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28:Set one’s room in order

 本日(?)二話目の投稿です。27話を読んでいない方はご注意ください。

 状況の混迷が止まらない。

 【細角竜】の襲来、【岩怠竜】の出現、そしてソラトがヒオリの布だけによる乱入で難を逃れたと思いきや、そのヒオリが己の布でソラトとランレイを竹の幹から宙吊りにしてしまった。恐らくは緊急避難的な考えのもとに行ったのだろうし、実際そのおかげで【岩怠竜】に狙われる場所からは離脱できたのだが、空中の二人が身動きもとれなくなり、その状況を脱しようと空中でもがいているのが見えている。


(ったくなんなんだよこの状況……!!)


 正直勝一郎としてはどうしてこうなったと言いたい状況だが、しかし宙にいる二人、あるいは四人よりも切迫しているのは自分自身の方だ。なにしろ目の前にはいまだこちらに角を向ける【細角竜】がいるし、【岩怠竜】の方も宙にいる二人は狙えないと悟ったのか、その矛先をこちらに向けようとしている。はっきり言って他に意識を傾ける余裕はない、かなりギリギリの状況だった。

 とは言え、そんな状態にまで陥って、少しではあるが分かったこともある。


「ようやくわかってきたよ、お前が襲ってきた理由。お前、俺達の誰かを、あのカバみたいなやつに喰わせたいんだろう?」


 槍を油断なく構えながら、勝一郎は目の前の【細角竜】に対して、通じないだろうとはわかっていながらもそう問いかける。

 それに気づくことができた理由は単純だ。この【細角竜】、先ほどから向き合っていて、明らかに意図して勝一郎を【岩怠竜】のいる方へと追いやろうとしていたのである。そこにいったい何の意味があるのかを考えた時、ようやく勝一郎にも【細角竜】の目的のようなものが見えてきた。


「お前、この近くにいるって言う群れのボスか……? 俺達を餌にしてその間に水場を使う気だったのか……? それとも一思いに、俺達に“あれ”を退治させるつもりだったのか?」


 すぐそばにある川の様子を思い出せば、この場所は付近の生き物たちにとって相当に使いやすい水場であったことは推測できる。そんな場所に、あんな危険な肉食獣が居座られてしまっては、水場を使うに際して一々危険が付きまとい、相当に都合が悪かったことだろう。

 ではそんな危険から逃れるにはどうすればいいか。思いつく方法は大まかに分ければ二つ、“危険な生き物そのものを排除してしまう”か、“代わりの餌を与えてその間に水場を使うか”だ。


(……まあ、別の可能性として、こいつらが共生関係にある生き物って可能性もあるけど……、違うよなぁ。こいつはどう見てもあのカバの絶好の獲物だ。こいつにとって、あのカバは最悪の天敵のはず。つまりこの状況は――!!)


 二体一ではない。一対一対一の三つ巴。そう状況を読み切って、勝一郎は自分の意識をもう一度引き締める。

 ランレイとソラト。あの様子ではしばらく援護は期待できない。それ以前に、今外に出ている二人は直接的な戦闘力は低めの二人だ。一応ランレイならば弓が扱えるが、あの状況ではまともに狙いなど付けられないだろう。

 当然、ロイドの参戦も期待できない。ヒオリの参戦も可能性としては低いが、それ以前の問題としてヒオリがまともに戦えるかどうかもわからない。


(……おいおいマジかよ、俺みたいなのが一人で二体相手とか、――!!)


