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11:Meeting Room

 幸いなことに、日が暮れる前に勝一郎たちが流されてきたと思しき川の河口は見つかった。

 砂浜で適当に浮きそうな木片などを拾い集め、それを海に投げ込んで潮の流れを観察したのち、勝一郎達がどこから流されてきたのかの方向を見定めて海沿いに歩いたら、二時間と経たないうちにそれらしき河口が見えてきたのだ。思い付きで行ったような簡単な探索方だったが、思いのほかうまく結果につながったと言える。

 川と言っても、その川幅は日本にいたころにはちょっとお目にかかったことがないくらいには広い。こんなところでも大自然の雄大さを見せつけられたようなそんな気分で、その日勝一郎たちは野営の準備を始めることとなった。

 少し早い時間と言えばそうだが、何しろ動き出す前に今後の方針くらいは決めておく必要がある。ロイドと共に勝一郎が川を捜索していた間ランレイには別のことを調べてもらってもいたため、そちらの報告も聞いておきたかったというのも理由だ。


 自分たちだけで野営の準備をするのはなれないこともあって若干時間がかかったが、その点は早く始めたことによって帳尻もあい、どうにか暗くなる前に準備は整った。

 三人で火を囲み、先日ハクレンによって仕留められ、勝一郎達が裁くことになった肉の残りを火であぶって、あとは手持ちの干した野菜や、この世界の主食らしきクッキーのようなものを加えて夕食とする。


「それにしても不思議ねぇ……。こんなに豊富な水場なのに、他の生き物が一匹も寄り付かないなんて……」


「まあ、真水と違って海の水じゃ飲み水にはできないからな。でも、そうだな……、言われてみれば魚は結構いたし、それを狙う獣くらいいてもよさそうなもんだが……」


 海というものをつい先ほど知ったばかりのランレイにそう答えながら、言われてみればと勝一郎は付近の静けさに疑念を抱く。

 確かに、どういう訳かこの浜には大きな動物の影が見当たらない。一応海の中には魚がいたし、浜にもカニや貝のような生き物の痕跡は見受けられたが、こんな世界ならば当然いそうなそれ以上の大きさの動物は足跡すら存在していなかった。

 一応警戒してすぐに部屋を作って逃げ込める大きな岩の近くで野営をし、少し離れた場所にある森を視界に収められる位置に座って周囲を警戒しているが、やはりそれなりの大きさの動物の気配は感じられない。【気功術】で強化した耳に届くのは、背にした岩の向うで先ほどからずっと続いている波の音だけである。


「どうでもいいじゃねぇか。いないならいないで好都合だ。あんな化け物ども、いないに越したことはねぇ」


 苦い顔でそう呟くロイドの言葉に、勝一郎はそれもそうかとそこで考えを切り上げた。今は明日からのことを考えねばならない時だし、正直に言って他のことに気を回せるだけの余裕もない。


「それで、ランレイ。結局手持ちの食糧はどのくらい持ちそうだ? 途中でハクレンさんたちが盛大に狩りをしてくれてたから、保存のものはそれなりに残ってるはずだが……」


「って言っても、やっぱり手持ちだけだと三人で三日が限度ね。元々食料は途中で調達するのが基本だし、本来なら人間が担いでいた荷物だからそんなに量はないのよ」


「……ってことは、事実上食量は自分たちで獲るしかないってことか……」


 ある意味では当然の、今まで甘えていた部分がそうできなくなったのだという事実を認識しながら、勝一郎はそれでも先行きの不安に声を暗くする。

 なにしろ、勝一郎たち三人は今までまともに狩りをしたことというのがほとんどないのだ。

 厳密に言えば、勝一郎やランレイは何度か危険な生き物を仕留めたことはあるが、それは狩りというよりもどちらかといえば自衛目的の部分がかなり強く、『狙いやすそうな獲物を探して仕留める』という、安全性を考慮して狙いやすい相手を探す技術という部分が根本的に欠落している。

