18:Communicating Rooms
流石に、というべきか、ソラトに対して勝一郎たちが知る現在の状況をすべて説明しきるには、それ相応の時間がかかった。
話した内容としては、勝一郎とロイドそれぞれのこの世界に来るに至るまでのあらましと、来て以降の置かれている状況、それぞれの世界の文化文明などの『世界観』、そして最後にロイドが行った、この世界に来る際に遭遇した魔方陣についての分析、という内訳である。
正直なところ、勝一郎としては現在十二歳のソラト少年が矢継ぎ早に繰り出される非常識な話の内容についてこれるのかと、少なくない不安を胸の内に抱えていたのだが、そこは年齢ゆえの柔軟さとみるべきなのか、あるいはこの少年のずば抜けた理解力のなせる技なのか、すべての説明が終わるまでの間に何度も質問を重ね、話される内容以上の情報を二人から引き出しつつ、きっちりと話についてきていた。
とは言え、すべての話を聞いた後のソラトの表情は、やはりというべきか晴れやかとは言い難い。
「魔術がある世界に『扉の力』、そのくせ星座が一致、っと。……確かに、客観的に見て異世界って言われれば納得するしかない状況だけど……」
文字通りの意味で頭を抱えながら、短い沈黙の末にソラトはぽつりとそう呟く。
実際、彼がこの世界でどれだけの時間を過ごしているかは知らないが、彼自身もこの世界で過ごしてみて、ここが元いた場所とは明らかに“違う”ということを身を持って体験したことだろう。
「っていうか、兄ちゃんたちも俺らと同じ遭難者だったんだな。それも二重の意味で」
「確かに、こっちも遭難と言えば遭難か」
村の戦士たちからはぐれて遭難しているのみならず、自分の世界からも投げ出されて遭難している。二重遭難とでも呼ぶべきなのかは微妙なところだが、それでも遭難という言葉は世界移動の方でも確かにしっくりくるような気がした。
「定めし俺達は『異世界遭難者』ってところか」
「笑えねぇよ。欠片も笑える要素がねぇ。つか、ガキ。一応お前に聞いておきてぇんだが、おまえがこの世界に来てから何日経ってる?」
「もうかれこれ四・五日は経ってるよ。ほら、覚えてないかな。俺らがこっちの世界に来た後すぐにすごい雨が降ってさ。あの日だったんだけど」
「……ッ、よりによってあの日か」
二人の会話に出てくるあの日というのはちょうど五日前、まだ勝一郎たちが村の戦士たちと行動していた、村の戦士たちからはぐれる一日前のことである。戦士たちと逸れたあの日は前日に雨が降って川の水が増水しており、そんな川に流されたことが三人の遭難につながる大きな要因となっていたのでよく覚えている。
「直後に雨が降ったあの日ってことは、こいつらが送り飛ばされてきたときに焼き付いたはずの魔方陣も絶望的か」
「客観的に見てもそうだろうね。話を聞く限りじゃ、そのままその場に止まっていれば帰れたんだろうけど……。あの時は近くで何やらでかいのがうろうろしてたし、地面に何か書かれてるのには気づいてたけど、再使用に時間がかかるなら、たぶん雨が降り出す方が早かったと思う」
これだけ大量の情報を一気に開示したというのに、ソラトはほとんど混乱することなく、勝一郎達からの情報と自身の状況を比較して適格と思える言葉を返してくる。
やはりというべきかこの少年、相当に頭の回転が速いらしい。自分たちが現状を受け入れるにあたってのありさまを思い出し、勝一郎はつくづくの実感としてそう思った。
「それにしても、こんな世界で五日間もよく生き延びられたな」
「まあね、なにしろ俺も姉ちゃんも能力者だったし」
「それだ」
ソラトとの会話の中で、先ほどから気になっていたことを示すだろう単語の出現を察知して、すぐさま勝一郎はその単語の意味を問おうとする。