 弱音を吐いている場合ではなかった。

 微かに抱いた弱気を隙と見たのか、突きつけた角をそのままに、【細角竜】が地面を蹴り、勝一郎の腹めがけて突進する。

 【岩怠竜】が直接仕留めても、【細角竜】が仕留めて【岩怠竜】の方へ差し出しても同じと言う考えなのか、明らかに己の角で仕留めようとするその動き。

 迷っている暇はないと、そう告げるような攻撃に勝一郎は、


「迎え撃て、【開扉昇打(ドアアッパー)】――!!」


 すぐさま思考を切り替え、迎撃のための【気】を込めて思いきり地面を踏み鳴らす。

 一瞬にして地面が扉へと変じ、生まれた扉が打撃力を伴って真上の敵へと跳ね上がる。

 顎から胸にかけてどこを打っても十分な威力を叩き出すそんな一撃は、


「――うおおっ!!」


 一瞬早く【細角竜】が飛び上がり、跳ね上がる扉を飛び越えたことによって空振りに終わった。

 それどころか宙に跳んだ【細角竜】が両足を勝一郎に向けて落ちてきて、勝一郎は慌ててその場を飛びのき、二足歩行の竜の変則ドロップキックを何とか回避する。


「――く、お――、瞬気――!!」


 着地と同時に角を勝一郎めがけて突きつける【細角竜】に対して、勝一郎も必死の【瞬気功】でそれに対応する。

地を蹴ると同時に突進して来た角が肩をかすめ、しかしそれでも何とか掠り傷程度の被害で攻撃を回避して、どうにか勝一郎も砂利の地面へと転がり込んだ。

 だがそれでも、勝一郎を襲う危機は連続して終わらない。


「ショウイチロウ、後ろ――!!」


「っ、【開扉滑走(スライドダッシュ)】――!!」


 樹上のランレイからの警告がぎりぎり間に合い、技を発動させて地面をスライドドアに変え、勝一郎は地面ごと真横に移動する。

間一髪、直前まで勝一郎の頭があった場所に顎が現れ、そこにあったはずの獲物を噛み砕こうと、【岩怠竜】がガチリと牙を咬み鳴らした。

 どうやら先ほどのように盛大に飛び掛かるようなまねはせず、その遅い足でのそのそと這ってきていたらしい。こちらが射程に入ったとみて食い掛かってきたようだが、先ほどと違いそれほど大きな跳躍をしたわけではないため今度はきっちりと地面に両前足を着地させている。どうやらこちらが逃げられないとみて、頑張ってもう一度食事に挑戦しに来たらしい。


「一回失敗した時点で諦めればいいものを……!!」


 依然立ちはだかる二体の敵を前にして、勝一郎は分の悪さに思わず呻く。

 唯一希望があるとすれば、先ほどから【細角竜】を見る【岩怠竜】の目が明らかに獲物を見る目であるということだが、しかし【細角竜】の方が自分よりも勝一郎に矛先を向けるように立ち回っているため二体をぶつけること自体が難しい。そもそも【細角竜】は足が速すぎて【岩怠竜】はおろか勝一郎でも捉えるのが困難だ。


(となれば、狙う相手は――!!)


 意を決し、勝一郎は己の足へと【瞬気功】で【気】を叩き込み、一気に加速して【岩怠竜】の側面へと回り込む。

 【岩怠竜】の動きが緩慢で、特に方向転換が苦手なのは先ほど見ていて確認済みだ。ならば距離をとった状態で後方へと回り込み、そこから一気に攻撃を仕掛ける。


(そこだ、【瞬気功】――!!)


 再び足へと【瞬気功】を発動させ、【岩怠竜】の背後へと回り込んだ勝一郎が距離を詰めながら一気に槍を振りかぶる。

 気功術で全身を強化し、村で叩き込まれた動きをなぞって放つのは、現状勝一郎が出せる最大威力の技。


「【骨貫き】――!!」


 ぶち込む。今出せる全霊の威力を込めて。【谷翼竜】、【凶猿竜】と、これまでどうにか強敵を仕留めてきた技は、今度も狙い通り【岩怠竜】の脇腹へと突き刺さり、


「――ぃ、ぎ、硬っ……!!」


 硬く分厚い皮と、その下にある皮下脂肪をわずかに抉ったところでその威力をあっさりと使い切った。


「ブォラァァァァアアアッ!!」


 刺された痛みに【岩怠竜】が悲鳴を上げる。実際それは、相手にしてみれば耐え難い激痛であっただろう。

 だが傷は浅い。手応えから考えてもとても致命傷には届いていない。岩を模しているためいかにも堅そうな皮膚だとは思っていたが、実際に刃を突き立ててみるとその硬さは想像以上のものだった。少なくとも、付け焼刃の技しか身に着けていない勝一郎の力ではとても貫けそうにない。


 と、そう断じた瞬間。


「――がっ」


 横から強烈な衝撃に胴を打たれ、殴り飛ばされた衝撃に呻きながら勝一郎は反射的に距離をとる。


 離れて、衝撃の正体へと視線を向けると、そこには【岩怠竜】の体から生えた野太い尾があった。どうやら今の衝撃はこの尾に横から撃たれてのものだったらしい。


(つうか尻尾なんてどっから生えてきたんだよ……!!)


