第十七話 主を倒した先
この場にブラットを招いたランラン自身でさえ、何のことか分かっていない様子のシークレットイベント【毒竜王ファフニール1】。
これは彼女も知らなかったオマケ要素なんだなと考えながら、突然イベントが開始したりしないかヒヤヒヤしながら身構える。
「………………なにも、起きないな」
「だね。たぶん今はイベントのフラグが立っただけって感じかな。
どっかでそれっぽい情報があったら、お互いに共有しよっか」
「それがいいな。オレもなにか見つけたらすぐ連絡するよ。
ってことで、そっちはおいおい考えればいいとして、まずは目先の事を見ていくか」
「そうだね。はてさて、特殊のボスのドロップアイテムは何が来るか楽しみ楽しみ~」
ブラットからすればかなり格上の存在だったため、上がりにくい種族レベルもぐっとあがって新しい種族スキルも覚えたようだ。
しかしその確認をする前にとボス扱いだったため、ヴェノムキングリザードのドロップアイテムは確定で一人三個。
自分だけに表示されているそれらを、ブラットとランランはいそいそと拾っていく。
「鱗に血液に~~ファフニールの繭片……? たぶん初出アイテムだよね、これ。
ボス戦だけでもやったかいがあったかも。ブラット~そっちはどお?」
「肝臓に血液にファフニールの繭片ってやつだった」
「え? 肝臓? いいなぁ。鱗よりそっちのほうが錬金素材としては使えそうなんだけど」
「じゃあ、鱗と交換する? 今後も錬金術とか手を出すつもりもないし、オレだと売るだけになりそうだから」
「まじで!? ありがとー! たぶん鱗の方がレアリティ低いから、いろいろオマケもつけるからね!」
「ああ、そのほうがオレにとっても助かるよ」
鱗なら防具に加工してもらうなどブラッドにも何かしら使い道は出てくるが、肝臓などは薬師や錬金術師の領分だ。
それなら差額分で特殊ながらBMOでも上級クラスの錬金術師に恩を売って、さらにそのオマケをもらうほうがブラット自身のためにもなるだろう。
仲間がいるとこういう交渉もできるんだよね、と久しぶりのアイテム交換のやり取りにブラットが満足している間に、ランランはいよいよ目的のモノへと近づいていった。
「とりゃぁ!」
洞窟の天井に穴が開いたこの広場の中央に坐する、台座の上にそびえる黒曜石の右腕。
その手に握りしめる丸まった羊皮紙をランランがジャンプしてスッ──と抜き取った。
見た目はボロボロの羊皮紙にみえるが、そこはゲームの世界。乱暴にとっても破れも崩れもすることなく、彼女は丸められた紙を広げてその中に目を通した。
「いよっしゃー! キタキタキター! これがずっと欲しかったんだよぉ~~!」
「なんだ? そんな凄いことが書かれてるのか」
「そうだよ。今のところBMOの錬金術師の中でも数人しか持っていない、上位抽出機──の設計図!
しかも私のは生体スライム式で、管理はちょっと面倒だけど用意するのは難しくないし、液体の生成物に補正が入るから毒にも当然有効!
これで今後の毒研究もさらに進めていけるよ!」
「そ、そうか。よかったな」
正直ブラットにはそれの何が凄いのかよく分からなかったが、良いことなのは間違いなさそうだったので無難な返事をした。
──と、そのあたりで黒曜石の右腕と台座が崩れ去り、いかにもな形をした宝箱が出現する。
「罠……ではないみたいだね。あけちゃおー」
おなじみの使い捨て解析アイテムによって安全性を確認してから、ランランが遠慮なくその蓋を開いた。
中には三〇万B(Bがゲーム内通貨単位)と装飾品アイテムが二つ。
これらはドロップアイテムと違い、人数分あるわけではないので基本的には山分けだ。
お金は切りよく二等分することに決まり、あとはどちらがどのアイテムを貰うか相談していく。これもソロでは味わえないやり取りだ。
「一つは【毒蜥蜴王の首飾り+1】。亜種だったからか、効果が普通のより高いやつみたいだね」
「効果は毒に対して特大耐性に、防御力微増か」
「正直私は似たようなの何個か持ってるからいらないなぁ。
それでいくなら私はこっちが欲しい!」
ランランが欲しがったのは紫色のヘビ皮の手袋といった様相の代物で、その名と効果は──。
【毒蜥蜴王の手袋+1】。この手袋で覆われた部分のみ完全な毒耐性。錬金術による毒生成にプラス補正。
──というもので、彼女にとってはぜひ欲しいものだった。
一方、完全な毒耐性と謳ってはいるが手にしか効果が及ばない上に防御性能もないこれは、今後も強さだけを求めていこうと思っているブラットには大して魅力を感じられない。
特にもめることなく、宝箱の中のアイテムも仲良く分け合った。
「さてさて、これで探索はお終いってわけなんだけどさ。ブラット、あの先、気にならない?」
「……気になるね」
あの先と指さすのは、吹きさらしのように大穴が開いて外が丸見えの天井。
本来であればここから先に進む道もないため、来た道をそのまま戻るというのが普通の正解。
けれど天井に穴が開いているということは、そこから外に出ることもできるということでもある。
「ちょっと見に行ってくる!」
翼のあるブラットが羽を広げて大穴をくぐって外に出た。目の前に広がるのは岩肌がうっすらと見えるほど土がかかった岩だらけの荒野のような場所。申し訳程度に生えた茶色い雑草が風に揺れている。
まったく見覚えのないフィールドに目を丸くしながらも、下にいるランランに危険がないことを告げた。
すると先に何かが付いたロープがぽーんっと穴から飛び出し、ブラットの足元近くにベチャっとソレが張り付いた。
(接着剤みたいなもんかな?)
