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19:Give Room

 『道具を使う』という、野生動物には非常に珍しい知性を見せた猿達だったが、しかしだからと言って、この猿達が勝一郎の扉が持つ性質を看破して、部屋から引きずり出すべく道具を使用したというわけでは間違ってもない。

 そもそもの話、勝一郎が猿達の前で見せた扉の性質だけでは、たとえ相手が人間であったとしても真実を看破することなど不可能だっただろう。

 そうでなくとも猿達の知性というのは、高いとはいっても所詮は石を道具として使える程度のものである。みもふたもない言い方になってしまうが、その程度の知恵で看破できるほど、勝一郎の【開扉の獅子(ドアノッカー)】はわかりやすい能力ではないのである。

 猿達が行っていたのは、言ってしまえば木や地面の穴に逃げ込んだ小動物を掘り出す際と同じ、あるいはその延長線上にある行為であり、さらに言ってしまえば半分以上が八つ当たりだったと言ってもいい。

一応は、木の幹に逃げ込んだところまでは見ていたので、逃げ込んだその場所を攻撃するというのは行為は理にかなったものではあった。

しかしだからと言って何の異常も発見できない木の幹に自分達よりも大きな生き物が五匹も隠れているなどとは猿達自身も考えておらず、それゆえとっていた行動も反撃を受け、さらには仲間を一匹見失うこととなった現状への、ただの八つ当たりでしかなかったのである。


 だが偶然にも。あるいは不幸なことに。


 怒りに任せて振り下ろした尖った石が、扉を作った面を大きく穿ち、素手では決してつかなかったはずの傷が勝一郎の部屋を一瞬のうちに破壊する。

 不幸なことに、猿達はその後に起こる事態を、まったく予想できていなかった。


『――ギ!?』


 一際体格の大きい猿が石を幹に叩き付けた次の瞬間、その猿の真上に突如二つの影が現れ、つられて猿たちがそろって上を見上げて“それら”を見つける。


 対して、見上げられた方。

 間一髪でマントの中にランレイとヒオリ、そしてソラトの三人を回収した勝一郎は、部屋の外へと排出されたその瞬間、真下に現れた石を持つ猿の顔面目がけて、勢いよく己の右つま先をぶち込んだ。


「ゲェッ――!!」


「――の野郎!!」


 唖然とする猿達をしり目に直近の猿を思い切り蹴りとばし、猿が転がっていくのを視界の端に確認しながら真下の地面へと着地する。

 自分たちを部屋の外へと追い出してくれた猿のその後も気になるが今はそれどころではない。周囲を見れば、部屋の中からは見えなかった後方や両サイドにも何匹もの猿が存在し、取り囲んでいる。

立てこもったのが完全に裏目に出てしまった形だった。

勝一郎達も、まさか完全に包囲された状態で部屋から引きずり出される展開になるなどとは、いくらなんでも想定していなかったのだ。

 だが今それを悔やんでもどうにもならない。まずはこの包囲網を何とかして突破しなければ、反省する猶予すら残らない。


「頼むロイド!! 薙ぎ払え!!」


「わぁってるよ――!!」


 勝一郎の声にそう叫び返し、ロイドが勝一郎の前に出て右手に展開した魔方陣に一気に魔力を注ぎ込む。

 使用する魔術は【高圧洗浄水流・改(ハイドロウォッシャー・カスタム)】。本来ならば生活魔術の範疇にとどまっているはずの放水圧を、術式の改造によって無理やり増強し、人間をなぎ倒せるレベルにまで強化した違法改造魔術。それをロイドは発動と同時に術式語と前へと突きだし、動き出そうとする猿の顔面目がけて浴びせかける。


「オラッ、テメェらも洗ってやらぁッ!!」


 絶叫しながら、ロイドは放水を続ける右手を左手で支え、体に返る強烈な反動を両足で踏ん張って受け止めながら、放水の先を一気に横一文字に降り抜いた。

 強烈な激流が横一文字に通り過ぎ、その軌道上にいた猿達をひとまとめに薙ぎ払う。三か月に及ぶ無茶な特訓のおかげで付いた筋力を存分に発揮して、瞬く間のうちにロイドは猿の包囲を力技で破壊した。

 とは言え、それで猿達が絶命したわけでもなければ、すべての猿を打ち破ったわけでもない。


「走るぞロイド。今がチャンスだ!!」


「わかってるつの!!」


 部屋から排出される前に勝一郎に預けていた槍をロイドが受け取り、二人はそのまま脱兎のごとく、地面に倒れる猿達を飛び越えて森の奥へと走り出す。

 もとよりあの数と正面からやり合うつもりなど毛頭ない。いくら【開扉の獅子(ドアノッカー)】のおかげで守らなければいけない女子供を隠せているとは言っても、それでも未熟な二人ではあの数の猿達はとても捌ききれないのは明らかだ。先ほどのような不意打ちまがいの攻撃ならいざ知らず、ここから先はできうる限り戦闘は避けるべきだろう。


