第三五話 新たなお誘い
葵──HIMAと隠しイベントをこなしたり、狩りをしたりと一緒に遊んだ翌日。
ブラットは見せ拠点以外の全てをしまった、まっさらな本拠点に立っていた。
「さすがにあのままじゃ不便だし、ある程度設置して使わないと勿体ないよね」
ゲームのシステム画面を開き、見せ拠点の空間のすぐ裏側に裏門が来るように購入したデータ『要塞』を設置した。
すると四方を巨大な外壁に囲まれた建造物、要塞が現れた。
灰色の石造り風の見た目では彩りが寂しいと、さらに追加で購入していたレンガ風の見た目に変えて鮮やかな要塞に変えておくのも忘れない。
ブラットはこれを本拠点の居住区としつつ、大量にモンスターを召喚して零世界の国に見立て防衛戦の訓練もするつもりでいる。
「この中央奥にあるでっかい砦?お城?みたいな建物の、一番広い部屋を私室に設定しておいてと」
この領域の所有者であれば設定したポイントにも一瞬で飛ぶことができるので、広い要塞をわざわざ歩き回る必要もない。
これがゲーム内に設けた拠点だった場合、自分で移動しなければならないので、この規模だと大変だっただろう。
私室に設定した場所を見に行く前に、今度は手に入れたアイテムを保管する倉庫も設置していく。
これから零世界に持ち運ぶためのアイテムや、今後経験値ポーションで育てた子らを進化させるための素材になりそうなものを保存しておくためにもと購入しておいたものだ。
ちゃんと分けておけば、間違えて売ってしまったなんてことにもならない。
「収納容量は無限の無限倉庫。これ一個あればしまいたい放題だ。
そんなにアイテムを用意する余裕なんてまだないけど」
私室に設定した部屋のある大砦の右横に、大きな金属倉庫が設置される。さらに砦の左横には装備用の無限倉庫を設置した。
レンガ風の要塞の内部にピカピカの金属製倉庫は見た目が明らかに異質なので、課金で買ったスキンを被せてレンガの倉庫にどちらも変えておく。
ちなみに無限倉庫が二つあるのは、一つでもよかったが装備品とその他アイテムを分けておいた方が管理が楽かもしれないという物臭な理由。
さらに要塞中央には特殊闘技場も設置。ここは自分のコピーNPCを召喚することができる課金構造物。
何気に結構なお値段をしたが、客観的に自分の状態や戦いを見つめられるかもしれないと即決で購入した。
なにせ録画したデータを元にそのまま動かしたり、自分ではなくAIが操作して戦う姿なんかも見られるというのだから研究のし甲斐もあるだろう。
「あとはこの領域自体の奥側にMジェネ置いて、中央にEコンを置けば大枠の完成かな」
モンスター召喚も環境変換も、購入者なら遠隔操作できるので邪魔にならないところに置いておく。
こうすることで適当に召喚してから放浪させ、どこをうろついているか分からない状態にすることでリアルな狩りを再現することもできると考えている。
大枠が整ったところで、さっそくアイテム倉庫の中に飛んで昨日手に入れた素材も含めて必要そうなものを入れていく。
中は特にいじってないのでがらんどうのまま。初期ではアイテムを収納しファイル分けしていくと、その分勝手に棚が増えて入っているアイテムが客観的に見られるように設定されている。
そこへ大体の種類にファイル分けして、HIMAと昨日一緒に狂ったように狩りまくって手に入れたアイテムや素材も根こそぎ入れた。
次に装備品の倉庫に飛んで、これまたドロップで手に入れた装飾品や武器、防具をいれていく。
どれも壊れかけだったり、性能が低かったりとパッとしないものばかり。
けれどその中で特にブラットの目を引いたのは、やはりボスドロップ──バリアントクリーピーから落ちた【ソウルマント+1】。
「昨日拾ったソウルマント……どうしようかなぁ」
効果はMP小上昇、MDF中上昇。
ただし妖魔族と純人族を根源に持っていない場合、RES大低下、ドロップ品質小低下。
ドロップ品質低下は、BMOではレアなものが出にくくなるという意味だ。
マイナス効果もあるが、全ての根源を持っているブラットには関係ない。これならば常時装備してもいいくらいの代物である。
だが零世界に持っていったサクラ特製の衣装は、セットで全てを身に着けることで全体の効果が上がる仕組みにもなっている。衣装系の重ね着で見た目を崩すのも不可だ。
