第九話 特性と職業
このゲームのレベルには『種族』と『職業』という要素が存在する。
種族は自分自身を示す要素で、そのレベルを上げていくことで種族スキルを取得したり強化することができる。
また種族スキルの場合は、進化した瞬間に覚えるものもある。
ブラットの場合は進化した時点で、【快走1】【飛行1】の種族スキルを保有していた。
そして職業は基本的に『格闘家』や『剣士』、『魔術師』や『神官』、『鍛冶師』や『錬金術師』など、それらを取得し対応したスキルを使い込んでレベルを上げていくことで、自身の種族スキルでは取得できない専門的な職業スキルも取得することができるようになる。
ただし職業を取るには種族レベルのレベルアップや、職業スキルを一定段階修めたとき、イベントやクエストの報酬などで得られる『RP(Release Point:解放ポイント)』を消費する必要があるので、片っ端からとっていくことは不可能。
また種族、職業にはそれぞれ『特性』というものもある。
種族特性は、その種である限り影響を受け続けるもの。スライムでいうなら、物理耐性などがこれにあたる。
けれど種族特性は、ブラットが戦っていたスライムのように体や存在によって得られる特性なので、その特性を発揮するための器官や部位を傷つけたり失ったりすると、それが弱体化、無効化することもある。
進化で器官を失ったことで、前まであった特性が失われる──なんてことももちろん起きるので、上位を目指すプレイヤーたちが進化先を選ぶときは、その辺りも念入りに考えている。
そして職業特性は、その職業を選択しているときにだけ影響を受けるもの。
大概が対象スキルに紐づいた職業を付けることで、それらが強化されると思ってもらえればいい。
ただし対象のスキルに紐づいた職業を何か一つでも付けていないと、大概が弱体化してしまうので注意が必要。
例を出すのなら魔法系のスキルを持っているのに、魔法系の職業を付けていないとそのスキルはMP消費量が増えたり、威力が弱まったりするのだ。
「それで、ブラットの種族特性はなんだったんだ?」
「オレにはえーと……うわ、なんだこりゃ。めちゃくちゃあるぞ」
「あれだけの肉体性能な上に、一次進化で複数の特性持ちかよ……。
まぁ根源の数にも依存するって説が濃厚だし、さもありなんってところか」
「うわー……。にしても、めちゃくちゃあるってどういうこと?」
通常一次進化で三つ以上特性のある種は、これまで確認されていないことを、クランの特性上よく知っているはるるんとサクラはなんとも言えない顔をする。
「根源の種子1。相反融和。子狼の健脚。魔杖の両腕。星屑の小片1。
緑蜂の毒素。妖精の瞳1。賢人の頭脳1。鱗活性1。馬鹿力1──の一〇個だってさ」
「一〇個もか。しかも俺も知らない特性まであるし……」
「それぞれの効果は~──」
根源の種子1は、パーティメンバーのみを対象に全ステータスの極小強化。
相反融和は、相反する属性スキルを有していても互いの干渉を無効化。
例えば光と闇の属性スキルを同時に取得した状態になってしまうと、それらが互いに影響しあって弱体化してしまう仕様なのだが、これはその弱体化をなくす効果を持つ。
魔杖の両腕は、腕そのものが魔法触媒となる杖などと同等の効果を発揮するようになる。効果量は種族や種族レベルに依存。
妖精の瞳1は、集中して見ることで対象物、対象者の本質を少しだけ視ることができる。
子狼の健脚は足を使った行動に対し、ST消費が極小低下。
星屑の小片1は、常時極小MP回復。 緑蜂の毒素は、微毒の生成が可能。
賢人の頭脳1は、思考速度が極小上昇。 鱗活性1は、鱗部分の強度が極小上昇。
馬鹿力1は、ATKが極小上昇──となっていた。
「全部それほど強い効果はなさそうだけど、腐りにくい特性ばっかりだね」
「相反融和はたしか、アメリカのプロプレイヤー『Osyo』が持っていることで有名だな。
けっこう珍しい特性でもある」
「あの骸骨僧侶の?」
「その人であってる。レアリティでいくなら、根源の種子と魔杖の両腕と星屑の小片が最上位だろうな。俺も聞いたことのない特性だ。
