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Become Monster Online~ゲームで強くなるために異世界で進化素材を集めることにした~  作者: 亜掛千夜
第二章

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第二九話 兄ペディア

 眠りに落ちたかと思えば、すぐに目が覚める──といった不思議な感覚と共に目を見開けば、BMOにおける一町の零世界へと繋がる扉の真ん前に立っていた。

 すぐにゲームのシステム画面を展開し、本当にちゃんとBMOなのか確かめつつ今現在の時間も調べておく。

 約二日ほど過ごしたはずなのに、日本時間的にはブラットが零世界に旅立ってから約二時間しか経っていない。


 本来ならば数分程度まで経過時間を縮めることもできるのだが、ある程度経過時間を調整できるとも小太郎が言っていたので、それを確かめてみるという意味合いも兼ねて『二時間後の世界にログアウト』と適当に念じたことでこうなった。

 これなら周りから見れば入ってすぐにまた出てきた──なんてことには思われないはずだ。



「無事に帰ってこれたみたいだね。ゲームでのログアウト選択画面も普通に出るし、便利なUIもちゃんとある。

 ………………ここはちゃんとゲームの世界だ」



 零世界でのあの生々しいまでの現実を見せつけてられてからこちらにくると、BMOはなんだかフワフワとした夢の世界のように感じられた。

 BMOはゲームで、色葉の暮らす世界は現実で……、零世界も現実なのだと。


 かと言って零世界の方がいい! というわけではない。

 ゲームはゲームだから楽しめるものなのだから。夢の世界万歳だ。

 ならば零世界にはもう行きたくないのか? といえば、こちらもそうではない。

 あの世界は現実だからこそ感じられるものも沢山あったのだから。



(うん……分かった、認めるよ。零世界は〝現実〟なんだって)



 零世界から帰る頃には、もはやそのことをほとんど疑ってなどいなかったが、もう降参だ。

 いやそんなわけないじゃん……という気持ちすら凌駕する、圧倒的なリアルを見せられてしまったのだから否定しようとする気持ちすらもう湧かない。

 ブラットは小太郎の言っていた〝設定〟とやらが、全て〝現実〟なのだと完全に受け入れた。



(私があの世界を救うんだ! なんておっきなこと言うつもりはないけど、少なくとも私はガンツたちやアデルにも死んでほしくはない……、これはますます気合を入れないとね)



 一番最初の動機は自分が進化するためだった。

 けれどあそこで生きている人たちがいて、たった二日程度とはいえ親交を深めた人もいる。

 ひょっとすればこの考えは小太郎の思い通りなのかもしれないが、それでもブラットは自分の進化と仲良くなった人のためという二つの思いで零世界に挑んでいこうと心に決めた。



(けどま、それはそれとしてゲームも楽しもう!)



 だがBMOは零世界を攻略するためだけにやっているわけでもない。

 やることはやるが、ゲームは楽しんでこそである。

 さっそくブラットは他の町に移動するため、一町のポータルのある場所まで歩いていく。


 ついでに移動中『はるるん』にチャットも送る。

 今までまったく興味がなかったこともあり、たいした情報を持っていない『経験値ポーション』の詳しい入手方法。

 零世界の人類の国の周辺に陣取っているモンスターたちと同系統の種と戦える場所。

 などなど、これから必要になってくるであろう情報を求めて。


 はるるんならば、この先のイベントのネタバレなど色葉が嫌がるような情報を避けた上で、必要なことを端的に教えてくれる。下手に自分でネットで調べるよりも確かだからだ。

 これを通称『兄ペディア』と色葉は言っている。



「おっと、返信が来た。相変わらず早いなぁ。なになに……」



 経験値ポーションは今現在プレイヤー側で製作できたという情報はなく、生産は不可能とされている。

 入手方法はBMOの全モンスター討伐時に超低確率でドロップする。

 ボス系統や低確率でポップする特殊個体だと、他よりも少しドロップ率は高めだが、どちらにせよ低いのは変わらない。

 だがいくら確率が低くても、BMOのプレイヤー数は膨大な上にまだ増え続けているので、毎日誰かしらは手にしている。

 経験値ポーションは王族種や貴族種を選んだライト層には人気アイテムなので、手に入れたプレイヤーが売りに出すことも多く、それを購入することでも入手は可能。

 他には過去の例で言えば、イベントで稼いだポイント交換で貰えたなんてこともあったらしい。



(いや鈴木小太郎よ……、何でこんな零世界攻略難易度激下げアイテムをもっと配んないのかなぁ。

 自分だって零世界の住民がポンポン進化できた方が都合がいいだろうに。

 ……いやでも、それができるならとっくにやってるってことかも?

