26:Slip out of the Room
本日クリスマスにつきもう一話!!
目を開けた時、最初に飛び込んできたのは今まで見ていたのとは正反対の、やたらと真っ白で明るい部屋だった。
「…………ハァッ、ハッ、……ハァ」
呼吸して、手足に感覚が戻ってきて、そうしてようやく自分が今目覚めていて、今までのそれが夢であったのだと理解する。
怖い夢を見た。こことは正反対の真黒な空間で一人になる夢だ。最初は知っている人間がたくさんいて明るい場所だったのに、急にヒオリの体が動かなくなってからがとても恐ろしかった。
急速に暗くなる空間。いつの間にか寝かされている自分。先ほどまで傍にいた人たちが、じっと横たわるヒオリを見下ろした後、興味を失ったように背中を向けて去っていく。
慌てて追いかけようとするが体が動かない。それでもどうにか動こうとして、着ている服やかぶっている毛布、およそ操ったことがある布全てを【羽衣の操物念力】で操り、無理やり自分の体を釣り上げて彼らを追いかけようとするが、しかしいつしか自身を釣り上げた布すら動かなくなり。宙づりの状態のヒオリだけが、まるで布で縛り付けられたようにその場に取り残されるのだ。
もがいても叫んでも、去っていく人たちを止められない、そんな夢。
そんな光景を思い出して、ヒオリは唐突に息苦しさを覚えて横たわったまま胸を押さえて呼吸を整える。
眼を閉じて、必死に呼吸の仕方を思い出しながら息をすること数分。どうにか落ち着いたヒオリは目を開けて周囲を見渡し、そこでようやくもう一人、自分についていてくれた人間がそばにいることに気が付いた。
ロイド・サトクリフ。耳が長く、ソラトが言うところの悪人面で、しかしずっと自分を看病してくれていたらしい年上の男性は、
「……んぐぁ…………」
壁にもたれかかり、腕組みをしたまま眠っていた。
どうやら自分のせいで彼を疲れさせてしまったらしい。そう感じて申し訳ない気持ちになりながら、ヒオリはゆっくりと手足に力を籠め、まだ熱の残る体を支えて起き上がる。
どうやらしばらく寝ていたおかげでだいぶ熱も下がってきたらしい。まだ体は重く感じるしふらつきもするがが、眠る前と違って“能力で補助すれば”動けないというほどではない。ならば何かをしなければ、と、ヒオリはロイドを起こさぬように気を付けながら毛布から抜け出し病床の外へと這い出し立ち上がる。
少し寒いと感じて、同時に近くに畳んでおいてあった羽衣を見つける。能力を使う際便利だからと、知人にアドバイスされて作った布面積の大きい着衣。手を伸ばしてそれを腕に巻き付けると、ヒオリは自身の能力を使って布を動かし、布の真ん中あたりを体に縛り付けて、その上から体に巻き付けるようにして布全体を羽織る。防寒用の衣料ではないためさほど温まりはしなかったが、自身が使える布面積が増えたことは純粋な安心感をヒオリにもたらした。
同時に、自身にまだ能力があることも確認し、ヒオリはすぐさま周囲を見渡す。
最初に目に飛び込んでくるのは、壁にもたれて眠るロイドの姿。起こしては悪いと自分が生み出す音に気を付けながら歩くと、そのロイドのすぐそばに、この世界のものと思われる何らかの道具類が置かれているのに気が付いた。
思わず、忍び足で進んでいた足がその場で止まる。
(……これは、お薬……?)
