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Become Monster Online~ゲームで強くなるために異世界で進化素材を集めることにした~  作者: 亜掛千夜
第一章

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第十一話 はじめてのエリア解放クエスト

 翌日。いつものように学校へ行き帰宅した色葉は、制服から着替えさっそくBMOへとダイブしようと考えていたのだが、不意に視界の隅にお金のマークが浮かび上がりその手を止めた。



「え? 何かの振り込み? 今月のお小遣いはもう振り込まれてたはずだけど……」



 それは色葉の所有する個人口座への入金報告のマーク。誰かが彼女の口座にお金を振り込んだことを意味している。

 覚えのない彼女は首を傾げつつも記録を確認してみると──。



「っ!?」



 ──五千万円という大金が振り込まれていた。


 ここで「やったー」などと喜べるほど、色葉はお気楽な性格をしていない。

 恐怖すら感じながらさらに詳細情報を求めてみれば、送金元は『Eight Waves』社。ちょうど昨日調べていたEW社となっていた。



「メッ……セージ……」



 そして入金時に色葉に向かってメッセージも添えられていたようだ。まだ混乱するままに、そのメッセージを確認していく。



「慰謝料……」



 ざっくりと内容を要約してしまえば、五千万は昨日の試練と称し苦痛を味わわせたことへの慰謝料の前金のようなもので、いくら追加で欲しいのかBMOの運営にメッセージを送ってほしいと堅苦しい言葉で記載されていた。



「ドッキリ……じゃないよね。私はしょせんただの女子高生だし、ネットのタレントじゃないんだから。

 それにドッキリであの苦痛はシャレになんない……」



 ゾワリと鳥肌が立つのを感じ、思わず全ての表示をまっさらにして床にへたり込む。

 EW社という世界でもトップレベルの企業ともあろう存在が、鈴木小太郎が語った〝設定〟を全力で実現させようとしている。その事実だけは、ここでハッキリと理解できた。

 そして自分がいったい何に巻き込まれようとしているのか、得体のしれない穴の中に引きずり込まれているような気がして、急に現実が彼女に重く圧し掛かってくる。



「返金する? いや、そんなことしたって……」



 ここで色葉が取れる最良の手段は、〝親に相談する〟だろう。

 けれどそうなればBMOで遊べなくなるという、どうしようもない馬鹿な思考が邪魔をしてその手段をさせてくれない。



「あはは……。あいつの言っていた通りだ。私はやっぱり、どこかおかしい」



 そう、自分は何かがイカれた異常者なのだ。

 こんなときまでゲームのことを考えるなんて馬鹿しかいない。

 そう納得してしまうと、不思議と恐怖が薄れていく。そして腹が据わる。ならばどこまででも、その〝設定〟に乗っかってやろうじゃないかと。


 一度決めてしまうとあとは早かった。運営へとメッセージを送り付ける。小太郎の〝設定〟通りなら、これは彼に直通で通るはず。

 一〇秒もしない間に小太郎から返信がきた。「了承した」と。



「へぇ、いいんだ」



 送った内容は「慰謝料なんていらないから、そのかわりあのときに選ばなかった残りの素材も全部ほしい」というもの。

 種族特性を確認し終わったときに、彼女は思ったのだ。

 九つ全部を混ぜたことで、それぞれの特性も弱まってしまったのではないかと。

 もし一つだけを選んでいたら、根源たる存在の恩恵をより大きく受けたもっと凄い特性があったのではないかと。


 そのときから、残してきた余りの素材のことが気になっていた。

 だが小太郎と直接関わることを無意識的に恐がってしまった色葉は、そのことを口に出せないでいた。


 けれどことここに至って、完全に心が決まる。

 ここまできたら骨の髄までブラットという存在を楽しみぬいてやると。

 だからこそ五千万円とプラスアルファという多額の慰謝料を貰う権利をすべて放棄し、ゲームでより強くなれる方法を提案したのだ。


 小太郎からしても根源そのものたる存在の素材は、一つでも使ってしまえば本来混ぜて使うことはできなかった。

 なので本来は、使われなかった素材は本人たちに返すつもりだった。

 けれどその全てを少しずつ混ぜ合わせるという予想だにしない選択肢を選んだことで、今後の進化でも虫食い状態の残った九つの素材が使える可能性が出ていることにきがつき了承したのだ。


