第三七話 いたずら心
最後の式神からドロップした二〇センチほどもある大きな石のカギを、門の中央にある鍵穴にさしこんで右に回せば、ガッコンという音を立てて押してもいないのに勝手に扉が開いていく。
遠近感がおかしくなるほど縮尺を伸ばした巨大な道場に驚きながら、ブラットはその入り口まで続く砂利道をしゃちたんと通る。
ただでさえ小さなブラットには大きすぎる玄関口を見上げながら通ると、真っ赤な天狗のお面をかぶり山伏の服装をした純人族らしき男が現れた。
「汝、入門を望むものか?」
「そうだよ」
「ならばついてこい」
しゃちたんが肯定するとすぐに天狗面の男に案内され、短い廊下の先にある天井も床も広すぎる剣道場のような板張りの空間へ通される。
その空間の中央には身長三メートルほど、入り口にいた男よりも豪華な山伏服。
背中にはカラスのような立派な黒翼を一対生やし、赤い顔に長い天狗鼻。仙人のように立派に伸びた長く白い髪と髭。
まさに正真正銘の大天狗が、腕組みをし仁王立ちして待っていた。
「のっほっほ! また来おったか!
……と、今回は友を連れてきたのか。まあ、それもよかろう! とくとその力を示して見せよ!」
「展開はやっ」
「最初の一回目以外は、イベント省略してくれるんだよ! いくよ、ブラット!」
「お、おう!」
何回も挑戦することを見越した親切設計に思わず感心しそうになっている間にも、しゃちたんが動き出す。
【溶解液】を体に滲ませ、濡れた犬のようにブルブルと体を振って辺り一面に巻き散らす。
事前にそうすることを聞いていたブラットは、以前ヴェノムキングリザード戦で毒を防いだ時同様【魔刃】を扇状に薄く広げて身を守る。
毒と違いその液体自体に攻撃判定があるため、あのときの薄刃では破壊されていただろうが、成長した今ならこれくらい防ぐこともできるようになっていた。
まき散らされる【溶解液】に大天狗は左手で印を結び、陰陽太極図が描かれたシールドを張ってガードするだけで動く気配はない。
ブラットは大天狗がしゃちたんの方を向いている間に、側面にまで回り込んでいく。
(【闇弾】なんかじゃ話にならないだろうし、最初から全力だ!)
MPを一気に消費しながら高速回転させた大魔刃手裏剣を投げつけようとした──が、今まで見向きもしていなかった大天狗の視線がこちらを射抜く。
嫌な予感がして投擲フォームに入りかけた態勢を無理やり解除し、視野をより広くとる。
すると上から見えにくいが黒い影のような腕が、もの凄い速度で自分にめがけて落ちてきていることに気が付いた。
「いつの間にっ──」
気が付いたときには既に上手く躱せる距離ではなかった。
ブラットは手に着けたままの魔刃手裏剣の回転と向きを調整し、それを使って受け流しながら自分は後方に逃げスキルも使って距離を取る。
あの黒腕一本のためにブラットからしたら大量のMPを消費して作った手裏剣を犠牲するのは割に合わなかったが、そのおかげで追加で飛んできた拳型の雷撃も回避できた。
黒い腕は着弾と共に掴んで足止めし、次弾の雷の拳を当てるというコンボだったのだ。
「ほう、今のを初見で躱すか。面白い!」
「そりゃどーも」
ブラットのことを呑気に褒めている間に、しゃちたんが無音で近づき【体当たり】で一気に大天狗へ肉薄する。
「こざかしい」
「──むぐっ」
ホコリでも払うように、大天狗は手の甲でしゃちたんを弾き飛ばそうと叩く。
当然しゃちたんはダメージを負うも無理やり【粘着】で手の甲に張り付いて、そのまま【溶解液】と【吸収】を使ってダメージと回復を図る。
それすら許さないと大天狗が蚊でも潰すように、もう片方の手でしゃちたんに向かって平手を向けるが、その前に器用に手の甲からジャンプして離れ今度は二の腕に張り付いて難を逃れる。
もちろん【溶解液】と【吸収】もセットで発動済みである。
「ちょこざいな」
「ふふん」
耳元に蚊が飛び交っているときのような表情をする大天狗を挑発するように、しゃちたんは不敵に笑って注意を引き付ける。
ブラットは、しゃちたんに構っている間に近づこうと回り込む。
「あまいっ!」
「──そっちがなっ!」
「ぬぅっ!?」
巨体から繰り出される強力な雷を纏った手刀が振り下ろされるが、前向きな逃げで手刀が落ちる前に大天狗の腕の下をすり抜けて後方に回り、膝の裏を【狼爪斬】で蹴りつけた。俗にいう〝ひざカックン〟である。
ちゃんと重心が乗っている方の足を狙ったので、転びはしないもののバランスを一瞬だけ崩す。
その隙に【根源なる捕食】を発動──【妖魔族】【翼人族】【精霊族】と、三つも根源を持っていた大天狗に三重特攻でミリ単位ではあるがしっかりとしたダメージが入った。
手刀の雷撃は思っていた以上に効果範囲が広く、すり抜けた際に雷撃の余波でほんの少し減ったHPが瞬時に回復し、攻撃能力強化、飛行能力強化、魔法能力強化の三重補助効果も発動。
そのままジャンプして勢いを付けながら飛びあがり、【魔刃回転】で高速回転させた【鋸刃】で体を撫でつけるように切りつけ天井へと離脱する。
「のほっ、のーほっほっほ!!
