第三二話 おつかいクエスト
まだ本拠点のために購入した建物や倉庫の設置、見せ拠点も内装をいじりたくもあったが、今日中にもはや隠しイベントとは名ばかりの公然と化したイベントの発生条件をこなしておく必要がある。
拠点整備も少しずつやって楽しもうとここで一旦切り上げ、さっそくメントランの町のポータルへとワープした。
メントランの赤色の屋根が多い街並みを通り抜けながら、中央にある役場に足を向ける。
「マーサ……マーサ……あった、これだ」
掲示板に貼られたクエストの中から、依頼主が『マーサ』となっているものを剥がして受付にもっていき受領してもらう。
受付に貰った簡素な地図を見ながらマーサの家を探しに出発し、特に複雑な場所にあるわけでもなかったので迷うことなく到着した。
茶色い扉をノックして、中に住んでいる住人に声をかけた。
「マーサさんいますかー?」
「はーい、どちらさま」
中から出てきたのは緑色の髪にいくつも小さな花を生やした緑人族系の、線の細い三〇代後半ほどの可愛らしい女性。
そしてその足元には似たような緑の髪に、小さなつぼみをたくさん生やした女の子がブラットを見上げていた。
(なにこの母娘、めっちゃ可愛い!)
「うちになにか御用かしら?」
「あっ、えっと、さっきクエストを受けて来たんだけど──」
「ああ、あなたが引き受けてくれたのね。こっちに来て」
クエストのことを告げると、疑いもせずにマーサは裏庭のほうへ案内してくれる。
その後ろをちょこちょこ付いていく娘ちゃんが愛らしく、ブラットの口角が少し上がる。
「あそこにある木がそうよ。道具とかが必要なら、そこの物置に入っているから好きに使って。それじゃあ、よろしくね」
「うん、分かった」
それだけ言うと母娘は家の方へと去って行ってしまった。
去り際に娘ちゃんが無言で手を振ってくれたので、ブラットもしっかりと振り返しておく。
今回の最初のクエスト内容は、マーサの家の裏庭にある木の剪定。
確かに見るからに伸び放題で、何とも枝葉の切りがいのある木であった。
「道具はあるって言ってたけど、これでも大丈夫かな。
──お、いけるね。それじゃあ、ちゃっちゃとやっていこうかな」
ちらりと物置を覗くと高枝切りバサミやら脚立やらがしっかりと用意されていたが、ブラットの場合は自力で飛べるうえに【魔刃】で枝を簡単に切り飛ばすことができた。
こちらの方が刃の形も自由にできるので細かな調整もしやすい。パタパタ木の周りを飛びながら長さを整えていく。
ちなみにこのクエストは【庭師】や【剪定師】なんていう職業を中級カンストまで持っていっていると一瞬で終わる上に、「最高の仕上がりじゃない!」という言葉と共にマーサの好感度が一気に上がり、本来なら三回受けなければ達成されない条件の一つが一度で達成されてしまう。
そのときのマーサと娘ちゃんの笑顔がみたいというだけで、わざわざそれらの職業をとるプレイヤーもいるとかいないとか……。
逆に適当にちょっと切って終わりを告げると、「あなたはこれで仕事をしたというの?」という言葉と共に好感度がマイナスに下降し、隠しイベントが二度と起こせなくなるというトラップもある。
そのことを知らなくてもブラットは真面目にやっただろうが、必要な人物の名前を調べるときに知ってしまったので、できるだけいい評価がもらえるようにと頑張った。
「こんなもんかな。おーい、マーサさーん」
「はーい。あら、なかなかいい仕事ね。ありがとう」
「いえいえ」
評価は上から三番目の「なかなかいい仕事ね」だったので、無事にこのクエストもクリアだ。
上二つはそれ系の職業をとっているか、余程素の剪定能力が高くないとまず貰えない評価なので、実質今のブラットが取れる最高の評価だ。
さっそく母娘に別れを告げて役場に取って返し、報酬を受け取ってすぐまたマーサの依頼を受けて来た道を引き返す。
「あら、またあなたが来てくれたのね。こんにちは」
「おにーちゃん、こんにちは……」
「こんにちは~」
娘ちゃんの好感度も上がっているのか、二回目はこちらも挨拶してくれた。
さて今回のクエスト内容は家庭菜園の草むしりと水やり。これも先ほど同様、適当にやるとクエスト条件が潰れるので、しっかりとこなした。