いくつかの道具を確認すると、どうやら何らかの植物を煎じた後のようだった。
自分にのませる薬だろうかと、そう考えて、しかしどうにも納得できずにヒオリは首を捻る。
人が飲むために作ったにしては妙に量が多い。しかも容器の中にあった液体が床へとこぼれていて、しかしよく見るとただこぼれた訳ではないらしく、こぼれた液体が文字や図形を描いている。
いったいこれは何なのだろうと、そんなことを考えかけて、
『――……た!!」
『……出し……か?』
『ああ、……に…………てる』
聞き覚えのある声が耳へと届く。しかも切迫しているのか、かなり切迫した印象を受ける、そんな声。
声のする方向をたどるとそこには扉があり、部屋の中へ二人を閉じ込めてしまわないためだろう、存在する扉はわずかではあるが開いていた。
判断と言うよりは反応で、ヒオリはその扉へ向かって歩き出す。
足音を忍ばせて、背後で眠る男を、決して目覚めさせることがないように。
時は少々前後する。
「間違いないな。やっぱりコイツ、ずっとこっちを見てるよ」
発見から数分の間歩き続けて、それでも変わらず自分たちに向けられる視線の主を能力で観察し、ソラトは歩きながらそう断言する。
勝一郎達とてこの数分、少し相手に揺さぶりをかけるようなルートを選んで歩いてきたつもりだ。特段あちらを刺激することなく、さりげなく視線から外れるように移動していたにもかかわらず、こちらを見つめる視線はずっと勝一郎たちの背中をついてきている。ソラトの報告を耳にして、勝一郎は自身の中の警戒レベルを一段階さらに引き上げた。
「それで、そいつはどんな奴なんだ? 見たところ肉食っぽくはないって話だったが」
「ああ。口の様子や歯の形、爪なんかを見ていても、なんとなく肉食って感じはしない。大きさは馬くらい。ただしやっぱり二足歩行で歩いてるみたいで何となく俺の世界の図鑑にも乗ってたような体つきの恐竜だな」
「まあお前の世界の図鑑は見たことがないからわからんけど、でもなんとなく想像はつくな」
要するに勝一郎の世界で言うところの、『ダチョウ型』恐竜に分類されるタイプの生き物なのだろう。勝一郎も図鑑や映画などで仕入れたイメージとして、二足歩行でなんとなく乗れそうなイメージの恐竜が頭の中に浮かび上がってきている。
「あと、一番特徴的なのが額に細長く真っ直ぐな角があることだな。見たところ爪や牙がそれほど発達しているわけじゃないから、そこだけが唯一こっちの脅威になりそうな特徴だ」
「角、ねぇ。細長くて真っ直ぐって言うと鹿とかトナカイとも違うのかな」
何となく、勝一郎は海洋生物であるイッカクや、架空の生き物であるユニコーンの角などをイメージする。もっとも、歴史上イッカクの角をユニコーンの角として扱っていた歴史があることを考えれば、この二つは実はまったく同じものとも言えるのだが、それについては今はあまり関係がないため思考の外へと追いやった。
「真っ直ぐで細長い角……。もしかしてそれって【細角竜(さいかくりゅう】かしら……?」
「【細角竜】……? 知ってるのか、ランレイ?」
「ええ。確か私たちが最初目指していた平原に住んでる竜で、うちの村でも細角竜の角で作った武器がいくつかあったはずよ」
『私は角以外、実際に見たことはないけれど』と、そう付け加えるランレイの言葉に、勝一郎は若干ではあるが目指す場所が近づいてきたのだということを実感する。これまでこの世界の人間であるランレイすら知らないような、未知の生き物にばかり接してきたせいでどうにも人里から遠ざかった印象ばかりが強くなってきていたのだ。知っている生き物に遭えたというのは、たとえそれが危険かもしれない生き物でも多少現状の安心材料になる事態ではある。
もっとも、それでもやはり自分達を付けてくる竜に対する警戒レベルはとても下げられれないのだが。
「ランレイさん、その【細角竜】って、どんな竜なのかは何か知ってる?」
「……そうね。聞く限りではこちらから手を出さなければ、それほど積極的に襲ってくる竜ではないそうよ。もっとも攻撃したりすれば角で応戦して来るそうだから、あまり野放しにできる竜ともいえないそうだけど」
やはり【細角竜】と言うのもレキハ村では宗教上の敵である【魔獣】に分類されているのか、ランレイは明らかに『敵』について語る口調でそんな情報を提供する。
「足はやっぱり速いのか? 客観的に見たところ、後ろ足がかなり発達して見えるんだけど……」
「そうね。たしか村の戦士の中でも足の速い人が、【気功術】まで使って追いかけたことがあったらしいんだけど、ほとんど追いつけなかったって聞いてるわ」
「追って来たら逃げきれない、か……」
周囲を見渡しながらそう判断し、勝一郎はさらに自身の中の警戒レベルを一段階引き上げる。周囲は竹林でそれほど走りやすい場所とは言えないが、しかし逆に先日猿に追われた密林のように極端に植物が密集しているという訳でもない。自分たちが走る分にもそれほど問題はなさそうだったが、馬程度の大きさの生き物でもそれについては変わりなかった。恐らくはこの場所ならば、ほとんど純粋な速力の勝負になって来る。村の戦士でも走り負けたというのなら、このメンバーではとても逃げきれない。
