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33:Single Room

 クリスマス更新第二弾!!

 ――いったいどうすればよかったのだろう。


 二人だけしかいない部屋の中で、ソラトは言葉もなく、そんな風に考える。


 見回せば、勝一郎も随分と広く作ってくれたものである。軽い運動もできそうな広々とした空間、勝一郎がマントに作った部屋のその真ん中で、ソラトは姉のヒオリと共にそこにいた。


「……なんだか少し広すぎるね。勝一郎さんの能力、うちのみんなのためにも少し欲しいかも……」


 やけに明るく、羨ましげに、ヒオリは部屋を見渡してそう笑いかける。

 勝一郎が見張りとして外の部屋へと残り、ロイドとランレイが就寝のために各々の部屋に籠る中、ソラトだけはヒオリに付き添い、同じマントの部屋の中へと入っていた。


 一人になろうとする他の三人へのささやかな抵抗のつもりだったが、しかしこうして二人になってみると、やはり自分も逃げてしまったのだという感覚が強くなる。一人になるべきではなかったのだと、そう思う気持ちに嘘はないが、しかしこうして姉と行動を共にしてしまうと姉の元へと逃げたような、そんな後ろめたさが付きまとう。

 本当はあの時、体を張ってでも止めるべきだったのではないか。

 勝一郎がマントへと手を伸ばしていたあの瞬間に、ソラトが飛び掛かってでもそれを阻んでいたならば、あるいは今のこの状況を阻止できたのではないだろうか。


 そう考えて、しかしすぐさまソラトはその可能性を客観的視点で否定する。

 たとえそれを阻むことができたとして、では一体その後なんと言って彼らを説得するのか。下手なこと言えば、それがそのまま売り言葉に買い言葉で、決定的な仲間割れにつながってしまう可能性すらあるのにだ。

 それに何より、ソラトが下手な真似をすればヒオリを巻き込む恐れがある。

 先ほどの話し合いの時、部屋の中に居ながら、唯一ただの一言も言葉を発しなかったヒオリ。だがそんな姉でも、ひとたび何かトラブルが起こったならば、真っ先にソラトの味方として、ソラトを守るために動くだろうことは想像に難くない。

 それがどんなに無茶でも関係ない。そんなヒオリの行動原理を、弟であるソラトは嫌というほど知っている。


(……いや、違うな。こんなの、どれもただのいいわけだ)


 本当はソラト自身わかっているのだ。自分の頭の中にあるこの考えが、ただの動かなかった言い訳に過ぎないことくらい。

 事態を客観視できると言えばさぞかし有能に聞こえるだろうが、しかしソラトは自分が客観視できるがゆえに、どうしても行動力に欠ける面があることを自覚している。

 客観的に見えるがゆえに一歩を踏み込めず、冷静でいるがゆえに大胆な行動に移れない。自分がそう言う人間であるという事実を、これまでにもソラトは何度も自身で味わってきた。

 他ならぬ、姉であるヒオリに対しての自信の向き合い方によって。


「ソラ君?」


 ソラトが向ける視線に気づいたのか、部屋の中央へと先を歩いていたヒオリが振り向き、首をかしげる。

 とっさに視線を逸らしたソラトだったが、しかしヒオリはそんなソラトの内心の葛藤をどう読み取ったのか、まるでこちらを安心させようとでもいうようにその顔に優しげな笑みを浮かべて語り掛けて来た。


「姉ちゃん――?」


「大丈夫だよ、ソラ君。……私が、何とかするから」


 胸に手を当て、背中の羽衣を大きく広げて、ヒオリ優しく、そして力強くそう宣言する。

 

「最近ね、やっと体の調子が良くなってきたの。怪我しちゃったり、熱出して寝込んじゃったりしてたけど、やっと体が本調子に戻ってきたみたい」


 姉の言葉に、ソラト自身は何も言えずに言葉を失う。

 またやってしまったという実感と共に巨大な後悔が襲って来て、そんな自分とヒオリを客観視しながら自分自身は何もできずに立ち尽くす。


 確かに、最近こそ怪我や病気でまともに動けることの方が少なかったヒオリだが、ヒオリの本来の運動脳能力はそれなりに高い。そうでなければいくら二人が能力者で、ソラトの能力で周囲を監視できるとは言っても、こんな世界で生き残っては来られなかった。

 本来の調子を取り戻した姉の強さを、どれだけ頼りになる人間かを、そばで見てきたソラトは誰よりもよく知っている。

 けれど。


(それは嘘だよ……、姉ちゃん)


 だからこそわかる。今の姉はまだまだ万全には程遠い。

 昨晩剣角竜から逃げた時にも、彼女の息はソラトよりも早く切れていた。

 今目の前に立っても、彼女が以前より明らかに痩せているのはよくわかる。

 確かに体調はだいぶ戻ってきているだろう。それこそ凶猿竜に咬まれた直後や、高熱で倒れてしまった前後の時期に比べれば、今のヒオリは顔色なども格段に良くなった。

 だがそれは、あくまで一時期の、彼女の体調が最低の水準にあったころに比べればの話だ。


 一時期は生死の境すら彷徨ったヒオリの体。確かにその原因は取り除かれたけれども、しかし一度極限まで弱った体がたったの数日で元に戻るというのはいくらなんでも有り得ない。