ぐっぐっと引っ張っても取れないことを確認してから、ランランが「よいしょ、よいしょ」と上ってくる。
(か、かわいいっ!! スクショ撮りたいけど、勝手に撮るわけにもいかないし……うぅ~~もどかしいっ)
中身はともかく見てくれは完全にパンダだ。
ロープを上ってこちらにやってくる姿はとても愛らしかった。
「ふぃ~、到着っと。んで、ここは~~~えぇ? あれ? もしかして【ロックガーデン】?」
「ん? どこかで聞いたことがあるような名前だな」
「BMOで有名な採掘場の一つだね。
取れる鉱石自体は大したことないけど、種類が豊富だから駆け出しの鍛冶師なんかは絶対に一度はここを訪れるはずだよ」
「へぇ、来たことない場所だ。三町からみて大体どのへんの場所?」
「もしここがほんとにロックガーデンなら結構離れた場所だよ。
三町から北西の方角にある【アガーテ】町を通って、さらに北に行った【ロックス】町を西に少し行った場所──って感じかな」
「…………………………えっと、じゃあここって三町から二つも町を経由した先の場所ってこと?」
「まぁ、そうなるね」
「エリア解放クエストを二回もすっ飛ばしてここに来たってことになるんだけど……、こういう場合はいいのかなぁ」
「いいんじゃない? 別にバグ技使ったってわけじゃないんだし、わざわざ洞窟の入り口が三町周辺にあったってことは、運営もこれくらい想定してるでしょ」
「だよな。──っと、切り替わったな。どうだ? ロックガーデンで間違いない?」
「うん。間違いないね。あそこにある町は【ロックス】だもん」
少し歩を進めると視界がずれるように切り替わり、少しだけ見えるものが変わると、ブラットたちから見て右手側に大きな町が遠目に見えた。
戦闘職のエリア解放クエストは、ほぼ全てがエリアボス討伐なので、ブラットは最低でもそれらを二回倒さねばこられない場所に来てしまったというのが、この時点で確定した。
「これでポータルに登録できなかったら、あんま意味ないけどねぇ」
「どうせ来たんだから、それはないと信じたい」
特殊エリアから切り替わったことで別のプレイヤーたちの顔も見える中、ブラットたちは町の方へと歩いていく。
途中で採掘情報を教えてくれたり、自分で掘らなくても鉱石を売ってくれるNPCたちに話しかけられたりもするが、今必要ではないので華麗にスルーして町に着いた。
町の風貌はまさに質実剛健。
シンプルにして威圧感のあるどっしりとした壁に、その中も装飾はないが重厚感のある石造りの建造物が立ち並ぶ。
近くに大きな採掘場があることもあって、鍛冶師のプレイヤーやNPCも多く存在し、カンカンッと鎚を鳴らす音があちこちから耳に届いた。
特殊な手段で来てしまったせいで地点登録できないか──などと思ったもののそんなことはなく、ロックスに到着してすぐにポータルに触れると、この町にも自由に飛んでいくことができるようになった。
「じゃあ、なんかあったら連絡して。今日は面白かったよ、ブラット」
「ああ、そのときは頼む。こっちも楽しかったよ、ランラン」
二人的には大冒険を共にした気分だったのだが別れるときはあっさりしたもので、お互い引き留めることなく手を振り別れたのだった。
ここに来てもギャラリーの視線が集まりはじめたので、ブラットはいそいそとロックスの一番安い宿屋で部屋を取って引きこもる。
「さてさて、次はどういう方向に手を伸ばそうかな」
ヴェノムキングリザード戦でまず【下級合成獣】【下級魔刃師】はカンストしていたので、ブラットはいよいよ中級に手を出した。
中級合成獣にはRP20、中級魔刃師にはRP5を支払っていく。現在の残りRPは『24』まで減ってしまう。
「合成獣の出費が魔刃師と比べて痛すぎるなぁ……。
もっと上にもっていくなら、もっとRPを稼いどかないと絶対足りなくなりそう。
レベリング以外でのRP稼ぎも考えなきゃだね」
職業レベルがカンストすると多少RPが返ってくるが、今後を思えばそれでも足りない。