だが、そんな勝一郎に待ったをかけたのは、意外なことに隣に座るロイドの方だった。
「待てよショウイチロウ。テメェはある程度察してるのかも知れねぇが、俺にはまだ根本的な質問が必要だ。おいガキ、まず最初に確認しときたいんだが、さっきのこいつの話を聞いてみて、おまえとこいつは同郷だと思ったか?」
「いい加減そのガキって呼び方止めて欲しいんだけど。……結論から言うと、ほぼ間違いなくショウイチロウの兄ちゃんの世界とは、俺らの世界は別の世界だと思うよ」
「根拠は?」
「まず聞く限りでは文明のレベルが違う。『いんたーねっと』だの『ケイタイデンワ』だのって言葉は、少なくとも俺の世界では聞いたことがなかった。地名も違う。レキハって名前こそ共通していたけど、俺の住んでいたところは『レキハ市』なんて名前じゃなくて『レキハ町』だった。後これは二人の反応を客観的に見てて分かったことだけど、――能力者がいない」
『能力者』と、先ほど出した言葉をもう一度提示して、ソラトはここで一度話を勝一郎の疑問へと立ち返らせる。
すなわち、『能力者』というその言葉の、彼の世界で持つ意味について。
「俺の世界では大体三十人に一人くらいの割合で、何らかの【能力】に目覚める人間がいるんだ。【能力】は人によって違うし、性質や制限もまちまちなんだけど」
「そいつはショウイチロウが作ったこの部屋とかとは違うのかよ?」
「違う、と思う。強い能力を持ってる人ってのはたまにいるけど、こんな能力は話に聞いたこともないし、そもそもどの系統の能力なのかもわからない」
「系統?」
勝一郎が訪ねると、ソラトは一つ頷き、
「能力にはいくつか系統があるんだ。【通念能力】とか、【空間移動】とか、【念動力】とかね。言葉の意味は分かる?」
「……なるほど。大体わかってきた」
要するにESPやPK、サイキックなどと呼ばれる類の能力なのだろう。
ソラトの話を聞き、勝一郎は自分の中にある中途半端な知識を参考にそう理解を進める。実際のところ、今挙げた言葉の意味がそれぞれどう違うのかなど、勝一郎の知識には欠落している部分も多かったが、『能力』という言葉の意味がある程度推測できるならとりあえず今はそれで構わない。
「じゃあ、さっきその娘が布を腕みたいに操ってたのは、その【念動力】の力ってことになるのか?」
「正確には、姉ちゃんの能力は【念動力】じゃなくて【操物念力】に分類されてるんだけどね」
「んで、おまえの見立てじゃショウイチロウの『扉の力』はそう言うののどれにも分類できない、と?」
ロイドの問いかけにソラトが頷き、それを受けたロイドの方も『だろうな』とその答えを予想していたような反応を示す。
「確かにその女が布を動かしてた時、勝一郎が『扉の力』を使う時に感じるような馬鹿みたいにデケェ魔力の感覚をまるで感じなかった。勝一郎の『扉の力』とこいつらの【能力】って奴は、根本を支えてる原理からして違うのかも知んねぇ」
どうやらロイドはロイドで、ヒオリの能力を独自に分析していたらしい。勝一郎自身は気づいていなかったが、言われてみれば確かに、最初に二人に近寄った際にも【気】や【魔力】の類は全く感じなかった。
「なるほど。だからショウイチロウとは違う世界の住人ですってわけか」
「ついに世界も四つ目か・・・…。まあ、第三の世界が出現してた時点で、それ以上に増える可能性も一応考えてはいたけど……」
事態がより複雑になったことを実感し、勝一郎とロイドはそれぞれそんな感想を述べる。
とは言え、それぞれの胸にある困惑の度合いを比べた場合、その程度は原因についての知識が深いロイドの方がやや深刻だ。