結果は「なかなかいい仕事ね」だったので、今回も問題なく完了。
そして三度目は役場で周辺住民の名前が書かれた依頼も三種類剥がし、マーサの三回目のクエストも受領し取って返す。
(にしても、こういうおつかいクエストとかやる気ないから、攻略情報無かったら絶対に私じゃこのイベントにはたどり着けなかったね。
進行速度は一緒に始めた人たちより遅れちゃってるけど、こういう先人たちの恩恵が受けられるのはちょっと嬉しいかも)
三回目は屋根掃除。三度目になって「お兄ちゃん、がんばって!」とさらに懐いてくれている娘ちゃんの応援にやる気を出しながら、空を飛んでホースで水をまき屋根を磨いていった。
結果も前二回と同じ評価で、マーサの好感度はブラットへの態度だけ見ても明らかに高くなっている。
笑顔で母娘に送り出され、そのまま近所のクエストをこなしていく。
牛獣人の奥さんの買い物代行。エルフのお兄さんの模様替えの手伝い。そして最後の三つ目のクエストは──。
「かっかっかっ、ワシの勝ちじゃ! まだまだヒヨッコよのぉ」
「ぬぐぐぐ……」
和装の人型蜘蛛の御老人と将棋を一局指すこと。
彼に搭載されているAIの腕前はプロ一歩手前程度に調整されているので、素人でしかないブラットはほとんど何もさせてもらえず終わってしまった。
負けず嫌いなブラットは、素人を負かして声高々に笑う大人げない老人に悔しそうに唸り声を上げた。
実はこの老人に勝つとBMOの将棋大会の出場権がもらえ、優勝すると【将棋王】という職業と称号が解放される。
指揮官系の職業にも分類される【将棋王】は、味方への特殊なバフをばらまけるので意外にも戦闘に役立つのだが、プロ棋士のプレイヤーとプロレベルのAIを積んだNPCたちが上位を独占しているので、取得難易度はかなり高いとされている。
……とはいえ、ブラットにはこれからも無縁の職業なので問題ないと言えばない。
いらぬ敗北感を植え付けられながらも、一局まじめに指せばこのクエストは達成なのでスゴスゴと蜘蛛老人の家を去った。
(うぅ……。けどこれで条件は全部達成できたし、もういいや。
戦闘なら私の方が絶対に強いけどね!)
老人相手に何を言ってるんだと、ここにHIMAやはるるんがいれば言われてしまいそうなことを考えながら、最後のクエスト報酬を貰いに役場に戻った。
内容自体は簡単ではあったが真面目にやった分、地味に時間がかかってしまった。
絶妙に何か行動をするには足りないが、さりとて何もしないのはもったいないだけの時間ができてしまった。
(もうこうなったら、お夕飯の前の炎獅子チャレンジまで、討伐系のクエスト受けまくって資金稼ぎしちゃおう)
現実世界の色葉は大金を手にしたが、ゲーム世界のブラットの資金は世知辛いかな心もとない。
前の零世界へのアタック前に散財してしまったので、先ほどのおつかいクエストと帰ってきてからのモンスター討伐素材の売却だけでは、次に持っていこうとしているアイテムを購入することもできない。
いっちょここいらで稼いでおくかと、まだ倒していないモンスターの討伐クエストばかりを選んで、本拠点で戦える種類もついでに増やしていった。
そして翌日。いよいよ葵と隠しイベント攻略だ。
家に帰り即ログインした色葉は、待ち合わせ場所であるメントランの町のポータル前に急いでやって来た。
やや遅れて葵──HIMAもやってくる。
「あれ? 前と装備が全然違うね」
「うん。クランの倉庫でホコリかぶってた呪いの装備借りてきた」
「おぉ……そうなんだ」
「これでだいたい今のブラットと同じくらいのスペックになってると思うよ」
最近のメイン装備として着用していた白い軍服に鎧とドレスを混ぜたような最高峰の装備品の数々ではなく、赤黒い血管のようなものが浮かび上がった黒の軽装鎧と籠手を着け、衣装もまがまがしい漆黒のドレスに。
首から下げる宝石のネックレスも、怪しげな紫色のオーラをまとっている。どこからどう見ても呪いの装備一式だ。
キラキラと光の粒子が舞うオレンジ色の長髪も、火の粉を振りまく天使妖精の翼の輝きも、頭の上に浮かんでいる天使の輪も今日はどこか暗く感じる。
