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竜の御子は平穏を望む(改訂版)  作者: 蒼衣翼
第四部 魔王の後継は函の中で微睡む

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第三十五話 事件の終わり

 結局の所、メランはこの事件に直接関わる事は無かった。

 全体像を掴んだのは事が全て終わった後だったし、とにかく事件は当初から真偽の分からない流言飛語が飛び交い過ぎていて、事件の当事者ですら当時は全体の把握は無理だっただろうという有り様だったからだ。

 とは言え、メランはこの事件の大体の正確な流れを把握はしていた。


 緊急の報が入ったのはナグゥ家のパーティが開催された日の夕方だった。

 最初の報は王都の民の知らない所で交わされた。

 王都を囲む山脈の裏側、山を隔てた地域に所属不明の軍隊らしき集団が集結しているという報だ。

 これは直線距離から考えればかなり王都、なにより王宮に近い場所なのだが、なにしろ王宮の背後は切り立った斜面となっていて、こちらからの侵入は不可能に近い。そうなると何か仕掛けて来るとしても山を回りこむ事となるので、その場所からならまだ半日近くの距離がある。

 しかし、王都の主戦力は遠く西部の荒野に演習に出ていてがら空きに近い状態だ。

 王宮の首脳部は色めき立った。

 次にもたらされたのが第二王子の出席しているパーティが開催されている館に暴漢が入り込んだという知らせだった。

 これが普通の第二王子なら慌てる事はない。皇太子ではないのだからいざとなったら切り捨てる事も出来るだろう。

 しかし、この国の第一王子は病弱で未だ立太子宣言がされておらず、実質的には第二王子こそが皇太子であると囁かれていた。

 更に言えば第二王子は武に優れ、既に自身の麾下に一個小隊を持つ事を許されていて、現在の王都ではそれは貴重な戦力でもあったのだ。

 状況から言えば一刻も早く自由に動けるようになってもらわなければ困る人材であると言えた。


 ここで事の対応について二派に別れる事となる。

 まずは王子に降りかかっている事態を終結させて、王子の指揮の元、怪しげな軍隊に当たるという者達と、先に外の軍勢に留守番部隊を向かわせ、その間に伝令によって演習の部隊を呼び戻すという者達だ。

 どちらも一歩も引かずに膠着状態に陥るかと思えたが、そこへ王が宰相を通じて一手を投じる。

 すなわち、王都の防衛の要たるウーロス砦に外敵への対処を任せよという命である。


「し、しかしウーロス候は先ごろ陛下より厳罰を賜ったばかり、信頼をして良いものであろうか?」

「だからこそ彼の者はその忠義を示すであろうとの王のお言葉である」

「もし、ウーロス候がその怪しげな軍隊と通じておったら?」


 そんな疑問を口に出した者に対して、宰相は鋭い視線を向けた。


「王はおっしゃられた。『ウーロスは王家の守護の要なり、ウーロスに過ちありともその武に陰りなし』と」

「はっ、は!」


 王が断言してしまえばそれは真実となる。

 そうして使者が立ち、ウーロス砦と王都内の治安部隊により、この二つの事件は早々に決着した。

 それはいっそあっけない程だった。


 ただし、辺境伯ナグゥ候の謀反という事実は大々的に王都の民の知る所となった。

 ナグゥ邸での立て篭もり事件が長引いたせいだ。

 当初、ナグゥ邸では暴漢から王子達高貴な者を守るという体で小部屋に王子と関係者を隔離した。

 そこには無理やりに同道したウーロスの後継の姿があった事は言うまでもない。

 だが、外に王都の治安部隊が駆け付けると同時にナグゥ家の第三子であるデッカ・ディワンサー・ナグゥは宣言したのである。


「王子は山岳諸国の独立にご理解を示してくださった。これよりこの館はわが国の領土、敷地への侵入は国への侵犯とみなす!」

 と。


 このような政治的な事態に留守部隊を預かる一介の隊長クラスが対応出来るはずもない。

 王宮の上層部とのやりとりに時間を食っている内に市井に噂が広まり、その日の内に王都の民はこの大まかな流れを把握する事となった。

 当然人々はこの現場に押し寄せた。

 とは言え、貴族街に一般市民は入れない。その為、上と下の中継ぎの場所である検問所や詰め所に人々が殺到する事態となり、ただでさえ人手が少ない軍部の動きはこれによって更に鈍くなる事となった。

 総合的に見て、時間稼ぎの策としてはなかなかだったのではないだろうか?とメランは評価した。


「でもまぁ時間稼ぎは時間稼ぎ、王都に攻め込む部隊が到着しなければ尻窄みに終わるだけの話だ。更に館の内部で王家派の兵士が王子を救出した事により事件は終結、デッカ殿を始めとしたナグゥ家の者は拘束される運びになったという感じだな」

「まて、その話には肝心の部分が抜けている。王都に迫っていた軍隊はどうしたのだ?」

「いやいや、分かるでしょ?ウーロス砦の連中が出撃して軽々と撃破しちまったよ。ただ、敵さんは結構数がいて、ウーロス候は千だか二千だか相手に数百の手勢で殲滅戦をやってのけたとかで、今やちまたではウーロス砦の武勇が華やかに語られる事になった訳ですけどね。どうやら凄い勢いで詩人達がその様子を詩にして広めているそうじゃないですか?聞いた所によるともう舞台にもなったとか」


