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Become Monster Online~ゲームで強くなるために異世界で進化素材を集めることにした~  作者: 亜掛千夜
第二章

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第四六話 出発

 明朝。ガンツは呼び出しを受けて国の中央区画にある、戦士たちの総本部にやってきていた。

 彼の階級ではまず本部に呼ばれることなどなく、ブラットが来たばかりの時に説明したのもその一つ下の部署。

 そこでも彼の人生では、一度も入ることのなかった場所だった。


 さすがの彼も緊張しながら国に百人もいないとされる二級戦士に案内されながら、本部長たちが集う広い部屋に通された。

 二級戦士は入り口まで案内するとすぐに帰り、部屋の中には四人の男女が長机ごしに椅子に腰かけガンツを歓迎してくれた。


 中央に座っているのは言わずもがな、戦士の長たる序列一位の特一級戦士アデル。

 その左隣には序列二位の一級戦士、天使の翼にトカゲの手足と尻尾をもつ耽美な顔立ちの男性──ルーカス。

 右隣には序列三位の一級戦士、蒼い氷のような鬼の角二本を額から生やし、真っ白なオオカミの尻尾と耳を持つ凛々しい顔だちの美女──カルラ。

 そのカルラのさらに横に座っているのは序列六位の一級戦士、黒灰色の肌に髪と瞳を持つ人懐っこい可愛らしい顔だちの女性──ヌイ。

 まさにガンツとは接点すらなかった、戦士の頂点に立つ者たちである。



「ガンツ特五級戦士、そこに座ってくれ」

「はっ!」



 ルーカスに勧められ、ポツンと彼らと机を挟んだこちら側に一つだけ用意されている椅子に腰かけた。

 進行役となっているルーカスがアデルに視線で確認を取ってから、再び口を開く。



「突然こんなところに呼び立ててすまない。

 だがどうしても君の意思を確認する必要があったのと、例えどんなことをここで君が決断しようとも、全てここだけの話にするためにも人の目が届かない場所を選ぶ必要があったんだ」

