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竜の御子は平穏を望む(改訂版)  作者: 蒼衣翼
第四部 魔王の後継は函の中で微睡む

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第二十八話 豊かな土地は耕してこそ

「とりあえずは行動するか」


 状況把握は今は十分だろうとメランは自身から動く事にした。

 とにかく勢力のバランスが崩れて塾内がこれ以上に不穏になるのも、取り返しの付かない事態になってから後悔するのも彼には避けたい事だったのだ。

 事前にやれる事はやる。

 それがメランのスタンスだ。


 メランがまず足を運んだのは竜舎だった。

 メランの知る限り、およそ厩舎は独特の臭いがあるものだが、竜舎は厩舎ほどの異臭が無いので、そこに生物がいるという気配が薄い。

 だがそれは竜が臭いに敏感な生き物で、しかも苛立った竜ほど手のつけられないものは無いからだ。

 これだけ神経を使う必要があるという事自体が、竜という生き物の危険性を表しているのである。

 学生が訪れない時間は竜舎の本来の管理者である竜手達が忙しく出入りして作業をしている。


「親方はいるかな?」


 その辺にいる一人に声を掛け、取りまとめの人物を呼んでもらう。

 その相手は不思議そうな顔をしながらも頷いて親方を呼んでくれた。

 塾生の証のトーガは、ある意味貴族の身分を明らかにするものでもある。

 特に理由が無い限りは彼らは身分あるものに逆らったりはしない。

 ただし、理由があれば逆らえる程の権限を実は竜手達は持っている。

 竜に関わる技能所持者は少ないし、その仕事の重要性ゆえ準貴族の扱いを受ける事になっているのだ。


「へい、どういたしやした?」


 シミの付いた作業着を纏った、身なりに頓着しない大柄な人物が進み出る。

 背筋が伸び堂々とした振る舞い。

 自分の仕事に自信を持っている者らしい態度だ。


「すまない、少し頼みというか、注意しておいて欲しい事があるのだが」

「へい?」


 メランの言葉に、親方は僅かに警戒心をみせて、身構える。

 貴族の若君に散々無理難題をぶつけられて来た経験があるのだろう。


「実は塾生同士の競争意識が最近高まっていてね、もしかすると変な方向に暴走してしまう連中が出るかもしれないんで、竜の周辺に気を配っておいてほしい」


 そう言ったメランに、親方はどこか胡散臭そうに鼻を鳴らした。

 だがもちろん正面切って反論をする事は無い。


「そりゃあもちろん、それが俺達の仕事なんで、当然いつもやってますよ」


 表面上は同意しながらも遠回しな拒絶、それは仕事にプライドを持っている者にすれば当然の反応だろう。

 毎日自分たちが行っている仕事を知らない者にその仕事内容をちゃんとしろと言われているのだから。


「それはもちろん分かっているよ。何しろここの竜は基本的に王の持ち物となっている。何かあればその相手に対する処分の重さは計り知れない。そういう大切な御役目を日々行っているあなた方は尊敬に値する忠臣と言っても良いだろう」

「う、まぁ、そうだな。我らは陛下の忠実なしもべよ」

「なればこそ、まだくちばしの黄色いひよっこのちょっとした悪戯心によって取り返しの付かない事態に陥るのを見逃さないようにしていただきたいのです。学生には残念な事に遊びと競いを履き違える者もいます。まだまだ子供と言って良いでしょう。子供だからこそ、大人の思い付かない悪ふざけをやってしまう。例えば竜具に傷を付けたり、竜の餌に何か悪いものを混ぜたりと」

