第三六話 進化のお手伝い
しゃちたんとの待ち合わせ場所は、『リゴウル』通称──『二町』。
正直ブラットにとっては、三町に行く前に通過しただけの印象に残っていない町だった。
「えっと、しゃちたんは……お、いた」
「ブラットー! ありがとー!」
「うわぁ。大歓迎だな、こりゃ」
ポータルの周りを見渡していると、桜色のプルプルスライムがブラットを見るなり飛びついてきた。
紗千香とも接触制限を解除しているので、これくらいの触れ合いはできてしまう。
くっついたスライムを掴んで地面に降ろすと、改めて詳しい話を聞いてみることに。
「ところでまた変な格好してるね。体操服にマントって何のコスプレ?」
「またってなんだ、またって……。いや、それはいいからどんなクエストなのか教えてよ」
「それもそっか。えっとね、クリアしようとしてるクエストは『天狗道の入門試験』っていうのなんだけど」
「え、スライムやめて天狗になりたいの?」
「いやいやいや、バカ言っちゃいけないよ、そんなわけないじゃん。
私が、このプルプルボディを捨てるわけないでしょ。
私は絶対、この子を立派な激カワつよつよスライムに育てて見せるんだから」
(なるほど、さっちゃんはそっちのタイプか)
色葉や葵なんかはブラットやHIMAという存在をもう一人の自分に見立てて自分を鍛えて強く──まさにロールプレイをしているイメージでBMOをやっている。
けれど紗千香の場合は、しゃちたんというスライムを育成しているイメージ。RPGというよりは、育成ゲーム感覚ではまったようだ。
「そんでね。入門試験に合格すると【天狗道場見習い門下生】の称号がもらえるわけなんだけど」
「それが、しゃちたんの進化に必要な称号だと」
「そうそう。他にもめんどくさい条件が沢山あったけど全部やれたし、あとこれだけなんだよ」
「具体的なクエスト内容とかは何なの? やっぱ戦闘系?」
「最初に天狗道場のカギを見つけて、それから道場前の門を守ってる式神を全部倒すと門のカギをドロップするから、それで中に入って師範代と模擬戦って流れかな」
「……いやもうそれ、入門試験じゃなくて道場破りじゃん」
「だよね。でもこのゲームでの天狗界隈では、自分の力で道場に入って初めて試験を受けるに値するって感じらしい。
ちな、私は模擬戦でどうしても合格判定がもらえないでいるって感じ。
いっつも『のーほっほっ、あと一歩足りんなぁ!』とか言われて終わっちゃうから」
「模擬戦って言うと倒さなくてもいい感じ?」
「いやいや倒せるわけないから。ある程度の実力を示せってだけだし。
言っとくけどクッソ強いからね、あのおっさん」
「ほう……それは興味深い。別に倒してしまっても──」
「はいはい、かまわんよ、かまわん。
調べたら今の最前線プレイヤーでも勝てないくらいの、お偉い天狗様らしいけどね。どうぞどうぞ」
「おふ……。うん、オレたちの実力を見せつけてやろうぜ! 見せるだけな」
「切り替え早いな、こいつ」
失敗すると最初からやり直しらしいので、まずはそのカギを見つけるところから。
事前に見つけていないのは、ここから一緒じゃないと模擬戦で共闘できなくなるからだ。
さっそくブラットは、しゃちたんと仮パーティを組んでカギ探しスタート。
入手方法は二町の知っていそうな、町人NPCに変化した天狗NPCに声をかけヒントを貰う。
それをもとに町のどこかに隠されたカギを探す──というもの。
なんだか大変そうだとブラットは思っていたが、もはや数十回目となったしゃちたんが最高効率で町人に変化したNPCをパパっと数人見つけだし、それらのヒントの冒頭を少し聞いただけでどこに隠してあるのか探し当てた。
ちなみにカギは二町の隅にあるNPCの家の花壇の隅を掘ったら出てきて、黒色の石でできた天狗の片翼を模した形をしていた。
「はっや。もっと時間かかるやつだと思ってた」
「ははは……、私が何回これやったと思ってんの。
もう隠し場所のパターンも、どういうNPCが知ってるかも覚えちゃったわ」
ろくに見てなかった二町の観光も兼ねればいいやくらいの心持ちでいたのに、そんな暇もなく終了したのは、しゃちたんの努力が陰にあったかららしい。
「それはそれは……。てかめっちゃ頑張ってるっぽいけど、なんか急いでる?
