第二八話 じゃれあい
「ブラット! 腕が!」
「ん? ああ大丈夫、もう生えるから」
捕食したものの質が良かったからか、【根源なる捕食】の回復効果でブラットの無くしたはずの腕がすぐ生え変わり、落とした右手も綺麗に再生した。
合成獣の職業スキルに【部位自切】なんていう自傷スキルがあるのは、それができるだけの強力な再生能力があるからである。
HIMAをしてゾンビと言ってのけられた職業【合成獣】はダテではない。
心配して真っ先に駆け寄ってきてくれたトッドが、「なんだそれ……」と微妙な表情でその光景を目にし足が止まる。
「お前は腕まで生やせるのか……」
「便利だろ? んじゃあ、もう一匹のほうにいきますか」
ポーションも使わず腕をあっさり生やしておいて、便利なんて言葉で片づけるのもどうかと思うが、実際にそうなのだから仕方がない。
唖然としているところ申し訳ないが、まだ緊急事態は完全には収束していないのだから、さっさとそちらに向かうべきだ。
「それもそうだな。作戦は今のと同じでいいのか?」
「ちょっと個体ごとに性格が違うから微妙な違いはあるけど、概ね同じ感じでいいよ。それじゃあ……ん?」
ここでまたハイエアウルフと同じ感覚をヤツハネガラスの死体に覚えたので、そちらに近寄り手で触れる。
すると全身の羽毛がごっそりと溶けだし、ブラットの中へと吸収されていった。
黒い地肌剥き出しのブツブツ肌の、何とも気味が悪くカッコ悪い死体だけが取り残される。
色さえ除けば焼かれる前の巨大ターキーのよう。
(おおぉ……、なんか前のオオカミよりも満足度? が凄い気がする)
オオカミの全身の骨を吸収したときはそれほどではなかったが、ヤツハネガラスの羽毛は精神的にも肉体的にも満たされるような感覚がした。
それだけオオカミよりも格上だったということだろう。
とはいえ先ほども言ったが、まだやらなくてはいけないことが残っている。
満たされる感覚に浸るのをやめて、ブラットは残りの二体の討伐へと乗り出していった。
結果から言って、それから先は早かった。
ブラットは毛をむしられたヤツハネガラスの頭部を切り落とし、残りの二体に見せに行ったことで状況が急変したのだ。
ブラットからすれば「仲間の死骸を見れば動揺くらいはしてくれるかな?」なんて、軽い気持ちで持っていっただけだった。
しかし残りの二体からすれば、少し自分たちから離れていた間に無残に毛を毟られ、脳天には穴が空き、白目をむいて首だけになったその姿は恐怖でしかなかった。
なにせ頭の悪さには辟易していたが、その力だけは二体とも敵わない同種の中では上位の存在として認めていた個体だったのだから。
その凄絶な死に顔の首をもって、意気揚々と現れる人間など化け物のように思えたことだろう。
結局見せた途端に恐慌状態になり、せっかく馬鹿が抜けて揃っていた二体の連携は最初よりさらに悪くなりボロボロ。
ブラットが首をもって周囲をウロチョロするだけで、気が散って戦闘に身が入らなくなり、他の戦士たちの攻撃を簡単に受けるようになってしまう。
(いや、モンスターのくせにメンタル弱すぎない?
あーもう、けどやれるならやる! リスクが低いなら望むところだ!)
あとはブラットも戦闘に加わり、ちゃっかり経験値的なものは残りの二体分からもいただいて終局だ。
最初の一体との戦いで高揚していた気分もすっかり冷めて、今はなんだか消化不良な状態でガンツたちと合流を果たした。
それまでの間に他の戦士から称賛の声や、未来予測じみた回避はどういう能力なんだと聞かれたとき、ただ観察して動きや癖を覚えただけと言って若干引かれたりなどなど色々と大変だったが、「疲れているから」の一言で今回の緊急事態の功労者だからとあっさり解放してくれたのは助かった。
零世界の戦士は力や結果を出した分だけ、声が通りやすいというのも嫌というほど理解できた。
「んじゃあ、今回も俺たちの隊……というか、ブラットのおかげで第一の武勲だ。
お先に帰らせてもらうとしよう」
「オレだけじゃ倒しきれなかったのは間違いないんだから、ガンツ隊での勝利なのは間違いないよ」
「そうか。なら遠慮なく、配給券を国からふんだくってやるとするか」
「うおっしゃ! 今回は赤券も一枚じゃねーだろうし、しばらくは楽しめそうだぜ!」
「また赤券かよ……」
赤券ということは、異性となんやかんや楽しもうとしているということ。
戦い以外はそればっかりかとブラットは、嫌らしい笑みを浮かべるボンドに呆れた視線を投げかける。
「がっはっは、自分は興味ありませんってか? まるで昔のガンツみてーだな」
「あ~そういや、そうだったなぁ。
確かガンツがガキの頃はボンドみたいな大人たちを見ては、女にうつつを抜かしている暇があったら力を磨け~だのなんだの青臭いこと言ってたっけか」
「てめぇら……んな昔の事、今更蒸し返すんじゃねーよ。