 それにそもそも、仮に彼女が万全だったところで大して意味はないのだ。

 相手にしなければいけないのがただの人間だったならば姉の能力はそれなりに有効だっただろう。

 そうでなくとも昨日の群盗竜程度の大きさの相手ならば、まだ彼女の能力でも対応しようがあった。

 ただしそれは、あくまで相手が一体であったならばの話だ。

 現に彼女は数にものを言わせた凶猿竜に対してはなす術もなく、逃走すらも失敗して大けがを負っているし、相手が巨大な【剣角竜】のような存在になってしまえばもはやヒオリの能力では手におえない。

 土台無理な話なのだ。姉一人で、すべてを解決しようなどと言うのは。

 そのことは姉自身が、一番よくわかっているはずなのに。


「お姉ちゃん、頑張るから」


 笑って、しかしその向こうに悲壮な覚悟まで決めて、姉は弟に対してそう宣言する。

 姉の背中で広がる羽衣が、まるでこちらを抱きしめるように二人の体を包み込む。まるで力を見せつけることで、こちらを安心させようとしているかのような、そんな動き。


「私が、頑張るから」


 いつもそうだから知っている。この姉が、問題を自分一人で解決しようと背負い込む人間であることをソラトは知っている。

 知っている。それこそそんな姉の行動原理に、ソラト自身が何度も救われてきたのだから。


「それで、ロイドさんたちも――」


 そう、ソラトは知っているのだ。


「――私が、つなぎとめて見せるから」


 この姉が、それしか方法を知らないということを。


「――やめろよ姉ちゃんッ!!」


 気付けば、ソラトは姉に対してそう叫んで、自分を包み込もうとする羽衣を振り払い、飛び退き、逃れていた。

 目の前では今度はヒオリの方が、驚いたような表情でこちらを見つめている。


「――ソラ、君……?」


「もうやめろよッ!! いい加減わかってくれよッ!!  そんなことをしたって無駄なんだよ。姉ちゃん一人がどんなに無理したって、状況は何一つよくなんかならない!!」


「……ソラ、君」


 呆然と、なにを言われているのかわからないというそんな表情で、ヒオリがソラトの名前を呼んでくる。

 いや、そんなはずがないのだ。わかっていないはずなどないのだ。

 だってそれがわかってしまうから、彼女は無理することをやめられずにいるのだから。


「本当は、姉ちゃんだってわかってるくせに――。姉ちゃんがどんなに俺達の世話を焼いたって――」


「ソラ君――」


「――どんなに相手に尽くしたって」


「ソラ、く――」


「――姉ちゃんが望むような家族には、絶対になれないってことくらい……!!」


「――!!」


 今度こそ、ソラトがずっと抑えていた言葉がヒオリの胸を鋭く抉る。

 息をのむ音が耳へと届いて、そうしてようやくソラトは我へと変える。

 息が切れる。当然だ。胸の中にあったものを碌に息継ぎもせずに吐き出してしまったのだ。


「――あ、ちがっ――」


 反射的に、いつの間にか意識の隅に追いやっていた客観的な視点に意識を向ける。【客観視の千里眼】という、様々な意味で天から与えられたような、そんな能力で自分たちを客観視して。


 すでに自分が、取り返しのつかない言葉を口にしてしまったことを理解した。


 魂を抜かれたような、そんな表情。

 目の前にいるソラトの姉は、まるで突然現れた死神に魂を抜き取られてしまったかのように表情が消えて、蒼白な顔色で固まっていた。


「――あ」


 視線を向けられない。千里眼によるものではない、ソラト本人の、肉体に備わった本来の視線を向けることが、今のソラトにはたまらなく恐ろしい。

 自分がやってしまった行為の結果を直視することが、今のソラトにはとてもできそうにない。


「――ッ、――ぅぅぅッ!!」


 だから逃げ出した。もはやなりふり構う余裕もなく、姉を気遣うだけの意思もなく、ただこの場に居られなくなったというそれだけで、ソラトは走って扉に向かい、そしてその部屋から外に出た。






 一人で残った部屋がある。

 他の四人が各自の部屋へと消えて、今残るのは勝一郎ただ一人。


「訓練、しなくちゃ……」


 槍を手に取り素振りを始める。ハクレンから毎日やれと言われていた基礎訓練、それらがすべてできるようにと、勝一郎はこれまで部屋を作る際、その中の面積を何となく広く作っていた。