 色葉はニヤリと笑いながら、メッセージの続きに目を通していく。



「残りの素材はこちらで保管し、今後の進化の際に適量受け渡していく──ね。了解っと──送信」



 一度に渡したところで次の進化で全部が使えるわけでもなく、さりとて自分で保管するのも難しいと考え色葉も了承の返事を送った。



「よし! もうなるようになれだ!」



 完全に開き直った色葉はHCを枕の下から引っ張り出して、BMOの世界へと旅立った。




 一瞬の暗転からの目覚め。目を開ければそこは一町の初期スポーン地点。

 自分の所属しているクランではない百家争鳴のクランホームでログアウトしたため、ブラットは強制的にこちらへと送られてきたのだ。


 場所を軽く確認した後すぐに外へと移動しはじめたのだが、周りの様子がおかしいことに気が付いた。

 さくさくと足を止めずに視線だけで窺ってみると、NPCたちは通常営業なのに対して、プレイヤーたちがブラットを凝視して固まっていることに気が付いた。



(昨日の今日だし、まあこうなるか。直接接触してこないだけましだと思っとこ)



 スクリーンショットの類も、デフォルトの設定でフレンド以外は撮影できないようになっている。撮ったところで透過した後ろの風景が映るだけ。

 さらにブラットは以前いい人だと思ってフレンドになった人が、次の日に心無いブラットの画像の使い方をしてネットにアップした──なんて嫌なこともあったので、フレンドの中でもさらに親しい間柄でもない限り撮影できないような設定に変更済み。


 なのでパパラッチよろしく無遠慮に撮影してくるような輩もおらず、比較的無難に町から出ることができた。

 少し離れた後ろにゾロゾロと見学者が入れ代わり立ち代わり出てくるが、そちらは気にしないようにする。



(みんな私なんて見てないで、自分のゲームを楽しめばいいのに)



 実は昨晩はるるんが自分も含めクランメンバーたちにも協力を仰ぎ、「ブラットの周囲は運営も目を光らせているだろうから、少しでも問題行動を起こせば……」などという噂をあちこちにばらまき情報操作したことで無遠慮に接触してくるものはいなくなっていた。

 そのおかげで見学者は多いようだが、実害は今のところないのでブラットの許容範囲に収まっている。



「お、いたいた~」



 今回のお目当ては、これまで見つかれば一方的になぶられるだけだったレッサードッグ。

 中型犬ほどの大きさで索敵範囲が広いが、序盤の雑魚モンスターでしかない相手。

 しかしスライムを狩れるようになって調子に乗ったブラットが「いけるっしょ」と挑んだ結果、何もできずにボコボコにされた苦い思い出のある相手でもあった。


 これまでは視界に入らなければ気が付かれもしなかったというのに、進化した今はまだ距離があるというのにこちらに気が付き臨戦態勢を取りはじめる。



「悪いが今回はお前のエサじゃなく、オレの練習相手になってもらうよ」



 本日はギャラリーも多いので、しっかりとキャラ造りした状態で挑んでいく。

 タンッタンッ──とステップを踏むように一気に近づいていくと、向こうも飛び掛かろうと口を開けて態勢を低くする。

 が、相手が飛び掛かる前に肉薄したブラットの蹴りが顎を跳ね上げ──そして毛皮がコロンとドロップした。



「え……ワンパン? キックだからワン蹴り? いや、どっちでもいっか」



 向こうからしたらつい昨日まではこちらが雑魚扱いだったのに、今や完全に逆転状態。

 HIMAには赤子扱いだったので、少し自分を低く見積もりすぎていたことに気が付いた。

 ひとまず【劣犬の毛皮】を拾い手持ちスロットとは別枠に用意されているアイテムストレージ〝カバン〟にいれておく。



「これじゃあ、ここにいても面白くないなぁ。もう次の町を目指すか。

 確か戦闘職の場合は町の役場で依頼を受けて、エリア解放ボスの討伐でいけるようになるはず」



 ブラットは一方的な戦いよりも、やるかやられるかの状況で戦うほうが好きだった。

 レッサードッグよりも多少強い魔物もここにはいるが、それでもたかが知れている。

 すぐさま反転して町へと戻る途中、宿敵ウィーケストスライムもいたので絡んでみたが、物理耐性など無視して踏み潰しただけで死んでしまった。



(倒せるようになるまで、あんなに苦労したんだけどなぁ)