 打たれた胴、幸い防具に包まれて大したダメージになっていないその場所をさすりながら、勝一郎は苛立ち紛れに内心でそう悪態をつく。

 実際、先ほど背後に回り込んだ時にはこんな尻尾があったことに気付かなかったのは事実だ。いったいどこに隠していたのかと、そう思いつつ尻尾を観察していると、ご丁寧にその疑問に答えるように、【岩怠竜】が自身のしっぽを丸めて、自分の足と足の間から体の真下へとしまい込んだ。


「なるほど。さっきのジャンプ、脚力だけじゃなくてその尻尾も使って――、おおッ!!」


 と、そうして勝一郎の意識が他へと向いたすきを突くように、今度は【細角竜】がその鋭い角を差し向けて突きかかって来る。

不意を打つように行われたそれを、勝一郎はギリギリその場を飛びのくことで回避して、地面を転がった後すぐさま体勢を立て直す。


「――んなろガァッ!!」


 両足が地面を捕らえると同時に、即座に勝一郎は気功術を行使して地面を蹴っていた。

 いかに【細角竜】のスピードが速いと言っても、常にトップスピードを維持しているわけではない。相手のスピードが緩む、例えば方向転換などの隙を狙おうと反撃に打って出るべく踵を返して、


「駄目だ兄ちゃんッ!! 逃げろ――!!」


 ソラトの叫びと同時にその光景を目にして、勝一郎は自分の判断の間違いを思い知ることとなった。


 しなる竹。【細角竜】の体重を受け止め、ギリギリと音を立ててひん曲がった竹の側面に、その時【細角竜】は立っていた。

 勝一郎を突き損ね、そのまま突進して通り抜けた【細角竜】が、恐らくそのままのスピードで跳び蹴りのように付近の竹の幹へと飛び乗ったのだろう。他の植物ならば圧し折れていたかもしれない行為だが、竹の強靭な性質がこの場は【細角竜】に味方した形だ。


(――竹の、しなりを利用して……!!)


 同時に危機感が湧き上がる。慌てて足を止め、左右どちらかに飛び退かねばと思うがもう遅い。


(突っ込んでくる、ヤバい――!!)


 次に起きることは直感で理解できた。だが体がすぐには動かない。

 竹のしなりはすでに限界。【細角竜】の足にもたっぷりと力が蓄えられている。次に来る突撃の速度は、今までの比ではないことが嫌でもわかる。


(――避けられない!!)


 瞬間、竹のしなりと強靭な脚力に打ち出され、角持つ魔獣が一本の矢へと変わる。


「【開扉の(ドアノッ)――ガァァァアアアアッ!!」


 激烈な衝撃が勝一郎の体の中心に炸裂する。

 直前まで大地を捕らえていてはずの両脚が足場を見失い、強烈な衝撃に肺の中にあった空気が唾液ごと口からあふれ出る。


「――ガ、――あぁ――!!」


「兄ちゃん――!!」

「――ショウイチロウ!!」


 勝一郎の耳に悲鳴が届く。すぐそばで見ているだろう二人の悲鳴。それはそうだろうと思う。なにしろ勝一郎の目の前には【細角竜】の頭がある。

 恐らく客観的に見るならば、勝一郎は今まさに串刺し刑にでもあっているような状況なのだろう。どう見ても致命傷。下手をしなくても即死していてもおかしくない状況だ。

 ただし、


「――ガハァッ、捕……、まえたぞ、こんちくしょう!!」


 そんな状況で、しかし勝一郎は角の存在など意にも介さず、左手で目の前の鬣を鷲掴んだ。

串刺しになって命果てる気配もなければ、致命傷によって行動不能になった様子もない。勝一郎の体からは血は一滴もこぼれていないし、勝一郎の体を貫通して余りある角も一切勝一郎の背中から突き出てこない。

