第四五話 見解
魔道具の黄色の券はないものの、いつもの白や黒、青などの配給券はたんまりともらえた。
しかしガンツたちの顔色は優れず、食事も今日はいいからとそれぞれそそくさと自分の部屋へと戻って行ってしまった。
いつもなら馬鹿笑いしながら食べて、鼻歌交じりに赤券を握り締め夜の町に繰り出していたボンドまでもがである。
そんな調子なものだから詳しい話を聞ける雰囲気でもなく、ブラットはもやもやした気持ちで外で一人食事をとることなく窓から自室に戻った。
もちろんブラットもお腹が空いているが、一人であの不味い食堂──さらに今日は取れたてワームの肉が提供されると小耳に挟んでしまったものだから、とてもではないがそこに行く気にはなれなかったからだ。
だがしかし、ブラットには秘策がある。
今日は一人なので、遠慮なく持ち込んでいた食材に手を出していくつもりなのだ。
「どんな感じか試すのにもちょうどいいしね。ふんふんふ~ん」
暗い雰囲気に囲まれていたため、今くらいは楽しみたいと無理にでもテンションをあげて食事を楽しむ準備に入る。
まずは念のためベッドの下に隠しておいた魔道具と食材を取り出していく。
装備品の作成ではビアバレルのおかげでかなり浮いたお金があったのもあり、他に回すことができたからこそである。
「えっと、これに水を入れて……そんでこの米粒を流し入れればいいんだよね。おーすごい、これが料理かぁ」
水筒のような魔道具に別の魔道具で出した水と、BMOで試しに一袋購入してきた米を入れて、MP──零世界でいう魔力を注いでスイッチオン。
小型だがそこそこ値が張った一人用炊飯器と言ったところだ。
包丁どころか調理される前の食材すらまともに触ったことのないブラット──というより、色葉には水と米を入れるだけでかなり新鮮な気分を味わっていた。
あとは炊けるのを待つばかりである。炊いている間にベッドのぼろいシーツを剥ぎ取り、マットレスを敷いて新しいシーツを被せておいた。
試しにベッドに腰かけてみれば、今までとは違う柔らかな感触がお尻を包み込んだ。
「ふぅ、これでよしと。にしてもお米は炊く前だと、一枠でたくさん持ってこられるからコスパがいいのもいいね。こっちの主食にするのは断然有りだ。
おかずは持ってきてないから、交換所で手に入れたソーセージでも焼いてみようかな。今日の分でまた交換してくればいいし」
電気を流すと熱を発生する石と、それを入れる穴が開いた網付きの台も持ってきたので用意する。
網の上にフランクフルトほどもあるソーセージを一本乗せて、見習い雷術師で覚えた【細雷】を指からだして石に細長い電撃を浴びせていく。
【細雷】は糸のように細い雷撃を飛ばす魔法で、発動速度が全スキル中トップレベルに早い。射程も五メートルほどと優秀で消費MPもほぼあってないようなもの。
だが威力はほぼなく相手を驚かせる程度のことしかできない──という欠点もあるが、こういう調理に使うにはちょうどいいスキルだ。
お米も炊けてソーセージも焼けたところで、こちらに来て初めてのまともな料理を楽しむことに。
スロット一枠で持ってこられる『食器セット』の箱も、ベッドの下から引きずり出す。
食器類はこちらでも手に入れられるが、これは箱に入れておけば水も洗剤もなしで自動洗浄してくれる機能も付いているので、ついついBMOで買ってしまったもの。
金属製で耐久性もこちらのものよりずっと高いうえに、枠一つで一式持ち運べるアイテムなので今後も使えると考えたというのもある。
筒の中で炊けたご飯を茶碗に乗せ、箸も食器セットの中から取り出し、お米を口に運ぶ。
味は普通で安いお米なのでバフ効果もないが、それでも充分だ。ソーセージも獣臭さは残っていたが、我慢できないレベルでもない。
「あら、美味しそうなものを食べてるのね」
「ほえ?」
夢中で食べていたからか、アデルが窓から入ってきても気が付かなった。彼女が気配を隠していたから──というのもあるが。
口の中のものを飲み込んでから、ブラットは「いらっしゃい、アデル」と当たり前のようにベッドの隣に腰かけた彼女に改めて声をかける。
「ええ、お邪魔するわ。にしても、これは何を食べているの?」
「ご飯だよ。神の恵み箱に入ってたから食べてみてる。アデルも食べてみる?」
「いいの?」
「オレだけ食べてるのもなんだか悪いし」
「ならいただこうかしら──あーん」