最前線級の衣装だったので、マントを付けてセット効果を無くすとむしろ防御性能が下がってしまう。
零世界で他の誰かに──というのもなくはないが、探せばいるかもしれないが少なくとも身近に妖魔族と純人族を根源に持っている者はいなかった。
無理矢理装備して、マイナス効果の状態異常にかかりやすくなるのも危険だし、ドロップ品質小低下が、あちらではどういう影響を及ぼすかも分からない。
ならばBMOで自分で装備する。これが一番、分かりやすく順当な解答だ。
こちらでも先に進んでいくなら装備品を集めていく必要があるのだし。
しかし、ここで一つ問題があった。
「体操服に、このマントはなんか嫌なんだよなぁ」
今のブラットは相変わらずの体操服姿。微妙に性能がいいせいで、そこいらの店売りよりも防御性能も高く、お金にも余裕もなく脱ぐには惜しいからだ。
そんな体操服に、なんだか呪われそうな顔がいくつも描かれたマントを身に着けた場合、小学生がヒーローごっこをするときに変な柄の風呂敷マントをつけている──みたいな状況になってしまうのだ。
ブラットは知っている。ネットで体操服を着ているのが、自分の趣味だと思っているプレイヤーがいることを。
そのうえでマントまで身に着けたら、さらに変なやつだと思われかねない。
「ぐぬぬ……、でも性能は魅力的だし……今更他人にどう思われたところで……うぅ」
悩み抜いた結果。ブラットはマントを着けることにした。この装備も使って、もっと先に進んでいい装備を手に入れればいいじゃないかと。
こうしてBMOのブラットの服装に、新たに気味の悪いマントが加わった。
妙な葛藤を終えたブラットは悟りを開いたような顔をしながら、闘技場に降りてくる。
昨日はバリアントクリーピー戦でのレベルアップとHIMAと狩りをしている間に新職業も取得したので、軽くここで自分のコピーNPCの動作確認もかねて、外に行く前に確認してみようと思ったからだ。
システム画面から自分のコピー機能を起動。2Pカラーのような色がくすんだブラットが闘技場の中央に現れる。装備や衣装もばっちり反映されている。
「うん……。客観的に見るとやっぱクソガキ感が凄いな、体操服マント……」
それはさておき、まずレベルは昨日の戦いで種族レベルが4レベル上がり、レベル27になったことで【テールフリック1】と【破魔拍子1】というスキルを手に入れた。なのでそれを客観的に確認してみる。
ここでのNPCはオート戦闘以外にも、ある程度自分で指示もできるので、偽ブラットに向かって【テールフリック1】と口頭で指示を飛ばした。
偽ブラットの尻尾がグググッと横向きに体に巻き付くよう反れていき、三秒ほど溜めてから解放するとデコピンの要領で鞭のような尾が襲い掛かってくる。
それをブラットは【魔刃回転】だけで弾き返すと、偽ブラットは自分の尻尾の先端が顔面に当たった。
「やっぱこれ、威力はそこそこあるけど予備動作が分かりやすすぎて対処は簡単だ。反射系のスキル持ち相手だとカモられるかも。
躱せない状況をつくるか、気づかせないよう立ち回らないと同格相手じゃ当たらないだろうな。それじゃあ、次──これ飲んで」
何のスキルもなくても作れる、そこいらの毒草を水に溶かして混ぜただけの液体を偽ブラットに飲ませた。
微弱毒という最下級毒状態になった偽ブラットに、今度は【破魔拍子1】を使用させる。
杖にもなる木のような質感の手で、柏手を打つように魔力を込めてパンッと鳴らせば、周囲にカーーーンと小気味のいい音が広がった。
偽ブラットの状態を確認してみれば、まだ毒効果時間内だというのに素の状態に戻っていた。
【破魔拍子1】の効果は魔力を消費し、手を打ち鳴らすことでモンスターが嫌がる音を出す。浄化作用も少しあり、軽度な状態異常なら治す効果もあるというもの。
このおかげで、弱い毒程度なら自力で回復できるようになったということだ。
今度は自分と偽ブラットの両方を毒状態にしてから、【破魔拍子1】を使用する。
するとブラットは治り、偽ブラットはそのまま毒状態に陥っていた。
次にこの領域限定だができる偽ブラットとのパーティを一時的に組んでから、同じように【破魔拍子1】を使えば、今度は偽ブラットの毒を治すこともできた。