 それもそのはず、そもそも【細角竜】の角は、勝一郎の体に刺さってなどいないのだ。【細角竜】が角を突っ込んでいるのは勝一郎の体内などではなく、勝一郎が“自分の胸当ての表面に作った部屋の中”。角に貫かれるその瞬間、間一髪勝一郎は自分の胸に扉を作り、その場所で角を受け止めることによって、危険な刺突と激突の衝撃の大半を部屋の中へと逃がしていたのである。

 そして作った扉の役割は、まだそれだけでは終わらない。


「――捕まえたぞ。もう逃がさねぇ――!!」


 【細角竜】の鬣を掴んだまま、勝一郎は扉を押し開く形で突き込まれた角を、両側の扉を閉めて挟み付ける形でホールドする。

 突撃を受けた衝撃で槍は取り落としてしまったが、それによって手が空いたのはむしろ幸いだった。危険を感じたのか、勝一郎に角を突き刺したままの【細角竜】がすぐさま首を大きく振り回し、その角先を勝一郎から引き抜こうと暴れ出す。


「放す、かぁぁぁぁああ!!」


 叫ぶ勝一郎に対して、【細角竜】はそれでも勝一郎を放り出そうと首を真上に振り上げる。

 だがそこで突き当たるのは首の稼働限界。どうしても振るう頭を止めなければいけない一瞬の間。その瞬間の訪れを、待ち続けていた勝一郎は決して見逃さない。


「【室内解放(リリース)】――!!」


 高々と振り上げられたその瞬間、勝一郎は自身の右太ももに魔力を流してそこに作ってあった部屋を一つ消滅させる。

 それによって強制排出されるのは、使う機会ありとみてしまいこんでいた一本のナイフ。宙に飛び出したそれを空中で掴み取り。すぐさま逆手に構えて目の前ののど元目がけて振り下ろす。

 筋力と【気功術】、今込められるあらんかぎりの力を込めて。


「クルルァァアアアアアッ!!」


 帰ってきた手ごたえは、先ほどの【岩怠竜】のそれと比べて柔らかく確かなものだった。

右腕と刃を【気功術】で強化していたことも相まってやすやすと根元まで突き刺さったナイフは、そのまま【細角竜】に悲鳴を上げさせながらその筋組織と血管をズタズタに破壊する。

 右手を放したことで、勝一郎自身も地面に投げ出される。地面を転がりながらも受け身をとり、すぐさま体勢を立て直した勝一郎が見たのは、首から夥しい血液を流しながらも、なお戦意を失うことの無い竜の姿だった。


「まだ、やる気なのかよ……!!」


 致命傷は与えた。このままいけば数分もしないうちに、この【細角竜】は命を落とすだろう。だというのに、この相手はこの期に及んでもなお勝一郎に対する戦意を失っていない。


(……怯むな。負けられないのはこっちだって同じだ。武器が無かろうがこのまま素手でも、――!!)


 ――だが、覚悟を決め直し、勝一郎が応戦の構えをとろうとしたその瞬間、巨大な岩塊が横合いから飛来し、二つに割れた先端が【細角竜】の首へと喰らいつく。


「【岩怠竜】――!!」


 驚く勝一郎が目を見張る中、当の【岩怠竜】の動きはあくまでも冷徹だった。

 喰らい付いたまま地面を転がり、相手の肉を引きちぎるデスロール。勝一郎の世界でもワニが行うそれを空中にいる状態のまま行い、着地までの間に首を圧し折って、無情にも一瞬のうちに【細角竜】を絶命させる。


「――っ!!」


 直前まで戦意を見せていた【細角竜】が一瞬で命果てる凄惨な光景に、それを間近で見ていた勝一郎も一瞬ひるむ。

 だが直後に地響きとともに【岩怠竜】が地面へと着地したことで、図らずも勝一郎の意識は目の前の現実へと引き戻された。

 獲物を仕留めたはずの【岩怠竜】が、しかしすぐさま口から岩怠竜の首を放して、今度は勝一郎の方へ殺意を向けているという現実へと。


「……おいおい、ちょっとそれは欲張りすぎじゃね?」


すでに餌となる獲物を仕留めているにもかかわらず、いまだ勝一郎へと殺意を向ける【岩怠竜】の姿に、勝一郎は引き攣った笑いを浮かべながらも身構える。

油断していれば次に首をもがれるのは自分なのだと、そんな確信を嫌でも抱かされた。実際すでに【岩怠竜】はいつでも飛び掛かれる状態へと体制を移行させている。

 そんな相手を見ていてふと気付く。先ほど勝一郎が付けた、硬い皮と脂肪によって阻まれた槍による傷跡。致命傷にはならなかったとはいえ、未だ痛々しくも出血する傷痕を見て、勝一郎はおぼろげながら【岩怠竜】の意図を理解する。