オレとかHIMAが徹夜でゲームやってた~とか話ししたら、夜は寝るもんだとか前は言ってたじゃん」
「あーね。なんか、もうすぐイベントがあるらしいじゃん?
私もそれに参加してみたくってね。いいアイテムとか手に入るかもしれないらしーし」
ゲーム開始初期の頃は期間限定イベントは全員参加可能だった。
けれど今は最低でも一次進化していなければ、参加することができないようになっていた。
全体的にプレイヤーが成長し、さすがに幼年期では能力が低すぎると運営が判断してのことだ。
プレイヤーサイドも参加できても、ろくに楽しめなかったでは不満も出てしまうだろうから。
「ってなわけで、それまでに一次進化、もっと欲を言えば二次進化……はムリかもだけど、最低でもそこまでは持っていきたいわけなのよ」
「なるほどねぇ。それで、次はどこに行けばいいんだ?」
「次は町の外に出るよ。三町の方」
「そんなとこに天狗道場なんてあったっけ?」
「それがあるんだよ。てんぐぱぅわーで隠されてんだってさ」
「まじぱねぇな、てんぐぱぅわー」
というわけでさくっと三町に続く長閑な道へと出て、中腹辺りで少しだけ左へそれて木々が濃くなっている方へと向かっていく。
「とりゃあ!」
「おー、さすがスライムって感じの戦い方だ」
道中、雑魚モンスターのレッサーゴブリンが襲ってきたので戦闘に。
しゃちたんはスライムの物理耐性を生かして敵の攻撃もお構いなしに突撃し【体当たり】──からの【粘着】で纏わりついて、【溶解液】で継続ダメージを与え【吸収】でさらに敵の体力を奪って自分の体力を回復していく。
他のゴブリンが必死に引きはがそうとするが、溶解液は全身から出ているので触るだけで継続ダメージが入っていく。
かと言ってゴブリンたちに魔法使いはいないので、手に持つ貧相な棍棒で叩くしかないのだが……それもほとんど効果を成さない上に粘着中のゴブリンから体力を吸収しているので痛くもかゆくもない。
これこそ、しゃちたんのスライム種お得意のお手軽コンボだ。格下の物理アタッカー相手なら、これをやっておけばまず負けない。
「ブラットも残りの倒してー」
「はいよー」
負けはしないが基本的なダメージソースがDOTダメージ頼りなので、時間がかかる。
耐久力は高いが、大きなダメージを与える一撃がないのだ。
ブラットも見ていてもしょうがないと加勢する。ハヤテのごとく駆け出して、しゃちたんの周りにいるレッサーゴブリンを瞬殺していく。
「はっや」
「これくらいならね」
「ほえ~、一次進化するとそこまで強くなれるんだ。楽しみだなぁ」
「いやぁ、どうだろね」
しゃちたんは自分のスライムについての情報には詳しくはなってきているが、それ以外の情報はまだ抜けていた。
ブラットがどれだけ特殊な進化をしているのかも、まだよく分かっていないようだ。
とはいえ説明しても長くなるうえに、自慢……というのとも違うかもしれないが、そういう感じになってしまっても嫌なのでブラットはあえて突っ込まずに流しておいた。
実際に進化してみれば、いろいろと違いにも自分で気が付くことになるだろうと。
しゃちたんも自分がくっついているゴブリンを倒し、ドロップ品を拾ってさらに森の奥へと進んでいく。
何度かの戦闘をこなしていると、やがて獣道のような草が不自然に分かれた場所が見えてきた。
そしてそちらにそって歩を進めていくと、緑色の石で作られた祠が視界に入る。周囲も緑色ばかりなので、よく見ていないと気づかなさそうなのが嫌らしい。