「は、はぁ……。お呼びとあらば、どこにでも参上しますが……それでいったい俺はどうしてここに呼ばれたんですかね?」

「実はだね──」



 ここでガンツは偵察任務のことを詳しく聞かされる。

 ブラットが行くことになったということも、ガンツにワーリー、デンもその候補になっているということも含めて。



「ということで、君の意思を確認しておきたい。

 本来なら戦士として指名されておきながら断ることは許されないし、もし断ったのなら重いペナルティや降格処分もありえただろうが、今回はそれを一切気にする必要はない」

「というと?」

「さっきも言ったが、これは全てここだけの話になるということだ。

 君が嫌だと言えば、そんな話は元からなかったことになるし、戦士としての君の評価はこれまでと何も変わらないと約束する。

 その上でもう一度聞こう。君はこの任務に参加する意思はあるか? ないか?」

「俺が断った場合、ブラットは?」

「そちらはすでに決定事項だ。

 隊長である君を通さず横紙破りになってしまったのは申し訳ないが、諸事情で本人の意思の確認も済んでいる」



 諸事情のあたりでルーカスはアデルをちらりと見るが、彼女は何も知りませんとばかりに完全に無視をする。

 当然アデルとブラットが夜な夜な会っていることなど知らないガンツは、その意味が分からず気にもしない。



「なら答えは決まってる。俺も参加します。

 ブラットはいずれ、この国になくてはならない存在になるでしょう。だが今はまだ、俺の部下でもあります。

 隊長として部下が危険な任務を負うというのに、一人おめおめと逃げ出せるわけがないでしょう」



 きっぱりと言い切るガンツにルーカスは深い理解を示し、うんうんと頷いていたが、急にアデルの横に座っているもう一人──カルラが会話に割って入ってきた。



「あんたはあの悪夢を昔経験しているはずだが、それはどう思っているんだ。

 偵察に行くのはまさにそいつらがいるとされる本拠地だ。向こうで過去の記憶がよみがえって、他の者たちの足を引っ張らないと言い切れるか?」

「できます。もうとっくに覚悟は決まっていますから」



 嘘は許さないと語る彼女の鋭い眼光を受けても一歩も引かず、強い眼差しのままガンツはそう言い切った。

 彼はシニスタークロウ戦でゴーストたちを見ただけで動揺してしまい、ブラットに活をいれられる羽目になった自分を今でも許せていなかった。

 もうそんな無様な真似を、未来ある若者に見せてたまるかと、あの時あの瞬間に誓ったのだ。


 そんな決意がしっかりと伝わったのか、カルラは圧力を込めた瞳を緩ませ微笑んだ。



「へぇ、いい男じゃないか。もう少し若くて強ければ、私がつがう相手にしてもいいと思ってたところだな」

「それは光栄ですね」



 ガンツは本心からそう答えた。

 この世界の人類が、強者に惹かれるのは女だけではない。男だって強い女には無意識ながらも惹かれてしまうものなのだから。


 そしてカルラも納得させたことで、さらにルーカスのガンツへの評価も上がった。



「やはり君は評判通り、戦士の中の戦士だな。同じ戦士として君のような男がいることを誇らしく思う」

「ありがとうございます。他の隊員には俺から言えばいいんですよね?」

「ああ、だがそちらも意思の確認はしてほしい。決して強要はしないように。

 例え断ったとしても、今後と変わらないように接することを厳命する」

「はっ」



 とは言うもののガンツは自分の部隊員が、自分の命欲しさに逃げるような男たちでないと確信していた。



「それで出立はいつに?」

「今日の夜には立ってもらう」

「随分と急ですね」

「だとは思うが、やるのなら今しかないんだ」



 現在カラス陣営の小さな穴からはじまったモンスターたちの騒乱は、さらに広がりを見せていた。


 カラス陣営に夢中になっていたオオカミ陣営の後ろからカマキリ陣営が襲い掛かり、スライム陣営はカラスのボス自ら出てきたことでそちらは諦め、カラスたちへの襲撃中で隙のあるシカとカエル陣営に両面侵攻を開始した。

 さらにワーム陣営も今が好機と、スライムたちの動きをみるや否や、人類への侵攻の邪魔でしかないシカ陣営へ挟み込むように逆側から攻撃を開始した。


 今や人類に襲い掛かってきた主要モンスターたちの勢力の全てが、人類の事をそっちのけで争いの炎をあちこちに撒き散らしている真っ最中。

 この混乱に乗じて行動すれば、いつも以上に人類への意識が散漫になっているモンスターたちに気が付かれることなく、岩石地帯を見に行くことができるはずだとアデルたちは考えている。