「つまり浄化作用は自分とその仲間だけってことみたいだな。
モンスターに効果がないのは分かってたけど、こういう確認が簡単にできるのはいいね」
昨日の狩りで確認した限りでは、モンスターにとっては嫌な音であり敵によって逃げたり逆に襲い掛かってきたりと反応が変わってくるが、戦闘中においては殴らなくてもヘイトを少しだけ向けさせることができ、使いどころはあるように思えるスキルだった。
次に職業。昨日新たに取得した職業は【逃走者】と【逃飛者】、そしてそれらの上位互換である【逃亡者】。なんとお値段三つでたったのRP〝2〟。
この職業は少々特殊で、本来はできるだけ敵と遭遇したら逃げたいという戦闘に楽しみを見いだせないプレイヤーの救済措置的に用意されたものと言われている。
なので前者二つには下級も中級もなく、RP1で【逃走者】【逃泳者】【逃飛者】の陸海空の中から二つを選択して取得できる。
一つあたり0.5ポイントとあって全職業中最安値。安いだけあって、少し使っているだけですぐカンストする。覚えられるスキル数も少ない。
そしてそれら二つをカンストさせると、その上位互換である【逃亡者】が解放される。
これらについてくるスキルは逃げることに特化したものばかりで、戦闘スキルは皆無。まさに戦闘をしたくない人用のスキルだ。
では何故、戦ってばかりいるブラットがそんな職業を選んだのかと言えば、人によってはコスパ最高の戦闘用職業にも生まれ変わるからだ。
その噂を聞いて半端な戦闘職プレイヤーが手を出しゴミ職業だの騙されただの、口汚くなくネット上で愚痴をこぼすこともあった。
けれどスキルでゴリ押しではなく、ちゃんとプレイヤー自身の技術で使いこなせるだけの実力があれば、敵の攻撃をことごとく回避し後ろに回り込む凶悪なプレイスタイルが確立できる神職業へと変化していく。
実際に上位の暗殺系のプレイヤーや回避盾としてタンクをこなしているプレイヤーの中にも、これを修めている者は大勢いる。
「種族スキルに合成獣と魔刃で攻撃と再生能力、自己強化なんかもできるようになってきたし、ここいらで回避を補強していけば隙はほぼなくなる。
零世界で何か妙なことが起きるかもしれないし、これは悪くない選択なはず」
これらが上手くかみ合って理想の構成に落とし込むことができれば高火力、高耐久力、高回避力の相手にするには厄介な存在に至れる。
なにせ攻撃がほとんど当たらず、ようやく当ててもすぐに回復し、隙を見せた途端に一気に体力を削られる、そんなプレイヤーと積極的に戦いたい者など少数だろう。
「これで少しは炎獅子の対策もできればいいんだけど、昨日も結局やられちゃったんだけど……」
とはいえ毎日少しずつ生存時間が伸びていき、昨日は新スキルのおかげで秒ではなく分単位で伸びていた。
「でも昨日で何か見えてきた気がする。まだ足りないところも多いけど、絶対に倒せない理不尽な敵じゃないってのは理解できたから。
うん……待ってろデカニャンコ。いつか絶対に狩ってやるんだから」
炎獅子討伐への闘志を燃やしつつ、最後に今セット中の【逃亡者】の確認。
【逃走者】と【逃飛者】は、最高職業レベル3。取得できるスキルも三つ。
それぞれ足で逃げるときの補助スキル【逃走強化】【逃走回避強化】【逃走経路】と、飛んで逃げるときの補助スキル【逃飛強化】【逃飛回避強化】【逃飛経路】が取れた。
そして今セットしている職業【逃亡者】では、昨日のうちに【逃亡強化】【逃亡回避強化】【逃亡経路】【逃亡直感】まで取得済み。
これらは下位互換の職業スキルと重複発動するので、【逃走者】と【逃飛者】で取った六つのスキルも腐らない。
「じゃあ、適当に攻撃してきて。オートモード開始──」
オート戦闘状態に移行した偽ブラットが、さっそく【狼爪斬】で蹴りつけてきた。
ブラットは偽ブラットではなく【狼爪斬】に対して【逃走強化】【逃走回避強化】【逃走経路】に【逃亡強化】【逃亡回避強化】【逃亡経路】を発動。
まず強化によって逃走中の速度上昇、スタミナ消費減少。
スキルによるオートではなく自分の一瞬の判断で導き出した経路に、自分にしか見えない光の道が現れる。この経路に沿って行けば、さらに速度上昇、スタミナ消費減少の効果が大きくなる。