「……オレが食べさせるの?」
「ふふん。私はまた同僚に教えてもらったのよ。
男の人は甘えたいときもあるけれど、ときに女性に甘えられたいものだということもね」
「そっか。なら今度はオレが甘やかさないとね」
よく知ってるでしょと自慢げに笑う彼女がなんだか可愛らしくて、ブラットは少し笑ってしまいながら自分の箸でご飯を摘まんでアデルの口に運んでいく。
彼女ほどの地位でもお米は食べたことがなかったのか、深紅の瞳がキラキラと輝いた。
「おいしいわね、これ」
「もう一口食べる?」
「いいの? これあなたの食事でしょう?」
「いいよ。アデルの反応が可愛いし」
「可愛い? もう、何言ってるの。大人をからかうものじゃないわ」
そんなことを言いながらも、まんざらでもなさそうにアデルは綺麗な口を開けてひな鳥のようにブラットにご飯を食べさせてもらう。
だが食べされられっぱなしなのは悪いと思ったのか、何口か食べた後に攻守交替。箸を使い慣れない彼女は四苦八苦しながらも、ブラットにご飯を食べさせてくれた。
今回作った分を二人で全て平らげ、今はまたアデルの膝の上に座らされ、抱っこ人形になりながら休んでいた。
「ふぅ……。今回の報告会は大変だったわ」
「そうなの?」
「ええ、特に年かさのいった人たちがパニック状態でね。悪夢の再来だって」
「悪夢……って、もしかしてヘイムダルが倒したとかいう?」
「ええ、よく覚えていたわね」
ワーリーが取り乱してヘイムダルの名前を叫んでいたことと、ヘイムダルが倒したモンスター──ロードファントムキラーのことをアデルが悪夢と言っていたことで、ブラットも何故あれほどに何かを恐れていたのか察した。
「私くらいの年代だと当時のことは話でしか聞いたことがないけど、ある程度上の年代だと実際に体験した人たちだから冷静でいるのも難しいのかもしれないわ。
それだけ大きく人類の心に傷をつけるだけの相手だった──ということなんでしょうね」
「けど倒されたんだよな?
再来ってことは、ヘイムダルが倒しそこねたっていうのか?」
「それは考えにくいのよね。ロードファントムキラーの本体ともいえる核を、完全に砕いたところを大勢の人が見ていたって話だから」
「ってことは……、もしかして新しいのが生まれた?」
「と、私たちは結論付けたわ。そうでなければファントムコマンダーなんて特殊なモンスターが、五体も同時に発生するなんて考えにくいもの。
それに今回のシニスタークロウの襲撃とその状態を確かめてみたのだけど、どうやら精神支配にかかっていたようなのよ」
「精神支配……っていうと、魅了とか?」
「ええ、魅了というよりは洗脳に近いかしら。自分たちの主という認識が、すり替えられていたって感じね」
つまり今日来ていたシニスタークロウたちは、自分たちの頂点たるカラス陣営の主からの命令だと思っていたようだが、その実はまったく違う別のモンスターの指示によるものだったということだ。
「それにね、そう考えると昨日のヤツハネガラスたちの事も辻褄が合ってくるのよ。
ほら、あなたが討ち取った首を見せただけで他の個体が恐慌状態になってたでしょ?」
「うん。あそこまで効果が出るとは思わなかったけど──って、もしかして精神的に元から不安定だったとか?」
「精神支配中に強烈な精神的ショックを受けたことで、情緒不安定に陥り結果的に私たち側に有利に働いた……というのが真相だったんじゃないかしら」
「それでか。ってことはカラス側からしたら、とばっちりもいいとこだ」
「たまったものではなかったでしょうね。勝手に守備に置いていた駒をかすめ取られて、気が付かないうちに消費させられたようなものなんだから」
そしてそれは、人類側に有利に働いてはいた。
拮抗していたモンスターたちの小競り合いに小さな穴をあけたことで、勝手に大きな潰し合いがはじまってくれたのだから。
それでも決着はつかないだろうが、なにかしらの痛手はどこかが、もしくは全てが負うことになるのは間違いない。
だが、だからといってこちらも悠長なことはしていられない。
「もしも不毛な岩石地帯で漂っていただけの幽霊たちに指示を与え、新たな部下を発生させられるモンスターの出現となるとかなり厄介だわ。
他のモンスターたちは自分の支配領域を維持しつつ広げようとするから、ある程度保身にもはしるわ。
