第二十五話 戯れと真情
今回までライカ視点です。
「ところでどうしてここに?」
ライカはミアルの見事な姿を視界に収めつつ尋ねた。
ライカ達のいる場所は塾の教練場に程近い竜舎に属する草地だ。
簡単に言うと竜の運動場であり、同時に竜を調教する場所でもある。
ミアルは塾生ではないし、見たところ騎竜を持っている訳でもない。
この場にいる理由がライカには分からなかったのだ。
「ふむ、実はだな、以前から塾を利用する事は考えていたのだ。軍の鍛錬所と遜色のない施設があるし、時間を選べば誰も場所を使わない空白時間がかなりあって、その時間に場所を使う事を断られる事もないだろうと、な」
「……?はい」
ライカは問いに対する返答としては少々ずれている返事に戸惑いながらも先を促した。
「だがまぁ、以前までは私も意地があってな。相手が嫌がる事をあえてやっていたのだが、お前と話してからそういうやり方は害意を増やすだけで利のない行いだと気付いた」
「そうですね」
話の主旨は分からないものの、理屈についてはその通りだと思ったライカは素直にうなずく。
それを満足そうに見て、ミアルは説明を続けた。
「それにここにお前がいる事が分かったのだ。せっかくのチャンスを活かさない理由はない。と言う事で、空き時間に修練場を使わせて貰えるようにしたという訳だ」
「んん?」
ライカは首を傾げた。
ミアルの説明は『塾』にいる理由であって、この場所にいる理由ではない。
「ええっと、塾で訓練を行う事にした事は分かったのですが、どうしてこの場所に?竜騎士ではないのでしたらここに来る必要は無いですよね?」
「何を言っている、訓練には相手が必要だろう?」
「あ、はい」
「老いたりとは言え、竜は人の何倍もの反応速度を有する生物だ。これに勝る相手はいまい」
「えっ?ええっ!」
ライカは目を丸くしてミアルを見た。
よく見ればミアルは鎧こそフル装備で着込んでいるが、得物は先端に布を巻いた棒を持っているだけだ。
「でも、危なくないのですか?」
「安心しろ、ちゃんと許可は得ている。竜に傷を付けないと正式に宣誓をした。問題ない」
言うなり、ミアルは早駆け竜の一群が激しく運動をしている一画へと歩み寄った。
竜達は常に群れの中での己の順位を知る為に力比べを行っている。
その場へと進んだミアルは、おもむろに懐から袋を取り出し、地面に投げた。
その袋は破れると、黄色い粉を地面に撒き散らす。
ライカは知らないが、これは竜の訓練における戦闘訓練の開始の合図となっている。
これらの色と匂いで群れ単位の竜に行動指示を出すのだ。
竜達は年老いてはいたが、ミアルの言う通り、まだまだ動ける者達である。そうでなければ若者たちの訓練に使いはしない。
唐突の指示に戸惑う事なく、竜の群れは教えこまれた模擬訓練の体勢に移行した。
「では参るぞ?」
ミアルはリーダーを中心に鏃のような形に並んだ竜の群れと対峙し、棒を半回転させると、鎧の重さを利用して、あえて重心を傾ける事で斜めに滑り出すような動きに勢いを付け、大気を薙ぐ打ち込みを入れた。
それは先頭狙いと見せて後列を狙う攻撃である。
対する早駆け竜はその独特の瞬発力で全員が弾けるように跳ね上がり、大きく散らばって展開した。
初撃は互いに当てる気のない突き込みといった感じだろうか。
「んー、そうか、数で押しつぶされるのを避けたのか」
ライカがしばし考えて自分なりにこの展開の理由を考えた。
正面から並んだまま来られると、ミアルは一人、竜達は多数だ。
一頭二頭は相手出来てもすぐに数に呑まれてしまうだろう。
その為、ミアルは群れの中心近くに楔を打つように攻撃を突き込んだのだ。
そのまままた棒をくるりと回したミアルは、体を捌いて、全ての竜に対して正面にならないようにやや斜めに構える。
竜達はリーダーの鳴き声を合図に、ミアルの斜め後ろの反対側同士の二頭を掛からせた。
嫌な感じに死角を突いて来る。この辺はさすがの古強者といった感じだ。
ミアルがズンッと響く足取りでぐるりと体を回す。
ほぼ遠心力で回っているといった感じだが、その力の最も外側に当たる棒の勢いは鋭かった。
ひゅんと鼻先を掠めた棒を嫌がって、竜達は思わずその場で足踏みをする。
そこへ軸足を変えたミアルの反対側からの戻りの一撃が襲う。