 いや、それは意図と言うよりもむしろ。


「……ひょっとして、怒ってる?」


「ゴルルルルル……!!」


 勝一郎の問いかけに、まるで返事のように低い唸り声が返って来る。それだけで断定することはできなかったが、しかしこの相手が捕食のためではなく、怪我を負わされた怒りで動いている可能性と言うのは十分に考えられた。


「おいおい、それはいくらなんでも……、命かける理由としちゃ安くないか……?」


 一歩後ずさりしながら、勝一郎は通じないとわかっていながらも思わずそう問いかける。

 だがそれに対して帰って来るのは、さっきと苛立ちに満ちた唸り声のみ。あるいは勝一郎の存在は、この【岩怠竜】の目には一刻も早く排除するべき脅威と映ったのかも入れない。ならば勝一郎がこの場を離れれば追ってはこないだろうかと思いかけて、すぐさま勝一郎はその考えを捨て去った。

 胸から腹にかけてがズキリと痛む。先ほど【細角竜】の一撃を受け止めた際被ったダメージがまだ体の中で疼いている。

 ランレイたちがいまだ宙づりになっているのも問題だ。彼らがまだここにいる以上、それを放り出して逃げるなどと言う選択肢は最初から有り得ない。


 となれば勝一郎に残る選択肢はあと一つ。


設営(セット)――【開扉の獅子(ドアノッカー)】」


 足元を踏み鳴らし、【気】を流して扉を作る。

目の前で岩にしか見えない竜が腰を落とす。最初に飛び掛かってきたときと同じ、全力跳躍による必殺の構え。この距離では回避することも難しいそれに対して、勝一郎は足元の扉一枚で真っ向から迎え撃つ。


 勝一郎の作る扉は、勝一郎の意思によって自由に開くことができる。

 やり方は簡単で、勝一郎が扉に触れて魔力を流すだけでいい。それだけでこの扉は、たとえドアノブに手を触れていなくても、勝一郎の意思に応じて簡単に開いてくれるのだ。


 だがその反面、この扉の開く勢いと言うのはそれほど強くない。人間や翼竜のような、ある程度の大きさや重量の生き物ならばまだ通用するが、しかしこの世界に多くいる巨大生物が相手では、どうしてもその開く威力と言うのは相手の重量に対して力負けしてしまうのだ。少なくともつい最近まで、勝一郎は自分の扉の性質をそういうものだと考えていた。

 しかし、


(もしそう言う性質のものだったら、あの水の中で扉を開けたわけがない……!!)


 まだほんの数日前、海中で巨大な生物に襲われたあの時、勝一郎はロイドやランレイを室内に避難させるべく、水中で扉を開き、閉じていた。だがよくよく考えれば、海中と言う“周囲を水で満たされたあの空間”で、自由に扉が開閉できたというのもおかしな話なのだ。なにしろ扉と言うのは、水害などで膝の高さまで水が増えただけで開閉が困難になってしまうものなのだから。

 ではなぜ勝一郎は水の中で扉など開くことができたのか。その答えこそが、今勝一郎が扉にぶち込んだ【気】の“量”になる。


(あの時とそれまでの違い、それはあの時は、事前に用意していた扉を開いたって言うこと、普段なら扉と部屋を作るのにも使っていた【気】を、丸ごと扉の開閉のためにぶち込んだって言うことだ――!!)


