第二六話 最初の異変
ガンツたちと親交を深め、それぞれの戦闘スタイルを話し合って今後の連携についてミーティングをしていこうとなったとき突如、国中に鐘の音が鳴り響く。
カンカカンカン──カカン──カカン。カンカカンカン──カカン──カカン。
同じ節のリズムで何度も繰り返される。
「方角は東、南、北。種類はカラス系。規模は中だね。規模は大したことはないが結構囲まれてる」
「ちっ、この後もうひと眠りしようと思ってたのによぉ」
「ぼやくな、ボンド。俺たちはいつもの南側だ。行くぞ、お前ら!」
「「「「「おう!」」」」」
今度はノリに遅れずブラットも声をあげて、ガンツたちの後をついていく。
こういうときのために、彼らは武器を常に携帯しているのですぐに動ける。
「鐘の鳴らし方で、方角とか種類とか判断できるようになってるのか?」
「ああ、最初の節は方角を示して、次の節で種類、次で規模を示している。
今回の場合は東西南北の順番で『カン』が〝いる〟、『カ』が〝いない〟だから、カンカカンカンで西だけは来ていないことを示してる。
まぁ、西側は海の主が目を光らせてるから、陸地の奴らもそうそう手を出せないから、こっちは滅多にないと思っていい」
種類はオオカミが1、カラスが2、シカが3、カマキリが4、ワームが5、カエルが6、スライムが7、その他が8と数字が当て嵌められており、例えば『カン』では1のオオカミ、先ほどの『カカン』では2のカラス、『カカンカカカン』ではカラスとワームが同時に来ているなどと表現されている。
また規模は小、中、大、極大、不明の五段階。今回は『カカン』なので二番目の中規模を示していた。
「これが極大以上になると国が落ちる可能性も出てくるから、そのときは死ぬ気で死守しなくちゃならなくなるから覚えておいてくれ」
「分かった……けど、ややこしいな」
「俺も最初はそう思ってたが、ずっと聞いてりゃ案外慣れるもんだぜ」
一番何も考えていなさそうなボンドですら、鐘の意味を完全に理解できている。
それならば自分もすぐに慣れるかと何気に失礼なことを考えながら、ブラットは手持ちのスロットから回復ポーションを取り出した。
「これ、一応持っておいてくれ」
「恵み箱のポーションか、効き目はどれくらいだ?」
「交換所に普通に置いてあったのよりもずっと強力だ。
実際に試してないから正確なことは言えないが、腕の一本くらいは生やせると思う」
「マジかよ……」
ガンツたちも回復ポーションを所持してはいるが、とっておきの一番いい効果の物でも少し深めの切り傷を数秒で癒す、それ以上でも血を止めて最低限の応急処置くらいにはなる──程度のものだ。
失った体の一部を生やすことができるなど、国の一級医療師たちの本気の治療術、治療薬レベルの御業だ。
本来なら、こんなところに人数分あることすらあり得ない。
「けどそうホイホイ用意できるものじゃないから、使い時はしっかりと見極めてほしい」
「そりゃそうだろうな。助かるぜ」
南側の門から出て少し行った場所では、もう戦闘がはじまっていた。
カァカァというカラスの鳴き声と、人類の怒声や悲鳴がそこら中に響き渡っている。
「空からチクチクチクチク……、ほんと嫌な野郎どもだぜ」
モンスターたちの勢力の中でもボンドは特に嫌いな相手だったこともあり、嫌悪感を隠そうともせず悪態をつく。
彼らの視線の先には、群れを成したカラスで空が黒く染まっていた。
それは〝アロークロウ〟と呼ばれる四〇センチほどのカラスで、空から翼を広げ羽の矢を下にいる人類へ雨霰と降らせていた。
一本一本の威力は大したことはないが、量が半端ではない。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言わんばかりに、実際にちょっとした隙間から急所を射られ重傷に……なんていう被害者も出ていた。
さらにもう一種、〝ソードクロウ〟。
大きさはアロークロウと同等だが、ウルミと呼ばれる鞭のようにしなる剣に酷似した長い尾羽を持つ。
その剣のような切れ味を持った尾羽を用いて、人々の隙間を縫うように低空を飛び回って切り裂いていく。
そして自分が危なくなったら直ぐに手の届かない所まで急上昇して逃げていく、本当に嫌らしい戦法を用いるカラスである。
「まったくだ。だがグチグチ言っててもはじまらねぇ。トッド、魔法を」
「任せてくれ────はっ!」
トッドが構えたメイスが輝き魔法が発動すると、ガンツ隊全員に光の粉が降り注ぐ。
BMOではブラットの特性となっていた【妖精の瞳1】を使って見てみれば、おそらく防御力が上昇したのだろうとなんとなく理解することができた。