「どうすんだショウイチロウ。さっきみたく、また部屋作ってそん中に逃げ込むのか!?」


「いや、一度破られた以上もう一度ってのはリスクが大きい。扉の理屈をあの猿達が理解できたとは思わないけど、経験則で逃げ込んだ面をもう一度攻撃されたらそれでアウトだ」


「じゃあどうすんだよ。まさかこのまま相手が諦めるまで追いかけっこする気か?」


「一匹は仕留めて、群れの大部分にこんだけ痛い目見せたんだ。もしかした手を出すのは危険な相手と悟って、これ以上は追いかけてこないって可能性も――」


 と、勝一郎が言い終わるか終らないかのうちに、背後の遠くから一際甲高い絶叫が聞こえて、走る二人が同時に産毛を逆立てる。

 とてもではないが『諦めろ、手を出すな』と言っているようには聞こえない。むしろ翻訳するなら『野郎、生きて返すな!! ぶっ殺せ!!』あたりが妥当なのではないか思える、そんな獰猛で攻撃的な色合いを多分に含んだ絶叫に、勝一郎は直前まで頭の中に遭った楽観的な思考を脳内で却下した。


「って言うか何なの!? こんだけ被害出ててまだ手を出すとかって!! もしかして猿知恵にリスクマネジメントは含まれてないの!?」


「知るかよ俺に聞くんじゃねぇ!! つか、どうすんだよホントに!! 俺たち闇雲に走ってるから、方向もクソもあったもんじゃねぇぞ!!」


 実際問題、現状はかなりまずい状況だった。

 なにしろ今の勝一郎達は、森の中をなんの指針も用意せずにひたすら猿達から遠ざかる方向へと逃げてしまっている。

 おそらくここは、完全に猿達のテリトリーだ。地の利は相手にある以上、闇雲に逃げ回るのはいくらなんでも危険が大きすぎる。


「俺が見るよ。俺の【千里眼(セカンドサイト)】で周囲の地形を把握する」


 と、走る勝一郎の背中のマントから、ソラトがそう宣言する。

 ランレイたちを部屋の中に入れた際、弓などによる射撃支援を期待して外側に向けていたマント表面の扉。そこから身を乗り出したソラトが空へと視線を向け、そのまま自身の能力を発動させる。


「……っ、遮蔽物が多い。見にくいことこの上ないな」


「ああっ? おめぇ、【千里眼(セカンドサイト)】なんて能力持ってて、遮蔽物に左右されんのかよ!?」


「言っただろおっさん、俺の能力には厳しめで面倒な縛りがあるんだよ!! 木の枝葉が邪魔をしてて視界が効きにくいんだ……!!」


 歯痒そうにそう言い返しながら、それでもソラトはそのまま視線を上にやり、己の能力を行使し続ける。

 だが彼が何かを見つける前に再び甲高い声が至近から聞こえ、直後に左右から一匹づつ、竜顔の猿が飛び出した。


「左頼む!!」


 言いながら右手の槍を飛び出した猿の顔面へと叩き付け、続けて腕に【瞬気功】を行使して猿の体を無理やり茂みの方向へと撃ち返す。猿自体の体重が重かったため、それほど遠くまで撃ち返せたわけではなかったが、それでもあれだけの一撃を加えれば当分は追ってこられないだろう。

 ふと見れば、後ろを走っていたロイドも水流の魔術によって猿をしっかりと撃退したようだった。


「ショウイチロウ!! あいつらを槍に刺したまま走る余裕なんざねぇんだ、間違っても串刺しになんざすんじゃねぇぞ!!」


「一匹や二匹、血祭りにあげた方が追ってこなくなるんじゃないか?」


「発想が怖えぇよ兄ちゃん!?」


 絶叫するソラトをしり目に、勝一郎とロイドはひたすら猿達の声から距離をとるべく森の中を走り続ける。

 こんな会話こそしていたが、実のところ勝一郎やロイドも今さら死骸の一つや二つ見せたところでこの猿達が怯むとも思っていなかった。

 先ほどからの猿達の動きを見ていても、この期に及んでまだ勝一郎たちを脅威とみなしていないのは明らかだ。しかも猿達はすでに森のどこから襲ってくるかもわからない状況だ。今さら死骸を一つ放り出したところで、怯んだ個体が一体や二体ではお話にもならない。


「とにかく逃げるなら森を出よう。ソラト、見えるんだったら森が途切れてるところを……、いや、この近くに俺たちが道しるべにしてた川があるはずだ。それを探してくれ。できるだけ樹木が少ないあたりだ」


「森を出るのは賛成だが、川だと逆に追いつめられんじゃねぇか? 俺たちに泳ぐ以外に川を渡る手段なんてねぇだろ」


「いや、たとえ追いつめられるとしても、この森の中はあの猿達のテリトリーだ。出た方がまだ勝ち目がある」


 ロイドの懸念をよそに、勝一郎は走りながらも周囲に視線を走らせ、己の考えの根拠をその光景でもって補強する。


「このあたりの森、村近くと比べても木が密集してるわツタが絡み合ってるわで、大型の生き物がほとんど入れないようになってる。だからあの猿達は平気でこれだけ騒げるし、やたらと強気で追ってくるんだ。あいつらはあの大きさでも、この森の中では立派な頂点生物なんだよ」