 ドロップした【最弱粘体の核】をおやつ代わりにガリガリ食べて、空腹値を回復させながら町に辿り着いた。

 このゲームは割となんでも口に入れることができるのだ。幼年期時代はこうしてドロップ品を食べて空腹値を満たしていた。

 ちなみに味は無味無臭。冷たくなく少し柔らかい、融けない氷を口に含んでいるような感じである。




 鮮やかな赤色の屋根をした役場は町の中央付近に位置し、いろいろなクエストが貼り付けてある掲示板がある。

 それらはBMO側が用意したものから、プレイヤーが用意したものまで様々だ。

 そこで依頼書をはぎ取り、受付にいって受領してもらえばクエスト開始という流れが一般クエストとストーリークエストのこなし方だ。



「これっぽいね」



 『リゴウル』への道すがら、魔物の群れを発見。これを率いているボスを討伐せよ──という内容。

 次の町『リゴウル』──プレイヤーたちが『二町』と呼ぶ場所に進むために絶対受けなければならないストーリークエストは、基本的にそのとき就いている職業で決まる。

 ブラットの場合、今は【見習い合成獣】という戦闘職なので討伐クエストになるのが一般的だ。

 もしこれが生産職に就いていた場合は、これがその職に即した生産系のクエストに変化する。


 ぺりっと依頼書をはがし受付に渡せば即受理される。

 大まかな目撃情報を受け付けの男性NPCから聞き、特に準備することなく出発。空腹は道中で倒したモンスターのドロップアイテムをモグモグすればいいと判断した。

 まだ大してモンスターを倒していないので、懐事情が寂しいのだ。


 これまでは一度も踏み込んだことのない、二町に続く方角へと道なりに進んでいく。

 途中何体かモンスターを発見したので絡んでみたが、やはりワン蹴りで消滅してしまい面白くない。



「やっぱ、もうここはオレの狩場としては不適切なんだなぁ。

 これでいくと二町もポータルだけ登録して、三町を目指すのが効率的かもしれない」



 雑魚ばかり相手にしているせいで全く【自己再生】のスキルが生かせず、【見習い合成獣】の職業レベルを上げることができない。

 それに純粋にもっとヒリヒリした熱い戦いがしたいので、歩調を速めていく。



(零世界じゃあそんな戦い方はしちゃダメだろうし、BMOでそういうのは楽しまないとね)



 1デスで終わるようなゲームでギリギリの戦いなど無謀極まりない。

 性格的には気は乗らないが、零世界ではこれでもかと勝率を高めてから挑むことを心がけていくつもりだ。


 そんなことを考えながら歩いていくと、エリア開放イベントの演出に入った。

 せっかくだからと撮影モードもオンにして、誰かに──治樹たちに見せるかどうかはさておき録画を開始させる。


 こういうイベントに入るとパーティやクランを組んでいるプレイヤー以外は消えて、逃げられず外部からの援助も邪魔もない状態になるので、はじめてのブラットにもすぐ分かる。