……だがなブラット、お前も男だ。どんなにカッコつけたところで、大人になれば嫌でも俺たちの気持ちが分かるようになる。
お前が三次進化までして大人になったときにゃ、しっかりと俺たちが最初の相手を選んでおいてやるから安心しろ。万に一つも失敗なんてさせねぇからよ」
「そもそも、そんな相手いらねーよ!」
「そう言うな。今は分からねぇって気持ちは俺もよく分かる。
ボンドやワーリーが言っていたように、俺もそういう時期はあった。
けど今は俺が失敗しねぇように相手を選んでおいてくれた、今は亡き兄貴分たちには感謝してんだ。
お前もきっと、そのときになれば俺たちに感謝することになるだろうさ」
「感謝なんてするもんか! 絶対オレはそんなことで喜んだりしないからな!」
「おうおう、それでいい。今はそれでな」
小さな子供を見るような微笑まし気な五人のおっさんたちの視線に囲まれながら、ブラットは今日も無事に生き残り国に帰還したのだった。
今回の配給券は前と比べて、かなりの椀飯振舞だった。
食料系の白券は何日かは三食大量注文しても持つほどに、雑貨系の黒に嗜好品系の緑や衣類や装備品の青も前回よりずっと多い。
さらになんとブラットたちの階級では滅多に貰えないとまで言われていた黄色券、魔道具との交換チケットが一枚だが手に入った。
ガンツたち曰く、一枚では大したものと交換できないと言っていたが、それでもこれでこの世界の魔道具交換所を冷やかしに行っても文句は言われまい。
赤券は永久封印だろうなどと思いつつも配給券を許可なく捨てたり他人へ譲渡、交換は禁止されている──交換した後の物品を譲渡または交換は問題ない──ので、しかたなく前回よりも枚数の多いソレも持ち帰る。
とはいえ、全体的に大収穫なのは間違いない。
(ふっふっふ~。これで今の部屋のボロ棚ももっと機能性のある、おしゃれなやつに変えられるし、ベッドのシーツも綺麗なのに変えられる。
あっ、もしかしたら、もっとフカフカのベッドだって手に入れられるかも!)
ガンツたちと食事をとった後、そんなリフォーム計画をウキウキ気分で思案しながら自室へと戻った。
「おかえり、ブラット」
「ただいま~…………──って、なんでいるの? アデル」
すると部屋の主よりも先に、美人のお姉さんがベッドに腰かけくつろいでいた。
アデルの身分からすれば、そんな硬くボロのシーツだけが敷かれたベッドより、彼女の部屋の床の方が余程座り心地がいいだろうに。
「ちょうど時間ができたから、あなたに会いに来たのよ。迷惑だった?」
「あー……まぁ、別に迷惑ってわけじゃないけど。いきなりだったからちょっと驚いた」
「そう、なら良かったわ。私は、あなたに嫌われたくないもの」
そう言ってアデルは非常に絵になる美しい笑みを浮かべた。
ブラットからすれば完全に不法侵入されたわけだが、あまりにもそう無邪気に好意を示してくれる彼女に「まぁいっか」という気分になってしまう。
これでアデルが男だったらもう少し警戒心も沸き起こっていただろうが、ブラットというより色葉からしたら同性同士という安心感みたいなものもあったのだろう。
「今日は大活躍だったみたいね、お疲れ様」
「アデルが出たら、あんなカラス瞬殺だっただろうけどね」
「否定はしないけど、あれが陽動でもっと不味い輩が別に潜んでいるかもしれないから、私も迂闊に動けなかったのよ」
「だろうね。いざというとき、アデルが戦えませんでしたじゃ話にならないだろうし」
軽口を言い合いながらブラットも座ろうとベッドに近寄っていくと、アデルが自分の太ももをポンポンと叩いて手を広げる。
「おいで。頑張った男の人は女性に甘やかされたいものだって、同僚に聞いたのよ。
だからいらっしゃい、ヨシヨシしてあげる」
「ヨシヨシて……」
中身高校生やぞ!とツッコミを入れたくもなったが、膝の上に座れアピールは葵もよくやるので、何だかこの二人似てるのかもと笑いそうになりながら、興が乗り彼女の誘いに乗ってみることに。
彼女の膝の上は女性らしい柔らかさを持ち、その下の硬いベッドなど今すぐ放り捨てたくなるほど快適だった。
後ろから抱きしめるようにアデルの左手がブラットのお腹に回され、右手は彼の頭を優しく撫でつける。
身近にいたのがずっとおっさんばかりだったところに、落ち着く女性らしい香りに柔らかさ、優しく頭を撫でるしなやかな手。
今この瞬間が零世界に来て一番居心地がいいと言っても過言ではない状態に、思わず目を細めながら彼女の胸に後頭部を預けた。
「ふにゃぁ~」
「ふふ、甘えんぼさんね」
「あ、甘えん坊なんかじゃない」
気が緩みすぎて色葉の部分が色濃く出てしまっていたことを自覚して、ブラットは気を引き締め直す。その表情はユルユルなままだったが。
しばらく頭を撫でられたまま、互いに無言の時間が過ぎていく。