毎晩立てる見張りは、言ってしまえば部屋の外の異変を察知するだけの役割で、時々入り口として設定されているガラス扉にさえ気を付けていれば事足りる。それをいいことに、勝一郎は毎回の見張りの時間をこうした基礎訓練に充てていたのだ。


(……そうだ、誰もいない今ならもっと派手な動きの訓練だってできる)


 同じ部屋で眠る者がいる性質上これまで勝一郎の訓練は槍の素振り程度に抑えていたが、全員がマントの中の自分の部屋に入ってしまった今ならばそんな気遣いは必要ない。

 そう。なんだってできる。それこそ部屋全体をトラックに見立てての走り込みも、気功術と組み合わせての訓練や、【開扉の獅子】を応用した訓練も、まだ未完成なままとなっている新技の訓練だって。


(強く、ならないと……)


 体重を込めて槍を突きだす。村でハクレンから教えられた動きをなぞるように、その動きの型が無意識にでも出せるよう、自分の体に染みこませるように。


(――強くならないと)


 動きに気功術を連動させる。肉体強化の効果も合わせてさらに速く、鋭く、力強く。


 強くならねばとそう念じる。

最悪自分一人ででも、この一行を守り切れるように。


「――ッ、あああッ!!」


 気付けば、勝一郎はそんな叫びすら上げて手にした槍を突き出していた。

 どうやら、いつの間にか呼吸も忘れて没頭してしまっていたらしい。これで没頭していたのが訓練にであったならばそれでもよかったのだが、しかしそうではなく、別のものに対してであったことを勝一郎は自覚している。


「――」


 一息ついて周囲を見渡す。扉の向うに、異常がないことを確認し、続けて今の声にマントの中の誰かが気付いていないかに意識を向ける。

 部屋の中に居るとは言っても、一応自由に出入りできるように扉はわずかながらも空いている。これは勝一郎にしか開けられないという扉の性質上仕方のない話なのだが、しかし声を上げた後、その声が聞こえたかもしれないと意識せざるを得ないというのは少々無視しがたいデメリットだった。


 何の反応もないことに思わず勝一郎は安堵する。

 声や音にはこれからも気を付けようと、改めてそう自分に言い聞かせて、再び槍の訓練へと意識を戻そうとした、ちょうどそのとき。


「――っ!?」


 広げられていた三枚のマント、その一枚の表面にある扉が突然開き、中から小柄な人影が勢いよく飛び出してきた。


「な――!?」


 扉から出たことで部屋の中と外の上下の違いに体が捕まり、飛び出してきた人影が床に転がり、同時に扉を閉めてしまった。

 閉めてしまったと、そう思ったのは他でもない。出てきたその人影が、三つのうちただ一つ、二人で部屋に入った姉弟の、その弟の方であったからだ。


「ソラト――!? いったいどうしたって言うんだ」


 驚きと共に、様々な思考が頭に浮かぶ。

 最初に思い浮かんだのは、これでは部屋の中に居るはずのもう一人、ヒオリが部屋の中に閉じ込められてしまうということだった。勝一郎にしか開けることのできない部屋の扉は、誰かがうっかりそれを閉めてしまうと、もはや勝一郎が外からあけてやらない限り外に出ることができない牢獄と化してしまう。


 だが、出てきて、こちらを向いたソラトの表情を見て勝一郎のそんな思考はあっさりと吹き飛んだ。

 いつも冷静で、歳の割に大人びていたあの少年が、今は明らかに追い詰められたような、取り返しのつかないことをしてしまったというような、そんな表情を浮かべている。

 その表情を目にして、勝一郎は――。


「なんだ、どうしたんだよ、ソラト……」


「……兄、ちゃん」


 ――なんとなく、もう逃げられないのだと、そう思った。





 頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。

 自分では自分が冷静だと思っていたのに、些細なことでその冷静さを失って、気付けばソラトは絶対に言ってはいけなかったことを口にしてしまっていた。

 部屋から逃げ出して、部屋の外にいた勝一郎と対面して、まとまらない思考で彼に返すべき言葉を探ろうして――。


「頼みがあるんだ、兄ちゃん」


 ソラトの口からは、そんな理性による判断とは真逆の言葉が漏れ出していた。

 立ち上がり、立ち尽くしてこちらを見る勝一郎の元へと歩き出す。


「このままじゃダメなんだ。こっちも、そっちも……」


 抽象的な、なんの具体性も持たない言葉。

 しかしその言葉に勝一郎は明らかに目を見開き、図星を突かれたような顔をした。

 きっと同じ懊悩の中に居たのだろうと、そんな確信すら覚えるそんな表情。

 だから――。


「――だから頼むよ――、兄ちゃん!!」


 客観視の視線を消して、自分の眼だけで相手を見つめる。

 冷静な自分の思考をすべて無視して、目の前の同類に情けなくも縋り付く。


「――これから俺と、あいつらの部屋に土足で踏み込む、共犯者になってくれ――!!」




 耳の奥のどこかで、扉が叩かれるような、そんな音がした。


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