「つか、ホントになんなんだあの転移魔術。儀式魔術である以上誰かが設計したもののはずだが、設計者の意図がまるで見えてこねぇぞ」
「異世界に行きたかったから、とかじゃないか?」
何となく、異世界ファンタジーが大量に出回っている世界の感覚で勝一郎がそう答えると、隣でソラトがの表情が呆れたようなそれへと変わる。
「兄ちゃん、いくらなんでもそんなぞんざいな理由はねぇって」
「それにこの魔術、どっちかってぇと異世界に行くためっていうよりは……。今んところ、繋がっちまってる世界の、それぞれの出現場所に共通してるのは、『使用言語』『レキハ』って地名の二つ」
「ああ、そういえばこのあたりも、一応【レキハの森】ってことになるのか」
あまりにも離れた場所まで来てしまったためそんな実感がなかったが、今いるこの森は恐らく、勝一郎達が少し前まで暮らしていた【レキハ村】付近から続く【レキハの森】の一部であるはずだ。
となれば、やはりソラトたちも勝一郎たちと同じく【レキハの森】に出現した異世界人ということになる。
「この【世界間転移魔方陣】の性質は今わかってるだけで四つ
一、魔方陣の上に人が乗ることで発動する。
二、行き先は同じ言語を使う異世界の【レキハ】って地名の土地。
三、異世界遭難者が出現した場所には、どういう理屈なのか同じ術式の魔方陣が焼き付いて刻まれる。
四、刻まれた魔方陣が魔力をため終えた状態でまた誰かがその上に乗ると、魔術が発動して上に乗った人間をどことも知れない異世界に送り飛ばす。
ってとこか」
言いながら、ロイドは自身のマーキグスキルを使い、彼の世界の文字らしきものを空中に次々と出現させていく。
異世界の文字であるがゆえに勝一郎にもソラトにもその字は読めはしなかったが、書いた本人も自分の考えをまとめるためにそうしていたようで、こちらに見せようという気があまり無いようだった。
とは言え、言葉でだけでも条件を順番にあげられたことで、残る二人が考えをまとめやすくなったのも事実である。
「これ、客観的に見ても異世界に行くための魔術っていうより、この言葉を使う【レキハ】って土地に行こうとしたら、同じ条件の異世界も行き先に含まれちゃった、って方が近いんじゃないか?」
「ああ。俺もガキの意見に賛成だ。まあ、だとするとそれはそれで厄介なところもあるんだが」
「って言うと?」
勝一郎が問うと、ロイドはすぐさま顎に手をやり、異世界人への説明を頭の中で簡単に考えをまとめていく。
「俺の世界ではよぉ、人の財産や命、社会の安全なんかを脅かす魔術を、禁術として法律で規制してんだよ。たとえば、人間やその財産に損害を与える攻撃魔術とか、重大な事故を起こす危険性が高い、あるいは安全性に問題がある魔術。あとは最後に、社会や国家の安全を著しく脅かす魔術なんかがそうなんだが」
「攻撃魔術は、まあなんとなくわかるよ。俺の世界では魔術魔法の類っていうとそのイメージだし。安全性に問題っていうのは……、俺の世界ならリコールされそうな車とかのイメージなのかな?」
「兄ちゃんの言ってることもよくわからないけど、要するに周りにとって危険な欠陥品ってことだろ? でも最後の社会の安全を脅かす魔術ってのは?」
「安全保障を揺るがす魔術、って言っても分かりにきぃか。要するにあれだ、テロや敵国の軍事行動の際に、自国に大きな被害を及ぼしかねない魔術のことだ。んでもって、問題なのは最後の一つに【転移魔術】って奴も含まれてやがることなんだよ」
「え、そうなの?」
驚く勝一郎に対して、ロイドは一度顔をしかめたまま頷き返す。その表情の意味は想像するしかなかったが、もしかすると彼にとってこれは自世界の端をさらす行為なのかもしれない。