 通常面に扉を作ってそれを開く場合、そもそもの扉と部屋を作るのに、打ち込んだ【気】のほとんどを使ってしまう。ところがあの時、勝一郎が開いた扉はマントにあらかじめ用意されていたもので、勝一郎はとっさに扉に打ち込んだ普段の量の【気】を丸ごと全部扉の開閉のために使っていた。

 つまり扉の開閉の力を左右するのは、単純に開閉のために打ち込む【気】の量に比例する。ならば、あらかじめ扉を用意しておき、それに込められるだけの【気】を打ち込めば。


「ゴルァアッ!!」


 咆哮を上げて竜が飛び出す。

 発達した後ろ足の脚力で大地を蹴り、さらに体の下に潜り込ませた尾も地面にぶつけて体をブッ飛ばし、飛び出した【岩怠竜】が圧倒的重量と牙を武器に勝一郎へと襲い掛かる。

 対する勝一郎が用いるのは、自分の中でたっぷりと練って右手に貯めていたいた、開扉の【気】ただ一つ。


振りぬけ(スイング)――」


 足元の扉が起き上がる。叩き込まれた大量の【気】を原動力に、勢いよく跳ね起きた破壊不能の扉が、まるで投石器で撃ったように飛んでくる巨大な竜の圧倒的重量を正面から迎え撃つ。


「【開扉鎚(ドアハンマー)】――!!」


 巨大な金属を叩くような激突音。一瞬の間拮抗する運動エネルギー。扉の構造上、押し返されれば【岩怠竜】はそのまま勝一郎の方へと食い掛かって来る。それがわかっているがゆえに、勝一郎もまた渾身の【気】を振り絞り、足元の扉へともう一度追加の力を流し込む。


「【瞬気功オオオオオオオオッッッ】――!!」


 最初に流し込んだよりも少ない、しかし確かに打ち込んだ【気】の力が、最後の最後で勝敗の天秤を傾ける。

 新たな力を打ち込まれた扉が、一気に【岩怠竜】の方へと傾いて、その巨体を強烈な力でもって押し戻し、打ち返す。


「――ゴ、ラ――!!」


 轟音と共に、強烈な打撃に正面から撃ち返された【岩怠竜】が大地を跳ねる。どんなに頑丈で、重い竜であっても受けた衝撃は殺しきれなかった。叩き込まれた勢いは元いた場所に叩き返すだけでは飽き足らず、その向こうにある川までその巨体を強引に放り込んで、そこでようやく動かぬ岩となった竜を解放した。

 当然、攻撃を受けた竜の意識はもうここにはない。息こそかろうじてあり、気絶しているだけのようだったが、勝一郎が扉によって叩き込んだ打撃はその意識を空の彼方へと完全にぶっとばしていた。


「――ハァッ、――ハァッ、――ハァッ、――っし!!」


 生き残ったのだという感慨に思わず拳を握り、同時に襲ってきた虚脱感で崩れるようにその場にへたり込む。

 とは言え、いつまでもそうしてはいられない。疲労とダメージはそれなりにあるが動けないほどではないし、早いところ宙づりにされている二人のことも助け出さなくてはいけないのだ。


 だが時すでに遅く、勝一郎が立ち上がろうとしたその瞬間、背後の二人が重力に囚われ、そろって地上へと真っ直ぐに落ちてくる。


「わわっ」


「あ痛ッ!!」


 幸い、高いとはいえ死ぬような高さではなかったため、二人は尻餅をつきながらもなんとか地上へと着地する。

 とりあえず無事らしい二人の様子に安堵する勝一郎だったが、直後に耳に飛び込んできた男の悲鳴がその安堵を粉々にぶち壊した。


「おいっ、ヒオリ――!!」


 ランレイの背中のマントからロイドがあわてた形相で飛び出してくる。

 同時に、その能力で周囲を見回したらしいソラトが、その表情を変える。

 二人が同時に上を見上げるのを見て、ようやく勝一郎とランレイも異変を察し、二人に習って上を見る。


 そこに残っていたのは、竹の幹に布を巻き付け、そこから力なく吊り下がる少女の姿。


「姉ちゃん――!!」


 ソラトが叫んだその瞬間、布から力が失われたのか、ようやく少女の体も地上めがけて落ちてくる。

 力なく落下する身体をロイドが受け止める。すでに意識もあいまいで、ほおを紅潮させた少女の体は、もはや取り返しのつかないくらいに熱くなっていた。


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