 なにせ遠目に観察していたギャラリーが全て消えたのだから。


 歩みを緩め静かにあえて進んでいると、ズルズルと何かを引きずる音と、のっしのっしと緩慢な足音が複数聞こえてくる。



「これは……まさか……」



 複数なのは依頼書にて分かっていたので驚く必要はなかった。

 けれどそれは最近聞いた覚えのある足音。砂煙のようなものがかかっていてまだ見えないが、遠くの方から何かがやってくる。

 このクエストはランダムで敵が変わるので、何が来るかまでは予想できないのだ。

 演出による砂煙が消えると、やはり思い描いていた通りのモンスターたちが姿を現した。



「ファット……ゴブリン」



 それは試練の道を通っていたとき、ブラットの頭部を何度も殴ってきた太った大柄のゴブリンたちだ。

 一番後ろには他よりも二回り大きく、脂肪の中にも筋肉をしっかりとつけていそうな体格の『ファットゴブリン・リーダー』がいる。

 今回の討伐対象となる群れのボスは、それで間違いないだろう。



「…………っ」



 あの時の記憶がよみがえる。なすすべもなく頭を殴られ、無様に足の間を這って逃げる光景がハッキリと。

 ブラットの体が微かに震えだす。そして──。



「──ふっ、ふふふふふっ、あはっ、あはははははっ! 最高じゃん!」



 ──満面の笑顔で喝采する。

 震えは恐れではなく、怒りによるもの。

 あんな無様で痛くて屈辱的なことをされて、忘れられるわけがない。

 いつか絶対にあの場で痛めつけてきたモンスターたちをボコボコにしてやろうと根に持っていたところに、まさかの張本人たちのご登場。

 これが笑わずにはいられようかといわんばかりに笑い狂う。



『ア"ア"アァア"ア"ア"ァアアア"アアアァア"アア!!』

「いいね! こいよっ! ボスだけ倒せばいい? 馬鹿言うな、全員ぶっ殺すっ!!」



 数的には八対一と圧倒的に不利。

 とはいえあちらはゲーム序盤のクエスト対象なので、レベル的にはそれほど高くない。

 勝算は高いはずだとブラットは面とは裏腹に冷静な思考でそう判断して、ジグザグに走りながら距離を詰めていく。


 敵対対象が左右に動くので、どちらに行けばいいのか分からずファットゴブリンたちは足が止まる。



「こっちだマヌケ」

「ァアア"ッ!?」



 まずは一番手前の一体。敵の左側からジャンプで高さを合わせ、左手で頬を全力でぶん殴る。

 ブラットの手は下手な棍棒よりも硬い。それだけで鈍器で殴られたかのような衝撃がファットゴブリンに走った。

 よろめき倒れたところでブラットはその脂肪に覆われた体の上に左足で着地し、ほぼ同時に右足で顔面を踏みぬいた。



「ブガァッ──」

「まずは一匹」

「アアアアッ!!」

「ウガアアアッ!!」



 踏みぬいたところで一匹はアイテムを残して消え去り、間近にいたもう一匹が棍棒を脳天に振り下ろしてきた。

 さらに一瞬遅れてもう一匹が横なぎに棍棒を振るってくる。

 上と右横からほぼ同時に襲われている状況だ。



「はい──よっ!!」

「ガァッ!?」



 だがブラットは翼を折りたたんで体に密着させれば小柄だ。上の棍棒が当たる前に自分から右側の棍棒の方へと飛び込み、当たる瞬間に左手をポンと乗せて柵を飛び越えるように横向きですり抜ける。

 しかし左手は動き続ける棍棒に置いたままそこを軸にし、翼もバサッと広げて【飛行1】スキルも駆使して横回転──からの右蹴りを相手の顎にヒットさせる。


 すぐに翼をたたんで身を小さくすると、後ろに回り込んでいたまた別のファットゴブリンの攻撃を前に進んで躱しつつ、先ほど顎を蹴ってふらついているファットゴブリンの腹に左足の爪をひっかけ切り裂きながら分厚い脂肪を踏み台にし、今度はかちあげるように顎に右膝をお見舞いした。



