第三〇話 課金沼?
最初はBMOに帰ってきたことでテンションが上がって戦闘を楽しむ余裕もあったが、精神的には疲れていたようで、さすがに零世界から直帰早々ずっとゲームを楽しむ気力はなかった。
結局あの後、数戦ハイエアウルフや同じ場所で湧くモンスターと戦ってから、日課の炎獅子チャレンジをしてログアウト。
零世界からBMO、そして色葉が暮らす現実世界へと戻ってきた。
「あ~私のベッド~~」
フワフワで新品同然のシーツが敷かれた綺麗なベッド。
零世界のものとの違いに思わず感激しながら寝ころぶと、あっという間に寝落ちした。
夕飯時に家政ロボットのイヨさんに起こされ家族団らんの時間を過ごした後、治樹の部屋で零世界についてのインタビューや今後の行動予定なんかを相談したりした。
そして今はお風呂に入り終わり、ホカホカ気分で再びベッドに寝ころんでいたのだが、ふいに視界の隅に色葉の口座への入金報告のマークが浮かんでいることに気が付いた。
「またか……今度は何だろ」
入金される覚えはないので十中八九、鈴木小太郎関連だと当たりを付けて詳細を見てみれば、やはり送金元がEW社になっていた。
送金理由は色葉もすっかり忘れていた『モンスター討伐の報酬』。
金額はおよそ六〇万円。ヤツハネガラスが結構いいお値段だったらしい。
すでに突き返していた慰謝料として振り込まれていた金額からすれば少なく感じるが、ただの女子高生からすればこれでも相当な大金だ。
「あー……そういえば、そんなことも言ってたっけ……。
もう零世界って存在も認めちゃったし、ブラットが命がけで戦った正当な報酬ってことで貰っちゃおうかなぁ。
ってか、これって税金とかどうなるの? 理由が理由だし贈与扱いで贈与税?とかかからないのかな?
収入として換算されるにしても、高校生だろうが沢山稼いだら所得税は払わないとだし。
脱税で捕まるとか絶対にやだよ、私は」
色葉の暮らす時代にもなると、現代よりもさらに脱税は難しい。
どういう扱いになっているのかさっぱりなのだから、これはもう念のためにも聞いてみるしかないだろう。
すぐさまBMOの運営宛てに、ここまでに抱いた疑問も含めて回答を求めるメッセージを送り付ける。
これで鈴木小太郎の元へと直接届くはず。
色葉はしばらくファッション電子雑誌を読みながらゴロゴロして返事を待っていると、さっそく小太郎から返事が来た。
まず脱税云々の件で言えば、その辺りもEW社が問題ないように手を回してくれているので色葉は気にする必要がなく、それでも心配だというのなら万が一容疑がかけられた時のために、このメッセージやログをしっかりと保存しておくといい──とのこと。
「いやもう何でもありだな、EW社……」
しかしそうなると、これから零世界に行くたびにお金が増えていく。
色葉が収入分の税金を払う必要すらないというのなら、手取りで下手をしたら月収百万を超えることもありえてしまう。
いきなり金回りがよくなったことを親に知られれば、どんな怪しい方法で稼いでいるのかと騒ぎになりかねない。
「これは大人しく将来のために貯金でも……いや、待てよ。どうせなら、BMOに課金しちゃおっかな。それでも余るだろうし」
BMOはお金をかければ強くなれる!……なんてことはないが、お金を払った分だけプレイが快適になる課金要素が色々とある。
それならば傍目から見てもばれないし、今後の零世界の攻略への投資にもなる。
いっちょそっちの線で考えてみようと考えながら、色葉は次の項目へと視線を移していく。
「ヘイムダルについてはノーコメント。EW社と個人情報秘匿義務で、前任者たちの個人情報は誰にも話せない契約になっている……か。
けど私の一つ前の前任者のヘイムダルは、やっぱり今も元気に暮らしてると」
前任者である〝ヘイムダル〟が現在のトッププレイヤーと同一人物なのか。