 だがこの騒乱もいつ終わるか分からない。

 モンスターたちは良くも悪くも本能で生きているがゆえに、どのタイミングで止めるのか予想しづらいのだ。



「なるほど、だから早めにってことですか。分かりました、直ぐに準備を進めます。

 それで今回の任務の責任者は誰に?」

「それは──」

「──私だよん!」



 今まで話していたルーカスの言葉を遮るように、アデルと同様静かに見守っていただけの人物──ヌイが元気よく手をあげた。



「は……え、と。一級戦士までも出るんですか?」

「今回の任務は何としてでも情報を持ち帰らなきゃだからね。

 それにこの国で私ほど隠密行動に長けた人もいないし」

「──そしてこの子なら、一人くらいなら連れて逃げることも隠れることもできるはずだから」



 アデルがガンツの前で、はじめて声を発した。

 現最強の戦士の声を直に聴けたことへの喜びの気持ちがこみ上げてきながらも、ガンツはその言葉の意味をしっかりと理解した。



「つまりブラットだけは、ヌイ一級戦士が守ってくれると」

「ええ。我々もそれだけブラットのことを評価しているし、その未来に希望を抱いているの。

 だけど勘違いしてほしくないのはガンツ、あなたたちを別に捨て石にするために行かせるわけではないわ。

 本当にブラットの生命に危機がおとずれたときに、やむを得ずというだけ。

 あなたやその部下たちが人類のためにこれまで、どれだけその身を粉にして尽くしてくれているかも私たちはちゃんと理解しているつもりよ」

「ありがとう、ございますっ」



 その言葉は素直にガンツの心に強く響いた。

 ある程度他の同階級の戦士よりは評価されているという自負はあったが、それでも上から見れば代替の利く木っ端戦士の一人にすぎないと思って生きてきた。 

 なのにちゃんと頂点に立つ者たちも自分や仲間たちのことを評価してくれているのだと、これまでの戦いが全てちゃんと人類の未来に繋がっていたのだと実感できたから。



「だから絶対に全員が生きて帰ることを私は望むわ。いいわね、ガンツ特五級戦士」

「はっ! いざというときに死を恐れるつもりはありませんが、もしも生きる道があるのなら地べたを這いつくばってでも足掻いてみせます!」

「ええ、期待しているわ」



 こうしてガンツも今回の偵察任務に加わった。

 そしてその足で他の部隊員に話をしに行き、ワーリーとデンも悩むことすらなく参入した。

 むしろ一緒に行けないと分かったボンドやトッドのほうが、俺も連れて行けと騒いだくらいだ。

 そんな仲間たちを見て、ガンツは改めて自分の隊は最高だと誇らしく思うのであった。




 その日の夜。今回の任務に任命された全員が北門に集結した。

 今回目指す岩石地帯は北北東の方角にあり、いつも戦いの場となっている国の周辺──中立地帯を抜けて一部シカ陣営の中も通り抜けることになる。

 カラス陣営に侵攻、ワームとスライム陣営の挟撃への防衛と三面戦争をしてごった返している今のシカ陣営なら、充分に少数が通り抜ける道はあると踏んだからである。


 これがうまくいけば大幅に時間を短縮し、モンスターたちが争っている間に行って帰ってこられるはずだ。

 呑気に時間をかけていたら、いつの間にか争いが収まっていて、モンスターたちの領域内、もしくはそのすぐ近くで孤立してしまう──なんていう最悪の事態に陥る可能性もでてきてしまうのだから。



「よし、集まったみたいだね♪ みんないい子いい子~」

「ヌイ様、もう少し緊張感を持ってください」

「あはは、ごめんねー。でも皆なんだかピリピリしてるから、ちょっとほぐしてあげようかと思ったんだよ。バルトくん」

「……それならいいのですが」



 この部隊の総責任者にして隊長を務めるヌイ一級戦士。

 その補佐として二番目の指揮権を持つ、小人族のデンと同じくらいの小柄な体格をした闇妖精のバルト二級戦士。

 小型グモの幼女にしか見えない小さなアラクネ──ニーフ三級戦士。

 体長一メートルの二足歩行する猫背のカメレオンにしか見えない──チャム四級戦士。

 残りはブラットやガンツ、ワーリー、デンに加え、隠密に特化した五級戦士たち二人の計十人。

 この人数が、ヌイの特殊技能でカバーできる最大数でもある。


 それぞれ簡単に互いの名前を言い合ってから、隠密行動中のハンドサインの確認も念のためにしていく。こういう任務が初のブラットは必死で覚えた。



「それじゃあ、ぱぱっと行って帰ってこようか」

「ちょっとその前にいいか?」

「おや? 期待のルーキー、ブラットくん。何かな?」

「神の恵み箱に入ってたアイテムに有用なのがいくつかあるから、全員に配りたいんだけど」

「神様からアイテムかぁ。なんか凄そうだしいいよー」



 ヌイからあっさり許可がもらえたので、ブラットがBMOから持ち込んだいくつかのアイテムを嵩張らない程度に渡していく。

 さすがに偵察任務に臨むなどとは思っていなかったが、それでも使えそうなものはいくつかあった。


 BMOでブラットにとってはそこそこ値が張る、こちらではかなり効果が高いとされている小さな試験管のような薬品ビンに納められた回復ポーション。

 噛み砕いて飲み込むと満腹度が少し上がり、速度とスタミナが五分間上昇する丸薬。

 上の丸薬の攻撃力と魔法攻撃力の上昇バージョン。



(丸薬は味は最悪だけど、その分安いのがいいんだよね)



