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竜の御子は平穏を望む(改訂版)  作者: 蒼衣翼
第四部 魔王の後継は函の中で微睡む

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第五十二話 出来る事と出来ない事

「問題があるとすれば一つは場所だな」

「場所?」

「ああ、敵が潜んでいるのは山の中なんだ、今回ミアル達討伐隊は機動力を重んじて騎馬のみで編成されている。馬は機動力はあるが山地での小回りが厳しい。山の中だとせっかくの人数が生かせない可能性もあるしな」

「うーん、どういう事?」

「山の地形は複雑だろ?そもそも馬は草原の生き物だから高低差があったり障害物の多い場所では上手く動けない。体も大きいしな」

「なるほど」

「しかも山の中は人一人が移動するのがやっとの場所もある。大勢で少数を囲んで圧倒的な数の差で戦えるという数の差の有利さを活かせない可能性がある」

「じゃあミアルが危ないんじゃないか?」


 椅子から立ち上がって、今にもミアルの後を追いそうなライカをメランはなんとか落ち着かせる。


「いや、そこはミアル達もプロだ。俺が分かる事なら彼らも分かる。俺の思うにミアル達は圧倒的な人数差を活かして包囲戦を仕掛けるだろう。最悪山に火を点けるかもしれない」

「火?えっと、それって山ごと燃やしてしまえって考え方?」

「ああ、乱暴だが有効な手段だ」

「ん~、でもそれってその周辺に住んでる人にとって年単位で生活が厳しくなるって事だよね。俺の街も山に囲まれているから分かるけど、ほとんど作物も作れないあの場所で人が生活出来るのは山があるからだ。その恵みが失われたらたちまち生活が成り立たなくなってしまうよ」

「その辺が俺たちが感覚的に良く分からない所なんだよな。焼いた後に畑を作れば良いんじゃないか?とか思うんだが」

「畑って麦とかイモとか野菜とかだけだろ?山には動物もいるし薬草ハーブもあるし、鉱石や木や土もある。食べ物も生活の道具も家を建てるのも山にあるもので賄っているのに食べ物だけ作っても間に合わないよ。それに水の流れも、植物がなくなるとうまく調節できなくなるって教わったよ」

「水の流れと植物?土とかなら分かるが」

「俺を育ててくれた方がね、土は過剰に水分を含むと崩れてしまうけど植物が吸い上げてるから過剰にならないんだって」


 ライカの言葉にメランはへえと声を上げた。


「なるほど、理屈としては辻褄が合っているな。その人は賢者様とか、どっかの国付きの学者様とかか?」

「その辺はあんまり詳しくは言えないんだけどね」

「分かった」

「メランってそういう所凄いよね」

「ん?」

「無理をしないって言うか、必要以上に自分の欲を満たそうとしない所」

「それは買いかぶりだな」

「まぁでも燃える事自体は悪い事ばっかりでもないんだ。古い木ばっかりで飽和状態になると生き物もあまり住めない息苦しい場所になるんだって。火事が起こるとそういう事が起こる前に新しく命が巡り始める。造るのも大切だけど壊す事も大切なんだって言ってたよ」

「深い話だな」


 思わず頷いてしまったメランだったが、そこで自分達が大きく話の主旨から逸脱している事に気付いた。


「山の在り方というのも興味深いが、それはそれとしてあの辺りの山岳地帯にはいくつかの小さな集落がある程度だから部隊としては短期決戦を狙えば十分火攻めはあり得ると思う」

「程度って」

「基本的に貴族は自領の事以外はどうでもいいからな。ただし今回はやらないんじゃないかと思う」

「と、言うと?」

「手柄の問題だな。一緒くたに焼いて終われば武勇のほまれにはならない。民草でも出来る事をやって勝っても賞賛を受ける事は出来ないという事だ」

「んー?」

「ほら、お前が言ってただろうが。貴族は強くあろうとしている人種だって」

「ああ」

「他の貴族にも民にも誉ある者として認められるかどうかが貴族にとっては大事な事なんだ。だから焼くにしてもその前に手柄を得てからだと思う」

「結局焼くの?」

「手に負えなくなったらな」


 メランの考えで言えば、迎え撃つ側は王国軍に付き合う必要はないので地形や罠を利用しての個別撃破戦法を狙うはずである。

 なにより個人では最強の部類の者を仲間に引き入れたのだ。

 その利点を活かさないなら反乱軍残党はただの愚か者である。

 下手をすると王国軍側は一人を討つ為に十人を死なせるような戦いに引きずり込まれる可能性があった。

 ミアルが指揮を取ってでもいるのならまた話は違うが、今回は手出しを許されないだろう。

 そこまで考えて、メランはふと、先日のミアルを思い出す。

 あれが何もせずに見ているだけのつもりの人間の行動だろうか?と。


「じゃあやっぱりミアルは危ないんじゃないか!」


 再び立ち上がろうとするライカを制して、メランは言葉を続けた。


「だから言っただろう。今回ミアルは初陣でまがりなりにも王族、しかも女性、何かあったら関係者全員処刑されてもおかしくない。俺が指揮官なら縛り付けてでも安全な場所に置いておく。下手をすると敵を倒すよりそっちの方が重要かもしれないぐらいだ」

「でも、ミアルは手柄が欲しいって言っていたよ」

「そりゃあだれだって栄誉は欲しいさ。さっき言っただろう。貴族にとっては誉こそが全てなんだって。でも最初から焦るのは馬鹿のする事だ。俺の見る所ミアルは決して馬鹿じゃない」

