第十三話 パンダの錬金術師
二町と呼ばれている『リゴウル』に着いたブラットは街並みなどには目もくれず、道中で得たいらない素材を売り払い一町で受けたクエストの報酬金もここで受け取った。
この辺りは『アルヒウム王国』に属しており、同国内のクエストならどこの町でも報酬を受け取れる仕様になっているのでそれでも問題ないのだ。
そのお金で安い回復薬を数個NPCの店から購入し、そのままの足で三つ目の町に行くためのエリア解放クエストの討伐依頼を引き受け探索もせず町外へ出た。
「この辺じゃ歯ごたえのある敵もいなさそうだし、さっさと次に行こう!」
これが生産職系ならば町を探索してNPCから新しい生産レシピ解放なんていうイベントを起こす必要もあっただろうが、ブラットが目指すのはゴリゴリの戦闘職。
まずはレベリング効率がいい場所を見つけるのが先決だと考えたのだ。
そんなこんなで次のボスに挑んだわけなのだが……時間はかかったものの無傷で勝利。
正直、最初のボスの方が強かったとすらブラットには感じてしまう程度だった。
レベルが上がったことも関係しているのだろうが、それを加味してもエリートなファットゴブリンの方が苦労したといっていい。
ただ腐ってもボス。今のブラットにとって、そのドロップ品と経験値はそれなりに美味く、モドキであってもちゃんとレベルを上げることができた。
そして現在は三町──『シェルシィ』の宿屋の一室を借り、木製の簡素なベッドに寝そべりながらブラットは悩んでいた。
「うーん……、そろそろどういう戦闘スタイルで行くか道筋くらいは考えておきたいんだけど、悩むなぁ」
実は先のエリアボス戦をクリアしたことで、【幼き勇者】という称号を入手することに成功した。
これは第二進化以下で三町に繋がる道を切り開いた戦闘職系のプレイヤーにのみ贈られるもので、劣等種からはじめたプレイヤー、それこそHIMAやはるるんなども所持している称号。
効果は〝職業枠+1〟と、どんなプレイヤーであっても嬉しいものとなっている。ようは、もう一つ同時に職業に就けるようになったという意味だ。
ちなみに生産職の場合は、同様の条件で同様の効果を持った【幼き賢者】という称号が送られる。サクラはこちらを持っている。
さて、突然降ってわいたもう一つの職業選択権。それ故にこその悩みの種が発生した。どの職業を取ろうかという悩みが。
なにせモドキという種でやっていくのなら、無駄なことにリソースを割く余裕など一切ないと思っていい。
ここで『やっぱりこの職業いらなかったな』なんてものを取ってしまえば、その分、他の種よりもずっと手痛く後に響いてきてしまう。
「うぐぐ……。いつもなら攻撃に尖りに尖ったビルドにするんだけど、今回はそんなわけにはいかないだろうしなぁ」
零世界では一度の死も許されない。いくらプレイヤースキルが高くても、紙装甲ではどこかで死ぬのがオチである。
「けどキメラを取ってる時点で生存能力は高いはずだし……、現地民がどれだけ戦力になるかも未知数だから、攻撃手段もいろいろあったほうがいいのは間違いないんだよね」
職業:合成獣というものをブラットが調べてみた限りでは、この職業を育てていくだけで近接物理攻撃面での火力は充分出せるようになる。
だがBMOにおいては物理攻撃が効きにくいモンスターも多々存在していることから、魔法という攻撃手段もあったほうがより多くの敵にも自分で対処できるようになるのは間違いない。
「なんにしてもこれからのビルドを考えるためにも、早く零世界を見学しに行く必要はありそう。
その前に最低限の戦闘スタイルは確立しておくのが大前提だけど。死んだら元も子もないし」
自分の戦い方をちゃんと確立しておくことで、一瞬一瞬の判断も早くなる。生存率を高めるためにも重要なことだ。