 いくらなんでも、格上や同格の相手ばかりしていては命がいくつあっても足りはしない。

 それにもう一つ、今挙げた問題にもつながる根本的な問題があった。


「そもそも俺たちって、この世界の動植物に関する知識がほとんどないんだが……。特に植物に関しては全くと言っていいほど知らないぞ」


 さすがにまったくないとまではいわないものの、勝一郎達が持つ知識というのは基本的にハクレンから教わった、道中でかち合う可能性のある危険な生物についての知識だけだ。狩りやすい小動物についての知識は少ないし、植物に至ってはどんな植物が食べられるのかさえ分からない。毒のある植物を口にして、それで命を落としたのでは目も当てられないだろう。


「まあ、この際野菜はいいわ。人間最悪肉さえ食べていれば死ぬことはないもの」


「えらく肉食系な発言だなおい……」


 曲がりなりにも料理などを行う女性の筈なのに、あっさりと野菜を見限るランレイの姿に、勝一郎は軽くめまいのような感覚を覚える。

 質が悪いのは、この発言が栄養学を知らないが故のものなのか、それとも本当に彼女たちこの世界の住人が、あまり野菜を必要としない体質なのかがわからないということだ。

 異世界人肉食疑惑。

 もしもこの世界の人間が野菜をとらなくても生きていける肉食動物なのだとしたら、植物性食品が必要なのは勝一郎とロイドだけということになってしまう。

 いやまあ、その場合はランレイが栄養の偏りで命を落とす懸念が消えるだけで、特に不都合がある訳ではないのだが。


「って言うかロイド、あんたさっきから黙りっぱなしだけどちゃんと話聞いてる?」


「……ああ、聞いてるよ。食料の話だろう? ……そうだな、毒のある植物に関してなら、一応昔ジジイから簡易試薬術式ってのを習ったことがあるけど」


「は? なにそれ? ……もしかしてお前毒の有無とかわかるの?」


 思わぬところから飛び出した意外な発言に、勝一郎とランレイが同時に目を丸くする。対して、突然そんな目で見られたロイドは、どこか居心地悪そうに視線をそらし、慌てて弁解でもするような口調で説明を重ねてきた。


「いや、できるっつってもあくまで『簡易』だぞ。元々ガキの頃に学校の自由課題で使うために医者のジジイから習っただけの魔術だし、ジジイにもこれで大丈夫だったからって安心すんなってさんざん言われたような精度だ」


「いや、それでも検査できるってだけですげぇよ」


 感心する勝一郎に対し、しかしロイド本人は『お前ら毒を舐めすぎだろ』と呟き、ため息までつく。

 だがそうしたことで何かを諦めたのか、ためらいがちにこちらに視線を戻すと、どこか咎めるような声で重い口を開いた。


「……それとお前ら、さっきから食うもんのことばかり気にしてるけど、問題はそれだけじゃねぇよ。たとえば飲み水とかはどうするつもりだ?」


「あ、そうか……。そういえばそっちの問題もあったわね。確かに今の手持ちの水だけじゃ到底合流するまでは持たないわ……」


「え? 水って、俺たち川をさかのぼるんだから、水くらいいくらでも手に入るだろ?」


「お前……、生水をそのまんま飲む気か?」


 呆れたような顔でそう言うロイドの言葉に、勝一郎もようやく二人が懸念していることを理解する。

 日本で生活しているとあまり意識することも少ないが、自然界に存在する水というのは決して安全なものではない。どんな成分が含まれているかわかったものではないし、雑菌が繁殖していればそれだけで命に関わる。何しろ勝一郎でも名前を知るほどには有名な赤痢やコレラなどの病気は、飲み水からの感染によって流行する病なのである。ましてやこの世界のこの地域は相当温暖で菌も繁殖しやすい気候だ。こんな下流域で生水など口にしようものなら命がいくつあっても足りはしない。

