16:Pop one’s head into the room
事前にその存在を知り、注意を払っていたおかげで、それが聞こえた瞬間、二人の意識はすぐさま緊急事態を認識した。
鼓膜を震わす派手な物音と甲高い声の数々。その声に含まれる攻撃的な色合いを感じ取り、勝一郎は背中のランレイと同時に動き出す。
「――来た!!」
「ショウイチロウ、部屋作って!!」
背中のマントからの声を聴きながら、勝一郎はすぐさま先ほど目をつけていた木の幹へと走り寄る。
手にした能力による影響で、最近の勝一郎は自身の【開扉の獅子】が行使できそうな『面』を常に探し、意識に留める癖が付いて来ていた。
歩きながら見つけていた面のうちで、一番大きく頑丈そうな『面』へと迷うことなく走りより、集めていた【気】を叩き込んですぐさま避難用の扉を作る。
「こっちだッ!!」
「いったい何が来てんだよ……!!」
ただ一人、【気功術】が使えないがゆえにその声を聞き取れずにいるロイドを部屋の中へと迎え入れ、すぐさまランレイ共々勝一郎自身も飛び込んで扉を閉める。
作った扉は、以前作ったことがあるものと同じガラス張りの扉。外の様子がうかがえずに困った経験から作った透明の扉越しに外をうかがいながら、同時に勝一郎は【気功術】をかけた耳へと意識を集中させる。
「どんどん声が近づいて来てる。っていうか、こいつら声を隠す気すらねぇな。滅茶苦茶騒ぎながらこっちへ向かってるぞ」
どんどん大きくなる声にそう判断しながら、一方で勝一郎はその事実に一つの疑問も感じていた。
現在の勝一郎達はすでに三人とも部屋の中へと退避している。勝一郎の作る扉は一度閉めてしまえば勝一郎以外には知覚できないものであるから、恐らくこの相手には今勝一郎たちが跡形もなく消えたように見えているはずだ。匂いなどが残っている可能性はあるだろうが、しかし言ってしまえば残してきたのは“それだけ”である。
だというのに、どうしてこの相手はまっしぐらにこちらに向かってくるのだろうか。
「――来たわ!!」
背中のマントからいつの間にか室内へと出て、勝一郎の斜め下で同じように外を覗いていたランレイが、何かを見つけたのかそう二人へと注意を促す。
言われてみれば、確かに遠方の樹木の上で、何やら人に近い大きさの影が猛烈な勢いでこちらに向かってきているのが見えていた。
見えてきたのはやけにアンバランスな影だった。どうやら片腕で至近の枝をつかみ、それで己の体を引き寄せるようにしながら樹から樹へと飛び移っているようなのだが、その腕の形と大きさがやけに歪だ。体の大きさがやけに小さく見える癖に腕がやたら大きく、しかも腕のシルエットがやけに角ばっている。しかもなぜか飛び回るのには片腕しか使っておらず、もう片方の腕は体の前に何かを抱えるようにして動かしていない。
(……いや待て、あれ本当に腕か……?)
枝をつかむその様子から腕だと判断したそれに違和感を覚え、勝一郎は思わずその一点だけを凝視する。よく見れば、形は腕というより翼に近い。いや、それは翼というよりもむしろもっと別の――、
「――おい、あれ獣じゃねぇぞ!!」
と、そんな勝一郎の思考を先取りするように、今度は自分の頭の上で外を覗いていたロイドが声を上げる。見れば、彼は自分の文字通り『目の前』に、何やら魔術の術式を展開してそれ越しに外の様子を凝視していた。状況と使い方から見て、どうやら遠方を見るための望遠鏡のような魔術らしい。
それはそれで勝一郎にとっては興味を惹かれる対象ではあったが、しかしそんな思考が吹き飛ぶような言葉が直後にロイドの口から発せられた。
「あいつ、獣じゃねぇ――!! あれは人間だ!!」
「――なっ、人間!?」
言われて、慌ててその影へと視線を向ける。距離が近づいてきたせいか、だんだんとはっきり見えるようになってきたその相手は、そうと言われてみれば確かに人間のようだった。
――いや、確かに人間だった。それも驚くべきことにランレイとそう変わらない年齢の少女のようだ。どこかの学校の制服らしき“セーラー服”に身を包み、その上から首元に巻き付けるようにして巨大な布を羽織った少女が、羽織ったその布を腕のように動かして枝から枝に飛び移ってこちらに向かってきている。
「なんだありゃ――!?」
こんな場所で人間が、羽織った布を明らかに操ってこちらに向かって来ているという異常事態に遭遇し、ここ三か月で驚きなれていたと思っていた勝一郎の思考も流石に混乱して硬直する。
年齢的にはランレイと同じか、少し下くらいだろうか。セーラー服を着ている点から中高生のように見える少女だったが、そもそも中学も高校もあるはずがないこの世界で、そんな人間がいるという時点ですでに異常だった。もしもそんな人間がいるとしたら、考えられる可能性は一つしかない。
(――まさか、異世界人!?)