「うん。決めた。魔法職を取ろう。攻撃は最大の防御! やられる前にやっちまえばいいのさ! せっかく私の腕は杖扱いにもなるんだしね。
けどそうなると、なんの魔法を取るかだけど……キメラと合わせるなら近接系の魔法がいいかな、やっぱり」
初級の魔法職で近接攻撃ができるものとなると、ある程度限られてくる。
今ブラットが取得できるもので言うと、【見習い魔拳師】【見習い魔刃師】【見習い魔槍師】【見習い魔斧師】【見習い魔槌師】あたりが候補だろうか。
「打撃系の攻撃はキメラで補っていけそうだし、斧は大振りになるから私に合わない気がする。
となると刃か槍のどっちかかなぁ。ん~~……──よし、こっちにしよう」
《見習い魔刃師 の職業を取得しました》
《魔刃1 のスキルを取得しました》
決めたのは槍ではなく〝刃〟を魔法で杖などから生やすように生成、もしくは魔法触媒を混ぜた特殊な魔法剣を強化する魔法。
必要なRPはたったの〝1〟と非常にお得。
さっそくブラットは覚えたばかりの【魔刃1】を、システムに身を任せて発動させてみた。
「おぉ~」
寝そべりながら上に向けた右手の平から、にょきっとナイフ程度の刃渡りの刃が生えてきた。
試しにアイテムスロットから道中倒したモブモンスターの肉を出し、そこへ突き刺してみる。
「切れ味は~普通?」
スパスパ切れる!とまでは言わないが、それほど硬くない肉なら難なく突き刺し、切り裂くことができた。
MDFが高い相手でない限り、現時点でもそれなりに武器として使えそうだ。
「う~、こうしちゃいられない。さっそく試しに行こう!」
まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、ブラットは宿屋から町の外へと駆け出した。
BMOにおいては一町まではチュートリアルで、二町までは基礎中の基礎。
そして今ブラットがいる三町から巣立ってようやく初心者脱却という認識で通っている。
なぜなら三町までは絶対に誰もが通らなければならない道程であり、それることはできなかったが、ここから先は無数の方角へ進み別の町、別の国、別の大陸を自由に目指すことができるようになるからだ。
しかしだからこそ、ここからは進む方角によっては三町に来たばかりの普通のプレイヤーでは歯が立たないモンスターが出没する区域も出現する。
そしてブラットは現在、その区域へと身を投じていた。
「メェェーー!」
「──っと」
クローリングシープという、ヘビのように地面を這って移動する、足のない立派な角を持つ羊のモンスターの攻撃をかわし、すれ違いざまに【魔刃1】で撫でつけるように切り傷をつけていく。
さすがにここまでくると今のブラットでは瞬殺できないようになってきており、いろいろと試すにはもってこいな難易度になっていた。
這いずる羊をサンドバッグに【魔刃1】の習熟度を上げていき、次第に両腕のどこからでもMPを消費して刃を出せるようになる。
それができるようになる頃にはクローリングシープが死んでしまったので、次のモンスターを標的に【魔刃1】を合わせた戦い方を研究していった。
「やっぱキメラの捕食は半端ないなぁ。半端な攻撃ならわざと受けても、すぐHPが満タンになってる」
三町にたどり着くまでにボス戦もあったので、ブラットも少し成長していた。
まず種族レベルが〝17〟まで上がり、以下の種族スキルが追加された。
未知の言語や記号の意味を解読しやすくなる【言語解読1】。
一定時間スタミナ消費量が増える代わりにATを上昇させる【武威増強1】。
一定時間魔力消費量が増える代わりにMATを上昇させる【魔威増強1】。
そして【見習い合成獣】の職業スキルも上がり、体の一部をゴムのように伸び縮みさせる【部位伸縮1】。
自身に混ざっている種のどれかを増強させる【種族活性1】。
攻撃を受ける、もしくは回避してから1秒以内に反撃すると、少しだけ威力が上がる【しっぺ返し】を覚えた。
