第二七話 ヤツハネガラス
ヤツハネガラスという、前に倒したハイエアウルフという群れのリーダーよりも格上を相手取る。
それは一度も死ぬことを許されないブラットが挑むには、少しばかりリスクが高すぎるようにも思える状況。
だがブラット自身は今の状況、信頼し力を貸してくる人員、自分の能力を客観的に考慮したうえで、高い勝率をもってこの戦いを収められると踏んだからこそ行動に出ることを決心した。決して無謀な戦いではない。
ブラットは最低限必要なお願いと、ざっくりとした作戦をガンツたちに説明していく。
その間に一つ目のお願いのために少し離れていたエルフのワーリーと小人のデンが、目的のものを持ってきてくれた。
「これでいいのか?」
「ありがとう、ばっちりだ」
それは瀕死状態のアロークロウとソードクロウ。かろうじて生きてはいるが、もはや動く気力のない後は死にゆくだけのモンスターたち。
そこら中に転がっている骸の中から、そういうギリギリ生きている個体だけを探して持ってきてもらったのだ。
では何故そんなものをブラットが必要としたのか。
それは職業スキル【根源なる捕食】の補助効果を発動させるためである。
「では、いただきますっと」
「うおっ!? なんだそりゃ」
瀕死のモンスターたちに右手の平をかざし、【根源なる捕食】を意識して発動させる。
すると手の平から黒い目も鼻もない口だけの顔がにゅうっと飛び出し、空間をえぐり取るように死にかけのモンスターが飲み込まれて消えた。
前のオオカミ戦では一度も使わなかったスキルに、近くにいたボンドが驚きの声をあげるがブラットはそれに言葉を返す時間も惜しいと、さっそく行動を開始する。
「あとは手はず通り頼む! ワーリーとデンはガンツから話を聞いてくれ! それじゃっ!」
「死ぬんじゃねーぞ!」
「当り前だ!」
【根源なる捕食】は自身が持つ根源と対象者の根源が一致した場合、威力と回復量があがり、さらに根源の種類に応じて様々なプラス効果が生じるというスキル。
少し前にどさくさに紛れてこちらでも確認してみれば、これは死んだモンスターに試しては効果がないが、とりあえず生きてさえいれば全ての効果が発動した。
今回で言えば攻撃と回復は当然として、【死生鳥】を根源に持つ鳥系統のモンスターを捕食したため、これからしばらく『飛行能力向上』というバフが付与される。
飛行〝速度〟向上ではなく〝能力〟なのがミソで、速度に機動力、スタミナの減少量低下、飛行中に行う全ての攻撃に対して威力上昇と、飛ぶことに関して多大な恩恵が得られるようになるのだ。
それはBMOだけでなく零世界でもしっかりと適用されるので、先ほど捕食した分の効果が切れるまでブラットの飛行能力は大幅に上昇した状態になった。
それが切れてしまう前に四級と三級の戦士が必死で戦っている巨大な三体の八翼のカラスのうち、目を付けていた一番都合のいい一体に向かって全速力で飛んでいく。
「お前はこっちだ!」
「カァッ!!」
「「カァ!?」」
目標の個体にだけ【闇弾】と手首から暗器のように取り出した毒針を投げつけてみれば、「何をする!」とダメージなど通っていないにもかかわらず、思惑通り釣られてくれる。
他の二体は突如、戦線から離れて小さな獲物に向かっていく仲間の姿に「何してんの!?」とばかりに止めようとしていたようだが、その隙を見逃さなかった戦士たちの一斉攻撃を受けてしまい、それどころではなくなってしまう。