ありえない話ではなかった。今まで碌に遭遇してこなかったというだけで、勝一郎もロイドも基本的に同じ魔方陣に出会ってこの世界にやってきていたのだ。だとすれば、同じ現象に出会った異世界人がほかにいても別におかしくはない。
そんな風に、勝一郎はその時、自身が驚き、考えるべき事柄を盛大に“間違っていた”。
「って言うかあいつ、何でこっちに向かって来てんだよ……!!」
その疑問にいち早く気付くことができたのは、当の勝一郎ではなくそばにいたロイドの方だった。勝一郎がロイドの言葉の意味を掴み切れずにいると、ロイドはもどかしそうな表情で右手で目の前の扉をたたく。
「だってそうだろうが!! この部屋の扉は外からじゃ見えねぇはずなんだ!! なのにあいつは、探すそぶりすら見せずにまっすぐこっちに向かって来てんだぞ――!!」
「――!?」
ようやくその事実に気付き、新たに生まれた巨大な疑問に勝一郎は驚き、眼を見開く。
確かに、勝一郎の【開扉の獅子】で作った扉は、一度閉じてしまえば外からは誰にもその位置を知覚することはできない。これは、村で何度も試して確認したことで、唯一扉の位置を感じることができるのは扉を作った張本人である勝一郎だけだったのである。
(いや、本当にそうなのか……?)
確かに村の人たちは誰もだめだったし、ロイドのような魔術を使う異世界人でも駄目だった。だが考えてみれば、扉を知覚できる勝一郎と同じような条件の人間、例えば、同じ地球からやってきた人間などには、当然ながら扉を知覚できるかどうかは試したことがない。
果たしてこの扉の隠密性は、同じように世界を超えて、同じように力に目覚めた人間にも同じように働くのだろうか?
「……まさか、あの娘も俺と同じように……?」
抱いた疑問に、思わず勝一郎は自分の右手の甲に輝く、輪を噛む獅子の烙印へと視線を向ける。
答えなどでるはずもない、誰にぶつけた訳でもない疑問。だがそんな疑問に対して、すぐそばから張りつめた声が求めたのとは別の答えを返してきた。
「あの娘が何なのかは、今は何とも言えないわ」
「……ランレイ?」
「でも今わかるのは、あの娘が今、命の危機に瀕してるってことよ――!!」
言って、間髪入れずにランレイは己のマントを広げ、その表面の部屋に格納していた弓と矢を取り出し、殺気立つ。
言われて視線を向ければ、こちらに向かう少女の背後、少女からそれほど離れていない位置に、まるで少女を追うように何体もの小さな影が飛び回っているのが見て取れた。
その姿はまるで――、
「――なんだあいつは、サルか――!?」
「――っ、ロイドッ、【偽・水賊監】を用意しろ!!」
自分もマントの内側から槍を抜き放ち、急ぎロイドに指示を出しながら開いた左手で扉に手をかける。
「っておい、どうするつもりだショウイチロウッ!?」
「決まってるだろ。助けに行くんだよ――!!」
言うだけ言って扉をあけ放ち、勝一郎は【気功術】で己の肉体を強化してこちらへと向かってくる少女の元へと走り出す。
飛び出した瞬間、どうやら少女の方もこちらに気付いたらしい。動き回る布で枝をつかむと、その布をブランコの代わりにして空中に身を投げ出し、地面へと降り立つべく勢いよく斜めに滑空を始めた。
だが――、
「気を付けろッ、後ろだ――!!」
とびかかるその姿を目にしてとっさに声を上げたが、勝一郎が警告を発したその時にはもう遅かった。
勝一郎の声に少女が驚き、慌てて背後へと振り返るが、その瞬間には枝から飛び出したその生き物が少女の背中へと飛び乗っている。
先ほど抱いた印象と変わらない、小さな猿のような体躯の生き物。体格といいびっしりと生えた体毛といい、どこか以前テレビで見たチンパンジーを連想する生き物だが、その顔つきだけが勝一郎の知るチンパンジーの特徴を明らかに逸脱していた。
