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竜の御子は平穏を望む(改訂版)  作者: 蒼衣翼
第四部 魔王の後継は函の中で微睡む

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第七十話 不安

 学院での毎日は基本的に代わり映えのしない日々が続く。

 しかし時々討論会や発表会などが行われて単調な学問の日々に変化を与えていた。

 その中でも学生たちが注目するのが技術発表会だ。

 この学院の生徒達の中に時期領主となる者もいるので、新しい技術を取り入れようと熱心なのである。

 ほとんどは学院の場所を借りて研究者がその成果を発表し、パトロンを見付ける目的に使っているのだが、教師や学生が授業を通して作り出した物の出品もある。

 そしてそんな学生の発表のいくつかにメランは関わっていた。

 メランは基本的に社交的な方ではないが、派閥間の調整を行っていた関係で顔が広くなり、結果的に相談役のような立場になっていたのだ。


「そう言えばライカも発表するんだろう?」

「え?いや、俺は協力だけだよ。発表するのは薬学の先生。なんでも薬は薬師の組合の認定が必要だから学生からの発表は出来ないんだって」

「んん?ライカの発表するのってお茶じゃなかったか?」

「薬としての効能を評価されたんで治療に使えるようにって事でそうなったんだけど」

「それ、誰から言われたんだ?」

「先生だけど」


 眉間に皺を寄せるメランに対してあっけらかんとしたライカは軽く答える。

 メランはむすっとして言った。


「薬としての認定だとやたら高くなってしかも一般には出回らなくなるぞ。お前誰でも美味しく飲める体に良いお茶だって言ってたろ」

「え?そうなの?」

「薬となると薬師か療法士として届け出している者にしか扱えないからな。ちょっと俺が行って確認して来る」

「いや、俺が行くよ」

「お前行っても細かい法規や取引の問題が分からないだろ?」

「でも俺の問題だよね?」

「分かった一緒に行こう」


 ライカが決して譲らない事を理解しているメランはそう応えて妥協した。

 メランの正直な気持ちとしては腹芸の出来ないライカの存在は交渉事の席には向いていないので連れて行きたくないのだ。

 とは言え、当事者であるというライカの主張も尤もな話なので断る理由が無い。

 メランは早速薬学の教師の控室を訪れた。

 教師の説明を聞いた限りではどうやら教師側としてはライカの利益を守ろうとしての措置だったらしい。

 一般に流布してしまえば発案者であるライカに何の利益ももたらさないが、組合登録の薬とするならそのレシピを買い取ってもらえるのだ。

 善意による処置であるが、そもそもライカの目的は茶の原料の流通を増やす事であって自分の利益ではない。

 その辺りをメランが丁寧に説明すると相手の教師も納得してくれた。


「ありがとう、助かったよ」

「まぁ今回は相手も良かれと思っての事だからな。話が通りやすかった。学生と教師との共同研究なんかの場合利権問題で揉める事が多いんだ」

「そうなんだ?」

「ヘタすると学生の発明品を教師が勝手に自分の物として発表する事もあるからな。特に立場が弱い下級貴族の子弟なんかは学院の教師の権威に逆らえないし」

「そんな事もあるんだ」

「今回ちょっと揉めそうな物があるんだ。井戸の汲み上げに滑車を使う仕組みなんだが、これは元々王都の上水施設の仕組みを参考にしたものなんだ。王都は新しい技術が毎年発表されているせいで技術のレベルが高いんだけど王都の人間は外の事とか分からないから王都以外の領地の技術はなかなか発展しない。技術格差が広がっているんだな。そうなると視点が外の人間の方が外で役立つ技術に敏感になる。今回も井戸が深い地域の領地の学生が王都の技術を参考に作った物なんだけど、これが利益が出そうだと判断されたおかげで取り上げられそうになってね」