 なんか使うと不味いことでもあるのかな。後で聞いておかないとだね。

 あれ? なんか追記が……なになに~)

『今こんなことを聞いてくるってことは、零世界とかいう特殊ワールドで必要になったんだろうが、大っぴらに探そうとするのはやめておけ。

 もし必要なら俺も協力するから、できるだけその情報は広めずにいたほうがいい』

(んん? なんでだろ?)



 疑問に思いながら、ブラットは続きの文章を読んでいく。



『世の中には自分の利益にならなくても他人の足を引っ張ろうとするやつは大勢いる。

 お前は今このゲームでは注目の的だ。買えないよう妨害したりするやつが絶対にでるぞ。

 お前が集めていると悟られないように、遠回しに買ったり情報をかく乱、操作できる地盤を俺が作ってみるから、まだ動かないでほしい』

(治兄……)



 ブラットに対して自分は大した努力もしていないのにズルいと怒ったり、大きな話題となったことで嫉妬心をむき出しにネット上で叩いたり、そんな層がいることを『はるるん』こと治樹はよく知っていた。

 自分の出した動画にも、そういうコメントを残していくものが少なからずいたし、ようやくBMOを楽しみだした妹に妙なちょっかいや危害が及ばないよう積極的に情報を探っていたりもしたからだ。


 そんな治樹からすると、ブラットが必要だというアイテムが知れ渡れば確実に妨害工作に出る輩がいると確信していた。

 注目を集めていることで逆に直接接触し辛い雰囲気の今、そういう者たちが間接的にできる嫌がらせとして最適な手段なのだから。


 ブラットは──色葉は自分を思いやってくれる兄に、ありがとうと心からのメッセージを送っておいた。




 経験値ポーション以外の情報にも目を通し、この後どこに行こうか……なんて考えながらポータルのある場所まで辿り着くと、見覚えのあるプレイヤーがいることに気が付いた。



「あれ? 〝しゃちたん〟じゃん。今は二町の方でレベル上げしてるって言ってなかったっけ?」

「ん? あーブラットか。なんか私が狙ってる進化をするには、この辺に出る最弱スライムを最低でも百匹倒さないといけないんだって。

 だからめんどいけど戻って来たってわけ」

「なるほど、そういうことか」



 プレイヤー名『しゃちたん』は、つい最近BMOをはじめたばかりのモチモチプルプルボディな、大きさは五十センチほどもある桜色のスライム。

 大きくて丸い瞳がどこか間抜けにも見えるが、ゆるキャラのような独特な愛らしさがある。


 では何故そんなルーキーがこんなにもブラットと親しげなのかと言えば、それは『しゃちたん』の中身がリアルでの友人でもある『高田紗千香』だからに他ならない。

 なにせ勧誘したのは色葉だし、一番最初にBMOにログインしたときなど、『HIMA』と二人がかりでゲーム慣れしていない彼女にレクチャーをほどこしたほどである。

 色葉と葵というガチゲーマー二人の補助により、彼女はすくすくと成長している真っ最中。

 最近では進化先まで自分で調べて、精力的にBMOを楽しんでいた。



「そういうブラットはどうしてここに?」

「私も似たようなもんかな。次の進化のために、ここからしか行けない場所に行ってたところ」

「あー……、なんかゲームなのに死んじゃダメとかいうとこに行かなきゃなんだっけ」

「そうそう。けどまさか、しゃちたんがここまでハマってくれるとは思わなかったよ。

 いきなり人外を選択してきたときには、すぐやめるつもりでネタに走ったのかと思ってたんだから」

「え? スライム可愛くない? 色もピンクが選べたから速攻これに決めたんだけど」

「いや、可愛いけどね」

「でしょー。最初は体の動かし方に戸惑ったけど、慣れると結構おもしろいしね」



 スライムは最弱モンスター筆頭として描かれることも多いが、BMOにおいては初心者が選ぶ種族の中ではかなり優良な選択だったりする。

 なにせどんなスライムであろうと最初に選択できる種には、特性に【物理耐性】がついてくるのだ。

 序盤では特に物理攻撃が主体なモンスターが多いので、劣等種からのスタートでも他より死ににくい。

 進化すればさらに硬くなり、進化先によっては魔法にもかなり強くなる。

 BMOでは有名なランカーでもスライムを貫いている、タンク職のプレイヤーだっているくらいだ。

 初心者の中には難易度ハード~ベリーハードの劣等種で始め、死に過ぎて萎え落ちし一般種でやり直すなんてプレイヤーも大勢いるのだから、ただ死なないだけでもモチベーションの一助にはなっているのだろう。



「それじゃあ、私は同族をヤってくるね~。ばいばーい」

「ばいばい、また今度一緒に遊ぼう」

「はいよー」



 桜色のプルプルボディを震わせながら、紗千香こと『しゃちたん』はスライム狩りへと去って行った。



(そんじゃ、私も移動しようかな。どれにしよう──やっぱこいつかな)