「二匹」



 すぐに着地し半回転しながらバックステップで、ちょうど振り下ろし終わった背後にいた敵の棍棒に飛び乗り、そのまま登って一気に右手で顔面パンチ。

 めり込んだ拳を引き抜き、棍棒を足場に左回し蹴りを左頬に刺すように叩きつけ頭を横にまわす。



「三匹」



 ヒラリと着地し地面に張り付くようにすぐ伏せる。斜めに棍棒が通り抜けたのを確認してから前方にまっすぐ飛び込み前転。

 ズガガガーーっと棍棒ではなくダイビングタックルしてきたこれまた別のファットゴブリンが、さっきまでブラットが伏せていた場所に地面を削りながら突っ込んで倒れこむ。

 倒れこむ無防備なファットゴブリンに行きたいところだが、先ほど棍棒を避けた方が後ろにもう一匹引き連れ迫ってきているのでそうもいかない。


 心の中で舌打ちをしながらブンブンと振り回される二振りの棍棒を避けつつ、まずは手前の一体の足の指を踏みつける。

 反射で身を丸めようと頭が下がってきたところで、その耳を掴んで自分の右膝を顔面に連続で二度叩きこむ。



「四匹」



 サイドステップで頭上に迫る棍棒をよけ、ツーステップ目で前に出てきた敵の右膝の皿に向かって突き刺すような前蹴り。

 重心が乗っていた足が無理やり伸ばせられたことによって、ファットゴブリンはドシンと尻もちをついて座り込む。


 それと同時に顔面に向かって、ブラットによる鞭のようにしなる鮮やかな右回し蹴りがさく裂した。



「ゴバァッ──」

「五ひ──」

「アァアアア!」

「もうっ、邪魔!」



 追撃でとどめを刺そうとすれば、タックルで倒れていたファットゴブリンが二回目のダイビングタックルをかましてきたことで邪魔をされる。

 その場で大きく飛んで回避し、先と同じように地面に突っ込んだところでその上に着地。

 のろくさとしてまだ起き上がれていない、とどめを刺そうとしていたファットゴブリンに改めて顔面に向けて前蹴りを入れ、今度こそきっちり倒しておいた。



「五匹」



 背中に乗ったブラットを振るい落とそうと転がりはじめるファットゴブリン。落とされる前にぴょんと横に半回転しながら飛んで寝ころんだままの敵の頭の前に着地。

 大きく足を振りかぶって、サッカーボールのようにその頭を蹴り上げる。



「ブア"ッ──アアアアア!!」



 怒りの雄たけびを上げながらクレーンゲームのアームのように両手を動かし、ブラットを捕まえようとするがその前にバックステップで躱し、フロントステップで戻ってまた同じように頭を蹴ってとどめを刺した。



「六匹──残りは二匹」



 そこで一旦後ろに下がって、残りのファットゴブリンたちから距離を取る。



「……なんだけど、なーんで君はこないの?」

「アアアァアァ!!」



 君とはファットゴブリン・リーダーのこと。手下たちをけしかけるだけで、自分は何もしようとしない。



「そんなことしてるから、あっさりと手下が最後の一体になってしまったわけなんだが?」



 最後の一匹だけは自分を守らせるように目の間に立たせるだけで何もしてこなかったのだが、その一匹までもついにけしかけてくる。

 だが六匹が群れても1ダメージも与えられなかったというのに、それでなんになるというのか。

 ブラットは自分のSTが充分に回復するのを待ち、空腹値も魔物素材を食んで満たしながら、のしのしとこちらにやってくるファットゴブリンが来るのを待つ。

 そしてやってきたところで、これまで同様に頭を蹴り砕いて始末をつけた。

 これであとは、討伐対象となる一匹を残すばかり──とそこで。



「ん?」

「──────────ゥァァァァァ」



 最後のリーダーが震えながら、小さな声で呻き出す。

 何だろうと思いつつも、なんだか面白いことになりそうだとニヤリと笑い、ブラットは少し減ったSTを完全に回復させ高みの見物としゃれ込んだ。



「ァァァガアアアァアアァァァゥゥアアウウガァアアアッ──!!」

「おー……、なんだか立派になっちゃってまぁ」

「グゥゥゥゥゥ」



 リーダーといえど他のファットゴブリンより体格がよく、大きい程度の群れのボスだった。

 それが今やどうだろう。太ってはいるが隠し切れない確かな筋肉もそこにある。

 大きさも二メートル半とファットゴブリンなど子供に見える大きさに。

 片手にもっていた大きな棍棒は、立派な戦鎚せんついへと変わった上に両手に握られている。そしてなにより──。



「いい顔になったね。オレはそっちの方が好みだ。ゾクゾクする」



 ──醜い顔は変わってはいないが、あの阿呆のように知性を感じさせない顔つきから、心から闘争を望む戦士の形相へと変貌を遂げていた。

 その名はファットゴブリン・エリートウォーリア。

 ファットゴブリン・リーダーなど比較にならない、本来こんな一の町に繋がる場所で出てくるはずのない強敵へと──。

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