次点に相反融和と賢人の頭脳。これらは普通に入手しようとなると、けっこう面倒な進化をしなくちゃいけないから持っているプレイヤーはかなり少ない。
次に妖精の瞳で、特定の職業について進化した妖精系の種族なら持っているから、そこそこレア。
んで残りはそれ系の種族になれば大概得られる特性だから珍しくはない……が、これらを同時に持っているのはかなりレアな状況──といったところだな」
「おー、さすが日本のBMO界きっての知識人」
「いやいや、それほどでも──あるな!」
リアルではクールぶっているわりに、こちらでは相変わらずはっちゃけてるなぁと三人は思いつつ話を進めていく。
「けど腕自体が成長する魔法触媒かぁ。さっきの組手の感じだとブラットは物理アタッカーの適性は充分ありそうだったんだけど、魔法適性もやっぱり高そうだね」
「飛行もできるし、ブラットくんは魔法アタッカーとしても優秀な戦士になれそう」
飛行は便利そうだが、その場でただ飛んでいるだけでも常にSTを消費し続ける厄介さも持ち合わせている。
なので飛行を戦闘で役立てたいと思うのなら、スキルや行動でSTを消費する物理職ではなく、MPを消費して攻撃やサポートが可能な魔法職は相性がいいと言われている。
相手の手の届かない場所から飛び回り遠距離攻撃で仕留めていけるうえに、魔法ではST消費もないので飛行での移動に全て割り振ってしまっても問題ないからだ。
けれどHIMAのような飛行も補助として使う物理アタッカーも大勢いるので、必ずしもそれが正解というわけでもないのだが。
「あとは職業なんかも今、何が取れるのか見ていきながら今後のビルド方針を決めていってもいいかもね」
「それもそっか」
「俺の見立てでは、職業を見たところで選択肢はたいして狭まらないと思うがな」
「ん?」
なにやら不穏なことを言うはるるんのことは一先ずおいておき、さっそく今取れる職業一覧を表示してみる。
するとズラーっとあらゆる職業が提示されていた。物理に魔法、補助に回復までありとあらゆる選択肢がこの種族にあるのだと教えてくれる。
「だと思ったよ。ブラットの種は本当になんにでもなれるんだ。
大抵は苦手な分野があるもんだが、現状は全てが得意状態だ」
「いっそのこと器用貧乏貫いちゃう? これだけハイスペックだと、それでもなんとかなる気はするけど」
「いやけどさ、サクラさん。職業だって全部とれるわけじゃないし、ある程度選別はしなきゃじゃん?」
「それに兼業できる職業数にも限りがある。せっかくだし、種族依存の職業も見ていったほうがいいだろうな」
今ざっと見ていたのは最初に表示される一般的な職業だ。今の自分だからつける、よりニッチな職業の方へと目を向けていく。
「狼走者だって、なにこれ?」
「ただの走者に狼的要素を少しプラスしたお得版ってところだな。
それを取って、町の宅配屋ロールプレイをしてる人も知り合いにいるぞ」
「宅配屋のロールプレイ? 人力で物を届けるの? すごい職業だね」
「いや、昔はリアルだって車を使っていたが人力だったぞ」
「ひぇ~、想像もつかないや」
今やAIによって完全制御された宅配ドローンが空を飛び、家の家政ロボットがそれを受け取り、家主が指定した部屋へと全自動で届けられる。
このご時世の人たちにとって、自分が荷物を運ぶ姿など想像し難いのだ。
「見習い天使に見習い悪魔、見習い妖精に見習い……けっこう色んな見習い種族職もあるなぁ」
「ブラットは見ただけで分かるくらい、いろんな根源が混ざって混沌としてるからね。
あ、となるともしかしてアレもあるんじゃない?」
「あれ?」
「HIMAちゃんが言ってるのって、合成獣のことじゃない?」
「そうそう。私のトラウマ職業」
「あぁ……、もしかしなくてもあれかぁ」
合成獣という職業がまだ知れ渡っていない頃、HIMAはBMOで定期的に開かれる武闘大会で二桁前半のランカーと戦ったことがあった。
その相手は攻撃を当てても当ててもゾンビのように立ち上がり、ダメージなどないとばかりに迫ってきては恐ろしい威力の攻撃を繰り出してきた。