 かと言って、まさか水を飲まずに過ごすことなどできるわけもない。安全な水の確保というのは実は今最も考えねばならない死活問題なのだ。


「そういうのって、村ではどうしてたんだ? 考えてみれば飲み水はいつも革袋でもらってたけど……」


「土鍋で沸騰させて、殺菌消毒してたんだよ。まあ、湯冷ましなんかとおんなじ手法だな」


 ランレイが答えるだろうと思っていた質問に、しかし一足早くロイドがそう回答する。どうやら彼は、日々の訓練の間にもしっかりとそのあたりを見ていたらしい。


「でも困ったわね。今は鍋の代わりになるものがないから、その方法が使えないわ」


「え? それって……」


 なぜかと問おうとして、その寸前に勝一郎もその原因に思い至る。

 勝一郎達がこうして遭難する羽目になった原因は、元はといえば【谷翼竜】なる飛竜の群れに襲撃を受けたことだが、しかしその直前にしようとしていたことというのがまさしく食事の準備なのだ。すなわちあの瞬間、この場で必要な鍋は部屋の外にあったのである。


「もしかして、あの時に……?」


「ええ。あの場で誰かが回収しているだろうとは思うけど、流石に私たちの部屋の中に持ち込む余裕はなかったわ。私が持っていた鍋は、あの場所に置いてきてしまっている」


 ランレイの言葉を聞いて、勝一郎は自分が陥っている状況にしばし愕然とする。

 鍋がない。たかだかそれだけのことで、今勝一郎たちは命の危険を感じているのである。元の世界にいたころならば、まず考えられなかっただろう状況だ。


「けどまあ、そういうことなら鍋についてはなんとかならんでもねぇよ」


 そんな苦境の中で、しかしロイドは自分の手を見ながら、いつもの投げやりな口調でそう口にする。

 二人が視線を向けると、彼の手に一つの魔方陣が展開され、その上に半球状の水が現れ、勢いよく泡を立てはじめた。その様子はまるで、沸騰した鍋から熱湯だけを取り出して宙に浮かせているかのようだった。


「【掌中鍋(ハンドボイラー)】。俺の世界では料理とか、医療器具の煮沸消毒なんかに使われてる魔術だな。こいつに水をぶち込めば、とりあえず熱処理くらいはできる。

……ああ、なんだったら一度蒸発させて、蒸気を集めて水に戻すって手もあるな。それなら海水からでも飲み水が作れっかも。蒸気集めるのは【隔煙気流(スモークリジェクター)】でも応用すればいいし……、っと」


 両手に何やら魔術の術式らしきものを浮かべ、途中から一人で考察を始めてしまっていたロイドが、ふと残る二人の視線に気付いて気まずそうな顔をする。


「お前、結構すごいな」


「別に……、こんなもん俺の世界じゃ珍しい魔術でもねぇよ。飲み水の問題だって、他にもいろいろ方法はあるし……」


 感心する勝一郎に対し、ロイドは照れ隠しなどではなく、本当に嫌そうな表情でそう反論する。

 勝一郎にしてみればその反応は納得できないものが有ったが、しかしそれを問う前に、ロイド自身が次の問題へと話題を切り替えてしまった。


「んなことより残る問題はなんだ? つうかさっきから村の連中に追いつくみたいな形で話が進んでっけど、おまえらどっちの方向に行けばいいのかちゃんと分んのかよ」


「それは、一応目印にする地形なんかは事前に聞いているけど」


「方角を確かめる道具とかは、無いってか。お前ら、その調子で森にでも入ったら、何かあった時に一発で迷うぞ」


 頭に手を当て、頭痛を堪えるようなしぐさをするロイドの姿に、流石の勝一郎も自分たちの無鉄砲さを自覚し始める。

 勝一郎自身流石にまずいと思い始めていると、その前に座るロイドが、大きな円の真ん中に小さな円を三つ並べ、両端の二つを下側に一本曲線を引いて結ぶという、なんとなくどこかで見たような術式を展開すると、直後にその上に魔術で作った小さな三角錐を浮かべ出した。

 ゆらゆらと手を動かしても同じ方向を向き続ける三角錐を見て、もしやと勝一郎もその正体に気付く。


「もしかして、それって……」


「ああ、【方位磁針(コンパス)】って魔術だよ。効果は文字通り常に北を指し続けるって魔術だ。その反応だと、勝一郎の世界にも同じようなもんがあるんだな」


「北を指し続ける。ってことは、常に方角の指針がわかるってこと? 星を見たりしなくても?」


「とりあえずこの世界にコンパスがないのはおめぇの反応でよくわかったよ」


 ランレイの発言に、勝一郎も内心で『そういえば羅針盤の発明は大航海時代だったな』などと文明の格差を思い知る。十一世紀当時、この羅針盤の発明によって世界は大航海時代に突入したと聞くが、なるほど確かに必要に迫られてみるとこれは便利な道具だった。