「例えばの話、人をたくさん殺したい強面のおっさんたちが、転移魔術を使ってほとんど何の前触れもなく繁華街のすぐそばに現れたらどうするって話だ。なにしろ転移魔術にはほとんど距離なんて関係ねぇからな。突然何の前触れもなく国外の敵の大部隊が懐の中に現れたりなんかしたら、いくら優秀な軍隊を持ってる国でも対処しきれねぇんだよ」
「な、なるほど」
「それに密輸なんかの問題もある。禁止薬物や武器の密輸、関税逃れや犯罪者の密出入国。通常の海路や陸路を使わない転移魔術による移動は、野放しにすりゃ自国に招かれざる客を大量に招く羽目になりかねない。だから俺の国じゃ、転移魔術の魔方陣設置は防衛設備の整った【転移発着場】以外じゃ厳禁。もし密造がバレりゃ、即座に捕まって刑務所行きなんだよ」
「うへぇ……」
ロイドの口から語られる生々しい話に、聞いていた勝一郎は思わず表情を歪めて嘆息する。
なんと言うか、魔術などというファンタジックな用語について解説しているはずなのに、極め付けに夢の無い話だった。
だが勝一郎のそんな落胆をよそに、そばで同じ話を聞いていたソラトは別の疑問を抱いていたようだった。
「なあおっさん」
「なんだクソガキ」
「……さっきから聞いてて思ったんだけど、その転移魔術ってどうやって規制するんだ?」
「……?」
ソラトの質問の意味が解らず、頭の上に疑問符を浮かべる勝一郎に対し、ソラトは『だってさ』と言ってその疑問の意味を解説する。
「考えても見ろよ。転移魔術ってのは聞いてる限りじゃ俺の世界の【空間移動】みたいなもんなんだろう? 少なくとも俺の世界じゃ、【空間移動】した人間を目的地に着く前の途中で遮ることなんてできないし、世界のいつどこで使われるかわからない魔術を法律と警察組織だけで規制するなんて土台不可能だ」
「……ああ」
遅れて理解して、勝一郎はソラトの頭の回転の速さに改めて感心する。この少年、下手をするとロイドや勝一郎などよりよっぽど現実に対する順応力が高い。
「それについては問題ねぇよ。【転移魔術】にも技術的な制約ってのは有って……って、ああ、そうか」
説明しようとしていたロイドが何かに気付いたように目を見開き、わずかな間だが二人を置いて一人だけで黙り込む。
その様子に勝一郎とソラトが顔を見合わせていると、二人を置き去りにしていたことにロイドの方も気が付いたようだった。
「ああ、いや、悪ぃ。えっと、【転移魔術】って奴には技術的な制約があってな。転移するためには【送還魔方陣】と【召喚魔方陣】の二種類を合わせて使う必要があるんだよ。えっと、『出発点』と『到達点』にそれぞれ魔方陣が必要、って言えばわかりやすいか?」
「つまり『出発点』の【送還魔方陣】から送られたものが、『到達点』の【召喚魔方陣の上に現れる、ってこと?】
さすがに【空間移動】という前例を知っているせいなのか、勝一郎よりも早く話を理解したソラトがそう確認する。
「ああ、そういうこった。だから、【召喚魔方陣】さえ取り締まることができちまえば、基本他から何かを送り付けられる事態も防げるんだ。もっとも、それでも見つけること自体が大変だから、それはそれで難易度が高いんだが。それでも規制できない訳じゃない。……ただ」
「ただ?」
「今回俺らが引っ掛かった【世界間転移魔方陣】。こいつがもしも、その縛りを取っ払うためのものだったとしたら、この魔術は別の意味でもヤバい」
『厄介なものを見つけてしまった』というそんな顔で、頭をガリガリと掻きながらロイドがそう断言する。
勝一郎がその言葉を咀嚼し、その意味を理解したのはそのすぐ後だった。
「……そうか、考えてみればこの魔方陣って、上に載った人間を一方的に送り飛ばせるわけだから……」