(よし、第一関門突破)
なんてことはない。この個体を最初に選んだのは一番頭が悪いから。
攻撃もその予備動作が一番分かりやすく、短気でプライドが高く行動が単純、協調性も全くない。他の二体との連携を一番崩していたのは、こいつだった。
けれど火力はこいつが一番だったために他の二体も強く出れず、さりとて力量がかけ離れているわけでもないので手下のように動くのは嫌──という状態だったせいで、余計に連携がこじれていたというのが真相だ。
だが他の二体はこいつよりも大人だった。今だけはこいつに合わせるべきかと考えはじめ、連携が取れてきてしまっていた。
あのまま放っておけば他の二体のアシストの下、一番攻撃能力の高いこいつが縦横無尽に暴れて人類側に手痛い傷を負わせていたことだろう。
「ガッァアアア!!」
口から火を噴き空を飛んで逃げるブラットの後方から火炎のブレスが飛んでくるが、ちゃんと予備動作も範囲も予習済みなので、当たらないところまでサッと逃げて躱していく。
オマケ程度で大した効果のない特性【妖精の瞳1】でも、微かに相手のエネルギーがどこに集まっているのかは見えた。
ブレスの前にゴクリとつばを飲み込むような動作の後、喉元にそのエネルギーが集まるかどうかを見極めていれば、来るかどうか判断できるのだ。
ブラットを小物と甘く見ているのか、すぐ蹴散らしてやると、なんの警戒もなく標的だけが他の二体より引き離されて孤立する。
他の二体は三級四級の戦士たちが相手をしているので、そうそう援軍に来ることはないと見ていい。
一体いなくなったのだから、それくらいはしてくれないとブラットも困ってしまう。
三級四級の戦士たちも最初は一瞬困惑していたが、ブラットの素早い飛行能力を見て一体だけを引き付けて時間稼ぎをしてくれるのかと思ったようで横やりをいれる気配がないのもよかった。
「さて、はじめようか」
「カァアア!」
いい塩梅に引き離せたところでブラットは逃げるのをやめて、空を飛んだまま反転反撃に出る。
それを見て舐めるなとばかりに翼をバッ──と広げて、そこから無数の剣のように大きく鋭利な羽根を撃ち出してきた。
だがこれも既に予習済み。
撃つ前に翼を広げたとき、全身の羽毛がザワザワと波打つ予備動作のときは必ずこの攻撃が来ていた。
さらに一見一面を覆うような弾幕攻撃に見えるが、ちゃんと観察すればその面にもムラがあるのが分かる。それも必ず毎回同じムラが。
モドキの幼年期時代に、ブラットの観察眼は嫌というほど鍛え抜かれた。進化した後も、炎獅子という強敵に毎日挑み、その観察眼を磨き続けている。
そんなブラットからしてみれば、それができる体があるのなら、毎回お決まりの弾幕の隙間を縫って飛ぶくらい造作もない。
スイスイと空を泳ぐように弾幕の穴をすり抜け、ヤツハネガラスに接近していく。
「カァ!? カアアアッ!!」
まさかそんな曲芸を見せられるとは思ってもおらず、素っ頓狂な声をあげながらもすぐさま羽根撃ちはやめて、本能的に近づかれるのを嫌がり吹き飛ばしに切り替える。
だがそれもお見通しだ。
翼を広げた後、羽の先だけがブルルッと大きく一度震えたら吹き飛ばしの合図。
ブレスの時同様、効果範囲ギリギリを見極めてさらに距離を詰めていく。
近づいてくるのならと、今度は鉤爪による掴み攻撃。
(こいつの場合は体が前傾姿勢になった後、足を開いて少し後ろにスイングする癖がある。その後はこれが来てた!)