「とは言っても今すぐどうにかできるわけじゃないし、今は新しいスキルのことを考えよっと」
見習いと下級は、ほぼ全職業にわたって基本となるスキルばかりを覚えるが、中級からはそれらの応用ともいえるスキルを覚えられるようになってくる。
双方の職業を中級にした現在のステータスは──。
・種族レベル:23
【快走2】【飛行2】【毒針1】
【共感:植1】【集気法1】【共感:鉱1】
【言語解読1】【武威増強1】【魔威増強1】
【狼爪斬1】【闇弾1】【鬼力溜め1】
・見習い合成獣──レベル:MAX
【自己再生3】【肉質操作2】【捕食回復2】
【部位伸縮2】【種族活性2】【しっぺ返し】
・下級合成獣──レベル:MAX
【自傷攻撃】【コンボ1】【闘争本能1】
【部位自切】【暴走細胞1】【生への渇望】
・中級合成獣──レベル:1
【根源なる捕食】
・見習い魔刃師──レベル:MAX
【魔刃3】【曲刃】【波刃】
【扇刃】【細刃】【輪刃】
・下級魔刃師──レベル:MAX
【厚刃】【薄刃】【硬刃】
【柔刃】【鋸刃】【斬撃強化1】
・中級魔刃師──レベル:1
【魔刃回転】
──となっていて、【狼爪斬1】はブラットの場合、足の狼爪での攻撃時に通常のATにプラスして物理斬撃の威力が加算され、少しだけリーチも伸びる。
【闇弾1】は小さな闇属性魔法の弾を杖などの魔法触媒──ブラットで言うなら、両手のどこかから飛ばすことができる。
【鬼力溜め1】は溜め動作が入る代わりに、次の物理攻撃の威力をST消費量はそのままに強化できる。
【部位自切】は腕や手足を任意で切り離せる。
【暴走細胞1】は切り離した肉体にプレイヤーやモンスターなどが触れると、そこから浸食して相手の行動を阻害する。スキルの成長度合いによって、浸食度が上がる。
【生への渇望】は、三分の一以上のHPが残っていた場合、致死量のダメージを負ってもHP1で耐えられる。
そして中級合成獣になったことで覚えた【根源なる捕食】。
体から無貌の口を前方に放ち相手を食らい、攻撃と回復を同時に行う。
効果範囲は進化回数と身に宿した根源の数で決まる。
また自身が持つ根源と対象者の根源が一致した場合、威力と回復量があがり、さらに根源の種類に応じて様々なプラス効果が生じる。
「この【根源なる捕食】ってのが嵌まると強そうなんだよねぇ。
さすが上位職とタメを張れる職業なだけあるよ。
それに私の場合は全部の根源をコンプしてるから、全ての敵が対象になるっぽいし。
やっぱり私みたいなのにはピッタリな職業だったね」
残りの魔刃系統で新しく覚えたスキルはほぼ全て読んで字の如し。
しいて説明するならば、【魔刃回転】は魔刃を扇風機の羽のように回転させることができるスキル。回転速度は魔力量で調整可能。
「一見なにこれって思ったけど、【輪刃】と【鋸刃】を併用して高速回転させるとチェーンソウみたいになるみたいだね」
外部ネットに繋いで魔刃を使っているプレイヤーの動画を覗いてみれば、そのような方法で敵を蹴散らしているところが映し出されていた。
他にも魔刃を切り離して飛ばすスキルも後に控えているようで、回転状態で相手に投げつけたり──なんてことまで将来的にはできるようになる。
「創意工夫次第で、いろいろと応用の利くスキルとみて間違いないだろうね。
いいね、面白くなってきた──ん? メッセージだ。誰からだろ」
視界の隅にポップアップされた通知に視線を持っていき、誰からのメッセージなのか確認してみると、色葉の兄──治樹の恋人でもある小春のキャラ『サクラ』からのものだった。
内容は『お洋服のデザイン画できたよー! 直してほしいとことか、気に入らないとことかあるなら遠慮なく言ってね』とのこと。
デザイン画のデータも一緒についていたので、ブラットはワクワクしながらファイルを開いた。
「おー、いいじゃん! さっすがデザイナー志望なだけあるなぁ」