 はるるんから聞いた情報をもとに、どの種と戦ってみようかと少し悩んだ末、ブラットは見覚えのあるモンスターが出没する森の近くにある町へと飛んだ。




 その町は三町から東へ向かい一つ町を飛ばした先にある『モグリス』。

 もう既にそこまでの道を開拓し終わっているので、すぐにポータルから森を目指してみれば、お目当てのモンスターに遭遇することができた。



「グゥルルルゥゥ……」

「おー、そっくりだ。ちょっと前ぶりだね、ハイエアウルフくん」



 お目当てのモンスターは、この辺りの強モブとしてポップする『ハイエアウルフ』。

 零世界において一番最初の戦場で群れのリーダーとして出てきた、あの緑色のオオカミと同じ種族。

 あのときはガンツたちと倒したが、自分一人だったらどうなっていたのか試しに戦ってみたくなったのだ。



(今後も絶対に零世界に出てくるだろうしね。ここで慣れておかなきゃ)



 そしてさらに今回は、もう一つ目標があった。



(せっかく尻尾もあるのに、零世界じゃ全然いかせてなかったんだよね。

 とっさにバランスとったり、敵の攻撃を受けるときの三本目の足みたいな支えくらいには使ってたけど)



 色葉の体には本来ついていない上に、空を飛ぶときに使う翼と違ってそこまで尻尾を積極的に使う理由がなかったというのもある。

 だがもしやってみて攻撃手段の一つとなるのならと、お試しで戦闘に使えないか研究してみることにした。



「グルゥウォオオ!」



 いろいろとどうしようか考えているうちに、向こうから襲い掛かってきた。

 物は試しだと躱しながら尻尾で打ち付けたり、足に絡めてみたり、顔面を叩いてみたりなどなど色々とやってみる。

 しかしブラットの灰色の尻尾は、小さな蜥蜴のようにしなやかで細長い。そして腕力や脚力ほど力が強いわけでもない。

 攻撃したところで大したダメージはなく、足を引っかけようとしても力づくで押しのけられてしまうし、顔面を叩いたところで不意打ちで驚かせられるくらい。

 慣れない変なことをしていたせいで、逆にダメージをくらって危うく死んでしまうところだった。


 零世界では何故かまともに発揮されなかった、近接攻撃全てで発動する【捕食攻撃】で回復しながら態勢を整えなおす。



「攻撃手段としてはやっぱ微妙かなぁ。

 ならこれまでよりも、移動の補助として積極的に使って見ようかな」



 力はそれほどないが、二秒程度なら尻尾だけでブラットの小さな体を支えることくらいはできる。

 尻尾を支えに、すぐ体勢を戻せるドロップキック。

 尻尾を使っての手を使わないバク転や側転。

 慣れてくると三本目の少し非力な手や足のように動きに組み込まれていき、動きがますますアクロバットな軌道になっていく。

 こうなると色葉の習熟は早い。あっという間に最初からそうであったかのような、こなれた動きに最適化されていった。


 一匹といつまでも戦っていると、次第にハイエアウルフが二体も戦闘音を聞きつけ加勢にやって来る。



「いいね。あんたたちも練習に付き合ってよ」

「「グゥァア!」」



 尻尾を使っての地上戦は慣れてきたので、今度は翼も加えた陸空軌道の最適化を図っていく。

 尻尾を空中で思い切り振ることで軌道を無理やり変えたり、低空飛行で通り抜けざまに森に生えている枝に尻尾を巻き付けグルンと一回転しながらハイエアウルフの突進を躱して背中を蹴りつけたり、一撃一撃は軽いが三対一の数の差をものともせずに、その攻撃の全てを躱し全てを当てていく。



「ふぅ、ありがとね」

「グゥルゥゥ────」



 ハイエアウルフ三体との戦いは、時間こそかかったもののブラットの完勝で幕を閉じた。

 最後に残った一体も攻撃を当てられることなく消え去り、ドロップアイテムに置き換わる。



「もう動きはだいたい覚えてたから、こいつなら一人でも問題ないかもね。でも……」



 しかし、やはりBMOと零世界では少し違った。

 動きも攻撃手段も同じといっていいほどそっくりだったが、生への執着がまるで違う。

 死ぬ間際まで足掻こうとするあの生物の持つ力強さを間近で感じてしまったブラットには、BMOのハイエアウルフに迫力をそこまで感じなかった。

 こちらで同種のモンスターたちと戦って慣れるにしても、この違いを考慮しておかなければ、最後のあがきで殺されかけたボンドのようになるのは自分かもしれないと、ブラットは強く心に刻み付けておくのであった。

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零世界のハイエアウルフは目玉弾き飛ぶ程の殴打を受けても絶殺根性発揮してたもんなぁ
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