「ああ。一応地面になんかの魔方陣は焼き付いてるが、あれは明らかに事前に用意した【召喚魔方陣】ってわけじゃねぇ。いや、もしかしたらその役割も果たしているのかも知んねぇけど、どのみち“異世界”なんて言う、“事前に【召喚魔方陣】を用意しようのない場所”に人間を送れている以上、この魔方陣が【召喚魔方陣】を必要としない、取締りようの無い魔術であることは確定的だ」
【召喚魔方陣】を必要としない【転移魔術】。それがもたらす利便性は、先ほどロイドによって十分すぎるほどに語られている。
密輸に密出入国、奇襲、暗殺、テロ行為。規制できず防ぎようのない【転移魔術】は、そう言った悪い方面での活用に際して存分に効果を発揮する。
もしもそんな魔術をどこかの国や組織が秘密裏に開発しようとしていて、その一端に勝一郎たちが触れてしまったのだとしたら、関わってしまった問題は思っている以上に大きい。
「いや、でもさ、それだと客観的に見ても少しおかしくないか?」
「あん? なにがだよガキ」
「いや、確かに一方的に送れる【転移魔術】って奴の悪い意味での利便性はわかったよ。そいつが生み出す利益って奴についても、結構なレベルで予想できるつもりだ。でもさ、そんなもんの存在が明るみに出たら、何らかの対策を打たれてしまうのは明白なわけで、普通そんなもんを開発するなら、秘密を守る意味でももっと見つかりにくい場所を対象にして試験を繰り返して完成を目指すもんだと思うんだけど……」
「……確かに、言われてみりゃ妙だな」
ソラトの言葉に納得したのか、ロイドは新たな疑問の答えを求めてまたも考え込み始める。勝一郎としては二人の会話の意味をいまいち掴みかねていたのだが、幸いにしてその部分は考え込むロイドの呟きによって解消された。
「確かに……。普通そんな魔術を使うとなったらもっと秘密裏に、人に見つかりにきぃ土地で完成させてから使うはずだ。未完成の術式をいきなり国の首都で使って、しかも魔方陣そのものなんて言う特大の痕跡を抹消も何もしねぇなんてありえねぇ。……いや、もしこの魔術が異世界人を巻き込んだことで制御不能の増殖を繰り返してやがって、痕跡の抹消が不可能な状態になってるんだとすりゃあ……。でもそれにしたってこの魔術、素人目に見てもお粗末すぎんだろ……。上に乗るだけで発動するって、いったい何百年前の術式だよ……」
考えてもわからなくなってきたのか、ロイドのこぼす言葉がだんだんと分析からボヤキへと変わっていく。
どうやら完全に煮詰まってしまったらしい。頭を抱えて完全に沈黙してしまったロイドは、煮詰まった反動なのかふとソラトへと視線を向けて、思い出したようにこう問いかけた。
「そういや、さっきは聞きそびれたけど、ガキ、おまえの言い草だとあのヒオリって女だけじゃなくて、おまえ自身も能力とやらを持ってんだよな」
「だからガキはやめろって……。ああ、そうだよ。んん……、ホントはこういうの、むやみに言いふらすもんじゃないんだけど、客観的に見ても今は状況が状況だしな……」
そう言ってソラトは、頭を掻きながらしばし悩み、しかしすぐさま割り切って秘密を明かす。
「まあ、今後のことも考えて明かしておくと、俺の能力っていうのは【千里眼】なんだよ。一応きつめの縛りはあるんだけど、自分の好きな場所に視点を設定して、そこからの景色を見ることができるって能力」
「……【千里眼】? もしかして俺の【開扉の獅子】で作った部屋の位置に、あのヒオリって娘がまっすぐ向かってこれたのって――」
「ああ。それは俺が能力で位置を見てたからだよ。正直言ってびっくりしたんだぜ? なんとか助けを求められそうだとにらんだ三人が、いきなり木の幹に扉作って消えちまったんだから」
肩をすくめて語られるそんな事実に、異常事態にも慣れてきたと思っていた二人は唖然とする。