この個体の癖や動きから正確な軌道を読み、危なげなく躱して眉間の辺りに【狼爪斬】の蹴りを入れる。
「カァアアアアアアッ!!」
「これでも傷をつけるくらいは、ちゃんとできるみたいだね。安心した」
そこそこ威力を強化していたのだが、小さな傷ができた程度。精々が掠り傷だ。
けれど自分の攻撃が当たらないのに、相手の攻撃を受けるなどプライドが許さない。
遮二無二暴れ出し、自身にできるありとあらゆる攻撃を連発していく。
──だが当たらない。
徹底的にこの個体の動きを見極め性格から視線の動き、予備動作、微細な羽根の動かし方などなど、あらゆる観点から行動を先読みし、ブラットはその全てを完璧に躱してみせた。
ヤツハネガラスの周辺をコバエのように飛び回り、チクチクチクチク【狼爪斬】で小さな傷を体のあちこちに刻んで〝仕込み〟をしていく。
けれどバフの効果時間は無限ではない。切れてしまえば、ここまで上手く立ち回れない。
どこかで再び【根源なる捕食】を使って飛行能力の底上げをする必要があるのだが、【根源なる捕食】は反動で体が一瞬固まる後隙の大きい技なので、この状況で呑気に使っていたら一瞬でゲームオーバーだ。
しかしそうなることなど分かっていたのだから、用意してないわけがない。
(あった!)
相手に気が付かれないよう高度を少しずつ下げていき、目的のものを発見した。
それは【根源なる捕食】の供物として集められた、瀕死のカラスたちで作られた小山。
ブラットが空中戦をしている間に、ガンツたちに集めておいてもらったのだ。
さらにタイミングを見計らって、ワーリーの弓矢がヤツハネガラスにヒットする。
傷すらついていないが攻撃が当たらずストレスが溜まりに溜まっていたことで、「なんだてめぇ!!」と反射的にそちらに視線が切り替わる。
「おい、トリこう! お前も丸焼きにして食ってやろうかぁ!?」
「カァッ!!?」
その視線の先では先ほどまでの簡単な装備とは違い、どこかからか調達してきた重装鎧に盾まで持ったボンドが、雑魚カラスを火で炙ってガブリと齧ったうえで、ヤツハネガラスに向いて変なダンスを踊っておちょくり出す。
言っている意味は理解できずとも、バカにされていることだけは理解できた。
プライドの高いこのカラスが放っておけるわけもなく、完全にブラットからターゲットがずれた。
その瞬間急いでブラットは供物の小山へと急降下して、【根源なる捕食】を発動してバフを再度かけなおす。
トッドの補助魔法に加えてガチガチの装備を身にまとったボンドなら、たとえ攻撃を貰ったとしても一撃で死ぬことはない。
ただもし当たれば瀕死状態に陥るのは間違いないので、そのときはブラットが渡したポーションを惜しみなく使って貰う手はずになっている。
(そうさせるつもりはないけどね!)
ブレスの準備が終わりボンドがあとコンマ数秒で焼き払われるかといったところで、ブラットは狼足の助走と白と黒の翼をはためかせ、全速力でヤツハネガラスへと突っ込んでいく。
「どりゃあぁ!!」
「ゲェァッ!?」
「ビンゴ! やっぱここは嫌なんだ」
突っ込んだと同時に下あごのクチバシの付け根辺りを、思い切り【狼爪斬】で蹴り飛ばす。
ダメージはこれまでと変わらず掠り傷程度だというのに、これまでで一番の反応を見せてくれた。
ヤツハネガラスたちが連携できずにぶつかった際、互いにクチバシで突きあうとき必ずここを狙っていたのをブラットは見逃さなかった。
そこを突かれそうになると、全力で自分のクチバシで弾き返していたことも。
自分が嫌がることを相手にしたと考えるのなら、ここは何かしらの触れられたくないポイントなのだと当たりを付けていたのだ。
案の定ヤツハネガラスはボンドのことなど直ぐに眼中から離れ、再び上昇していくブラットの後ろを追っていく。
「ふぅ、肝が冷えたぜ……」
「お疲れさん。んじゃあ、俺たちも最後の準備をするぞ」
その姿をガンツたちはヒヤヒヤしながら見つめながらも、再び自分たちがやるべきことをと行動を再開した。
ヤツハネガラスとの攻防も再開し、先ほどと同じように周辺をコバエのように飛び回りながら、小さな傷をつけては〝仕込み〟を続けるブラット。
仕込みも大方済ませガンツたちの準備も終わったであろう頃合いを見計らい、最後の締めに取り掛かる。
(きた!)