けどあいつらだけは自分たちの支配領域なんて眼中にないし、それどころか自分たちの命すら執着せずに、ただただ人類の虐殺で得られる快楽のためだけに全力を注いでくる。
その妄執に一昔の人たちは、いったいどれほどの恐怖を抱いたか想像もできないわ」
「そしてその恐怖が、またはじまるかもしれないと」
「ええ、そのうえ絶対的な人類の守護者とまで呼ばれた英雄ヘイムダルはもういない。
これで恐れるなと言うほうが、当時の悪夢を経験している人たちには無理なんでしょうね」
これだけ聞けば、さすがにガンツたちの動揺にも納得がいく。
彼らはまだ若かった頃、その悪夢を実際に経験している当事者たちなのだから。
「でもその恐れのせいで、今日は多くの若い戦士を失ってしまったわ。
いつもなら頼もしく支えてくれる人たちが、ちゃんと動けていなかったのだから当然の結果よね。
本当に、あなたがあの場にいてくれてよかったわ。でなければもっと余計な被害が出ていたでしょうし」
「オレは目の前の戦いに集中しようとしただけだけどね」
「それでもよ。ありがとう──」
ギュッと後ろから強く抱きしめられ、頬に軽くキスをされる。
くすぐったい柔らかな唇の感触に、思わずブラットの体がピクリと動いてしまい、アデルはくすくすと笑った。
「もう。なに笑ってるんだよ」
「ふふ、ごめんなさい。可愛くてつい」
今度は頭を撫でられたり、頬にキスをされたりプニプニと抓まれたりと好き勝手に可愛がってくるので、ブラットはもう好きにしてくれとばかりに、されるがままにだらりと体の力を抜いた。
そういえば最近は少しだけ大人しくなっているが、葵もよくこんなことをしてくるなぁと呑気なことを考えながら。
その実、葵が成長と共に少し大人しくなったのは、それだけ色葉への気持ちが本気になってきて、ただ歯止めが効かなくなりそうだからということも知らずに。
「はぁ……、やっぱり私はあなたが大切だわ。
できることなら私より強くなるまで、私の部屋にしまっておきたいくらい」
「それはちょっと困るかな」
「ふふっ、ちょっとなのね。なら本当にしまっちゃおうかしら。…………はぁ」
「二回もため息ついてるけど、なにか心配事……は沢山あるか。
やばい幽霊のモンスターが、また生まれたかもしれないってんだから」
「うん、まあ、そうね。そうなんだけど…………」
「歯切れが悪いなぁ。どうしたのさ?」
「あのね……。実は今日の報告会で、実際に幽霊たちの現状を探るために本格的な偵察をする必要があるんじゃないかって話が出たの」
「そりゃあ……まあ、相手にされるがままになるより、こっちからも情報を探りに行けるならそうしたほうがいいだろうね」
「でしょうね。けどそこで、そのメンバーの候補としてあなたの名前が挙がったのよ」
「わ──オレの?」
ヤツハネガラス戦での活躍に、今日もスリーヘッドワームやシニスタークロウとも互角以上の戦いをしていた。
まだ幼く統率経験もないことから五級戦士相当の位にいるが、力量としては四級以上なのは誰の目にも明らか。
それでいて多種多様な技能を持ち対応能力も高く、なによりその機動力には目を見張るものがある。
幽霊系への必要以上の精神的不安も抱えておらず、見た目以上に大人な振る舞いも見せている。
これが戦士部門、鍛冶部門、生産部門、医療部門、育児部門の、この国の柱とも言われている五大部門の長たちがブラットに抱く共通認識となっていた。
ちなみに、ここでいう戦士部門の長はアデルのことである。
「幼さゆえに体が小さいのも偵察にはうってつけかもしれない──とも思われているようね。
それとヘイムダルと同じ神の恵み箱持ちならば、こんなところで死ぬわけがない……なんて勝手な期待を持っている人もいる。
誰であろうと、それこそ姫様なんて言われている私だって、死ぬときは死ぬというのにね……。戦いを知らない人たちは呑気でいいわ、本当に」
普段は優雅な雰囲気を持つ彼女にしては珍しく、どこか吐き捨てるような言い方で報告会で勝手な事を言う人物たちのことを思い出していた。
「それで結局どうなったの?」
「保留よ。あなたは戦士だもの。戦士への命令権は私が最上位の物を持っている。私がダメと言えば誰が何と言おうと反対はさせないわ。
……けど、保留にしたのはあなたの意見も聞くべきと思ったの。
もしかしたら、それはブラットにとっては余計なお世話になるかもしれないとね。
だから聞かせてちょうだい。あなたはそれに行きたい? 行きたくない?