HIMA自身も高火力でゴリ押しするタイプであったが、それ以上のゴリ押しで潰されてしまうという苦い思いをさせられたことがあったのだ。
ブラットもHIMAに悔しがりながら「こいつ意味わかんない!」と負け試合の動画を見せられ、次に戦う時の対抗策を夜通し一緒に考えた記憶が蘇る。
「キメラはとにかく生存能力が高く、高火力。なかなかST切れも起こさず、前線で一人でも長く暴れ続けられる職業だな。
何も考えずに突っ込んでいくだけで格下は簡単に磨り潰せる上に、同格相手でも持ち前の生存能力でゴリ押しして相手に回復をさせないように立ちまわるだけで高い勝率をキープできるんだから、敵に回すと厄介極まりないことで有名だ」
「生存能力……オレにとってはぜひ欲しい職業だね」
一度死ぬだけで進化の道が閉ざされる世界へ行かなければいけないのならば、その力は必ず役に立ってくれることだろう。
そんな願いをこめながらズラズラと並ぶ職業を流し見ていくと、言われていた通り『見習い合成獣』の職業を発見できた。
この職業レベルを上げていくことで見習いが取れ、さらに上の初級、中級、上級の合成獣職を取得し成長させていくことができる。
現在のRPは幼年期時代のレベリングで稼いだ『30』に、サービス開始時にあった幼年期でも参加可能なイベント二回で参加賞としてもらった『2』の合計RP『32』。
見習い合成獣は『5』消費で取得できるようなので、今すぐにでも取得は可能だ。
「えい」
《見習い合成獣 の職業を取得しました》
《自己再生1 のスキルを取得しました》
まだどんな戦闘スタイルにするかも決めてはいないが、迷うくらいなら取ってしまえと取得して残りのRPは『27』。
まだ余裕がありそうではあるが、上位の職を取るにつれて要求数も上がっていくので、レベリングだけでなくクエストなんかもこなしてRPを稼いでいかなければ、すぐになくなってしまう値だ。
「思い切りがいいな。確かにとっておいて損はないだろうが」
「死ななきゃ何度でもトライできるんだから、生き残れる確率が上がるなら貪欲に取っておくよ」
一次進化状態では、種族レベル1で兼業はできない。
まずは職業『見習い合成獣』として、小太郎の言う『異世界』とやらにアタックするための準備をすることに決めた。
と、そこでようやく一息ついたからなのか不意に眠気が襲ってきた。
「ふぁ~~~あ」
「ふふ、おっきいあくび」
今日は朝からワクワクしっぱなしでログインしたうえに、あのような目にあって精神的にボロボロ。わけの分からない話に付き合わされて頭もヘトヘト。
それでも新しい体への興味と興奮で持っていたが、そろそろ本格的に限界が訪れたようだ。
大口を開けて目を細めるブラットに、HIMAが幼子を見守る母のように微笑んだ。
「ブラットくんもお疲れのようだし、パパっと髪を整えて今日は終わりにしよっか」
「む? それもそうだな。こっちで寝ても多少効果はあるが、ログアウトしてちゃんと寝た方が体も休まるだろう。
動画の内容についての打ち合わせは夕食の後にでも話していけばいいしな」
「うん。悪いけど今日はそうさせてもらうわ」
寝ぼけ眼でクランホームの庭に置かれた椅子に座らされ、散髪の準備をされるがままに任せてぼーっと待つ。
やがてハサミを用意してきたサクラが髪を束ねた紐をするっと抜き取り、櫛で梳かして整えていく。
サラサラとした気持ちのいい手触りに、サクラは目を丸くする。
「びっくりするほどいい髪質ね。これも素材に使えば何かできるかも。
それで? ブラットくん、髪型にリクエストとかある?」
「うーん、おまかせ~」
「お任せね、りょーかい。すぐ終わらせちゃうから、じっとしててね」
「うん。ありがと、サクラさん」
「どういたしまして」
なにやら後ろでサクラとHIMAが髪型について話しはじめる声が聞こえるが、ただ座っているだけなので余計に眠たくなってうつらうつらと目を閉じる。
「この左側だけに生えてる角を映えさせたくない? サクラさん」
「いいわね。だったら、こう反対側に流れる感じに前髪は──」
「──だったらこっちの横髪も」
「ぐぅ……」
二人の会話を子守歌にして、ブラットは完全に寝落ちした。