まさか一次進化程度のわっぱが我にダメージを与えるか! 面白い──面白いぞ! わっぱっ!!」
「うきゃっ!?」
大天狗の全身にバチバチと電流が一瞬ほとばしり、くっついていたしゃちたんが弾き飛ばされる。
幸い大したダメージではなく、ゴロゴロと板張りの床を転がっていく。
「なにそれ~っ!? こんなのしたことなかったじゃんか~っ!」
驚きながら転がるしゃちたんのフォローに回ろうとしたブラットだったが、そんな余裕などなかった。
今までその場から動こうとしなかった大天狗が、空に逃げていたブラットに向かって自ら飛んできたのだから。
「躱して見せよっ! 【大雷槍】!!」
「うげっ!?」
三メートルの巨体にお似合いな雷の槍を瞬時に生み出しては、次々と投げつけてくる。
発動が早すぎて対応に慌てながらも、まだバフも掛かったままなので逃げスキルも併用すれば躱せないわけではない。
だがマシンガンのように投げられると、かなりきつい。しかも狙いも正確で躱した先をご丁寧に狙ってくる上に、本人もグングン向かってくる。
「のーほっほっほ! よう逃げよるわ!」
「ちょうしに──のるなっ!」
だが狙いが正確だというのなら、逆にどこに飛んでくるのかも読みやすいということでもある。それになにより、このままではスタミナ切れでどのみちハチの巣だ。
【テールフリック】を空振り発動させ、その反動で無理やり方向転換。逃げスキルを全開に使い、槍に向かって逃げていく。
絶妙に当たらない軌道を予測し、雷の大槍をすり抜けるように躱して大天狗の顔面に向かう。いいようにされっぱなしで、一発顔面を殴りたくなったからだ。
だが向こうも簡単に殴らせてくれるわけはない。
自ら近づいてくるブラットに一瞬驚いた後、大きな笑みを浮かべて両方の拳に黒い雷を纏う。
「【黒雷連拳】!」
スキル名を叫びながら、大天狗の右の拳がブラットの胸を目掛けて飛んでくる。
これは逃げスキルでも回避できない。だから全力で受けに入る。
衝撃は【肉質操作】で全身を柔らくして和らげ、やや短めに生成して密度を高くし今できる最硬度の【魔刃】で雷の拳を受け流す【魔刃回転】を発動。
「ぐぅっ!!」
どんなにタイミングよく魔刃を回転させても容易く流されることなく、もろに雷に焼かれ衝撃が体を貫いた。
そんな中でも諦めずに体の回転も交え、MPを注げるだけ注いで生成した【魔刃】すら砕け散りながらも拳を逸らすが、それはブラットの全HPを軽くオーバーする致命の一撃。
本来ならそこで死んでいる──が、ここで【生への渇望】が発動。
三分の一以上のHPが残っていた場合、致死量のダメージを負ってもHP1で耐えられるスキルだ。
それにより、たった〝1〟だけ残ったHPで耐え抜いた。
しかし──これは黒雷連拳。当然、左拳の一撃が残っている。
だがブラットが狙っていたのは、まさにそれだ。
一撃目は【生への渇望】に頼りながら、全力で逸らせればそれでよかった。
一撃目を耐え抜かれた驚きによって、わずかに振り遅れた大天狗の左拳。
一撃目を受けて軌道も速度も覚えたブラットに対して、それはもう致命的だ。
一瞬で逃亡経路を導き出し、一気にその道に乗って急加速。
「なにっ!?」
振りぬかれた左拳の先にブラットはいなかった。まさに幽霊がごとくすり抜けるような軌道で完璧に躱し、大天狗の頭の横まで通り抜けて見せた。
そして、もはやダメージが通るかどうかなんて関係ない。ただただ顔面に一撃いれてやるという、執念ともいえる回し蹴りを大天狗の顔に向けて放った。
「ざまーみろ」
「な……んだと……」
その一撃は【狼爪斬】を使うだけのスタミナすら残っていなかったがために、本当に嫌がらせとしか言えないただの回し蹴り。