黒地に赤の細かな刺繍が入れられたノースリーブの上着で、翼を出す穴や肩の後ろから飛び出している鉱石を覆わないように工夫されている。
下は裾が少し短めのレザーのような質感のピチッとしたスキニーパンツで、足元は狼足なのでそのまま裸足。
腰には白く足首よりも少し上ほどの長さまで伸びた腰布が巻かれ、おへその下あたりでクロスする剣帯ベルトのようなもので止められていた。
白い腰布は初期に身に着けていたボロ布など比べ物にならないほどに豪華な装飾がほどこされ、蹴りの邪魔にならないようマントのように前は塞がないようにした上で、全体的にシルエットを浮き彫りにした黒地でシンプルな装いのアクセントとして調和している。
ブラットはデザイン画の時点で気に入り、『最高! このままお願いします!』とすぐに返信をしながら、その姿で戦う自分の姿を想像してニヤニヤと口元がほころんだ。
「よし、決めた。この服を受け取ったら零世界に行ってみよう」
いつまでもあーだこーだと準備を進めていても、次の進化に進むことはできない。
一次進化の種族レベルマックスまで上げて、種族スキルを全て取り切ってからのほうが安全性も増すのかもしれないが、結局どんな世界なのかもよく分からないせいで新しい職業の展望も未だ決めきれずにいる。
そんな現状を鑑みるならば、死なない程度に探索し傾向を見に行くのはありだろう。
「行ってすぐに進化できるようになるわけじゃないしね」
期限を明確に区切ったこともあって、それまでに何をすべきかを考えてみる。
「いざというときのポーション系は絶対いるよね。
ランランから貰った高性能なのがあるし、それを持っていけばいいとして、あとは……期間内にできるだけレベルも上げて種族スキルを取っておきたいかな。
それと今持ってる全スキルを手足のように、マニュアル操作で使いこなせるよう体に叩きこむのも必須。
いざという時スキルが出せずに死んじゃったじゃシャレになんない。
あと強いの弱いの限らず、いろんなモンスターと戦っておいたほうが良いね。系統が一緒なら似た行動をとるのだって多いだろうし」
視界の隅にメモ帳アプリを起動してやることリストを作っていく。
ただ一次進化をすることだけを目指してやってきた半年間と比べて、ずっとやれることが多く今が楽しくて仕方がなかった。
ある程度考えを纏め終わると、ブラットは寝ころんでいた簡素なベッドから立ち上がる。
「よし。もうすぐお夕飯だし、今日は最後にこの町の次のボスに挑んでみよう」
ただでさえ二つも飛ばしたボス戦の先にいるボス。
おそらく今までにあった何よりも強いだろうが、どうせもうすぐログアウトするならデスペナルティも恐くない。
勇んでこの町の役場に向い、一番近い次の町へのエリア解放クエストを受けて外へと飛び出した。
レベルが上がって移動速度も上がり、軽く流す程度のつもりでも思っていた以上に早く目的の地点へと到着した。
体が自由に動かせなくなり、強制的にイベントのモーションがはじまった。
ドス、ドスという重厚な足音とともに、オレンジ色の炎の揺らめきが視界に入る。
「グゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
空気を震わせる獣の咆哮をあげるのは、炎のタテガミを持つ朱色のライオン。BMOにおいて炎獅子と呼ばれるモンスターだ。
「なかなか強そうじゃん。正直、記念受験くらいの気持ちできたけど本気で倒しちゃおっかな!
いくぞ! お前なんか、ただのでっかいネコちゃんだと知るがいい!」
ここまで格上とやりあっても勝ってきた自信。気合に満ち溢れ戦意も高い。
ここでまじめにやってしまっては夕飯に間に合わないかも──なんて心配する、心の余裕すらもって炎獅子へと駆けていく。
「うおおおっ!」
「ゴゥォオオオッ!」
「ぴぎゃーーーー!?」
そして一合もまともに相まみえることなく、完膚なきまでにボッコボコにされて死んでしまったのであった。
「くそーっ! いつか絶対に倒す、あのニャンコ!!」