行きたくないというのなら、戦士部門をあげてあなたを行かせはしないわ。
今や戦士の誰もがブラットに希望を抱いてる。もしかしたら次の英雄になってくれるんじゃないかって、今ここで失うわけにはいかないんだって理解しているから」
アデルの言葉の端々から、行ってほしくないという思いが伝わってくる。
けれどブラットは、行ってみたほうがいいのではないかと考えた。
いざとなったら逃げていいのなら、大抵のモンスターから逃げおおせる自信はある。戦いではなく本当に逃げに徹した逃げスキルは、それだけ強力な効果を発揮してくれる。
そしてここで敵の詳細な実態を掴んでおくことができれば、今後のBMOでの方針も決めやすい。
情報を掴んで帰ることができれば、ガチガチにそのものへの対抗手段を用意することだってできるのだから。
自分以外の人が情報を持ってきてくれるのならそれでもいい。
だが又聞きでの情報よりも、自分で見て感じたほうがより自分にとって必要な情報を取捨選択して持ち帰ることだってできるはずだ。
けれど一つ、気がかりなことがあった。ブラットはガンツ隊の一員であり、自分の思惑だけで彼らを振り回してしまう可能性が高い。
「オレはガンツ隊の一員だけど、もし行くとなったらガンツたちは?」
「ガンツとワーリー、デンは隠密にも向いているから、あなたが行くならその三人も行くことになるでしょうね。五級の戦士の中でも優秀な人たちだし。
けど他の二人は偵察に向いていないから、連れてはいけないでしょうけど」
ガンツの名前が出たことを一瞬意外に思ったが、彼は豹の系統の獣人だ。身のこなしも軽く、足音を消して歩くのも容易い。
ワーリーは弓矢や魔法での狩猟に長けているだけあって、気配を消すのがうまい。
デンはさらにガンツやワーリーよりも、敵に気が付かれずに行動することに長けている。
だがボンドは象の獣人。しかも人よりも象に近い体で、縦と横にかなり大きく絶対に隠密行動には向かない。
トッドも体力はあるが、気づかれずに動くことはそれほど得意としてはいない。
そこまで考えて、その人選にブラットも納得がいった。
「あのさ、それは強制じゃなくて本人たちが望んだらってことにはできる?」
「できるけど……そう聞いてくるってことは」
「うん。その偵察ってやつに行ってみたい。
きっとそのほうがオレにとってもいいと思うんだ」
「とても危険なのよ? 分かってる?」
「分かってる……つもりだよ。けどオレだって死にに行くつもりはないし、何があっても全力で生き抜いてみせる。アデルには、それを信じてほしい」
ほぼ零距離で見つめ合い、ブラットが折れる気がないという意志を知ってアデルは大きなため息をついた。
「ズルいわ、そんなの。そんなこと言われたら、反対できないじゃない……。
私はこの国から出るわけにはいかないっていうのに」
「アデルがここでどっしり構えてくれてるから、オレも安心して外に行けるんだよ」
彼女は今の人類の希望にして、最強の守り手だ。
何かあってもブラットを助けに行くことを誰も許してはくれないし、彼女自身もそれをしていいと思っていない。
だからこそ苦しんでくれているということも分かったうえで、ブラットはそう口にした。
「本当に?」
「本当だよ」
肩の近くにあったアデルの頬に、そう言って頭を優しくコツンとぶつけた。
その頭に頬を着けたまま、アデルはまた強くブラットを抱きしめた。
「絶対に死んではだめよ。それだけは絶対に許さないから」
「うん、分かってる。絶対に何があろうとここに帰ってくるよ。アデルに嫌われたくないしね」
「本当にそう思ってくれてる?」
「思ってるよ。だからオレは、ちょっとそのゴーストたちってのを見てくるよ」
「…………………………分かった。その件を通しておくわ。でも、くれぐれも気を付けて」
「うん。ありがとうアデル」
そう言ってブラットは、親愛を込めてアデルの頬に自分からキスをしたのだった。
次の話は火曜更新予定です。