その蹴りは二撃目を見とれるほど完璧に躱されたことに驚いていた大天狗の顔面。もっというのなら、天狗の象徴たる長い鼻にも当たっていた。
BMOの天狗にとって長い鼻とは天狗の誇り。
大天狗──天狗四大派閥の一つ『黒霧衆』の重鎮『迅雷』ともあろう者が、彼にとって遊びのような試験であったとしても攻撃を受けていい部位ではない。
BMOが始まって以来、様々なプレイヤーたちの相手を何度もしてきたが、誇りある天狗の鼻に一撃を入れられたことは彼の記録上一度だってない。
AIによる疑似人格であろうともその衝撃は大きく、地に降りてなお「来るなら来い」とギラギラと闘志を燃やしながら、満身創痍のくせに構えを解かないブラットに視線が釘付けになる。
「わっぱ……、お主というやつは……」
「とりゃあっ!」
「……は?」
そんなふうに呆然としていたものだから、横から来ていたしゃちたんにすら気が付けなかった。
【体当たり】で顔面に向かってジャンプしてきたしゃちたんの攻撃を、もろに受けてしまう。
ダメージなどありはしない、けれど当てられた範囲にはきっちりと〝鼻〟が入っていた。
今日までなかったはずの事が一日のうちに二度……いや二撃も、それも幼年期のスライムと一次進化の子供に当てられた。
それは彼にとっては突然、目の前で天変地異が起きたかのような衝撃だったことであろう。
「ふっ……くくくっ……のほっ、のほほほっ、のーーーほっほっほっほ!!」
「な、なんか笑い出したよ……、ブラット」
「また変なことやってくるかもしれない。油断するなよ」
一体何だと警戒心剥き出しにするブラットたちだったが、大天狗は気にせず笑い続ける。
「のほほっ! これだから、この役目はやめられんのだ!
この若き輝きを、間近で見られる面白さに代わるものなどない!」
「うわぁ~っ」
顔に張り付いたままのしゃちたんをむんずと掴むと、大天狗は優しく彼女を床に置いてから大きく手を鳴らした。
「あいや、ここまで! しゃちたん、お主の【入門試験】は合格とする!」
「えっ!? マジ? 私なんて、ほとんど見てただけな気がしなくもないけど……」
「運も実力の内というのなら、人脈もまた実力の内であろう。
お主は耐久力も高く機転もそれなりにきくが、決め手に欠けていた。その決め手を人脈という手で補ったと言えようぞ。
それに最後の一撃。あれはお主が友に任せきりではなく、自分も最後まで戦おうとする意志。果てるその時まで諦めていなかったからこそ生まれた一撃。その心意気も気に入った! 文句無しの合格じゃ!」
空中戦をブラットと大天狗で始めた時点で飛ぶ手段のない、しゃちたんにとっては手の出しようもなかった。
そこで諦めてもうブラットに任せておけばいいや──そうなっていたら、大天狗は決して合格とは言い出さなかっただろう。
他者の力を借りようとも自分の試験を、自分も最後までやり抜こうとする意思を見せるのも、このクエストには必要なのだ。
しゃちたんに『天狗道の入門試験』のクエストクリアと共に、【天狗道場見習い門下生】の称号が付与されたことがアナウンスされる。
「やっ、やったー! ブラットやったよ!」
「うん、よかったな。しゃちたん」
HPがほぼゼロでフラフラ状態なブラットの方へ、しゃちたんがぴょんぴょん向かい二人で喜びを分かち合っていると、大天狗が「ちと二人とも、こちらへ来るがいい」とクエストのお供でしかなったブラットまで含めて呼ばれた。
なんだろうとしゃちたんに支えられながら、大天狗の方にやってくると「そのままではいかんな──【大治癒】」と回復魔法を使ってブラットを完全回復してくれた。
(この大天狗、高位の治癒魔法まで使えるのね……)