「確かに、こんな森じゃ大型の恐竜どもは入ってこれねぇ。あの猿どもの大きさは、この森で生きるには絶好の体格ってわけか……」


「だが逆に言えば、それは奴らが森から外に出ちまえば一転して無力になってしまうってことも意味してる。森の環境っていう地の利を失ってしまえば、あいつらは所詮ちっぽけな猿でしかないんだ。奴らにとって森の外は、追うことにリスクを伴う死地ってことになる」


 加えて言うなら今襲われているのは、恐らく勝一郎達が猿達の縄張りに踏み込んだからである。なんとか縄張りを抜けてしまえば、追われる可能性もぐっと低くなるという計算もあった。


「だから森からでられりゃ大丈夫だって言いたいのか兄ちゃん? いくらなんでもそれは楽観的過ぎるぜ」


 勝一郎の推測に、ソラトが空を見ながらそう苦言を呈する。

 だが、他に方法がないのもまた事実だった。このまま闇雲に逃げているだけでは、確実に猿達に追い詰められて壊滅する。


「……見つけた。川は斜め右方向。このままいけば数分でそこに――、いや!! まずい、川の方から猿が来てる!!」


「――っ!! こいつら、川の方に行かせないつもりか!!」


「――来やがるぞ!!」


 ロイドが叫んだその瞬間、右手側の茂みと樹上の計三か所から一斉に猿達が襲来し、走る勝一郎達へと飛び掛かる。

 対する勝一郎たちも、勝一郎が【開扉鎚(ドアハンマー)】で、ロイドが【高圧洗浄水流・改(ハイドロウォッシャー・カスタム)】でそれぞれ迎撃しようとするが、


「なっ、ツタが――!!」


 地面を踏み鳴らし、勝一郎が勢いよく開いた打撃用の扉は、しかし飛び掛かる二匹の猿を打ち据える前に周囲のツタへと引っかかり、途中で止まって猿達の進路を阻む壁となるだけにとどまった。

 慌ててロイドが残る一匹に激流をぶつけてふっとばし、続けて扉に着地して地面へと転げ落ちていた猿達へと激流を差し向けるが、猿達は機敏な反応で背後へと飛びのき、茂みの中へと飛び込んでその攻撃をやり過ごす。


「――ああっ、クソッ!! 森の密度が高すぎて攻撃が当たんねぇ!!」


「こっちもだ。まずいぞこの場所は。ツタや枝が多すぎて槍を振り回すのも難しい」


「兄ちゃん、新手が来てる!! 背後から一、二――、最低でも五匹。右手からも四匹以上!!」


「正確にはわかんねぇのかよガキ!!」


「無理だよ俺の能力じゃ!! 【鳥瞰視点】でも枝葉が邪魔で見えない範囲の方が多いんだ――!!」


 どうやら上空から見下ろす形で周囲を見ているらしいソラトが、苦渋に満ちた顔でそう叫ぶ。

 現状、敵は猿達というよりもむしろ森そのものと言った方がいい状況だ。猿達が脅威であることに変わりはないが、確かな事実として、生物としては弱い部類に入るはずの猿達を、この森という環境が最大級の脅威として成立させている。


「とにかく、早くこの場を離れるしかない。ロイド、おまえも背中の部屋の中に入れ!! 後ろからの猿達を魔術で頼む」


「――っ、ああ、わかったよ――!!」


「ソラトは引き続き周辺の監視を。川の方に行けそうな隙を見つけたら言ってくれ。その方向に走り抜ける――!!」


「わかった」


 走る背中にロイドの体重が一瞬かかり、ロイドが部屋の中に飛び込んだのを確認したあと、勝一郎はたなびくマントの裾を掴み、内側に作った部屋に槍をしまいこんだ後、マントそのものも腰の前で縛り付けて固定する。扉の存在があるため背中に板を背負っているような感覚があったが、これだけ植物の多い森の中でマントをたなびかせながら走るのは明らかに危険だ。裾が引っ掛かって足止めを受けただけで、背後の猿達に追いつかれる可能性がずっと増大する。


「っておい、狭いぞクソガキ!! お前一度部屋ん中に引っ込め」


「俺の能力じゃ部屋に入ったら見えなくなるんだよ。どっちも引っ込めないんだ我慢してくれ――!!」


「喧嘩するな。行くぞ二人とも――!!」


 ――気功術、発動。

 背中に二人の人間を生やした奇妙な状態のまま、勝一郎は両足を中心に全身に一気に【気】を叩き込み、身体能力を一瞬で強化してそれまで以上の速度で走り出す。

 猿がはびこる密林を突破するべく、命がけの逃走が始まった。


 現在当作品はアルファポリスファンタジー大賞に参加しております。

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