顔に残る鱗のような模様と、チンパンジーのそれよりも長い、犬とトカゲを混ぜたような顔立ち。そんな生き物が口を開いて鋭い牙をこちらに見せつけ、背中への着地の際、その両腕で掴んでいた少女の左二の腕へと勢いよく喰らい付く。
「あっ――!!」
短い、だがこちらにまで届く痛苦の悲鳴。
同時に、噛み付かれた影響なのか少女を支える布が力を失い、危険を感じた背中のサルが勢いよく少女の矮躯を蹴り飛ばして付近の枝へと飛び移った。
必然、乱暴な追撃を受けた少女は空中で完全にバランスを失い、なす術もなくその傷ついた体を地面へと叩き付けられる。
「――ッ」
地面に激突してバウンドし、二・三度転がって大地へと倒れ伏す少女の姿に、勝一郎は目の前が真っ赤になったような錯覚を覚える。
体を支える布が邪魔になって、首に噛み付かれなかったのが唯一の救いではあったが、そんなものは何の慰めにもならなかった。
噛み付かれた腕は少し離れたここからでも色の変化がわかるほどに、すでに服の袖が赤く染まり、その範囲を広げている。高さこそそれほどなかったとはいえあの勢いでもろに地面に叩き付けられたのだ。受け身のようなものこそとっていたものの、なぜか抱えていた布の塊を守るようにして墜落した少女自身が受けたダメージは、間違いなくまともに動けなくなるほどのものだったのは間違いない。
「ヤロッ――!!」
そんな少女の様子をあざ笑うかのように、少女の向うから迫る数匹の猿が『ギャァギャァ』とやかましい歓声を上げる。どうやらこの連中は、よほど目の前の人間を追い回すのが楽しかったらしい。
と、そんな猿達のありさまに気を取られていた勝一郎は、ほんの一瞬だけ、その存在に気付くのが遅れてしまった。
墜落して倒れ伏す少女のそばで、もがくように身を動かして少女に近寄るもう一人の存在に。
「――!?」
最初に視界の端にそれを捉えた時、勝一郎はそれもあのサルたちの仲間なのかと思った。実際大きさだけならば、多少は大きいとはいえあのサルたちとあまり大差なく見えていたからだ。
だがよく見てみると、すぐにそれの正体がもっと別のものであったことが見て取れる。
「姉ちゃん――!!」
少女が布にくるんで運び続け、先ほど身を挺してまで守っていた布の塊。その中から年のころ十二・三歳ほどの少年が這い出すと、急ぎそばで倒れる少女の元へと駆け寄り、倒れた少女の体に肩を貸して引き上げる。
明らかに歳も背丈も上の少女の重みによろめきながら、それでも少年は脱力した少女の体を引きずって、勝一郎たちがいる方へと歩を進めていく。
この状況にありながら、どこまでも冷静で最善と思える状況判断。勝一郎でさえ舌を巻いたその判断も、しかし背後の地表と樹上の二か所から再度とびかかる猿達の行動には対応しきれない。
もしも対応できる人間がいるとすれば、この場では恐らくただ一人。
「迎え撃て、【開扉鎚】――!!」
「ギゲッ――」
駆け付けると同時に地面を踏み鳴らし、開いた金属扉で地上からとびかかる猿を正面から撃ち落とす。
同時に樹上から来た猿へと槍を振りかぶり、その顔面へと槍の柄をフルスイングで叩き込んだ。
「ギギャッ――!!」
槍で叩き落とされた猿が悲鳴を上げて地面をバウンドし、突然の乱入者に驚いた後続の猿たちが一瞬飛び掛かるのを躊躇する。
見れば、今叩き落とした二匹の他にも、樹上と地上を含めて十匹近くのサルがこの場に集まっていた。
どの個体も勝一郎の知る猿より爬虫類的かつ肉食的で、その爪と歯の鋭さだけでも普段の食生活と凶暴さがうかがえる。
こんな生き物を一度に、これだけの数を相手にするなど冗談ではない。ハクレンをはじめとする村の達人たちならいざ知らず、背後の二人を守りながら戦うような腕など今の勝一郎は持ち合わせていないのだ。
ならばどうするべきか。そんな問いへの答えなど、勝一郎の中でも最初から決まっている。
「【防扉】――!!」
再び地面へと【気】を流し込み、特大の扉で壁を作ってその影へと身を隠す。