「はん、なるほど。まぁ毎年ちょっとやんちゃが過ぎる学生が出るのは慣例行事でさあ。うっかり竜に構って大怪我をした学生もかつてはいたらしいですからな」


 親方はメランの言葉に大して感銘を受けた風でもなくそう返した。

 塾には国中から色々な立場の貴族の子弟が集まる。

 立場を捨てて学ぶのが塾の本意だろうが、人間そんなに都合よく自分の立場を忘れられない物だ。

 故郷でさんざん悪口を聞かされた貴族家の者と顔を合わせれば当然相手を侮蔑の目で見るだろう。

 それに相手が腹を立てればそこで諍いが起こる。


「それに今回はちょっと特殊な立場の学生がいるでしょう。ほら、英雄殿のご子息の」

「ああ、なるほどね」


 親方は納得がいったという風に顎を撫でた。


「まぁ心配はいりやせんよ。ここでそんな事を許すつもりはさらさらねえですからね。だが、若君の心遣いは分かりやした。ご忠告肝に命じておきましょう」

「もちろん心配などしてなかったのだが、やはり確認して安心をしておきたかったものでついこうやって念押ししてしまった。仕事の邪魔をして申し訳なかったね」

「いえいえ、王城の竜舎努めの者とは違って、学生のみなさんの疑問に答えるのも俺達の仕事の内ですからね」

「不名誉な事件の起こった年の在校生などと言われると、せっかくの肩書に傷が付きかねないんで心配なんだよ。まぁ昔から神経質すぎると笑われるんだけどね」

「いやいや、用心深いのは位の高いお方には大切な資質だと俺なんかは愚考しますがね。いや、これは口が悪くてすいやせん」

「ありがとうございます。それは嬉しい褒め言葉です」


 ではと、メランは竜舎を後にした。

 もちろん彼らはプロで常に竜達の周辺に注意しているだろう。

 しかし、特定の竜に何かがあるかもしれないと考えているのとないのとではその精度は変わる。

 さすがに竜という存在がどんな意味を持つのか知らない貴族がいるとも思えないが、逆上した連中は何を考えるか分からない。

 手を打っておくに越した事はないだろうと、メランは考えていた。


 次に時間的に閑散としているサロンに向かう。

 学生の多くが剣術を選択しているが、この日は特に近衛隊から出向して来た指導官による本格的な指導がある。

 ほとんどの学生はこの機会を逃すまいと殺到しているのだ。

 こういう時間にはサロンでは貴族子女達の御茶会のようなものが開かれている。

 もちろん正式なものではなく、招待状など必要としないオープンなものだった。


 サロンに足を運ぶと、案の定塾に行儀見習に来ている少女達がグループを作って集まっている。

 塾に行儀見習に来ている少女たちには大きく分けて二種類の考え方の者がいて、片方は勉強が、片方は将来の婿探しが目的だ。

 勉強組はこの時間はサロンに置いてある学術書を紐解いてそれぞれに意見を交わしているが、婿探しグループは優雅にお茶を頂いていた。

 というよりも将来の御茶会のおもてなしの勉強をしているのかもしれない。

 女性は本来のサロンでこそその真価を発揮する。

 貴族家の女性は耳と目の付いた宝石であると言ったのは誰だったか、彼女らは情報戦の強力な武器であり、道具とされる事もある存在なのだ。


「失礼いたします」


 メランは迷いなく自分たちを磨いて婿を探している少女たち、その将来の社交界の花形達のテーブルへと近付いた。

 一斉に振り向いた少女たちははにかみながら微笑んでいるが、その目は優しげに見えながらも相手の全ての挙動を見逃すまいと動き、相手の価値を推し量っている。


「まぁいらっしゃいませ。気付きませんで申し訳ありません。ですが、今は給仕がいない時間になっていますよ?」

「ええ、ですのでよろしければお茶を分けていただけないかと。私は剣を取る必要もありませんから数字学の予習をしたいのですよ」


 途端に少女達からメランに対する興味を失ったように熱が失われた。

 メランの言葉は遠回しに貴族にはならずに商家に入ると言っているようなものである。

 こういう事は早めに宣言してしまった方が楽に行動出来るのだ。


「よろしくてよ、今淹れますからお待ち下さい」


 少女の一人が準備を始めるのを横目で見ながら、メランはそういえばと続けた。


「今、商売人達は辺境に注目しているようですね」

「まぁどうしてですの?」


 食器の扱いが巧みな少女がそれに合わせてくる。

 彼女達は会話を途切れさせないようにタイミングを合わせるのが上手い。

 外交術の一つなのだろう。


「旧領地には無かった特産品が多くあるからでしょうね。例えば昨年から流行っている水辺の青とか」

「えっ、あの水辺の青が辺境と関係が?」


 この水辺の青というのは去年ぐらいに社交界で流行り出した布地の事だ。

 今までの青は少し黒味が濃い物が多かったのだが、新しいその布地は明るい青であった為、登場するやいなや女性達の間で人気が沸騰し、その希少性もあって現在値段が高騰しているのである。


「実はあの水辺の青は染料が特殊なのですが、辺境のとある領地で採れる鉱石にあの色を定着させる秘密があるとかで商人達がなんとかその専売ルートを確保しようとやっきになっていると聞き及んでおります」

「まあ」

「それでその領地はどちらのお方の治める地なのでしょう?」


 食い付いた。

 メランはさり気なく少女たちの様子を覗った。

 全員熱心な視線でこちらを注目している。


「それはさすがに私などには教えていただけませんでしたが、とにかく新しく我が王のご威光に浴した地である事は間違いないようです」

「そうなのですか」


 そっと、さりげないしぐさでお茶が供される。

 メランは礼を言うと、テーブルを離れた。

 もちろん女性と同じテーブルに座る訳にはいかない。

 やや離れた小さめのベンチに腰を落ち着けて、今投げ入れた種がどういう風に芽吹くか思考を巡らせる。

 上手く行けば辺境の貴族子弟達は少女達からのアタックを受けて仲間同士の足並みが乱れる事になるだろう。

 不確定要素が多すぎてもしもの時の手を幾重にも張り巡らせなければいけないなと考えると、大変だなという思いが浮かぶが、メランは表情一つ変える事もなくお茶の馥郁たる香りを楽しんだのだった。




 一日の行動を終えてメランが部屋で読書をしていると、ノックと共に戻って来たライカがお茶を淹れ始める。

 ふと、その香りがいつものお茶とは違う事に気付いてメランはライカにその皆を聞いてみた。


「ああうん、これは治療院の先生から今日教わった配合のお茶なんだ。良い眠りと疲労回復の効果があるんだって」

「へー」

「メランはさ、昨夜寝てないだろ?朝方までなんかずっと起きてる気配がしたからさ、ああ、それとミルクも貰って来たんだ。温めたミルクでお茶を淹れると体に優しいんだって」


 そう言ってにこりと笑ってみせるライカに、メランは面食らったような顔を見せる。


「メラン?」

「ああ、いや、なんでもない」

「そうだ、こないだ言ってた飴をね、溶かして小麦の挽いた粉と一緒に練って焼いてみたんだ。結構美味しいからこれをお茶と一緒にどうぞ。やっぱり甘い物を口にすると疲れが取れるからね」

「ああうん、うん、ありがとう」

「こっちこそ、いつも助けられてるからね。俺、メランがいなかったら分からない事ばっかりだったよ」


 メランはライカの淹れてくれた茶と、焼き菓子を味わう。


「美味い」

「そっか、良かった」


 メランはそれ以上はどう返したら良いか分からずに黙ってお茶と菓子を口にした。

 他人から気遣われるというのは彼にとって不思議な感覚なのだ。


「まぁでも、悪くない一日だったな」


 メランはそう呟くと、甘味が疲れに効くというのは本当だなと、どこかぼんやりと考えたのだった。

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