「ボンド、もういいぞ」
「んじゃあ、いくぜぇ! おおおおおっ!」
アロークロウの矢の威力自体は大したことがないので、もともと分厚い皮膚に覆われた象人のボンドなら鎧すらなくても弾き飛ばせる。
ソードクロウの尾剣も大きなハンマーを突き出し、勢いのまま弾き飛ばす。
ガンツたちはそんなボンドの背に隠れるように盾にして、激戦区へと乗り込んでいく。
雄たけびを上げながら前線に上がってきたガンツ隊に、足止めを担っていた戦士たちが道を開けていく。
カラスたちも突然の反撃に、統率の取れた群れに乱れが生じた。
その乱れをさらに広げるべく、ブラットは上空の群れに向かって【闇弾】を指の先から銃のように撃ちだし、ワーリーは矢を射っていく。
狙いなど定めなくても、どれかには当たるので余力に気を付けながら撃ちまくる。
「ブラット、お前そんな遠距離攻撃までできたのかよ。器用なやつだな」
「オオカミのときは接近戦だったから、見せる機会がなかったからな」
ブラットとワーリーを狙って急降下してきたソードクロウを槍で串刺しにしたガンツが、多様な技を使うブラットに素直に感心する。
そんなことをしている間にもカラスたちの動きが悪くなったことで、ガンツ隊に続くようにあちこちで人類側の反撃の狼煙が上がった。
ボンドの体による盾で羽矢から皆を守り、ガンツとデンの正確無比な槍と剣捌きで近寄る切り裂きガラスを確実に仕留める。
ブラットとワーリーは守りを味方に任せて遠距離攻撃で上空のカラスを落としていき、トッドは魔法で仲間を支え続ける。
六人のその連携はうまく嵌まり、そうしているだけで敵は地面に骸を広げていく。
「これはいつもなら、どれくらい続くんだ?」
「オオカミのときと一緒で、ある程度向こうの数が減って、こいつらを率いている奴──さしづめツインヘッドクロウあたりでも仕留めれば引くだろうさ。
だがまだ始まったばかり。最悪このまま夕方ごろまで続くこともあるから覚悟しておけ」
「夕方て……。まじかぁ……」
できないことはないだろうが、まだ昼も過ぎていない。
いったい何時間ここでカラスを撃ち続けることになるのかと、ブラットは何羽撃ち落としても減らない空の黒い塊を見てため息をついた。
上空に攻撃を開始してから三十分ほどが経った頃、突如カラスたちの動きに変化が訪れる。
「お、今日は早く帰れそうだな」
なんていうガンツ隊以外の場所から、そんな声が耳に届く。
群れの中心を開けるように広がっていくその動きは、いつもならこの大量のカラスたちを率いるリーダーが出てくる前兆だったからだ。
そして今回も同じように他より大きな影が遠目に見えたので、あいつを倒せば今日のカラスたちとの戦いは終わりだと誰もが思った──のだが、すぐにいつもと違うことに気が付いた。
「違う……。あれはまさかっ、ヤツハネガラス……だと」
「何かいつもと違うのか?」
「全然違う! アレは、あんな雑魚どもを率いてくるような奴じゃない! 一旦引く──っ!?」
ヤツハネガラスと呼ばれたそれは、その名の通り八枚もの翼を持つカラスだった。
ただし大きさは二メートル、翼を広げた横幅は五メートルに届くほど巨大なカラス。
本来ならここで群れのリーダーとして出てきていたであろうカラス系モンスターたちですら、従わせられる上位の存在。
こんな人類との小競り合い程度の戦いで、顔を出すようなものではなかった。
……なかったのだが、さらにその後ろから二羽目、三羽目と続いて近寄ってくる姿に、戦場に慣れていたガンツですら絶句する。
「お前らは後方に回れ! 俺たちが出る!」
「これはけっこう、やばそうだね」
いざというときのために後ろに控えているはずの四級以上の戦士たちが、ガンツも含めた五級以下の戦士たちに後方支援を頼みながら下がらせていくのを見て、ヤツハネガラスの脅威度など知らないブラットでも危険な状況だと簡単に理解できた。
「俺たちも下がって、四級と三級の戦士たちのフォローに回るぞ」
「あの人たちなら大丈夫なのか?」
「大丈夫なはずだ……。少なくともヤツハネガラス一体だったときは、ちゃんと勝てていた」
「そうか……」
国壁の方から鐘がカンカンと、事前に聞いていた物とは違う節のリズムで激しく鳴り響く。
零世界二日目でまさかこんなことになるとは思ってもみなかったが、ブラットは明らかな緊急事態に臆することなくガンツたちと下がりながらヤツハネガラスの観察を続けていく。
もちろん他の雑魚たちを撃ち落とすのは忘れずに。
その間にも四級以上の戦士たちと、ヤツハネガラスの戦いがはじまった。