 それぞれの効果を説明していくと、皆が驚きながら本当に貰っていいのかと再三確認しながら受け取っていく。



「これほど小さいのにそれだけの効果とは……、生産か医療に携わる錬金術師たちの研究用に取っておきたいくらいだな」

「いや、必要なときはちゃんと使ってくれよ? バルトさん」

「あ、ああ。分かってる。でも余ったときはその……」

「使い惜しみはしないと約束してくれるんだったらいいよ」

「それは助かる。余ったときはしっかりと人類のために役立てて見せよう」

「ほいじゃあ、もーいいかなぁ?」

「ああ、オレの用件はもう終わったよ。ヌイさん」

「うん。そういうことなら、そろそろ行くよ。夜のうちに距離を稼いでおきたいからね」



 北門から静かに国外に出て、まずはそのまま真っすぐ北に向かって突き進む。皆が皆、戦士ということもあって進行速度はかなり早い。

 色葉の肉体であったのならとっくに疲れ果てていそうなものだが、ブラットの肉体はそれでも余裕で大人たちについていくことができた。


 夜闇に乗じて走り続けること数時間、空が白み始めたところで休憩に入る。

 周囲には敵影はなく未だ中立と呼ばれている場所ではあるが、それでももうシカ陣営の縄張りにかなり近い所まで来てしまっている。

 こんなところで騒ぐなどありえないと、皆もくもくと干し肉を齧って栄養補給していく。



「ちっこいのに、ちゃんと付いてこれてるね。偉い偉い」

「そりゃどーも。というか、こんなとこで話してていいのか?」



 ブラットも皆がいる手前、ちゃんとした食事を出すわけにもいかず普通に干し肉で済ませていると、不意にヌイが気配もなく現れ小声で話しかけてきた。



「これくらいの声なら漏れないようになってるし平気だよ。

 気が付かなった? 私の能力でずっと君たちの気配や香り、音を薄くしてるんだけど」

「え?」



 言われてもよく分からなかったが、特性である【妖精の瞳1】で注意して周りを観察してみると、確かに薄く何かの膜のようなもので全員が覆われている……ように見えなくもなくなった。

 正直言われたからそう見えるように思ってしまっているだけと言われても、頷きそうなほど微妙な違いだ。



(もっとこの目の特性が強力だったら見えてたんだろうけど、今の私だとよく分かんないな)

「まあ、まだ本気で使ってないから、さすがの君でもまだ分かんないか。

 でも本格的にシカのとこに入る少し前には全力で使うから、そのときになればハッキリ対象者には分かるようになるよ。

 にしても……君がアデルのお気に入りかぁ。かわいいねぇ」

「ちょっと、こんなとこでなに遊んでんだ」



 ほっぺをツンツンと突つかれる。



「少しくらい気を抜かないと後が辛いよ~。

 そうでなくても、君は偵察任務みたいなことは初めてなんでしょ?」

「まあ、そうだけど。っていうかヌイさんはアデル──さんとは仲がいいのか?」

「私の前だからって、無理してさん付けする必要はないよ。

 夜な夜な会いに行ってることは私も知ってるし、男の子についての相談もカルラと一緒にのってあげてる仲なんだから」

「あのちょくちょく出てくる同僚のアドバイスってやつ、ヌイさんの入れ知恵だったのか」

「うーん、どっちかというとカルラの入れ知恵だけどね」

「そのカルラって人も同僚?」

「そうだよ。性別も一緒だし階級も年もお互いに近いから、いろいろと話すことが多くて仲良くなったんだ。

 あ、でもカルラは私たちよりちょっと年上かな? そういうと怒るけどね」



 それからも時間にして五分もなかっただろうが、たわいもない世間話をヌイと小声でしていった。

 こんなところで何を……とも思わなくもないが、この隊の副隊長である闇妖精のバルトをはじめ、ガンツたちも何も言わずに見守っているのでまあいいのかと流されながら。



「よし。それじゃあ、そろそろ出発しようか。ブラットくんの肩の力も大分抜けたみたいだしね」

「え?」



 ウインクされながらヌイにそう指摘されて、ようやく自分の肩に力が入りっぱなしだったことに気が付いた。

 どんなことがあっても対処してみせる、絶対に死ぬわけにはいかない、誰も死なせたくない。

 そんな気持ちが前のめりに出過ぎて、不必要なまでに気を張ってしまっていたのだ。


 だからこそ彼女はたわいもない話で気を紛らわせ、いざというときにちゃんと動けるように気持ちをほぐしてくれた。

 バルトやガンツたちが何も言わなかったのも、そういう新人の心のケアは自分たちも昔、上官にしてもらったことがあったな……と、むず痒い気持ちで見守っていたからだ。

 彼女がやらなければ、ガンツがその役をやっていたことだろう。



「それじゃあ、こっからが本番だよ。いよいよシカの領域に入るから、絶対に気を抜かないで」



 小声でも通るヌイの声は皆の耳にちゃんと入り、全員が無言で頷き返してしばしの休憩はここで終わった。



「あ、でもどこかの可愛い子みたいに、気を張りすぎるのも良くないから程々にね」

「うぅ……」



 最後の最後でネタにされてブラットの顔が少し赤面し、他の皆はそのおかげもあっていい塩梅に力を抜くことができたのであった。

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