「けどその代わり経験値がアップするから、今回の戦いでもそれなりに種族EXPは入るはず」
「それ後で装備が外せなくなったりとかしない?」
「あははっ、大丈夫だよ。低レベルだと教会で外してもらわないとだけど、今の私なら無理やり外せるから」
それは果たして大丈夫なのだろうかと少しだけ疑問を抱いたが、本人がいいと言っているのだからと、さっそく話を進めることにした。
「それじゃあ、このままマーサさんの家に行けばいいんだよな?」
「うん。家の近くに行くと勝手にはじまるよ。じゃあ、いこっか」
仮パーティを組んでから並んで歩いてマーサの家に向かっていると、その近辺で複数人の声が耳に届いた。
「ちゃんとはじまったみたいだよ」
「うん。昨日条件はクリアしておいたからな」
何が起こっているのか分からないブラットは、どんなイベントなのかとさらに近寄っていくと、ちょうどクエストをこなした近所の三人と、マーサがなにやら深刻そうな顔で話しあっていた。
こちらが見える位置に来ると、向こうも気が付きマーサが駆け寄ってくる。
「あ、いいところに!」
「どうしたの?」
「うちの子を見なかった? 洗い物をしている間に、どこかに行っちゃったみたいなの」
「いや、見てないけど」
「そうなの……。もう半日もいないから心配で心配で……。
ねぇ、もしよかったらだけど、探すのを手伝ってくれない?」
ブラットがちらりとHIMAに視線を向けると小さく頷き返される。ここは素直にイエスでいいようだ。
「うん、いいよ。心当たりとかはない?」
「心当たりと言われてもね、あの子は基本的にずっと私と一緒にいたから……」
「私も心配でマーサと一緒に探したけど、少なくともこの辺りにはいなかったよ」
「俺は商店街の方を見てきたが、いなかったぞ」
昨日クエストで会った牛獣人の奥さんと、エルフのお兄さんも情報提供してくれる。
そして将棋を指した蜘蛛老人も手伝っていたらしい。二人に続いて情報を口にする。
「ワシも近所を聞いてまわったがおらんかった……──いやまてよ、もしかしたら……昨日の話を聞いておったかもしれん」
「昨日の話? なにを話してたの?」
「それが……マーサのとこの旦那は病を患っておってな。
ワシは治療師としてその治療をしておったんだが、ちとやっかいな病気なんじゃ。
それを治すにはメントランの丘に生えている【メイメイ草】が必要なんじゃが、今はなにやら妙なモンスターがいついておって手が出せずにいたんじゃよ。
誰かが取ってきてくれれば直ぐに治るんじゃがのぉ……なんて話を昨日マーサとしておったんじゃ。
思えばあのとき、あの子は何かハッとした顔をしておった気がする」
「そんな!? じゃあ、マリーは一人でメントランの丘に!? ──ッ!」
「おい、マーサさん! あそこは今危険だぞ!」
「でも!!」
一人駆けだそうとするマーサを、エルフのお兄さんが止めた。
けれどそれを振り払ってでも一人で行ってしまいそうなマーサを見て、どうしようかと慌てていた牛獣人の奥さんがブラットの方を見た。
「そうだ! あんたは外でモンスターを倒したこともあるんだろ?
なぁ、頼むからマーサの代わりに見てきてくれないかい?」
「うむ。お前さんなら安心じゃな。ワシからも頼む」
「俺も頼むよ! あんたは仕事が丁寧だったし信用できる。
このままじゃ、マーサさんが一人でも行っちまうよ」
一通りイベントを眺めていたブラットは、なるほどこういう流れかと趣旨を理解した。
ここで断る主人公など、鬼畜以外の何物でもないだろう。
「うん、分かった。オレがメントランの丘に行って、マリーちゃんがいないか見てくるよ」
「本当!? ありがとう!」
泣きじゃくりながら必死にお礼を言うマーサに「任せてくれ」と力強く返事をしたブラットは、四人のNPCたちに見送られながらメントランの丘を目指して出発した。
「けっこう、お決まりのパターンなんだね」
「そりゃあ、たくさんあるイベントの内の一つだもん。そんなに凝った話ばっかり作れないよ」
「それもそっか。よし! 待ってろ、マリーちゃん!」
「マリたんを救うのは私たちだ! いくぞ~~」
「「おー!」」
次話は火曜更新予定です。