普段ならば攻撃から身を守る盾として使う防御技。だが今回この技へ期待するのは盾ではなく、相手から一時的に身を隠し、行動の牽制を行うことによる時間稼ぎの役割だ。
「逃げるぞそこの二人!!」
扉が立ちはだかると同時に背後へと走り、意識を失った少女の体を己の肩へと担ぎ上げる。
直前まで肩を貸していた少年の方ももっと抵抗するかと思っていたが、意外にも、まるで勝一郎のその行動を予想していたかのように少女の体をこちらへと渡してきた。それどころか時間のロスなく担ぎ上げられるように、少女と自分の態勢さえ整えていたようなありさまだ。ちょっと普通ではないと思ってしまうほど、その状況判断は的確で無駄がない。
「俺は自分で走れる!!」
少女を担ぎ上げると同時に、まるでこちらの懸念を見透かしたかのように少年はそう宣言し、その言葉通り勝一郎に先んじて自分の足で走り出す。
その速度は【気功術】を知る勝一郎にとっては驚くほどのものではなかったが、しかしこの年の少年として考えるならば十分に優秀と言える速度だった。
「ギギ、ギェーーッ!!」
「ギェーーッ、ギェーーッ!!」
「ギェーーッ、ギャッギャッ!!」
扉の影から勝一郎たちが逃走する姿が見えたのか、背後の猿達がやかましい声を上げて勝一郎達への追撃を再開する。
「う、お……!! こいつら足速すぎだろ!!」
迫って来るやかましい声と無数の足音に、勝一郎は思わず口からそんな苦言を漏らす。
【開扉鎚】で迎撃できればそれが一番いいのだろうが、流石に背後の音と声だけでは狙いもタイミングもあったものではない。そんなものに回す【気】があるのなら、その分を今は【気功術】の維持へと回すべきだ。
「兄ちゃん、右だ!!」
と、【気】を練る勝一郎へと前を走る少年がいきなり声を上げ、それどころか少年は一切ふり返ることなく勝一郎の握る槍をまるでリレーのバトンのように掴み取り、槍ごとそれを掴む勝一郎を引っ張って進路を無理やり右へと急変させた。
直後、勝一郎たちが直前まで走ろうとしていたそのルートに、二匹の猿が立て続けに墜落する。
どうやら勝一郎達に飛び掛かろうとして、直前で躱されて地面へと落ちたらしい。
(ちょっと待て、今の動きはなんだ――!?)
目の前の少年の、まるで背後が見えているかのような不可解な動きに驚きながら、しかし勝一郎はすぐさま今はそれどころではないとその思考を棚上げにする。
どのみち今はそれどころではない。少年の不可解な動きも、先ほど少女が行っていた布の動きも、すべては安全な部屋の中へと逃げ込んだ後で聞くべき話だ。
「急ぎなさい、ショウイチロウ……!!」
走る勝一郎たちのいく先で、弓を携えたランレイがそう指示を飛ばしながら立て続けに矢を放つ。
放たれた矢は立て続けに勝一郎たちの上空を飛び越えると、その先にいる猿達の足元に立て続けに突き立った。
当然、背後からは攻撃に対する猿達のやかましい悲鳴が聞こえてくる。
「おいランレイ、遠慮なんていらねぇんだ、当てろよ!!」
「うるさいロイド。当たんないのよすばしっこくて。いいからあんたは中で魔術の準備だけしてなさい!!」
部屋の中から聞こえるロイドの声にそう言い返し、ランレイはすぐさまマントの内側の部屋から矢を引き抜き、勝一郎たちの背後に迫る猿達目がけて矢を射掛ける。
もはや当たらないのは百も承知。ならばせめて回避させて飛び掛かる行動そのものを牽制することに全力を注ぐつもりのようだった。
「ショウイチロウ、早く――!!」
追加でさらに矢を射掛け、勝一郎達が十分近づいたと見たのか、ランレイが扉に手をかけながらそう呼びかける。
対する勝一郎は、ランレイが部屋の中へと戻って扉の裏に回ったのを確認すると、先を走る少年を今度はこちらが槍伝いに引き寄せて、その胴へと手をまわしてその体を抱え込んだ。
(【瞬気功】、発動――!!)