さらにこの時点で見習いのレベルが最大になったので、RPを〝10〟消費して【下級合成獣】に上げたことで、その職業のランクアップボーナスにより【自己再生】が1から2へとレベルアップ。
また【下級合成獣】の初期スキルとして、自分にもダメージが跳ね返ってくるが、その一撃の攻撃力が上昇する【自傷攻撃】というスキルも覚えることができていた。
「ん? 他にも誰かいる?」
夢中で試行錯誤しながら戦闘を楽しんでいると、少し離れたところで他のプレイヤーらしき声が耳に入る。
他人の戦闘というものに少し興味が湧いたブラットは、今度は自分が覗く番だとそちらの方へコソコソと向かっていった。
「パ、パンダだ……。パンダがいる……」
そこにいたのは、かなりリアルよりなパンダ。
それも紫を基調にしたフリフリの魔法少女服を着て、片手には大きく柄の長いスプーンを持った二足歩行のパンダである。
そのパンダは右手に持ったスプーンのつぼに丸い石のようなものを乗せ、先の部分を左手で摘まんでしならせパッと離すと、丸い石が反動で素早く斜め上へ飛んでいく。
ブラットはパンダの見た目に対しての衝撃で見えていなかったが、その石が向かう斜め上にいたのは『バイティングバット』という、人の頭ほどもある大きな口とサメのように並ぶ凶悪な牙が特徴的なコウモリ型モンスターが五匹いた。
そちらに向かって飛んでいった丸い石が、中心を飛んでいた個体に見事命中する。
瞬間パンッ──と威力は大したことはないが大きな破裂音が響き、ひるんだバイティングバットがボトボトと地面に落ちる。
「ふはははー、くらえ~」
特徴のある少女の声をパンダが気だるげに発すると、今度は紫色の液体の入ったガラス瓶をそれらに投げつける。
簡単にビンは割れてコウモリたちの間に液体が飛び散れば、「ギィェェェーー!?」と酷い雄たけびを上げながら猛毒に侵され、じたばた藻掻き苦しみながら消えていった。
「ちぇっ、はずれだ。も~」
ドロップしたのは低レアリティなものばかり。転がったそれらを拾いながら、パンダは悪態をついた。
その一部始終を観察しながら、ブラットは彼女の職業をなんとなく予想した。
(爆音玉に猛毒ビン。たぶんあのパンダは【錬金術師】だ)
などと無遠慮に見ていたせいだろう。ふとそのパンダと目が合ってしまう。
「あ」「ん?」
思わず声をあげてしまうブラットと、怪訝そうに首を傾げるパンダ。しばしその状態が続くも、先にそれを崩したのはパンダの方であった。
「美少年の体操服姿……おねーさん嫌いじゃないよ、そういうの。いいセンスだ」
「えぇ……。いや別に好きでこれを着てるわけじゃないんだが」
「なぁんだ、残念。それで? このいたいけなパンダちゃんになにか御用かな?」
「いたいけて……」
モンスターをさらっと毒殺しておいてよく言うわ……とは思うものの、口には出さない。
「この辺で戦ってたら戦闘音が聞こえてな。気になって見に来ただけなんだ。邪魔してごめんな」
「ふーん……そっか。ところで一つ質問だけど、君は戦闘職? それとも生産職?」
「純戦闘職で今後も一切生産系は取る気はないけど、それがどうかしたか?」
「それはいいね、実にいい。そんな君に朗報があるんだけど聞きたい?」
「……朗報? まぁ、いい知らせっていうなら聞きたいかな。それで?」
胡散臭いなぁとは思いつつも、ブラットはゲームなのだからと乗ってみることにした。
「そうか、聞きたいか。ならば話そう! 実はこの辺りで未発見の洞窟があるんだ! どうだい? すごい情報だろう」
「未発見の洞窟? こんなところで?」
いうてここは誰もがはじめに通る三の町周辺区域。既に他のプレイヤーたちの手あか塗れの場所である。
今さら探索漏れした洞窟などあるとは到底思えない。