「それはひどいね。と言うか、その技術うちの街にも欲しいんだけど」

「あはは、交渉先が決まったら教えるからぜひ交渉してくれ」


 二人は会話しながら研究施設の立ち並ぶ一画を学院の方へと歩いた。

 学院の教師にはそれぞれ一つの独立した研究棟が与えられる。

 そこで商売を行う事も出来る為、研究棟のある場所は学院本体からは独立した区画となっていた。

 治療所があるのもこの区画である。

 学生たちの寮がある場所とは修練所を挟んで反対側で、上層の商業地区から地続きの場所だ。

 修練所と研究棟の間には門があって学院側から門を潜ると庭園とサロンを挟んで教師達の研究施設区域となる。

 基本的にこの街の上層地区の構造は建物と建物の間に中庭か道があり、中庭からそのまま道に繋がっているという事が多かった。

 貴族の屋敷は壁で囲まれて立ち入りが出来ないが、一般的な建造物はその敷地の境目がよく分からない事が多い。

 と言うのも、貴族の屋敷以外の土地は王家の所有であり、住民はそこを間借りしているだけであるというのがこの王都の構造だからだ。

 つまり貴族の屋敷はその貴族の領地であり、たとえ王と言えども理由なくそれを侵す事が出来ないという事でもある。

 以前辺境候の屋敷に王子が軟禁騒ぎになったのもそのせいだ。


 それはともかく一般には学問塾と呼ばれている王都修学院は、王の所領であり警備兵が厳しく巡回をしているものの厳重な塀などは無い。

 さすがに塾には一般庶民が入る事は出来ないが、研究棟の区域の庭には時々一般人が入り込む事があった。


「案外人が多いな」

「庭園には水飲み場と果物があるから今の時期はそれなりに人がいるみたい。でもやっぱり学生が多いよね」

「まぁ場所柄当然だな」


 ふと、ライカが数人の男たちがくつろいでいるベンチの一つを見て顔をしかめた。


「どうした?」

「ん~、久々にちょっとキツイのを感じた」

「どういう事だ?」

「ごめん、説明は難しいや。近付くと気分が悪くなるんだ」


 ライカの良く分からない説明に、メランはその者達の姿を注視する。

 彼らは外国人なのかこの辺りでは見掛けない服装をしていた。

 毛皮をあしらった服装からして北の山岳地帯か南の諸島国家かもしれないとメランは考える。

 そして他国人にしては入り込み過ぎているとメランは感じた。

 学院は王城に近い。

 とは言え技術の最先端である研究施設地域に外国人が来るのはおかしな事ではなかった。

 特に長年戦争をしていた北方の国々は国の立て直しの為に多くの技術と資源を求めている。


 とりあえずメランはその男たちの顔を覚えておく事にした。



 メランが再びその男たちを見掛けたのは以前ミアルに教わった商人達が使う食堂での事だった。

 と言っても、以前注意して顔を覚えていなければ気付かなかっただろう。

 彼らはこの国の一般的な衣装を身に着けて商人達と商談をしていたのだ。

 ちらりと見るとテーブルには地図が広げられ、そこにいくつかの印が付けられているようだった。


(辺境領?)


 その印は辺境領に付いているように見える。

 と言うか、問題は地図だった。

 その地図は公道のみを記した地図ではなく、地形が描き込まれている。

 公道だけの地図に後から手書きで地形を描き入れた物のようだった。

 地形を記した地図は他国の人間に譲渡や販売したりする事は禁じられている。

 嫌な予感がしたメランはひっそりとその食堂を出ると、北門軍の詰め所に寄ってミアルへ面会を求めた。

 どうやらその日はミアルはちゃんと詰め所にいたらしく面会に応じて顔を出した。


「どうした?」


 メランは実はこの部署に配属されてからのミアルに会うのは初めてだったが、その姿を見て少し驚いた。

 常識的な格好をしていたのだ。

 以前のように全身金属鎧ではなく、一応胴鎧は着けているものの兜は無く、足はズボンにブーツである。

 北門軍のマントを纏った姿は女性的ではないが美しさすらあった。


「あ、ええちょっと気になる事があって」


 驚きながらもメランは細かく状況を伝えていく。

 以前ライカが不快に感じた相手だという事を聞き及んでミアルはニヤリと笑った。


「なるほど、そいつら黒だな」

「いえ、その判断基準はどうなんですか?」

「ライカが説明出来ないがおかしいと感じた事は信じた方が良いぞ」

「信じるもなにも理由が分からないんじゃしょうがないでしょう?」

「捕まえて聞けばいい。単純で分かりやすい」


 メランは呆れたが、ここは任せる事にした。

 

「お手柄を立てるのは良いですけど、勇み足でポカをやらないようにしてくださいね」

「大丈夫だ、任せろ!」


 言われて尚更不安になったのは仕方のない事だろう。


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