導かれた経路はブラットの攻撃を躱して横にすり抜け、そのまま後方に真っすぐ逃げ去って行く道。
【逃走回避強化】で逃げ動作の間に回避に対しての速度上昇、スタミナ減少も掛かっているので、【狼爪斬】が振り抜かれる前に、すり抜けるよう横を通り抜ける。
そしてそのまま無理やりスキルキャンセル。偽ブラットの後方へ走り去っていく導線を破棄して、その斜め後方で裏拳から生やした魔刃で殴るように後頭部へ突き刺した。
後頭部に打撃と斬撃を受けて前につんのめりながらも、偽ブラットは無理やり飛び込むような前転をして少し距離を稼いで即反転。
偽ブラットは右手に魔刃を生やして腕の振りと回転を合わせた斬撃で襲い掛かってくるが、やはりそれも同様の方法で横を高速ですり抜け後頭部に魔刃付き裏拳。
そのまま何度か似たようなやり取りを繰り返し、恨みでもあるかのように執拗に偽ブラットの後頭部を叩きまくった。
客観的に見ればその光景は、偽ブラットの攻撃を幽霊のようにすり抜けているように見えたことだろう。
──偽ブラットと軽く遊んで新スキルの確認も終える。
「結構慣れが必要だけど、できるようになると面白いや。この逃げスキル」
戦闘に使う場合、この逃げスキルは〝敵〟からではなく〝攻撃〟から逃げることを選択すると、結果的に相手をすり抜けるような高速移動ができるようになる。
しかし実際やろうと思うとなかなか難易度が高く、オート発動ではどうやっても敵に背を向けて逃走するだけ。
マニュアルでやって初めて相手の〝攻撃〟を逃げの対象にできるが、攻撃が発動する前では逃げの対象にできないし、攻撃が発動した後でも遅すぎればすり抜けコースが逃走経路として認識できなくなる。
攻撃にぶつかりに行くような軌道は逃げの対象ではないからだ。
なので発動と発動後の絶妙な間を見極め、自分で攻撃を認識し対象に設定、逃げの経路を自分で敷いてその上を通る。
経路に乗ると初速がかなり速いので、これまたキャンセルのタイミングが遅いと、こちらが攻撃を当てられる位置を通り過ぎてしまうので、その見極めも難しい。
これらを全てマニュアル操作で、その場の状況に合わせてやらなければならないので、純粋に考えなくてはならないことと、タイミングを見極める瞬間が非常に多い。
戦闘に使おうと思えば、かなりの情報を常に処理し続けなければならないので非常に忙しい職業だった。
だからこそ、それができないとタイミングが取れず思った方向へ逃げられなかったり、敵から逃げすぎて攻撃が届かなかったりして、ゴミ職業だの言ってしまうプレイヤーが出てしまうのだろう。
「さて準備運動も済んだし、今日も一稼ぎしに行こうか──ん? しゃちたん?」
もう少しまとまったBMOのお金bを稼いでおきたいと、換金率のいいクエストや狩りのリストを眺めようとしたところ、メッセージが届いていたことに気が付いた。
コピー相手だが戦闘中だったので、通知音もアイコンも出ていなかったらしい。
受信時刻は五分ほど前。それほど間が空いていなかったことに安堵しつつ内容を確認していく。
「ほうほう。なるほどね」
内容を要約してしまうと、『次の進化のために、やらないといけないクエストがクリアできないから手伝ってほしい』というものだった。
一次進化以下のプレイヤーの助けなら二人まで借りられるクエストで、しゃちたん一人では何度やっても後一歩のところで失敗してしまうらしい。
「そういえば今日学校休んでたけど、それでバックレてたな。こりゃ」
しゃちたんの中身である友人──高田紗千香は、たまにふらっと学校を休むことがあるので気にしていなかったが、メッセージの内容を読む限りでは徹夜でインしてクエストにトライし続けていたようだ。
まさかゲームに興味のなかった紗千香がここまでハマってくれるとはと、ゲーマーである色葉は新たな仲間ができたと嬉しくなってしまう。
返事はもちろん──。
「オッケー! どこいけばいい? っと。
んじゃあ今日はさっちゃん──じゃなくて、しゃちたんのお手伝いでもしましょうか!」
零世界のことも自分のことも大切だが、友情だって大切だ。
ブラットはさっそく体操服姿に不気味なマントをはためかせ、しゃちたんと合流すべく直ぐに届いた指定の待ち合わせ場所へと飛んでいくのだった。