ヒオリが真っ直ぐに部屋のある木の幹へと向かってきた以上、何らかの方法で位置を探られていたのだとは思っていたが、まさか部屋を作った瞬間を見られていたのだとは流石に思わなかった。
「それだけじゃねぇぜ。そもそも俺があんたらを見つけたのは一昨日の夜。夜中に火が見えてそれを見てたら、人間三人が波にのまれるわ、直後に海が大爆発してでっかい蛇みたいなのがやられるわで正直ビビったよ。あんたらが波にのまれたときは、客観的に見てももうだめだと思ったしな」
「あれを、見てたのか……?」
確かに夜中に火を焚いていれば、【千里眼】などという能力を持つ人間には見つけやすかっただろうが、しかし理屈の上では納得できてもさすがに驚きを禁じ得ない。当り前と言えば当たり前の話だが、勝一郎達は今に至るまで見られている可能性など全く考えてこなかったのだ。
「その後は、まあ盗み見るみたいで悪いとは思ったけど、時々あんたらの位置を確認しつつ合流しようとそっちに向かってたって訳。なにしろこっちとしても、いきなりヤバ気な生き物がいる森の中に放り込まれてようやく見つけた人間だったからさ……」
わずかながらも申し訳なさそうな表情を浮かべるソラトをよそに、勝一郎はこれまでのソラトの行動に散見した不可解さにも納得する。
先ほど猿から逃げる際、ソラトがまるで後ろが見えているような行動を幾度かとっていたが、あれは何のことはない、実際に彼は自分の能力で後方が見えていたのだ。
そう考えれると確かに彼の能力は、この森で生き抜くうえでかなり有用な働きをしていたことがうかがえる。
「じゃあ何か? おめぇ今でも外の様子とか、そういうのがいろいろわかるのかよ?」
「いや、それはどうやらできないみたいだ。さっきも言ったけど、俺の能力、【客観視の千里眼】ってちょっときつめの縛りがあってさ、この部屋の性質とも噛み合ってるせいで、今見えんのはそこのガラス扉からの景色くらい――」
と、言いかけたソラトの表情が急に変貌し、慌てたように立ち上がり、扉のある方向へと振り返る。
ただ事ではないその様子に、つられる形で勝一郎たちも扉の方へと視線をやれば、その外には先ほど外へと締め出した猿達がいまだたむろしているのが見えていた。
(あいつら、まだいたのか……!?)
いつのまにか声が収まり静かになっていたことで、諦めて立ち去ったのだろうと勝手に高をくくっていた勝一郎は、まず、まだいたのだというその事実に驚きを覚える。
とは言え、それだけならば勝一郎も危機感までは覚えなかった。いくら外で猿達が待ち構えているとは言っても、猿達が爪や牙によってこの部屋のある木の幹の面を敗れないことはすでに試された結果を見て知っている。
この部屋に入った当初、猿達が扉のある面へと飛び掛かったり、その表面に爪を立てたりするのを扉越しに見ていたが、そもそも猿達の爪程度では幹の面を破るのは不可能に近かった。
そう。猿達の爪では。
だがもしもここで、猿達が自分の“爪以上の何か”を用意して来たならば話は変わる。
「――なっ!?」
群れの中から歩み出た一際大きな猿、その手に握られた先のとがった小さな石。石器というよりは、ただ尖っているだけでその辺から拾ってきただけのように見えるそんな石を、この猿は右手にしっかりと握って頭の上へと振りかぶる。
(――道具、いや、そんな、まさか――!!)
心でいくら拒絶しようとも、扉の外にいる猿の行動は変えられない。
まるで人のように甲高い雄叫びをあげながら、大猿が石を握る右手を扉目がけて振り下ろす。
道具を使うという、人間以外ではめったにお目にかかれない習性を持ってして、猿達の執念が再び人へと牙をむく。
現在当作品はアルファポリスファンタジー大賞に参加しております。




