはオレたちと違って仲間以外は全員敵って状態だから、出会い頭に互いの船を潰し合うくらいはしてるだろうね」
「ひぇ……」
実際にPVPサーバーではまだイベント開始間もないというのに、既に何人ものプレイヤーの船が沈められているだけに、その考えは間違いない。
だがここはPVEサーバー。他人の戦闘に横入りして漁夫の利を狙う、もしくは敵船を引っ張ってきてわざと擦り付けるなんていう嫌がらせはできるが、わざわざPVEサーバーを選んでおいてそういうことをするのは非常にマナーが悪いとされている。
周りからの顰蹙を買い、下手をすればネットにプレイヤーネームや特徴を晒される可能性すらあることを思えば、なかなかただの嫌がらせのためにそこまでしようとするプレイヤーも少ない。
今見えている範囲だけでも、できるだけ他人の邪魔にならないように船を動かしているプレイヤーしかいないあたり皆、非常に平和でストレスなく楽しむことができている。
「結構プレイヤーの船が停まってるね。どこに停めよっか」
「あの辺あいてるし、オレたちの船はあっちに停めよう。しゃちたーん、あっちにお願ーい!」
「りょ~か~い!」
海賊船はちらほら見かけたが、その都度もっと近くにいたプレイヤーたちが狩りに向かってしまったりと、特にすることなく無事にポータルのある大きな島に到着。
しゃちたんが船を島のすぐ横に綺麗に停泊させ、ブラットとHIMAはアンカーを降ろして船を固定しておく。
最初の海と自分たちの船しかない状況が嘘だったかのように、この島は盛況で生産系のプレイヤーたちが商魂逞しく市まで開いてあちこちで人々の声が響き渡っていた。
戦闘系のプレイヤーたちも今のうちに物資を揃えておこうと、あちこちで値段や物々交換の交渉を行っている。
「私たちじゃ使い道のない薬草と、ポーションを交換してくれるとこがあるね」
「薬師とか錬金術師の人は、こういうとこで一気に稼げそうだな」
「さっそく交換してもらおー。すいませーん、これとそれを──」
薬草はそのまま食べても多少効果はあるが、そうするくらいならここで、その薬草で作れるポーションよりも低ランクの物だとしても交換したほうが効果はずっと高い。
自分たちで加工できないのなら、こういうところで放出してしまったほうがいいだろう。
ポーションが作れるプレイヤーは、それを使ってさらにいいポーションを作って、お金やもっといい素材を入手できるのだから、どちらも損はない取引だ。
市を開いている錬金術師のエルフのお姉さんプレイヤーと交換したら、今度は食材を加工してくれるプレイヤーとも取引する。
釣りで手に入れた生の魚肉を食べるより、ちゃんと料理系のスキルを持ったプレイヤーに加工してもらったほうが保存時間も満腹値も増えるので、多めに魚肉を渡すことになっても交換してもらった方がプラスだ。
「生の魚肉なんて釣りでいくらでも手に入れられるしな」
「この辺の海域が釣れやすいのかもしれないけど、めちゃくちゃ捕れるしね」
補給なしで遠方への航海もできる程度の物資や食料も手に入れ一度、自分たちの船に戻ってそれを詰め込んでいく。
それが終わると他に入用なものはないか、確認がてらもう一度市場を覗いてこようかと船から降りたとき、ブラットたちは不意に見知らぬプレイヤーたちに声をかけられた。
「おーい、ちょっといいか?」
「はい?」
次は土曜更新予定です。