両足に同時に気を叩き込み、前のめりに倒れ込むような勢いで前へと踏み出し、一気に大地を蹴って跳躍する。
爆発的な力で前へと飛び出した三人の体は、駆け込むというよりも飛び込むような勢いで戸枠の間を通過し、そのまま部屋の中へと文字通りの意味で転がり込んだ。
同時に扉の裏に回ていたランレイが、扉を閉めようと一気に体重をガラス戸へとかける。
だが、
「ギェェェーーッ!!」
扉が閉まる直前、部屋へと走り込もうとした猿の一匹が扉と戸枠の間に割り込み、その身をもってして扉が閉まるのを強引に阻んだ。
いや、猿にしてみれば飛び込もうとしたら災難にも扉に挟まれたというだけなのだろうが、それでもこの猿を襲った不運は挟んだ側の人間たちにとっても最悪だった。
「こいつ、扉が閉められない――!!」
強引に扉を閉めようとするランレイが、扉に挟まってやかましい悲鳴を上げる猿を前にそう叫ぶ。
実際、この状況はことさらまずい状況だ。扉を閉めるためには一度猿を扉の間から排除しなければいけないのに、下手に扉を緩めると猿が室内に入ってきかねない。
さらにまずいことに、扉の外では第二第三の猿達が、まるで体当たりするような勢いで閉じ底値の扉へと向かってきている。猿達の体格は人間の子供ほど。これまであってきた巨大生物たちに比べれば小さい方ではあるが、それでも数匹がかりで体当たりなどされたらランレイの力では耐えられない。
「まずい、扉が破られる――!!」
「だったらそこどけェッ、ランレイ――!!」
そんな状況の中、ロイドが指示と共に腕を振り下ろし、そこから水のラインでつながった水球を重力に任せて戸口目がけて振り下ろす。
ランレイが飛びのき、押さえる者のいなくなった扉が猿の体当たりによってこじ開けられ多次の瞬間、水球が道を塞ぐように戸口へと落下して戸口にいた二匹の猿をまとめてその中へと飲み込んだ。
【偽・水賊監】。ロイドが作成した、対象を水の中へと閉じ込める捕縛用術式の劣化コピー。
そんな魔術を障害物の代わりとして扉の前に配置し、扉の代わりに戸口を塞いで、そのまま中の猿ごと水の塊を外へと進ませる。
「このまま部屋の外まで追い出してやらぁっ!!」
だがロイドが水球ごと猿を扉の外へと追い出そうとしたその瞬間、突進してきていた三匹目の猿が水の檻を突き破り、転がるようにして白い部屋の中へと着地した。
かつて勝一郎も行ったことがある、水球の強行突破による攻略法。恐らく勢い余っての偶然でそれを実行した三匹目の猿が、牙をむき出しにして近くにいたランレイに襲い掛かる。
否、襲い掛かろうとした。
だが飛び掛かる直前、まるで力が抜けるように足が崩れて、体を痙攣させるようにして、猿が床へと倒れ伏す。
「へッ――、今回は時間があったんだ。農薬術式はきっちり組み込んでんだよ……!!」
「でかしたロイド――!!」
いつの間にか加わっていた魔術の新機能をもろ手を挙げて歓迎しつつ、勝一郎は傷ついた少女を少年に預けてすぐさま痙攣して蹲る猿の元へと走り寄る。
魔術による毒は効果が短い。わずかな時間で体の自由を取り戻し、立ち上がろうとする猿の前で己の体に急制動をかけ、同時に勝一郎は右腕に携えた槍を思い切り背後へと振りかぶる。
「【骨貫き】――!!」
必殺の刺突。勝一郎が村で習得したその技で目の前の猿の胸部をぶち抜いて串刺しにし、それと同時にランレイが今度こそ扉を閉めて外の猿と中の人間とを完全に切り離す。
直後にすぐ外へと駆けつけた猿達がやかましい怒号を上げるが、そうなった時にはすでに扉は消滅し、中の部屋は完全に隔絶された空間へと変貌を遂げていた。
串刺しにした猿から槍を引き抜き、扉の向うで吠えるだけの猿達の様子に、ようやく勝一郎も一つ息をついた。
「悪いがこの木の幹は相当に硬いんだ。お前らの爪や牙じゃ、面を壊せるほどの深い傷はつけられねぇよ」
白い床へと赤いしずくを零しながら、槍を引き抜かれた猿の体が床の上へと落下する。
それを見ながら勝一郎は血の滴る槍を一振りし、己のマントの中へとその槍を静かにしまいこんだ。
おまけの用語解説
【防扉】
開いた扉を盾代わりにして、相手の攻撃を受け止める運用法。勝一郎の作る扉はそれ自体が破壊不可能であるため、事実上どんな攻撃も受け止めることが可能となる。
ただし、それは単に絶対壊れない盾として使えるというだけであり、攻撃の勢いを殺せるというわけではないため、扉の構造によっては受け止めた攻撃によって扉が勝一郎めがけて倒れ掛かってくることになる。
また、扉はあくまで作った面によって支えられているため、たとえば地面に作った場合、扉自体は壊れずとも作った地面ごと扉をもぎ取られてしまう危険も残っている。