祠の中央には片翼のないふんぞり返った天狗が彫られており、無い方の翼の部分には、ちょうど先ほど手に入れた片翼の形をしたカギが嵌められそうな溝があった。
しゃちたんはスライムボディから細い触手を出してカギを持ち、さっそくその溝に嵌めこんだ。
──が、何も起きない。どうしたんだろうかと、しゃちたんにブラットが視線を送ると突如呪文を唱えだした。
「開け~~~ゴマ!」
「そんな古典的な──って、ほんとにそれでいいんかい!」
祠が扉の姿に変わり、ブラットたちを招き入れるかのように開いていく。
扉の向こう側には現実世界にあったら引き返したくなるほど長い階段が続いており、頂上には黒色の鳥居のような建造物が見える。
「私も最初に扉を開く呪文をNPCから聞き出したときは、ブラフかと思ったもんだよ。それじゃあ、いくよ」
「だろうね」
ぷるぷると体を震わせ、しゃちたんが先に扉をくぐって階段を上りはじめる。
その後ろからブラットは、てこてこと速度を合わせて上っていく。
「あっ」
「どうしたの? ブラット」
「食べ物忘れた……」
そろそろなんか食べておこうかなぁ──なんて考えていたところで、本拠点でのアイテム整理の際に最低限の食糧まで預けてきてしまったことに気が付いた。
「なにしてんのさ。はい、私の体をおたべ」
「えぇ……マジ?」
差し出されたのはピンク色のぜリー状の塊。
ブラットの幼年期時代は何だろうと口に入れて糊口をしのいでいたが、進化してある程度まともな食事をとれるようになった今、友人の体を食べるのには抵抗があった。
「あっははっ、冗談だよ。ただのピンク色したゼリーだから」
「ほんとにぃ?」
食べてみるとイチゴのゼリーだった。
このネタをやりたいがために、しゃちたんは常にこのゼリーを持ち歩いていたようだ。
空腹値も許容範囲まで満たされたところで、一気に頂上目指して突き進む。
余談だがしゃちたんの場合、【吸収】でゴブリンを糧にしたため食料値はほぼ満タン状態だったりする。こういうところもスライムの利点だろう。
「あの扉の前にいる奴が門番の式神ね」
「式神かぁ、はじめて戦うやつだ。あいつは遠慮なしに倒していいんだよな?」
「うん。使い捨ての駒みたいな扱いらしいし」
黒鳥居を抜けた先には黒い立派な和風の門と外壁が、奥に見える道場への道を遮っていた。
そして門の前には一メートルほどの大きさをした真っ白な全身マネキンのようなものが五体、張り付くように門の前に居座り来訪者が訪れるのを待っているようだった。
白マネキン──式神たちはそれぞれ装備品が違い、『木刀』『竹槍』『棍棒』『木盾』『錫杖』を持っている。
こちらには気づいたようだが、あちらからは手を出してくる様子はまだない。
「いっちょ作戦とか立てておいたほうがいい?」
「だね。私は、とりあえず何が何でも『錫杖』を倒したい。
魔法使ってくるから、あいつの攻撃が一番痛いんだよ。
だから、あいつを最優先で狙いたい。他は私の耐久力のごり押しで何とかなるから」
一人でやっていたときは、他を無視して遮二無二『錫杖』に突っ込んで【粘着】で纏わりついて【溶解液】と【吸収】で倒す。
それから次に痛い刺突系の『竹槍』を始末して『木刀』か『棍棒』へ。
『木盾』は邪魔にならない限り最後まで放置──という流れで戦っていたらしい。
「ならオレが竹槍に行きながら道を開くから、しゃちたんは錫杖をやっちゃって」