(ヤツハネってやつは巨体のわりに動きがものすごく速いね。
それに全身の羽もかなり硬いみたい)
空を飛べる戦士が十人がかりで切りかかってようやく一人だけ切りつけることに成功したが、その剣による一撃はほとんど傷を負わせることもできず弾かれて、相手の動きは変わらない。
子供が適当にクレヨンを画用紙に走らせるような軌道で空を駆け巡り、三体のヤツハネガラスは五十人ほどまで数が増えた四級と三級の戦士たちを翻弄していく。
だが人類側も負けてはいない。周囲の雑魚は五級戦士以下が必死にフォローに回ることで抑えていることもあって、大きな損害はまだでていなかった。
剣ほどもある鋭さと硬度を持った羽をあちこち巻き散らし、口からは炎の息吹を吹きつける。
異常な軌道からの強烈な突進に、人を容易く切り裂けそうな足の爪による掴み技。
翼と魔法による強力な吹き飛ばしに、魔法障壁による人類側の魔法を反射。
それらを三体が空を駆け巡りながら滅茶苦茶にやってくる中、なんとかしのいでいたのだ。
(けど決め手がない。あのままじゃ、じり貧じゃない。それに……)
どちらの消耗が激しいか、客観的に見て人類側が目に見えて疲弊していっているのが分かる。
三級戦士とやらたちも必死に応戦しようとしてくれてはいるが、ブラットの想像よりも大したことがなく、確かにガンツたちよりは強いけど……という程度。
いつかあの猛攻に押し負け、貴重な戦士たちの命が食い散らかされる未来しか見えない。
(唯一の救いは相手の連携がまるでとれていないところだったけど、それも合いはじめちゃってる)
初めは息が合わず、互いにぶつかり合って『なにすんだ!』とばかりに仲間同士で嘴をぶつけあったりしていた三体のヤツハネガラスたち。連携力と協調性だけなら、圧倒的に人類側が勝っていたのだ。
けれど、そのアドバンテージすら失われつつある。
(このままじゃ絶対に不味い)
それはガンツも分かっているのだろう。
毅然に振舞って隊の指揮をとっているが、額からは流れているのはただの汗ではなく冷や汗だ。
彼もどうにかしなくてはと思ってはいた。だが、どうにかする手がこちらにない。
二級以上の戦士たちは、三級たちより失うのが痛い貴重すぎる戦力。
この異常事態で他に何が起きるかも分からない状態で、簡単に手札として切るにはためらわれる人材だ。彼ら、彼女らがまだ出てくることはないだろう。
ならばどうするか──とガンツが必死に頭を働かせていると、自分のすぐ近くでこの状況に似つかわしくない熱を感じた。
(ブラット?)
そこにはこの状況でも焦ることなく【闇弾】で雑魚を撃ちながら、ヤツハネガラスたちの動きを凝視するブラットの姿があった。
それはどう時間を稼げばいいのか、どうやって四級や三級戦士たちの助力をすればいいのか──なんて視線ではなく〝どうすればあいつらを自分で倒せるか〟を探っている視線。
【闇弾】も最小限の力で、この後思い切り動くつもりがあるかのような力の温存をしているようにも見えた。
そして──そのギラつく視線がガンツの瞳を射抜く。思わずゾワリと彼の背筋が震えた。
(──っ!?)
「ガンツ、オレはあいつらをやりに行きたい」
「……やりに行くってのは、ヤツハネどもをか? 勝算はあるのか?」
「ある。そしてそれは、まだ奴らの連携が完全じゃない今しかない。
……だからガンツ、ボンド、ワーリー、デン、トッド。オレに力を貸してくれないか」
「「「「「………………」」」」」
本来ならばありえない行動だ。今までガンツが請け負ってきた新人たちが、こんなことを言い出したのなら殴ってでも止めていた。
だというのに、ガンツたちはこの子供に自分の命を賭けていいとさえ思ってしまった。
それだけの戦士としての心を刺激する、自信と力強さをブラットから感じ取ってしまったのだ。
「くそっ、力を貸してやるとは言ったが早すぎんだろ」
頭をガリガリと掻きむしるガンツ。
「まったくだ。もう少しおっさんたちを労わってほしいところだね」
緩やかに茶化しながら笑うワーリー。
「ふっ、だが悪くない」
不敵な笑みを浮かべるデン。
「ああ、俺もやってやろうじゃないか」
メイスを握り直し、汗をぬぐうトッド。
「くっくっく、やっぱりお前は面白れー奴だぜ、まったくよぉ」
こんな状況だというのに、心底愉快そうに破顔するボンド。
「協力してくれるってことでいいか?」
「「「「「おうっ」」」」」
断られても仕方がないとすら思っていたブラットの耳に届いたのは、どこまでも自分を信じ抜こうとしてくれる男たちの逞しい声だけだった。
次の話は土曜更新予定です。