棒の先端が二頭の首を打ち、「ギャッ?」と、驚いたように飛び退いたが、既に遅い。
ゲームの決まりでは攻撃を一度受けたら退場である。
すごすごとその二頭は戦いの場を外れた。
『早かった、目で追おうとしたのが失敗だった』
『ちょ、今のナシだから、俺負けてねぇし!』
『お前ら騒いでないでもっと離れろ、礼儀をわきまえない連中だな』
ライカは聞こえて来る竜達のやり取りを微笑ましく聞きながらミアルの動きを追った。
最初こそ戦いと聞いて身構えたが、その実はライカとサッズがやっていたようなお遊びに近い。
ルールを決めて、勝ち負けを決めるゲームなのだ。
左右から襲い来る竜達に対して、今度はミアルは地面に身を投げ出すと、同時に棒から手を離し、両手を使って体を水平に回転させる。
狙いは右側、本来剣で立ち向かおうとするなら最も攻撃し難い方向へと鎧を装着した体ごと投げ出す。
それによって足元を掬われた三頭が転がり、その転がった竜の中へそのままミアルの体が紛れ込む。
「あ!」
竜としては小型とは言え、早駆け竜も人間と比べたら十分巨大な獣だ。
無秩序に転がる中へ紛れれば最悪その重量で押しつぶされる危険がある。
思わず走り出し掛けたライカだったが、竜の体を足場に躍り出たミアルがその三頭に素早く一撃ずつ入れるのを見て足を止めた。
そのミアルの立ち上がりに被せるように一頭が仕掛ける。
ミアルはそのまま地面に転がり、三回転分転がって捨てた棒を拾い上げ、転がったまま襲ってきた竜を突いた。
『あれ?あれ?俺やられてないよね?』
『今のないわー、撫でられただけじゃん』
『ん?今何があったん?』
判定が良くわからなかったのか、戸惑っている竜達をリーダーが一喝して下がらせる。
残りはリーダーを入れて三頭だ。
立ち上がったミアルと竜達は、それぞれ三角形の頂点と、その中心点といった位置取りで対峙している。
「ふむ、さすがにこれは詰んだかな?」
ミアルが笑顔を見せる。
竜のリーダーがケッ!という鋭い声と共に飛んだ。
人の身長の倍はあるジャンプだ。
「甘い!」
ミアルは飛んだリーダー竜のいた場所へと、ズン!と振動を響かせ滑りこむと、振り向いて「きえいっ!」という声と共に突きを繰り出す。
着地の瞬間を狙われ、さすがの竜も避けようがなく棒の先端がヒット、リーダーを倒した事で残りの二頭に連携が取れなくなり最後はあっけない程簡単に模擬戦は終わった。
『むむっ、人間のくせになかなかやるな』
リーダーがしっぽをタンタンと地面に叩き付けながら低く唸る。
負け惜しみというより純粋な賞賛のようだ。
「ミアル、凄いですね」
ゲームの終りを告げる白い粉を地面に撒いて、ミアルは竜達を労るように一通り撫でてライカの方に戻って来た。
ミアルが竜達を撫でていた時に、大人気なくもムッとしていたのはライカ自身と青だけが知る秘密である。
「なに、実戦なら死んでいたのは私だ。こんな子供だましだからこそやれる姑息な戦い方の勝利だな」
「それでもそんな重い鎧を着けたままあれだけ動けるのは凄いです」
「その為の訓練だ。重装備で防御を堅めてもそれで動けないようなら意味がないからな」
いつでもフル装備なのも、体を鎧での動きに慣らす為なのだと言う。
この徹底的な訓練の仕方は正規兵よりも遥かに上を行く。
彼らはフルプレートを装備するのは任務の時と特別な訓練の時だけで、基礎はひたすら素の状態での剣技や体捌きを習う。
フルプレートで行う訓練は、馬上での槍を構えた突進訓練が主だった。
「でも、聞いた所によるともう大規模な戦いはないだろうというのが大半の人の考えだったのですが、なんでミアルはそんなに実戦的な戦いを想定した訓練をしているのでしょうか?」
「手柄が、欲しいからかな?」
「手柄……ですか?」
ふふふと笑って、ミアルは面貌を上げて顔を覗かせる。
「少々浅ましいが、私が私であると証明するには、それしかないと言う事だよ」
ミアルはライカに礼を取ると、来た時と同じように唐突に去って行った。
なんでもこの訓練は長時間やって必要以上に体を疲れさせても意味がないのだと言う事だった。
「自分が自分である証明、か」
その後ろ姿を、ライカは寂しさと優しさを滲ませた瞳で、ずっと追い続けていたのだった。