「おっけー。錫杖は取り付けば私に魔法を撃てなくなるけど、たぶんブラットには撃てるから気を付けて。ちな【雷撃】っていう単体攻撃の魔法で範囲は狭いよ」
「【雷撃】ね。他のモンスターで見たことあるから、たぶん大丈夫かな。
それじゃあ準備はOK?」
「おっけー。いざ、とつげき~~!」
ピンク色のスライムがぴょんぴょんと、いわゆるバニーホップで突撃していく。スタミナ消費は激しいが、今のしゃちたんはこれが一番速い。
その後ろからブラットは指から【闇弾】をポンポン撃って、『錫杖』を後ろに下げて陣形を取ろうとする式神たちの動きを邪魔し、さらに『木盾』がしゃちたんの進行方向に立とうとしたのでトップスピードで彼女を追い抜き【狼爪斬】で盾ごと蹴って横に吹き飛ばす。
飛ばされた先には『木刀』がいて、そちらも動きが阻害される。
「かっる」
「うりゃ~~!」
「────!?」
思っていたより吹っ飛んだ『木盾』に驚いている間に、しゃちたんがブラットの開けた隙間を通って『錫杖』に張り付き【溶解液】と【吸収】のコンボでHPを削っていく。
振り払おうと暴れる『錫杖』の助けに『竹槍』が入ろうとするが、ブラットは目の前に立つ『棍棒』の横をすり抜け【魔刃】の付いた拳で『竹槍』の背中をぶん殴る。
ついでにオマケだとばかりに、タイミングよく放てるよう準備していた【テールフリック】で足払い。
背中を打ち付けるようにすっころんだ無防備な『竹槍』の首に【魔刃断頭】を撃ち込めば、『竹槍』は白い炎に焼かれるエフェクトを出して消え去った。
「竹槍終了っと、次は──」
「ブラット!」
「うん、分かってるよ」
しゃちたんが張り付いている『錫杖』から【雷撃】が飛んでくるが、ちゃんとそっちも見ていたので問題ない。
当たる前に逃げ系スキルを駆使して、一瞬で離れればブラットのいた場所に雷が横向きに飛んできた。
「次は君かな」
「──!」
【雷撃】から逃げながら『棍棒』の目の前を逃亡先に選んで移動してきたブラットは、走った勢いのままに腹部に蹴りを入れる。
体がくの字に曲がって下りてきた『棍棒』の顔の部分に、さらに膝蹴り。
膝蹴りで上がった顔面に【魔刃】パンチ──からの回し蹴りを兼ねた【狼爪斬】で締め。『棍棒』もあっという間に消え去った。
『木刀』も『棍棒』と大差ない方法でぱぱっと倒し、『木盾』は盾に連続攻撃を加えて無理やりぶち壊してから、無防備な状態のただの式神をボコボコにしてケリを付けた。
その間にも【雷撃】が何度か来ていたが、縦横無尽に戦場を走り回るブラットに当たることはなかった。
「しゃちたーん、こっちは終わったぞー」
「……いや、強すぎん? こっちはまだ半分以上HP残ってるんですけど……。
ホントにまだ一次進化? 私、騙されてないよね?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとクエストの条件は守ってるから」
「ならいいけど……」
共闘できるのは一次進化以下のプレイヤーまで──というクエスト条件を守っているかどうかで言えば守っているのだが……、そこにブラットというイレギュラーを入れるのはいささか反則だろう。
結局進化すればそうなるのか程度に納得したしゃちたんが『錫杖』を倒しきるまで、ブラットは【雷撃】を躱して遊ぶという方法で時間を潰し、門のカギも入手したのであった。
「【雷撃】をギリギリで躱すのおもしろっ」
「いや、遊んでんなら手伝ってくれても良かったんだけど……」
次の話は火曜更新予定です。