やがて満足がいったのか頭を撫でる手が止まり、右手もブラットのお腹側に回され、頭の上にアデルの顎がポンと乗せられる。
「それにしても今回は妙な襲撃だったわね……」
「妙? やっぱり今日のはおかしかったの?」
「ええ、あの性悪ガラスたちがヤツハネガラスを三体も投入してきたくせに、ただそれだけで他に何かしてくる様子もないなんて逆に不気味だわ。
あれじゃあ、ただ無闇に駒を捨てただけじゃないの」
「ヤツハネガラスって向こうにとっても、それなりに重要な駒だったの?」
「重要……というほど強い駒ではないでしょうけど、何の結果も得られず失うには惜しい駒であるのは確かよ」
将棋で言えば香車や桂馬など、他に強い駒はあるけれど無闇に突っ込ませて無くしていい駒でもない。みたいなものだろうかとブラットは考える。
確かにそれならわざと取らせることで、何か布石があるのではと警戒してもおかしくはない。
「けれどそんな様子が微塵もないどころか、隙を見せたせいで周囲のオオカミ陣営やカエル陣営に攻め入れられて、カラスたちは縄張りを少し削られたようだっていう報告まで入ってきたのよね。
これって明らかにカラス陣営のただの失策よね?」
「まあ、話を聞く限りそうだろうね」
「でもカラス陣営はそこまで馬鹿ではなかったはずなのよ。むしろ相手の隙を突く側だったわ。
それにね、あなたが仕留めた獲物の頭を見せたときの残り二体の反応も異常だった」
「アレって異常な反応だったんだ。めちゃくちゃ精神的に打たれ弱いモンスターだなぁとは思ってたけど」
「確かに同胞の無残な頭部を見せられたら動揺くらいはするかもしれないけれど、聞いたほど精神的にボロボロになることなんてありえないわ。
どこまでいっても相手はモンスター、そんな殊勝な精神なんて持っていないはずなのよ。しばらくすれば、その頭にも慣れたはず。
もういったい何がしたかったんだか……」
カラス陣営が下手を打っただけなら人類側としても大歓迎だが、そうなった原因が不明すぎて気味が悪い。それがこの国の上層部の意見らしい。
「他にも何かカラス以外の何かの影を見たっていう者も何人かいたみたいで、もしかしたら──」
「カラスが嵌められた?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
そもそもモンスターの頭がそこまで回るとは思えないし、どこかの陣営が動いた結果、偶然に近い形でそうなったと考えることもできる。
見ていたっていう影とやらも、他の陣営のモンスターが漁夫の利を狙って様子を見に来ることなんて珍しくもないから、今回の件にはそもそも関係ないかもしれない。
ともすれば何でもない、何だそんなことかっていう落ちかもしれないわ……はぁ……」
「なんにしても情報が足りないね」
「ええ、いろいろと推測が出過ぎてまだ結論が出せないのよ。ふぅ……」
疲れたため息を吐きながら、アデルはぎゅ~と少しだけブラットのお腹に回していた力を強め、抱っこ人形のように抱きしめる。
別に嫌ではないしむしろ人肌が心地いいくらいだ。それにアデルは気苦労も多い立場なのは、容易に推察できる。
これくらいで心が安らぐならと、ブラットは大人しくそのまま抱き着かれるがままに徹した。
「ありがとう。なんだか元気が出たわ」
「どういたしまして」
しばらくして、アデルはブラットの両脇を掴んで膝の上から降ろしてベッドに座らせる。
冷たくて硬いベッドの感覚に寂しさも覚えるが、アデルもいつまでもブラットを抱っこしていられるわけではない。
流れるような所作で立ち上がり、ベッドに座ったままのブラットを見下ろした。
「何が起こっているのか、まだよく分かっていないから、あなたも十分気を付けて」
「うん。気を付けておくね」
「それじゃあ、またね──」
チュッと今回はおでこではなく、右のほっぺにキスをされた。
そしてそのまま前の時と同様去って行くのかと思いきや、顔を近づけたまま何か期待の眼差しを向けられる。
さすがにここまで露骨にされて気が付かないブラットではない。
「じゃあ、また──」
「ふふっ、ありがとう」
お返しにとブラットがアデルの頬にキスをすると、ふわりとした柔らかな笑みを浮かべ、アデルは窓から夜闇に消えていった。
「何が起こっているか分からない……か、不気味だな。
まだ足りないかもだけど、いちおう情報は集まったし今夜はBMOに帰ってみよう」
進化ができずともBMOで新しい職業を覚えたり、トッドたちから聞いた周辺の魔物たちの情報から、それ系統のモンスターと戦ってシミュレーションすることもできる。
この奇怪な状況に足をすくわれないようにするためにも、ブラットは手持ちスロットの中身を全部出してから寝心地の悪いベッドに横になり、〝ログアウト〟と念じながら眠りへと落ちていくのであった。
次の話は火曜更新予定です。