だがしかし。未踏の地という言葉にブラットは強く惹かれてしまい、バカバカしいと立ち去ることもできなかった。
そんなブラットの心情を見透かしてか、パンダは「くっくっく」と何も持っていない左手を口に当てて小さく笑った。
「そう、こんなところでだよ。もしかしたら私の前に誰かが見つけてしまったということもあるかもしれないけど、今のところどこの情報サイトにも掲示板にもこの情報は出ていないのは確かだよ」
「それが本当なら凄いじゃないか。けどそうなると、なんで見つからなかったのかってのが気になるが」
「それはねぇ、その洞窟に入るには条件を満たしたプレイヤーがパーティの中に一人は絶対いないといけないから──だね。
そして私はその条件をクリアしたことで、その洞窟の情報を三町のNPCから聞くことができたってわけ。
だからよっしゃー! って心の中で小躍りしながらその洞窟に挑んだんだけど……」
「ダメだったと」
「そうなのよぉ~。しょせん三町の近くの洞窟じゃん? 楽勝でしょ! って感じだと思ってたんだけど、生産職の私一人だときつかったのよ。
でもこの情報はできるだけ表に出したくもない」
「そりゃまた何で? 最前線でもないこの地で今、未踏の地を発見なんて発表すれば、一躍有名人だぞ」
「他人の知らない情報を握っているだけで〝アド〟だからだよ。
だから私はこの話をあまり広めたくない」
「アドねぇ。その洞窟には君の何かにプラスになるものがあるってことか」
「そう。だから同業者に知られたくない。それにだよ」
「それに?」
「なーんで私がこれまで苦労してコツコツやってきた集大成を、ほいほいと公開しなきゃならないんだ! お前たちも同じくらい苦労しろ! ってね」
もし次の日にモドキの進化条件を誰でも満たせるように緩和しました! なんて運営が発表しようものなら発狂ものだ。
それに近い感覚なんだろうと、ブラットは納得の色を見せた。
その苦労と比べられる苦労など、このゲームには存在しないのだが……。
「なるほど……まぁ、分からなくはないな。ってことは、オレにもその情報は黙っていてくれと?」
「そう。だけど私に協力してくれた上で黙っていてくれるなら、私に直接依頼することを許可するよ。
これでもそれなりにBMOでは名の知れた錬金術師だから、後悔はさせないつもりだよ」
「名の知れた錬金術師のホットラインが持てるってことか……、それは確かにありがたいかもしれないな。
ちなみに得意分野とかはあるのか? たしかこのゲームの錬金術師って、いろいろと専門分野に分かれて特化してる人が多いよな」
「生産職に興味なさそうな割に、錬金術師のことよく分かってるね~。
私の得意分野は〝毒〟だよ。その一点においてはBMO内で誰にも負けない自負がある。
たとえ毒が効かないモンスターにだって、毒状態にしてみせるよ」
「それはすごいな」
このゲームにもお約束のように状態異常に対して、完全な耐性を持っているモンスターは存在する。
けれど面白いことにBMOでは錬金術師などが作り出す物次第では、その耐性を無視して状態異常にかけることができてしまう。
ただしその作成難易度は高く、レシピはモンスターごとに違う。
そしてその製法のほとんどが特定のプレイヤーが秘匿しているので、そういう特殊な〝毒〟などは限られた者からしか入手することは現状できない。
(私としては毒とかは趣味じゃないけど、零世界の方ではそんなこと言ってられない。
確実に死なずに勝つ方法だというなら、毒に手を出すのもありか──なら)
ブラットはさっと手を前に出した。するとパンダからもモフモフとした毛におおわれた右手が差し出され、互いに握手を交わす。
「ブラットだ。その提案に乗ろう」
「ランランだよ。よろしくね」
こうしてブラットのフレンド欄に、新たにパンダの錬金術師こと『ランラン』の名が加わったのであった。