「っつうかこの世界の人間って、星を見て方角の判断とかしてんのかよ。いや、遠征の道筋聞いた時に目立つランドマークについてしか語られなかったからその程度とは思ってたけどよ……」


 言いながら、ロイドは呆れたような表情で上を、もっと言えば天空の星々を嘆息しながら見上げ始める。その正面で勝一郎が残る食事を異に収めていると、目の前に座るロイドの表情がどんどんこわばっていくのに気が付いた。


「……おい、ショウイチロウ」


「ど、どうしたんだよ」


「お前この世界に来て星とか見たことあるか?」


「え? ……ああ、そういやないな。何せこの世界に来てから訓練ばっかりで夜はクタクタだったし……」


「じゃあお前っ、自分の世界の星座には詳しいか? いや、まどろっこしい上見ろ上っ!! 話はまずそれからだ!!」


「いや、なんだってんだよ急に……」


 言われて、勝一郎が上へと視線を向けると、そこにあるのは見たこともないほどきれいな星空だった。確かにこれは一見の価値がある。空気の汚れもない、地上の光に疎外もされない、この星が元来持っていたはずの最上級の星空。確かにこれを今まで見ずに過ごしてきたというのは人生を損していたかもしれない。ロイドがやけに急かした理由が何となくわかった気がして、


 直後にその星空に、妙な違和感があることに気が付いた。


「……ん?」


 とは言え、違和感があるのは考えてみれば当たり前なのだ。何しろここは地久とは全く違う異世界だ。当然、見える天体だとて全くの別物で、自分の世界の天体しか知らない勝一郎が違和感を感じるのは当然と言えば当然なのである。

 そう。本来であればそのはずなのだ。

 勝一郎が感じた違和感の理由が、星空に見覚えがなかったからではなく、逆に“妙に見慣れた星空だったから”という、そんな理由でなければ。


「……え、……あれ?」


 気付いた事実に混乱しながら、それでも勝一郎は自分の記憶の箱をひっくり返し、自分の世界の星座についての知識を引っ張り出す。

 自慢するほどではないが、勝一郎は多少なりとも星座の知識がある。特に星が好きだったというわけではないのだが、中学時代の理科の教師が天体マニアで、クラス全員がそれなりに頑張って星座の配置などを覚えさせられたのである。

 そんな多少劣化した知識を、今勝一郎は無理やりに目の前の光景と照らし合わせる。

 はっきり言って残っている知識など曖昧なものだ。加えて星が見えすぎて、地球の見えにくい星しか見えない勝一郎には照合するのもそう楽ではない。

 だが、それでも有名な星や、目立つ星はさすがにすぐそうと気付。

 気付けて、しまった。


「なんだよこれ……、こんなのって、こんな偶然ってありうるのか……!?」


「……ある訳ねぇだろうが。こんなもん、天文学的確率なんてかすむほど有り得ねぇ確率だろうが……!!」


「いや、待て。待ってくれ。……まさかロイド、“おまえの世界の星座とも”、“この光景は一致してるのか?”」


 ありえない、という、そんな勝一郎の言葉を裏切るように、こちらを向いたロイドが頷き一つで肯定の意を返す。

 ありえない、どころの話ではなかった。なにしろ星座というのは一枚の紙に点を打って、それを見ているのとはわけが違うのだ。星座を構成する星々というのは地球からの距離もそれぞれで違う。紙に書いた星座ならば、たとえば見ていた場所から離れたり、斜めの位置から見ても多少なりとも似たような絵が見られるが、本物の星座ではそうはいかない。

 同じ星々を見ていても、星座がその配置で見られるのはその星だけで、遠く離れた別の星から見たらたとえ同じ星々を見られたとしても、その配置は全く違うものになってしまう。