「よし、これで落ち着いて話ができるな。
まずブラットよ。そちには共闘によって活躍を見せたことで、これを進呈しよう」
「これは?」
大天狗が懐から出してブラットにだけ渡してきたのは、黒い両翼のシンボルが刻まれた銀色のメダル。
「【天狗修羅道】と呼ばれる、我々天狗の修行場のような場所への通行許可証じゃ。
本来なら試験に合格した者にしか、そこには入れないようになっておるのじゃが、試験の手伝いとして来て活躍を見せた者たちには特別に行けるよう、それを渡しておる。
中にはそこにしか出てこんモンスターもおるから、存分に鍛えられることじゃろうて」
「おおっ! それは普通に嬉しいな、ありがとう!」
ただのお手伝いで報酬など特に期待していなかったのだが、天狗の試験に合格しなければ入れない場所に行けて、さらにそこ限定のモンスターまでいると聞きテンションが上がるブラット。
だが報酬はこれだけではなかった。
「そしてもう一つ。これはブラット、しゃちたん、お主たち二人に受け取る資格がある物じゃ。受け取るがいい」
「ん?」「え?」
もう一つ差し出されたのは黒い巻物。それがブラットとしゃちたんに、一つずつ手渡される。
しかし、しゃちたんが事前に調べた情報では合格しても称号が手に入るだけだった。
他にこんなアイテムがもらえるなどとは、どこのサイトにも書かれてはいなかった。
「それはとある条件を満たした者にだけ渡される【黒雷ノ秘伝書】。
それを読んでいき修練を積めば、我ら黒霧衆の秘術──黒雷を操れるようになるじゃろう」
「秘伝書……?」「なんかすごそう」
いったいなんなんだろうと受け取ってから、手持ちスロットからアイテム詳細で確認してみた。
すると、そこにはとんでもない効果が記されていた。
まず黒雷にまで繋がる職業解放に必要なRPが全てタダに。
さらにこの秘伝書をカバンか手持ちのスロットに入れているだけで、上記のタダになった職業をセットしているのと同等の効果を得られる。
つまり職業枠を一切使わずに黒雷に繋がる職業をセットしている状態になるということ。
実質、この秘伝書自体が職業枠プラスアイテムのようなものだろう。
しゃちたんなど幼年期で職業枠がそもそもないというのに、手持ちスロットにいれた瞬間【見習い雷術師】などの職業が選択できるようになっていた。
上の職業を取るには見習いから積み上げていく必要はあるが、他の条件は全てなし。
黒雷に繋がる職業限定ではあるものの、三次進化以降にしか解放されないはずの上位職まで頑張れば二次進化以下で取れてしまう。
ある意味チートアイテムともいえるだろう。
「なんじゃそれ……、いいのこれ?」
「え? これって、なんかダメなの?」
「いやダメってことはないだろうけど」
「うーん? よく分かんないけど私たちが寄こせって言ってもらったわけでもないし、別にいいんじゃないの?」
「うむ、問題ない。お主たちは、それを貰うための条件を満たしたのじゃからな。後は好きに使うがよい!」
そう、これはBMOのトップである鈴木小太郎ではなく、一部の運営スタッフによるお茶目ないたずら心とでも言うべきか。
「そんなことできるわけないっしょww」くらいの軽い気持ちで設定された隠し要素。
達成条件は、かなりの強キャラとして設定された大天狗『迅雷』の〝鼻〟に、一次進化以下の状態で一撃を当てること。
天狗系のNPCたちには鼻への攻撃は注意するよう設定されているので、まず迅雷が一次進化以下のプレイヤーに鼻を攻撃されるわけがない。
そんな本来ならありえないと思って忍ばせていたアイテムなものだから、「その分効果も大盛りにしておいたぜ!」──というのが事の真相である。