「そうだね、ミアルは頭良いよね。メランとは違う感じだけど」

「おおう、なんか俺まで褒めてくれてありがとうな。つまりあれだ、だから心配せずに初陣の勝利を願ってやってくれって事だ。今回はミアルが単独で手柄を立てる必要はない。手柄を立てた部隊にいたというだけで箔が付くし、戦場での経験は大切だからな」


 戦場での経験云々は完全に他人の受け売りだが、メランはそう言葉を締めた。

 ライカの懸念を祓うには十分すぎる説明のはずだ。

 そもそもライカも普段はミアルがメランが必死で止めるような危ない訓練をやっていてもほとんど心配もせずに眺めているのである。

 それが信頼から来るものなのかはメランの知る所ではないが、戦場に出たからと言って、過剰に心配するのはおかしいだろうと考えていた。

 しかしライカはそんなメランの顔をじっと見る。


「う~ん、あのさ、どうしても何か引っ掛かるんだよね。喉に何かつっかえているみたいな感じがする。メラン、なんかまだ俺に言ってない事あるよね」


 先ほどからのライカの鋭さにメランは戦慄する。

 そしてこれ以上隠しても仕方ないし、逆に隠す程の事ではないのではないか?と思い直した。

 

「まぁもう一つ不安材料があるにはあるんだが、たった一人ちょっと常軌を逸した人間が敵に混ざっているかもしれないってだけの話だぞ?」

「常軌を逸した人間?」

「ああ、ほら、守護者と呼ばれる連中だよ。王国が手足としている商組合の護衛に貸し出している」

「守護者?」


 その言葉に全くピンとこなかったらしいライカが首を傾げる。

 メランはどう説明したものかと考えて、民間で彼らがどう呼ばれているかに思い至った。


「そう、ほら、商組合に所属する店の用心棒として付いている連中だ」

「えっ!」


 メランの言葉に対するライカの驚きは劇的だった。

 さあっと青ざめると、ふと気付いたように呟く。


「一人……さっきメラン、一人って言ったね?」

「あ、ああ。おい?」

「用心棒の人って基本的に二人組って聞いたんだけど、どうして一人なの?」

「え?それは商隊の生き残りが証言したからだ。用心棒の一人が寝返ったって。もう一人はそいつに殺されたらしい」


 ライカはしばし沈黙する。

 そしておもむろに口を開いた。


「俺行くよ」

「なんでだ?わかってるか?ちゃんと考えてみろ、お前が行ってもミアルの足手まといにしかならないぞ。組織に異物が入り込むとその組織の結束は揺らぐ。ただでさえ討伐隊にとってミアル達は異物だろう。そこへお前が行ってしまえばミアルの立場はもっと悪くなるんだぞ?」

「うん。俺さ、最近そういうのもなんとなく分かるようになって来たんだ。前は王様とか貴族とか単なる物語の中に出てくる遠い存在みたいな感じだったんだけど、そうじゃなくてさ、人がその独特の社会を作る為に必要な形なんだって理解出来るようになった。でもさ、やっぱり立場を守って死ぬより、戦って何かを勝ち取る方が人間の社会でも大事な事だろ?」


 ライカの問いにメランは「違う」とは答える事が出来なかった。

 それは間違いなく正しいからだ。

 全ての人間は、いや、全ての存在は死ぬ為に生きるのではなく、何かを得る為に戦いながら生きている。

 哲学の講師が彼らに語った事であり、学んだ彼らが納得した事でもあった。

 何かを守る為に死ぬ事は美しいし、人々に尊敬される死に方だろう。

 多くの人の心を打つかもしれない。

 だが、しかし、命の在り方としてはそこで終着点となってしまう。

 そこから先にプラスされるものが何もない、終わった栄誉となるのだ。


「俺さ、昔その用心棒の人に襲われた事があったんだ。なんていうか、彼らはすごく楽しそうだったよ。俺を殺そうとしていない時はまるで霧に浮かぶ人影のように薄い存在なのに、あの時はまったく違うエールの輝きに満ちていた。だから俺は彼らを怖いと思ったんだ。彼らの楽しみは他人の苦しみの中にしかないんだよ。もちろん俺を襲った用心棒の人とミアルが戦う事になる用心棒の人は違うかもしれないけど、俺が遭遇した用心棒の人は二人共、雰囲気は違うけど、他人を殺したいという欲求は同じぐらいだった。それを思い留まっているのはそれ以上にお互いの隙を窺いながら殺し合いをしたがっていたからなんだと感じたんだ。だからそれをもう終わらせてしまったのなら、その先に歯止めは無いんじゃないかな」

「そんな事があったのか……」


 殺戮者に襲われた事があるという同室者の衝撃の告白を聞いて、メランは目眩を感じた。

 不安定な制御しか出来ない殺戮者を世に放っている王家を罵る言葉が口から出そうになって慌てて自重する。

 そしてなんとかライカを止める手段を思い描いて行き詰まった。

 理屈の上でも、そしてメラン自身の感情の面でも。


「お前が行っても何も出来ないし邪魔にしかならないぞ」

「何もって事はないよ。俺に出来る事は出来る。そりゃあ出来ない事は出来ないけど」

「哲学の問答じゃないんだぞ?」


 いささか呆れてメランは言葉を吐き出す。


「だってそうだろ?」

「まぁ真理ではあるよな」


 結局の所、何を口にしてもメランにライカを引き止める理由も方法も何もないのだと気付かされるだけの事だった。

 それならグダグダと引き止めるべきではない。

 メランはそう結論付けたのだ。

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