それは本日何度目かの火炎ブレスの予備動作。
ブラットは慎重に〝指のなくなった〟左手の手首を、〝親指と人差し指しかない〟右手で掴んでタイミングを見計らう。
「ガァアアア!! ────」
「今!」
「……カァ?」
ブレスが切れた瞬間、ヤツハネガラスたちは一瞬だけ大きく息を吸いなおす。
そのタイミングで左腕を肩から自切し、掴んだ右手で口の中へとそれを放り込んだ。
「存分に暴れろ細胞たち!」
「……カ──カァ……──ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!? ガァッ、ガァアアアアッ!?」
ヤツハネガラスの傷口一つ一つに埋め込まれた、少しずつ自切していったブラットの指の肉片。
そして最後に大きな腕丸ごと一本分の肉の塊、それらが一斉にヤツハネガラスの血肉に浸食していき、ガン細胞のように体中に広がり侵していく。
合成獣の職業スキル【暴走細胞1】。
まだ『1』では効果が薄いと判断したブラットは、自分の指を小分けにして相手の体中に仕掛け、二回目の【根源なる捕食】で指を再度生やして追加で八本分の手の指を埋め込んでいった。
そして最後の腕一本で発動したことで、なんとか足りない分を数で補い、術中にはめることに成功する。
ヤツハネガラスは体が自由に動かせなくなり、なすすべもなく墜落していく。
ドンッ──と岩でも落ちたかのような音を鳴り響かせ、ヤツハネガラスは無様に地面に打ち付けられた。
そして落下地点では、準備万端のガンツたちが控えていた。
「──死ね」
最初に動いたのは小人のデン。両手に持ったククリナイフで、脳天の当たりにバッテン傷を付けて通り抜ける。
「待ってたぜぇ!! どりゃああああっ!」
続いてボンド。ハイエアウルフにも使っていた、ハンマーが壊れるほどの強烈な一撃でバッテン傷を叩く。
傷口がグリッ──と広がり、わずかに羽毛の先の地肌に傷がつく。
「食らいやがれぇっ!!」
さらに続いて傷に向かって、ガンツのスキルによって真っ赤に染まった槍で思い切り突きを放つ。
槍はボンドのとき同様粉々に砕け散ったが、地肌の先の頭蓋骨にわずかにひびが入る。
その間トッドとワーリーは、群れのリーダーを守ろうと集中して集まってきた雑魚たちを蹴散らしてガンツたちを守り抜く。
そして──。
「でりゃあああああっ!!」
隻腕となったブラットが今できる最大の強化を施した【狼爪斬1】を、天空から急降下してガンツたちが付けてくれた傷口にお見舞いする。
ここまでやって、ようやく頭蓋骨に十センチほどの穴が開いた。
だがそれくらいでは死にはしないし、暴走細胞の効果が薄れはじめ、ヤツハネガラスの動きが戻りつつあった。
まだ終わらないとばかりに、血走った目でガンツたちを睨みつける。
「──いいや、これで終わりだよ」
けれどもう終わりだ。
その小さな穴に手首から先を自切した細い右腕を、穿った穴に突っ込んで【根源なる捕食】を発動。
右手を切り落としたのは小さな穴に手をこじ入れるため。
【根源なる捕食】はブラットの持つ根源を持つ相手に対して特攻効果もある。
ブラットは全ての根源を持っているので、全ての敵に対してこの攻撃は特攻効果が発動する。
いくら格上とはいえ、守るもののない柔らかな脳に直接これを撃たれては、ヤツハネガラスとて一たまりもない。
巨大な体の大きな脳をごっそりと抉られるように食われたヤツハネガラスは、白目をむいて地面へと崩れ落ち、二度と起き上がることはなかった。