「――っと、いた。見つけた。こいつとは別に、少し離れた場所に同じような奴らが……、ざっと数えて八匹くらい見つけた」
「八匹!? 待て、なんだその群れ。そいつらも俺達を狙ってるのか?」
「……いや、そんな感じじゃないな。客観的に見てても、最初の奴と違って俺たちのいる方向を見る様子がない。……それにこっちの群れ。角が短い奴とか、無い奴しかいないな……。体つきが小さいのもいるとこ見ると、こいつらってメスや子供ってことなんだろうか……?」
客観視のよって観察し、告げられるもう一方の群れの様子に、勝一郎もソラトと同じ答えへとたどり着く。確かに角がなく、あるいは未発達な個体がそろっているのだとすれば、それは先ほどのものとは違うメスや子供である可能性は高い。何となくシカなどの群れをイメージしながら、勝一郎はもしや最初の個体がこちらの群れのボスなのではないかと推測した。
「けどどういうことだ……? もしも群れのボスが単独行動でこっちを追って来てるんだとしたら、いったい何の目的なんだ?」
「見当も、つかないわよ……、そんなの。【細角竜】の方から人を追って来るなんて話、私も聞いたことがない……」
どことなく不気味な、未知の生物の未知の行動に、三人は何とも言えない表情のまま歩き続ける。
とは言えそんな状況が、ただついてこられるだけで済んでいた時間はそう長くは続かなかった。
ものの十分もしないうちに、引き続き追跡者の存在を監視していたソラトの告発によって、不気味な停滞の時間は否応もなく動き出す。
「――来た!!」
「動き出したのか?」
「ああ、こっちに向かって来てる」
言葉を交わす間に、勝一郎の肉眼もすでに後方から右方向へと回り込む何かの影を竹林の向うへ捉えている。話には聞いていたが、実際に見てみると確かに早い。まだこちらとの距離は相当にあるが、この速度ならば襲ってきたら追いつかれるのは一瞬だろう。
「ソラト――!!」
「あっちに川、って言っても兄ちゃんたちが流されたような大きな川じゃない、ほんの小川がある。そこなら多少開けているから兄ちゃんの槍の邪魔にもならないはずだ」
打てば響くような返答にランレイ共々頷いて、勝一郎達はすぐさまソラトの指した方向、回り込む【細角竜】からちょうど反対の方へと急ぎ走り出す。殿はもちろん勝一郎が務め、場所のわかるソラトを先行させてその後を二人が追う形だ。
言われた通り、走り出して一分もたたないうちに視界が開け、ごつごつとした大き目の岩が転がる小川の川べりが姿を現す。
そして、開けた空間に勝一郎たちが飛び込んだ直後に、背後から迫っていた【細角竜】もまた、その空間へと飛び込んできた。
「――ッ、やっぱり追いついてきやがった!!」
事前に聞いていた通り、現れたその姿はやはりダチョウ型恐竜の額にユニコーンのような角を生やしたものだった。ただし、イメージと違ったのは背中に鬣のような羽毛が生えていたことで、そのせいで余計に馬やユニコーンのイメージに近づいていることだ。これで鱗がなく、四足歩行で走っていたら馬とほとんど変わらない生き物になっていただろう。
「ショウイチロウ――!!」
「迎え撃つ。二人は先に部屋を作れそうな岩を見つけてくれ――!!」
闇雲に逃げても追いつかれるだけと判断し、勝一郎はランレイとソラトにそう呼びかけながら槍を握り構えをとる。
対して【細角竜】もこちらの交戦の意思を察したのか、警戒するように足を止めて額の角をまっすぐに勝一郎の胸へと突きつけた。
双方ジッと睨み合い。互いが互いの命をとるべく隙をうかがう。
「――、ソラト、あんたは手ごろな岩を探してそこに待機してて。私は勝一郎を援護する」
「わかった!!」
一方、勝一郎達から距離を置いては知っていたランレイが足を止め、自身も弓と矢を取り出して援護射撃の準備に入る。
部屋を作る面を探すだけならばそれに向いたソラトだけで十分だ。今はとにかく勝一郎の方の援護をするべきだと勝一郎の方へと向き直って、
――そうしたことで、ランレイはその存在に気付くのが遅れてしまった。
否、気付いていなかったのはランレイだけではない。少し距離を置いて、【細角竜】と向き合い、意識を研ぎ澄ましていた勝一郎もそれには気づいていなかったし、それ以上に【客観視の千里眼】と言う、周辺監視に特化した能力を持つソラトすら、このときその存在には気が付いていなかった。
気付かず、自覚がないまま“それ”がいる場所へと向かってしまっていた。勝一郎が使えそうな面、ごつごつとした岩が乱立する、目の前の小川の川べりへと。
「――え?」
向かった先で、突如目の前の岩が真ん中から上下に割れる。なんの変哲もないただの岩。そう思っていたものが突如として化けの皮を現し、駆け寄るソラトに向けて深く静かに吐息を漏らす。
呆ける。目の前の変化に理解が及ばない。並ぶ牙の羅列に危機感を抱けない。
なにが起きているかもわからないまま、ソラトは反射的にその場で足を止めてしまい、
「――!!」
直後、目の前の岩が、否、“岩だと思っていた何か”が大口を開け、立ち尽くすソラトへ向けて猛烈な勢いで飛び掛かる。
隠れ潜んでいた捕食者が、何も知らない獲物に牙をむく。