という質問に対しての解答こそ貰えなかったものの、望みを叶えて今は幸せに暮らしているということだけは教えてくれた。
そして次の質問。何故もっと経験値ポーションを持っていきやすくしないのか、について。
「あー……やっぱ、やりたくてもできないからって説が正解だったか」
全人類経験値バラマキ計画は不可能だと、ここで確定した。
なんでも手持ちスロット経由での物資輸送は、無機物だからなんとか崩壊しそうな世界を刺激しないように持ち込める仕組みを作ることができた。
けれど『経験値ポーション』の場合は、純粋な力の塊なので大量に誤魔化すのは難しい。
もし世界がそのエネルギーに刺激されてしまえば、ドミノ倒しのように崩れ去ってしまう可能性も大いにある。
「まじであの世界、危なすぎるでしょ……。爆発物かなんかなの?」
けれど密輸するような気持ちで少しずつ持ち運ぶのならできることを、色葉の一つ前の前任者である〝ヘイムダル〟が実証した。
理論上は大丈夫だと分かっていても、そのときは生きた心地がしなかったと当時の小太郎の心情まで記載されていた。
「それは知らん」
以上の理由でわざと経験値ポーションの流出量を極端に低く調整している。
そうしておけば色葉が乱心しても、まかり間違って強引に持っていくことはできないからと、小太郎なりのセーフティラインを引いたようだ。
では小太郎自身が自分の世界で作って、それを人間たちの暮らす次元に落とすなりなんなりはできないのか?
とも色葉は思ったが、それも世界への刺激になる可能性があるということともう一つ。
根本的に彼の内側への干渉能力が低すぎて、下手に干渉しようとするだけで世界が吹き飛ぶ可能性が一番高いと自嘲交じりに書かれていた。
「自分で設計した世界なのに、なんでやねん……。
どんだけ不器用なんだ、あの人は──って、そもそも人じゃないのか」
そしてもう一つ、経験値ポーションについて尋ねていたこと。
それは零世界の住人に使っても、副作用が起きることはあるのかどうか。
アデルはたまたま成功した、もしくはそう見えるだけで、実は使うと何らかの重篤な症状を抱えるはめになる可能性はないのかと気になったからだ。
こちらの解答は、場合によっては取り返しのつかないことになる──と書かれていた。
「え!?」
零世界の住人に経験値ポーションを使った場合の副作用は、進化の可能性が一定割合飲むごとに少しずつ潰れていくというBMOと似たようなものだけだという。
もしこれがモドキや劣等種など、多大な可能性をいくつも秘めている子ならば進化できるまで飲ませても何かしらには進化できる。
しかし貴族種、王族種。こちらは絶対に呑ませてはいけない。
これらの進化先が極端に少ない種に使った場合、逆に進化の可能性を全て潰して何をどうしても進化できない存在に貶めてしまうからだ。
一般種は成功する可能性もあるが、生まれた種や個人の資質によって進化の可能性が残る場合と残らない場合が確実に出てくるので、こちらもお勧めはしない。
「……ならそもそも全人類経験値バラマキ計画は、超危ない計画だったわけだ。よかったぁ、聞いといて」
下手に仲良くなった零世界の住民に飲ませてしまい、進化の可能性を全て奪ってしまうことだってあり得たことに背筋を凍らせた。
「けどアデルはモドキだったみたいだし大丈夫そう。これもよかった」
アデルには最終的に自分に協力してほしいという下心もあるが、純粋に彼女となら仲良くやっていけるという確信があった。
そんな人が苦しむ姿なんて、色葉は見たくない。
ちなみに経験値ポーションの存在について色葉に教えなかったのは、もしかしたらそれ以外のもっと安全な方法でベグ・カウを倒す術を思いついてくれるかもしれないという薄い希望を持っていたため。