 ましてや、ここは世界からして違う異世界である。

 異世界の、はずである。


「……どういう、ことだよ……!! まさか、三世界全部、同じ星? この世界も、俺のいた地球も、ロイドの世界も……」


「それこそ有り得ねぇ!! 俺の世界にあんなデケェ化け物なんざいねぇんだ。それともおまえの世界にはいるのかよ!?」


「……いない。少なくとも今はもう。……じゃあ何か? ここは過去の世界だとでもいうのか? それとも未来……? 他の星だと思っていたら未来の地球でしたって、竜の惑星じゃあるまいし……」


「――ねぇ、あんた達……!!」


 と、混乱する二人に対ししびれを切らしたのか、遂にランレイが二人に対して声を荒げる。


「どうしたっていうのよ急に。さっきからいきなりわけのわからない話で青くなって……!!」


 二人の肩を掴んでゆさぶり、苛立ちながらもどこか心配そうな表情でそう問いかけるランレイの姿に、勝一郎たちはようやくランレイを置き去りにして話をしていたことを思い出す。

 だがどう説明すればいいというのか。混乱しきった頭では、どれだけ考えても知識レベルからして違うこの少女に、自分たちの今の状況を説明できる文句が浮かんでこない。

 長い逡巡。

 だがそれによる沈黙は、唐突に再び発せられたランレイの声に破られた。


「ねぇ、あんた達」


「いや、ランレイ、待ってくれ。なんて言ったらいいのかまだ――」


「ウミっていきなり山になるものなの?」


「「――は?」」


 不可解な問いかけに、勝一郎たちは同時にそんなまぬけな声を発し、何やら勝一郎たちの背後を見て呆けるランレイの表情に、自分たちもその方向へと視線を向ける。


 背後の大岩。いざとなった時に部屋を作り逃げ込もうと思っていたそれのさらに向こうに、いつの間にか黒い山ができている。

 否、それはできているだけではない。どんどん山は大きく変わり、同時に脳がようやく耳に届いていたその音を感知して、そこまでいってやっと、勝一郎たちはその山の正体に気が付いた。


 だが、気付くタイミングは理想とするよりはるかに遅く、耳に届く巨大な水音が勝一郎達に事態の手遅れを告げている。


「――なっ!?」


 背後の岩にぶつかり山が砕ける。巨大な水しぶきへと正体を現した山が岩を飲み込み、巨大な水音が勝一郎たちめがけて押し寄せる。


「うわッ――」


「なに――!?」


「――津な――!!」


 瞬間、事態を認識し、立ち上がろうとする勝一郎達をあざ笑うように、殺到した津波が三人を飲み込み、抵抗の余裕すら与えず圧倒的な力で押し流す。共にあった焚き火が消えて周囲一帯が暗黒に呑まれ、強大な水音が砂浜を蹂躙するその力の正体を、雄弁に語って聞かせて響く。


 そして、その音が過ぎ去った後には、もはやそこにあったものは何も残らない。


 事ここに至るまでに、勝一郎たちは一度でいいから考えておくべきだったのだ。

 この生物がいない砂浜に、なぜ生物がいないのかを。

 沖合にて潮を吹き、水中をうねるように泳ぎまわる、あまりにも巨大なその原因を。


おまけの用語解説


掌中鍋(ハンドボイラー)

 手上に百度の熱湯を水球の形で作り上げる魔術。本来の目的は簡易調理や医療器具などの煮沸消毒用で、オズでも割と一般に浸透している生活魔術。

 ちなみに魔術の熱湯は術式の停止とともに消滅するため、この魔術で海水を熱して蒸発させた場合、魔術を解除すると後には塩が残る。そういう意味でも、実はサバイバル向きの魔術だったり。



隔煙気流(スモークリジェクター)

 気流を発生させて操作し、作り上げた球体の中に周囲の気体を取り込み、隔離する魔術。

 本編では飲み水生成のために水蒸気の回収に使用するあんた検討されていたが、本来は喫煙者が副流煙や周囲へのにおいの付着などを防ぐために、煙を回収、隔離処理するためのエチケット魔術で、迷惑にならない所で術式を解除し、処理するという方法をとっている。

 たいていはマナーのいい喫煙者が使用する魔術だが、一部の不良少年が喫煙の痕跡を抹消するのにも使用している。ロイドがなぜこんな魔術を知っているのかについては推して知るべしといったところか。


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