ゆさゆさと肩を揺らされ、意識が浮上していく。
「起きて、ブラットくん。寝るならちゃんとログアウトしなきゃ」
「う? うん……。ふわぁ~~~」
「髪の毛、良い感じになったよ」
「んん?」
楕円形の大きな鏡をHIMAが持ち、ブラットの顔全体をそこへ映しこむ。
するとそこには全方位に伸び放題だった髪が、スッキリとスタイリッシュにまとまった少年の顔があった。
「おお~、良い感じ! かっこいいよ! ありがと! サクラさん」
「いえいえ、HIMAちゃんも手伝ってくれたんだよ」
「HIMAもありがと!」
左側だけに生えた鬼角の根元が軽く見えるよう分け目になっていて、右に向かうにつれて目が隠れすぎない程度に長く、斜めの直線になりすぎないよう切り揃えられたアシンメトリーな前髪。
それに合わせて横髪も右側は首にかかるほど長く、左側は耳が見えるくらいに短くなっている。
後ろ髪は綺麗な頭の形に合わせて首筋にスッと流す程度にまとまっていた。
頭が軽くなり整った顔立ちもよく見えることで、鏡に向かっていろんな表情をして楽しんでいく。
はたから見ればナルシストのようだが、その姿を苦労して手に入れたことを知っているはるるんたちは微笑まし気に眺めるだけだった。
「じゃあ、リアルのほうで晩御飯までちょっと寝るね」
「ああ、寝て来い。それと、これ貰っとくな」
「うん……うん? なんて?」
まるで当然のように言ってきたので思わず頷きそうになったが、チラリと視界に映った物が気になり少し目が覚める。
はるるんが手にしているのは、これまで半年間愛用してきた──というよりもそれしか選択肢がなかったから使い続けてきたボロの腰布。
「だからコレ。貰っていいよな?」
「………………なんかヤダ」
ずんぐりむっくりな小さなおじさんが、ニコニコしながら自分のお古の腰布をもってクレという姿に思わず否定の言葉が出てしまう。
「なんでじゃい! それじゃあ、お前はこれをどうするつもりだったんだよ!」
「いや、もういらないから捨ててただろうけど」
着替え終わった後に回収しようとしたときにはなかったので、まぁいいかと放置していたのだが、実はそれをはるるんが回収していた。
「じゃあいいやろがいっ。なぁなぁ、くれよ~」
「てか、なんでそんなゴミがほしいのさ。別に特殊な効果なんてなんもない初期衣装だよ?」
「馬鹿を言うんじゃないよ! これはBMO始まって以来、初の進化を遂げたモドキ種が愛用し続けた腰布だぞ!
貴重な資料として、ぜひ我がクランの資料室に飾っておくべきものなのだ」
「え~、なんかパンツを飾られるみたいで嫌なんですけどー」
「パンツの一枚や二枚いいやろがい!」
「やだよ! 変態変態変態!」
「へ、HENTAI!? ぬぐぅ……せ、せや! いくらだ? いくらなら売ってくれる!?
いくらでも出すぞ~? おっちゃんこう見えて金持ちだからな! がははっ」
「ねー! サクラさーん!! 彼女としてどう思います!? この人怖いんですけどー!!
──って、いない!? HIMAもどこっ!?」
息がかかるほど近くまで迫られ思わず外野に救援を求めるが、その肝心の人員が近くにいない。
なぜだと視界をより広げてみれば、いつの間にか二人は離れた場所でお茶を飲んで別の方角へ視線を向けていた。
私たちは関係ありませんとばかりに……。
「おふ──」
「なぁなぁ、なんぼなん? なぁなぁ」
「分かった! あげます、あげるから離れてー!!」
「そうか。すまんな、ブラット。恩に着るよ」
「こいつ、二重人格か何かなのか……?」
──スンと元のはるるんに戻り、身を引いていく。
絶対に離さないとばかりに、しっかりと腰布を握り締めて。
「もう私は先にログアウトするからね!」
「ああ! さんきゅーな! この借りはまたどこかで返そう」
「絶対だぞ!」
すっかり疲れ切りロールプレイを忘れたブラットは、そう言い残してBMOからログアウトしたのであった。
「ほぁ~、これはいいものを手に入れた……。額縁に入れて永久保存だ!」
「ねぇ、あの人のどこに惚れたんです? サクラさん」
「えーと…………、どこだったかなぁ…………?」