 メランが肩をすくめて説明すると、ミアルが柳眉を逆立てて逆に詰め寄った。


「馬鹿者!脚色されつくしたあのような詩や芝居になんの真実がある?私が知りたいのは事実だ!」

「それこそ無茶だろ?俺はその日その時王都のこの寮でおとなしく待機状態だったんですよ?というかある意味軟禁状態とも言えるけどな。なにしろ塾生の中に首謀者連中に連なる者がどんだけいるか分からないような状態だ。自由に動ける訳ないでしょう?」

「むう」


 メランの説明に不満ながらもどうやら納得したらしいミアルはメランを問い詰めるのをひとまずやめる事にしたようだ。

 メランはやれやれと長椅子に寝転がった。


「どうも軍の上層部の動きが不自然だ。うさんくさい」


 ミアルは獰猛に唸る動物のように鼻にシワを寄せる。

 そんなミアルに向かってライカは茶の代わりを差し出した。

 それをミアルは無意識に受け取り、ぐっと煽るとそのまま一息で飲み干す。

 熱くないのか?とメランは呆れたが、どうやらライカはその辺を心得てある程度冷まして渡していたようだった。

 甲斐甲斐しいというか、心温まる気遣いである。


「まぁそのせいで塾も今は落ち着かないんだ。あなたがあちこちで足止めを食らったのはそのせいですよ」

「関係者はもう収監されたと聞いたぞ」

「表立って動いた連中はね」


 ミアルはぴたりと足を止めてメランを見詰めた。


「この件はもっと根が深いという事か?」

「断言は出来かねますけどね」


 ちっと舌打ちしたミアルは、ようやく落ち着いた風で、ズシンと腰を下ろした。


「降って湧いたような手柄のチャンスをみすみすと逃したのだぞ?それもどうやら裏で色々と取り引きの匂いがする。これが苛立たずにおられるか?」

「俺としてはこの件にあまりあなたに関わって欲しくはないですね。内乱というのは絶対に禍根を残すものです。王族は出来るだけ直接関わらない方が良い」

「兄上はかなり深く関わってしまったではないか」

「現場にはウーロス卿が居られた。そして実際の戦で手柄を立てたのもウーロスの者達。王子に、イアース殿に向かう悪意は弱まるでしょう」


 ミアルはじっとメランを見た。


「お前、兄上の為に……」

「そんな事より、せっかく来られたのに茶を飲んでお話をして終わるおつもりですか?訓練はどうされるのです?」


 ミアルは一瞬戸惑ったように視線をもう一人の方へと流した。

 そこにはまだ若い、子供と言って良い早駆け竜と戯れるライカの姿がある。


「ライカ」

「あ、はい」


 呼ばれて、ライカは青から視線を外してミアルを見上げた。

 まっすぐに憧れを宿して自分を見る目に、ミアルは少したじろいだように体を揺する。


「少し訓練をするか?」

「あ、はい、そうですね」

「頼む」


 その様子をメランはにこやかに見守った。

 と、ふと何かに気付いたようにライカはそんなメランに顔を向ける。


「それにしても危なかったね」

「なんの事だ?」

「攻めてきた人達、確か騎竜の部隊もいたって聞いたからさ」

「ああ?山岳の領地で山に棲む早駆け竜を駆る部隊もいたらしいな」


 メランはライカが何を言いたいか分からずに首を傾げた。


「この子達なら山越えで直接あのお城へ攻め込む事が出来たんじゃないかと思うんだ。あの断崖を登るのならともかく下るだけなら割と簡単だしね」

「えっ?」

「なっ!」


 ライカの爆弾発言にメランと、そしてミアルが息を呑んだ。

 だが、そう言った後にライカは「ああ」と、首を振って自分の言葉を否定する。


「でも、そっか、あそこには女王様の竜がいるからね、そんな簡単にはいかないか」


 なぁと同意を求めるように傍らの竜に呼びかけるライカに応えるように、青は「クルル」と、神妙な表情でまるで頷くように体を上下させた。


「人の集団同士の戦いって難しいんだね」


 そう言うライカにメランは返す言葉を失っていた。

 竜に乗って山越えをするというのは運用としてはある事だ。

 しかし、そのまま戦うとなると別の話である。

 人はその竜の動きに合わせて戦う事が出来ない。

 いや、出来ないとされていた。

 だが、本当にそうだろうか?

 山岳地帯の民が、長年竜に乗って戦うやり方に慣れていたら有り得た戦いの方法ではないのか?

 そしてそれは平地の民にとっては全く想定外の戦い方だ。


(実はそんなに楽観できた事態ではなかったのかもしれない)


 メランは自分の常識に囚われる事の恐ろしさに冷水を浴びせられた思いだった。

 一方でミアルはひっそりと笑みを浮かべている。


(この姫君はまた、良からぬ事を考えてるな)


 定まった事などなにもない。

 一刻一刻と変化する世界と常識に、自分はどれだけ対応出来るのだろう?メランはそう考えて内心ため息をこぼしたのだった。

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