小太郎からすれば経験値ポーションの輸入は、爆弾を輸送しているような緊張感があるからできるだけ知ってほしくなかったという。
「その世界の管理者が思いつかない方法を、どう私が思いつけと……? 私に期待しすぎだって」
現時点で知りたいことはおおよそ把握できたので、メッセージ画面を落としてBMOの中ではなくホームページに自分のアカウントでログインする。
(BMOの中でもできるけど、今入ると止め時が分かんなくなって徹夜しちゃいそうだしね~)
ログインした後に開いたページはBMOの課金画面。
課金によって入手できるアイテム、サービスなどがズラっと表示されていた。
色葉は、さっそく零世界で稼いだお金を課金してみようと思い至ったのだ。
「まずは手持ちとカバンのスロット数の増加だよね。
課金分は反映されないから零世界に持ち運べる数は変わらないけど、BMOで普段から沢山荷物を持ち運べるのは純粋に便利だし」
幼年期時代はそもそも荷物を圧迫するほど物を持っていなかったので問題なかったが、今は違う。
モンスターの撃破回数も桁違いに上がり、ドロップ品による荷物整理なんてことを最近ではよくしていた。
プレイヤーたちの荷物保管場所として町のポータルを利用した『ポータルチェスト』なんてものもあるが、こちらはどこのポータルからでも引き出せる代わりに枠数は少ないので長期間のアイテム保管場所としては最適ではない。
今のブラットは、そこにも入りきらないようなアイテムは売ったり捨てたりするしか選択肢がなかった。
だが手持ちスロットやカバンが拡張されれば、荷物に圧迫される心配も減らしつつ、探索を長時間続けることもできてしまう。
「進化するとカバンの方の容量は上がるけど、結局は上がった分プラス課金分だからずっと損することはないし、これは絶対にアリなはず」
BMOでは、デフォルトのカバンの容量の初期値が『30枠』。
それに一次進化と二次進化でプラス『10枠』ずつ。三次進化してプラス『30枠』。この時点で計『80枠』。
後は進化するたびにプラス1枠ずつ増えていく仕様になっている。
他にも職業によってはカバンの容量を増やしたりするスキルもあるが、基本的にはこれが上限と思っていい。
これでいくと、今のブラットのカバン容量は『40枠』となっている。手持ちスロットと合わせて『55枠』が現状だ。
しかし課金でカバン容量拡張を行えば、最大でプラス『200枠』。
つまりブラットが最大まで課金すればカバンの容量は『240枠』に、さらに手持ちスロットも課金で拡張すればプラス『15枠』まで増やせるので、持ち運べる限界は『270枠』となる。
このままブラットが三次進化までできれば、課金枠も合わせて『310枠』ものアイテムをBMOでは持ち運べるようになる寸法だ。
「カバンは10枠で五〇〇円だから、最大で一万円。
手持ちスロは5枠五〇〇円だから、最大で一五〇〇円。
この時点で一万オーバー。こんなに拡張する必要があるかどうかは謎だけど、やっちゃおう。アイテム管理が大変そうだけど。
ん~となると後は拠点も課金で買っちゃおうかなぁ。課金拠点が一番安全だし、もし変なのに絡まれてもすぐ逃げ込めるし」
BMOでの拠点はゲーム内にゲーム上の通貨で土地を購入し家を建て、そこを拠点にすることができる。
けれどその場合は拠点のある町が所属する国へ、税の支払いが発生する。
また戸締りをちゃんとしておかないと他のプレイヤーが入りたい放題になってしまう上に、鍵のグレードをケチると泥棒のNPCに侵入されてアイテムやお金を盗まれるなんてイベントまで発生するしまつ。
もちろん鍵開け系のスキル持ちのプレイヤーが泥棒に入ることだってある。
ただ泥棒を捕まえると大金を入手できたり、泥棒プレイヤーは現行犯で捕まらなくても、プレイヤーやNPCの目撃情報によって窃盗が発覚すれば犯罪者認定され、その国内のポータルが一切使用できなくなるうえに、町に正規の手段で入れなくなる。
そうなると役場に名前と顔が張り出され、賞金稼ぎのプレイヤーやNPCの衛兵に追われたり、捕まれば盗んだアイテムと──売り払うなりして持っていない場合は推定金額分──プラス迷惑料を取られてしまいリスクが高い。
なので余程、杜撰な防犯をしていなければそうそう入られることはないのだが。
また誰の土地でもない無人の場所に勝手に家を建てるなんてこともできるが、その場合は国の保護がない無法地帯。
見つかれば一部のプレイヤーが嬉々として襲撃しにやってきて直ぐに拠点は潰されてしまうので、お勧めはされていない。
二十四時間体制で防衛網を敷き拠点を守り続けている──なんて稀有なクランもあるにはあるが、それはそれができるだけの人員と力と時間がある者たちのみに許された特権だろう。
だが課金拠点はそれらの心配が一切ない。
なにせ隔離された専用サーバー内で割り当てられた領域をレンタルして、そこに家を建てるのだから。
所有者が許可しなければ入るどころか近づくこともできないし、信用を得て入ることができても許可されてない物を動かすことも壊すこともできない。
サーバーをハッキングできるなら入れるだろうが、それはもうゲームを逸脱した犯罪行為なので現実で警察のお世話になってしまう。
土地の広さの最大は理論上では無限大。ただしその場合の金額も無限大。ようは月々払えるお金の額で、広さが決まる。
逆に小さな物置程度の広さでいいのなら、月額一〇〇円からでも借りられる。
またポータルを使わなくても所有者や権限を与えられている者のみ、町の中ならどこからでもワープして入ることができるので、妙な連中に付きまとわれてもそれで逃走し別の町のポータルに飛んで逃げる──なんてこともできてしまう。
身近で言えば治樹こと『はるるん』がリーダーを務めるクランも、共同課金拠点として利用している。
大手クランや有名パーティのほとんどは、課金拠点を何かしらの形で使っていることが多いのだ。
さらにデータを購入することで、用意された家をすぐさま用意することが可能。日替わりで購入したデータ内の建物に切り替えるなんてことだってできてしまう。
これがゲーム内で土地を買って建てた家となると模様替えするにも手間がかかるし、建て替えるのならまた建築費用を捻出しなければならない。
「それに色々とゲーム内では使用できない課金アイテムとかも、この中限定で使えたりとかもできるんだよね」
その代表として知られるアイテムは、Mジェネレーターと呼ばれるモンスター発生器。
所有者が一度でも倒したことのあるモンスターを召喚でき、何度でも何匹とでも戦えるというアイテムだ。
ただしそれで呼び出したモンスターを倒しても種族レベルは一切上がらないし、ドロップアイテムもない。
戦闘中のスキル使用による習熟度のみ取得可能という仕様で、職業レベルを上げるには使える。
またイベントで出てきたボスや特殊個体、ブラットでいえばランランと共闘したあのヴェノムキングリザードの亜種など、一度しか本来は戦えない相手ともう一度戦えるという利点もあるので、種族レベルの経験値にならなくても課金するプレイヤーはそれなりにいる。
「もしも炎獅子を倒せる日が来ても、また戦えるとか最高じゃん?
いずれは二対一とか、三対一とか自分で難易度上げられるし。
う~~~、やっぱ課金拠点は買っちゃおう!
あ、ならこれも欲しいかも──これも! あ、こっちも………………。
ええい、どうせあぶく銭みたいなもんだ! オレは宵越しの金は持たねぇぜ!」
色葉は結局手に入れたお金を全額使うことはなかったが、それでも数十万単位の金額を一気にBMOに課金してしまうのであった。
「こ、これは初期投資だもん……」
次回は土曜更新予定です。




